第30話 コーク遠征の後始末(1)
帰りの道中、ソリッズの表情は厳しかった。
悩みのタネは昨日の駐留部隊がエルリックへ出したという早馬の内容だ。
「そんなに悩むなら俺がドレイドやエルリックへの説明に同席しようか。今更俺がソリッズのいいなりになるなんて思わないだろうし、俺の言葉なら早馬より信じてくれるだろ」
「それは有難い話なのですが、なにはともあれ我が隊がレスティオ様の手を諸々煩わせたことには変わりありませんので、その点の叱責は受けねばなりません」
そんなに反省点があるのだろうかと首をかしげる。
ヴァナルも先遣隊を率いている最中のことは報告を上げねばと先ほどからずっと唸っている。
「報告といえば、ハイラックの魔物学の話やユハニの薬が魔物を遠ざけるのに効いたことも上げなければな。後は騎士団における魔術の扱いについてはアッシュやモルーナも聞きたがるだろう」
「魔術を用いた戦術という観点での報告も必要ですね」
「レスティオ様に依頼された魔物の特性に関する調査は、完了次第レスティオ様に報告すれば良いのでしょうかね」
誰がどこにどのような報告をするか。その内容の整理が難しかった。
報告書を章立てにしてそれぞれ分担しようと、帰還次第、騎士団本部の会議室に集まろうと決める。
しかし、帝都に到着すると想像以上に周囲の目は厳しかった。
「レスティオ様。遠征お疲れ様です。お寛ぎ頂ける準備は済ませております」
出迎えにきていたルカリオの心配そうな表情を頭を撫でて宥めて部屋に帰らせる。
あえて帰還の道中で食事を済ませたので、ヴァナルらには先に会議室で報告書に着手してもらうよう頼み、レスティオはソリッズと騎士団本部の団長室へ向かう。
周囲から向けられる奇異の目にため息をつきつつ、団長室に入るとすぐに城のエルリックの執務室へと促された。
「お疲れのところご足労お掛けして申し訳ございません」
「いいや、体力的にも魔力的にも全く問題はないんだが、想像以上にジンガーグ隊の悪評が広まっているようで申し訳ない」
「いいえ、身から出た錆と思って受け止めます」
「それは俺のセリフだろう。上はともかく、下を落ち着かせるのは苦労をかけるだろうな」
レスティオとソリッズの互いに気遣う様子に歩きながらドレイドは感心した。
「レスティオ様はジンガーグ隊に友好的な印象をお持ちなのですか?」
「共に戦場を駆けたんだ、ある程度の信頼関係は築いているものと思っている」
「勿体無きお言葉にございます」
「今回の遠征では想像以上に得られたものが多かった。故に今の城の様子には少し心苦しさを覚えているくらいなんだよ、ドレイド」
「なるほど。レスティオ様が心を痛めていらっしゃるとなれば、見過ごすわけにはいきませんね」
エルリックの執務室に到着すると、丁度マルクとリアージュが廊下の向こうから姿を見せた。
宰相と皇妃も同席するという状況に、城の中でどれだけ大事になっているかを察した。
形式的な挨拶はほどほどで済ませて、早馬で届いた報告内容を教えてもらう。
レスティオに魔物討伐の前線を任せてジンガーグ隊は怠惰に過ごしていた上に聖の魔力を酷使させた。
さらには食事の用意を怠って馬の餌を与え、遅くまで訓練に付き合わせて、まともな寝床を用意していない。
村に滞在中は護衛も杜撰で子供が寄っていくのを止めもせず、レスティオを蔑ろにしている。
この世界の常識を知らないのをいいことにやりたい放題が過ぎる。
今は寛大な御心で許しているのだろうが、近いうちに国を見限り兼ねない。という考察まで添えられていた。
「この報告を受け、ジンガーグ隊長の処遇について昨晩から皇帝陛下も交えて議論を重ねておりました」
昨晩からと言われて見回せば皆疲れた顔をしていた。
寝ずに気を張っていた様子が窺えて申し訳なく思う。
「そのことですが、この内容についてはレスティオ様に思うところがあるようでして、そちらをまずお聞きしてから結論を改めて議論する必要があると思われます」
「まぁ、そうなのですか?」
ドレイドが身を乗り出して言うと、リアージュは不安そうな表情でレスティオに向き直った。
レスティオは姿勢を正して頷いた。
「まず、討伐については効率的に進めるために私からジンガーグ隊長に前線に出してもらえるように頼みました。当初は単身で乗り込むつもりでしたが、先遣隊を付けて頂きました。それにより、ハイラック・トレリアンから魔物学の知見を得る事ができ、ヴァナル・ボールストレームを筆頭に魔術の扱いに関する研究の実践と新たな検証要素を導き出すことができました。少々、私自身が無茶をするところもありましたが、根源の討伐にはヴァナル・ボールストレームとネルヴィ・ボートムの貢献が大きく、騎士団の評価を見直したところです」
ほぉ、とエルリックとドレイドが感嘆する。
騎士団の評価はほぼ底辺だったので、それを見直すきっかけになったというのはエルリックやドレイドにとっては大きな功績として印象に残る。
