第29話 ジンガーグ隊とコーク遠征(7)
翌日の索敵の結果、ユドラの森には根源が確認されず、弱体化した魔物だけだった。
安堵しつつ魔物討伐を念入りに行い、森を癒せば薬草採取をして村へ帰還する。
明日の朝には城へ帰ろうと話をしながら村へ戻ると、村には異様に緊張した雰囲気が漂っていた。
「ジンガーグ隊長、コークの街の駐留部隊が村長の御宅でお待ちです」
「なに?」
ハイラックの背中に凭れて仮眠していたレスティオは嫌な予感に顔を上げた。
レスティオがコークの街への滞在と駐留部隊の護衛を断ったことはソリッズも把握しているが、駐留部隊に通じているかはわからない。
「挨拶程度ならいいんだけどな。俺も行くよ」
「お疲れのところ申し訳ございません」
「うん。疲れてるから、早々にお引き取り願おう」
コークの街の駐留部隊は魔術師団から派遣されており、騎士団との力関係が気がかりだった。
どうせ聖騎士関係で物言いに来ているのだろうから自分が出た方が話が早いと護衛にヴァナルも連れて三人で村長の自宅へと向かう。
家の前にはおろおろとした様子のリマが立っていて、三人の姿を見ると玄関のドアを開けて中に声をかけた。
丁度家の前で足を止めると同時に家の中からぞろぞろと人が出てくる。
駐留部隊と言っても来ているのは幹部だけのようで魔術師団の装束を着ているのは三人だけだった。
「これはこれは、お目にかかれて恐悦至極にございます、聖騎士様」
レスティオはわざとらしい大仰な素振りにため息をつきつつソリッズの前に出て挨拶を受ける。
「私は帝国軍魔術師団コーク駐留部隊隊長のリュゼ・アスタロットと申します」
続けて、リュゼの後ろに控えている副隊長二人も紹介される。
神経質そうな目でレスティオを値踏みする中年の女がメニア・ルビィ。
そして、頼りなさげでどこか他人事のように視線を彷徨わせている男がパード・ウィテッド。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。レスティオ様がコークに来ていらっしゃると知ったのは今朝のことでして、事前かあるいは到着時に一報頂ければよかったのですが」
リュゼの目が鋭くソリッズを睨む。
口を開きかけたソリッズを片手で制してレスティオは微笑む。
「事前にエルリック総帥に街の方には出向く気は無いと断っていたのは俺だ。遠征の目的は魔物の討伐であって挨拶回りに時間を取る気は全く無かったものでな」
「、そうでしたか。しかし、騎士団との遠征は環境があまりにも劣悪だったでしょう。街の方でしたら宿もお食事も全て最上級のものをご用意致しましたのに」
不満そうな顔をすぐに同情の表情に変えて、首を振りながら残念だと主張する。
この手の人間は往々にして小物であり、いざという時に足を引っ張るのだと内心思いながら、レスティオはため息をついた。
「気遣いは無用だ。駐留部隊はコークの街を守るためにいるのだろう?俺のことは構わず、責務を全うしていればいい」
「聖騎士様を歓待するのもオリヴィエールの国民としての責務です。是非とも今晩は駐留部隊に歓待の席を設けさせては下さいませんか」
「断る」
即答で返すと空気が固まる。
プライドの塊のようなリュゼの表情が歪み、無理やり繕った笑みも口元が引きつっている。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「聖騎士たる俺に二度同じことを言えと?」
冷ややかに見つめれば眉がピクピクと動く。そして、その目はソリッズを睨む。
「レスティオ様は元の世界でも軍人であり、任務を遂行しようと言う想いが強いのです。故に、任務に無いコークの街への立ち寄りを拒絶しているものと推察します」
「ほぉ、そうでしたか。しかし、ジンガーグ隊長もこの村の環境は聖騎士様に対してあまりにも劣悪が過ぎる、無礼だとは思わないのか?本来なら其方が率先して街に宿を取るなど動くべきだったのでは?」
「何を持って劣悪と称しているのかお聞かせ願おうか、アスタロット隊長」
ソリッズに向けては遠慮がない様子を睨み問いかければ、リュゼは鼻を鳴らして向き直る。
