第28話 ジンガーグ隊とコーク遠征(6)
翌日、ジンガーグ隊一行はクレアの森で魔物の残党狩りに勤しんでいた。
無慈悲に聞こえてくる魔物の鳴き声に兵達は目を背けたくなるのをこらえて自分たちも魔物に立ち向かう。
グシャッと骨の砕ける音ともに魔物の頭蓋を剣で貫いたレスティオは、引き抜きついでに魔物の死骸を魔物達にぶつけて隙を作り、すかさず首を狩る。
「ソリッズ、ここら辺が森の中間あたりか?」
「は、はい……この調子なら昼前には片付きそうですね」
「そうだな。それじゃあ、もうひと頑張り行くとするか」
剣を振るって血を払い、血に濡れた髪をかきあげる。
魔物の死骸を踏みつけて進むレスティオに吐き気を覚えつつも隊列は前進する。
「レスティオ様、お疲れになりませんか?よろしければ後ろに、」
「腹だけじゃなくて足腰も鍛えてるから心配は無用だよ」
「そういうものですか……」
今日はレスティオはヴィルヘルムを置いてきていた。
途中までハイラックの後ろに乗せてもらったが、討伐が始まってからはずっと自分の足で森の中を駆け回っていた。
引いた様子のソリッズに構わず、前方に魔物を見つけると一気に駆け出し木を蹴って、枝を掴み飛び移りながら魔物を切り捨てて進む。
レスティオの機動力でも補いきれない両翼を兵達が討ち漏らさないように気をつけるだけで戦線が進むので、進度に対して負傷もなく隊の消耗はほとんどない。
森の端まで抜けると折り返して中央付近で聖の魔術による癒しを行う。
昨日も行なったとはいえ森全域の癒しは魔力を消耗し、そこで初めてレスティオは疲弊を見せた。
「村に着くまで寝ていいか?」
「どうぞ」
「ん。背中借りる」
血をきちんと洗い流してからハイラックの後ろに乗ったレスティオは背中にもたれて仮眠に入った。
ダイナ隊の一件を知っている以上、無防備な寝姿にも兵達は緊張する。
「レスティオ様がもっと魔力身につけたらどうなるんだろうな」
「消耗と回復を繰り返せば自然と増えていくものといいますし、今もきっと増えてるんでしょうね」
「末恐ろしい話だな」
小声で囁き合いながら、ユハニは風で木の実を落としては拾っていく。
「ま、恐ろしいですけど、レスティオ様がいればこそ厄災も乗り切れる気がします」
「味方でいるうちは確かに心強いな。見限られないように俺たちも努力せねばなるまい」
ヴァナルから差し出された薬草の束を受け取って仕分ける。
魔物の討伐は貴重な薬草採取の時間でもある。
魔物の出現で森に採取に出かけられていないだろう村人に食料と引き換えに譲ることもできる。
「ぁ、珍しい。リカトラウスの葉だ」
「リカトラウス?」
レスティオが少し身を起こすと、ユハニは薬草を差し出した。
香りには香辛料を思わせる癖がある。
「辛味のある香草なんですけど、お茶に淹れると体があったまるんですよ。冬場に重宝します」
「、あー、肉の味付けにもいいかもな。辛味があると酒が進む」
「肉にですか?」
「飲んで美味しいなら、調味料にしてもいいだろ?油と砕いた薬草を炒めてその上で肉を焼くとか」
「それならケンリーにお土産にしましょうかね」
知らない名前に首をかしげると、騎士団本部の食堂の厨房長だと教えてくれる。
ドレイドからの進言もあり、最初は渋々だったものの騎士団の食事に野菜の皮を煮詰めたスープが取り入れられた。
レスティオの名前を出せば、次は率先して試してくれる可能性が高い。
「いいな。城の料理も改善してほしい」
「それは難しいでしょうね。城には城の料理人の伝統がありますから」
ぽつりと漏らした言葉を即座に否定され、レスティオは肩を落とした。
途端に討伐を終わらせて城に帰るのが憂鬱になってくる。
せめてこの遠征中は食事を楽しもうと卵料理と芋料理のレシピを考える。
「ぁ、この世界ってパンあるよな。あれを作るのに使う粉って高いものか?」
「最近は値上がりしてますけど、平均的な収入のある家庭なら常備してるくらいのものです。遠征中に焼くのは手間なので出来上がったパンしか持参しませんけど」
「そっか。ジャガイモに混ぜれば節約になるかと思ったんだが、そもそも試せる量を仕入れるのが難しいか」
コークの村はこれまでほとんど白湯に近いスープで耐え凌いでいた状況だ。パンの材料もあまり期待は出来ない。
「街の方に行けば普通に売ってますよ」
「生憎金は持ち合わせて無い。報酬は帳簿上では貰えてるはずなんだが、まだこの世界の貨幣に触れたこともないんだ」
「まぁ、ずっと城に住んでいたら使う機会もないですよね」
自分で購入する分には気兼ねなく行動出来るが持ち合わせがない以上、そういうわけにもいかない。ハイラックの背中に凭れ直してため息をつく。
「マヨネーズを作って、スクランブルエッグとポテトサラダでも作るか。ヴィシソワーズを教えるのもいいかな」
「聞きなれない言葉ばかりですが、料理の名前ですか?」