評価の対象を曖昧にせず名前を出すことでジンガーグ隊と各個人の評価を上げられるという算段だ。
「そして、食事に関してですが、私の世界では芋も卵も普通に食していたのに、この世界では人間の食べ物ではないと廃棄していると知りました。その為、この世界の食材は廃棄すべきものなのか、検証を行いました。兵も村人も不快感を示しましたが、遜色なく食せると証明したことで受け入れ、様々な調理法の検証に協力してくれたのです。おかげで、遠征中の食事はいずれも満足のいく品を十分に頂くことが出来ました」
芋と卵と聞いて食べていない面々は嫌そうな顔をしたが、レスティオが満足したというので頷きながら流した。
城に受け入れられるのは当面先になりそうだなと思いつつ、次の報告事項へと進む。
「次に、野営地での護衛については討伐後の疲弊している中、先遣隊の兵が群がる村人を牽制してくれました。自分より弱い兵が護衛についたところで無意味と思っていましたが、頼りになる場面もあると認識を改めたところです。子供が駆け寄ってきたことに関しては、むしろ私から息抜きがてら抱き上げるなど相手をしたものであり、護衛の責務を問われるようなことはなかったとご理解ください」
総合的にいえば、今回の遠征は召喚されて以来溜まっていた鬱憤を晴らし、自由に過ごせる時間が多く気分転換には丁度良かった。
好き勝手過ごしすぎて部隊を振り回しすぎたとレスティオが反省すべきところはあれど、概ね従順だったジンガーグ隊を責める要素はない。
「客観的に見れば異様に見えたのでしょうが、それこそ俺がこの世界の常識を知らないことを報告主であるアスタロット隊長が理解していなかったためと思われます」
「話はわかりました。つまり、レスティオ様にとって今回の遠征は有意義なものであり、レスティオ様の意志を尊重した上でジンガーグ隊は職務を全うしていた、ということでよろしいですか?」
リアージュが頷きながら総括するのにレスティオは笑顔で頷く。
一様に安堵した様子で肩の力が抜けていく。
レスティオの後ろに立っていたドレイドとソリッズも張っていた気を少し緩めた。
「そういうわけなので、ジンガーグ隊が聖騎士を蔑ろにした、という噂が流れているようですが、聖騎士が同行すると我儘に振り回されるから相当な心構えが必要だと訂正したい。だろ?ソリッズ」
「そうですね。まさか、この歳になって馬の餌を食べることになるとは思いませんでしたから。しかし、レスティオ様の料理が非常に美味しかったこともお伝えしたいところです」
「まぁ、それは興味深いですね。いつか私も食してみたいものですわ」
おそらくリアージュの口に入れられるような食材は今のところ使っていないので難しいだろう。
レスティオも現段階で城の料理人の意識改革まで行えるとは思っていない。
「そうそう、帰ったらエルリックに聞こうと思っていたことがあるんだがいいか?」
「なんでしょう」
「コークの街への滞在や駐留部隊を護衛につける件は正式に断ったと理解しているんだが、その旨はアスタロット隊長には伝わっていなかったのか?討伐からの帰還直後、それも聖の魔術を使って疲れ果てたところに歓待したいから街に来いと迫られて、つい素っ気なく追い返してしまったんだが」
不意に冷ややかな態度になったレスティオにエルリックの表情が固まる。
おそらく不要だと言われたから通達も出していなかったのだろうと理解している。
理解しているが釘は刺しておきたい。
「別に挨拶程度なら構わないんだがな」
「レスティオ様がいらっしゃるということで必要以上に気を張っていて、配慮に欠く結果となってしまったのやもしれません」
「アスタロット隊長には今後対応に気をつけるように指導が必要でしょう。魔術師団長はまだ伏せておりますから、その点、フォローはお願いしますね、総帥」
「は、はい。レスティオ様の気を煩わせぬよう言い聞かせます」
苦い顔をしたエルリックにリアージュが厳しい目で釘を刺す。
「アスタロットのご夫妻も儀式の影響で伏せていますから、彼も気が緩んでいるのでしょう。レスティオ様、またお気付きのことがありましたら遠慮なく仰ってください」
「リアージュ皇妃陛下やエルリック総帥が目を光らせているとなれば、今後は問題ないと信じましょう」
「まぁ、そのように信頼頂けるなんて光栄ですわ。レスティオ様とはゆっくりとお話ししたいところなのですが、今お話しした件を陛下にもご報告したいので先にお暇致しますね」
リアージュが退室するとエルリックはドレイドとソリッズにも席を勧めた。
気の緩んだ空気になったところで、改めて雑談交じりに遠征中のことを報告する。
魔物学についてはエルリックもマルクも意識しておらず、ハイラックの報告内容は注目ポイントとしてあげられた。
さらに、ユハニの調合した薬による魔物避け効果については二人とも食いつき、報告書を待って研究チームを構成しようかと盛り上がった。