「まず、聖騎士様を前線へ投じていることからして考えられない。その上、寝所には一般兵と変わらぬテントのみ、食事に至っては馬の餌を食しているというではありませんか。この世界のことを知らぬのをいいことに騎士団は聖騎士様を蔑ろにしているとしか思えません。これらの件については先ほど城へ早馬を出し総帥へ報告させて頂きました」
続けて駐留部隊に来ていればどうこうしたのにと話し始められて深い溜息が出る。
「ソリッズ。今晩の夕食の席なんだが、」
「はい」
「ご理解頂けましたか。コークの街の中でも指折りの店を用意しておりますのでお楽しみいただけると思います」
最後までいうより先にリュゼが身を乗り出してくる。
その額を遠慮なく押し返してソリッズを振り返る。
「卵と野菜のスープと芋とミルクのスープならどちらがいい?」
「は?」
レスティオがソリッズに問いかけたその内容にリュゼも後ろにいて黙っていたメニアとパードの表情も歪む。
「芋もミルクもスープにするものではないのでそちらの方が興味を惹かれます」
「そうか。じゃあ、今晩はヴィシソワーズと卵料理は野菜を混ぜてオムレツにしようかな。リマ、材料を用意して、芋は茹でておいてくれ。ヴァナル、手伝いの兵と子供達を集めておけ」
唐突に指示を出し始めたレスティオにリュゼは戸惑いをみせる。
リマとヴァナルは顔を見合わせて指示された通りに動き出す。
「ひとつ誤解を解いておくが、馬の餌を騎士団や村人に食べさせているのは俺だ。せっかく城を離れたのにこの世界の食事を食べるなんて御免だよ」
「そ、そんな。何故ですか……もしや、待遇があまりに悪いので仕置きをされているのですか?」
「そう思うなら思っていればいい。俺は俺のいいように過ごしているから気遣いは無用だ。早く街に戻るといい」
「しかし、それでは駐留部隊の面目が立ちませんっ!駐留部隊とは言え魔術師団の一員として聖騎士様の身は、」
「魔物討伐には出て来ないで都合よく口だけ出されてもお前たちの言うことを聞く気にはならない」
言葉を遮って言い捨てれば、リュゼの視線は再びソリッズに向く。
なにを吹き込んだのだとでも言いたげな目に呆れる。
「コークに駐留しているお前たちが魔物討伐を全て片付けた上で森の癒しにきてくれと依頼してきたならともかく、今回は騎士団と魔物討伐をするということだった。駐留部隊は街を守るだけで魔物討伐なんて知ったことではないんだろう?なら、魔物討伐を任務としてきている我々に干渉するのは筋違いじゃないか?」
「そ、それは、魔物討伐は帝都の部隊が主体となって行うもので、駐留部隊はその地を守ることが役目なのです。それに、聖騎士様がコークに滞在しているのなら、我々も歓待するのは当然かと」
「俺にはその必然性が理解出来ない。だから駐留部隊の歓待を受ける気は無い」
リュゼは苦々しい顔でソリッズをひと睨みして街へと帰っていった。
それを見送って広場へ向かえば村人も兵も総出で夕食の準備を進めていた。
オムレツに使う野菜はそれぞれ鍋で茹でられていて、ジャガイモも茹で上がったものから皮を剥き潰されていっている。
「レスティオ様。名乗りもしていませんでしたが、あのような対応でよろしかったのですか?」
「ん?あぁ、名乗ってなかったか?交流する気がなさすぎて挨拶をすっかり忘れていたかな」
「それはそれは……」
リュゼの挨拶が鼻についたというのが正直なところだ。
自分は隊長様だ、偉いんだ、という雰囲気が前面に出ていて友好的な関係を築こうという気が起きなかった。
「後、折角自分の好きなように美味い飯が作れる環境を手に入れたのに、みすみす手放すなんて出来るわけないだろ。不味い飯を食べてまで友好的な関係を築くだけの価値を連中に見出せなかったんだから仕方がない」
「レスティオ様の考え方には全面的に賛成ですが、部隊長としては各方面にどうフォローしたものか今から頭が痛いですな」
「そんなの全部俺が指示したといえばいい。それが嘘偽りない事実だろ。責任の所在を見誤るなよ」
ソリッズの肩を叩いて宥めると、レスティオは夕食作りに加わった。
オムレツにはホワイトソースをつけようと追加で材料を用意してもらい、作り方を指示していく。
ヴィシソワーズもホワイトソース掛けのオムレツも好評でコークの村での最後の夕食を終えた。
翌朝、面倒が来る前にと挨拶もそこそこに城へと帰還に向けて動き出した。