「んー。ユハニ、酸味がある薬草か果物かなにかないかな。出来れば液状で使いたいんだが」
「酸味ですか?それならロネの実ですかね」
そう言うと頭上の木に風をぶつけて、上の方から落ちてくる小さな黄色い実を拾う。
ひとつ受け取ると水で軽く洗ってナイフで半分に切った。
「レスティオ様。これは煮詰めてすりつぶしたものを濾して使うんですよ」
「ふーん」
軽く手のひらに果汁を絞って舐めると、ユハニがあぁっと声をあげた。
その声を無視して口に広がるレモンのような酸味に頷く。
舌が痺れたりといった作用はない。
皮にかじりつくと果汁の酸味とともに苦味が広がった。
「あぁ、なるほど」
「なるほどじゃないですよっ!十分に処理しないと吐き気を起こしたりするんですから。戻ったら薬調合しておくので具合悪くなったらすぐ言ってくださいね」
「この世界の薬を試してみるのも悪くないな」
「なんでそういう発想になるんですか。必要にならないようにしてくださいよ」
レスティオの手からロネの実を取り上げて薬草を確認し始めるユハニの甲斐甲斐しさに口元を緩めつつ仮眠に戻る。
午後は魔力回復に努める兵を残し、ユドラの森の周辺の索敵が始まった。
回復の手間をとらせないように森の中にはなるべく突入せず、状況を探るだけで夕方には戻る予定になっている。
その間、レスティオはユハニにロネの実の下処理してもらい、マヨネーズもどきを作っていた。
芋を潰したり卵の殻剥きを広場で遊んでいた子ども達に手伝ってもらい、野営地と村の夕食をまとめて作る。
「レスティオ様。麦粉買ってきましたよ」
「、ぇ、いいのか?」
マヨネーズを練っていると、目の前に紙袋が差し出された。
差し出したのは、ヴァナルでその後ろにはネルヴィもいた。
「隊長が帰路の話を聞いてたみたいで、駄賃を貰ったんですよ」
それを受け取って二人で街の方へ買い出しに出かけてきたという。
紙袋の中を見ると白い粉が入っていた。
「何作るの?」
「砂糖とか蜜があればパンケーキもいいけど、とりあえず芋に混ぜて焼くかな」
「今なら木の実の蜜がありますよ」
ユハニが薬草の袋から取り出した赤い木の実に子供達と一緒にレスティオの目も輝く。
「それ好き!」
「森の中でしか採れないからもう食べられないってお父さん言ってた」
「それはそのまま使えるのか?」
一斉に詰め寄られてユハニは慌てて薬草の袋を取り上げて片手で制する。
ブラムという赤い実は皮を剥いて、殺菌用の薬草とともに数時間煮詰めて柔らかくして食べるのだと説明しながら、言われるより先に下処理の準備を始める。
「どれくらい作れる?」
「コップ半分無いくらいですかね」
「まぁ、それくらいあれば十分かな」
ブラムのパンケーキを兵達が帰ってくる前に腹に収め、夕飯にはマヨネーズを添えたスクランブルエッグとゆで卵入りのポテトサラダ、ニョッキを作った。
騎士団で持参していたパンをスライスしてスクランブルエッグとポテトサラダに添え、ニョッキにはマヨネーズやサーレなどの薬草を混ぜたドレッシングを用意した。
夕食は村の広場に村人も兵達も集まって中央のテーブルから料理を取り分けるビュッフェ形式となった。
大人達はいつかの村祭りを思い出すと語らい、子供達は普段と違う雰囲気にはしゃいでいる。
「まさか、野営中にこんなに美味い飯が食べられるとは思いませんでした」
隣で食事していたソリッズが満足そうに言うのに夕食を作り上げたレスティオも満足する。
「この世界の常識とは大分外れているようだが悪く無いだろ」
「そうですね。卵や芋を食べると言うのも驚きましたが、ひとつの食材が調理法ひとつでこんなにも変わるものなんですね」
「料理人には是非こういうところを探求してもらいたいものだな」
「ケンリーや他の部隊長にも伝えておきます。レスティオ様の料理であれば、皆関心を持つことでしょう」
話しながら広場の様子を眺める。
口の周りをドレッシングで汚して駆け回る子供達に大人達の表情は穏やかだ。
子ども達にぶらさがられて苦悶の表情を浮かべている兵もいたが、訓練だと気合を入れて踏ん張っている。
その様子を囃し立てる兵達も徐々に子供達に巻き込まれてはじゃれている。
「こんな光景は久しぶりです。これが当たり前になる日が早くきてほしいものです」
出来れば生きているうちに。
ソリッズが独り言のようにぽつりというのにレスティオは苦笑した。
「来て欲しいじゃなくて、当たり前にする、だろ?隊長」
「そうでした。騎士団の隊長として導かねば」
「そういう心意気なら俺は隊長の指示に従うよ。俺を上手く使うといい」
ソリッズの隣を立ったレスティオが子供達の方に行くと、すかさず大人達は子供達を水で洗い綺麗にし始める。
気にしなくていいのに、と思いながら子供達をまとめて抱え上げつつ、兵達に子どもをダンベルがわりにしたトレーニング方法を教える。
村の農夫が兵と競うように参戦し、その日もソリッズに一喝されるまで賑わいは続いた。




