第27話 ジンガーグ隊とコーク遠征(5)
ヴァナル達の移動に合わせて村人達もぞろぞろと動く。
何事だと家の中にいた者も出てきて畑の近くにいた時より人数は増えている。
今は活気付いているようだが、皆やせ細って元気があるようには見えない。
歩きながら、ていやぁっと叫ぶ声がして振り返ると木の棒を手にした子供が複数人、じゃれ合いながら駆け寄ってきた。
気づいたヴァナルが動くより先にレスティオが子供の方へと身を滑らせる。
木の棒を掴んで離させ、片手で腹を支えて持ち上げた。
「うわぁっ!!」
「大勢いる中でこんなもの振り回したら危ないだろ」
「お、おろせっ!」
「この程度で悲鳴をあげるなよな。体も軽いし細いし。畑を回復させてやったんだからちゃんと食えよ」
にっと笑みを浮かべて腹を支える手の指先を動かせば子供はくすぐったそうに笑い出した。
バランスを崩しかける身体をもう片方の手で支える。
「くすぐるなよっ!落ちるだろっ!おろせってば!」
「ラドを離せっ!」
「皆でラドを助けるぞっ!」
子供達が足元にまとわりついてくるのを見て、ラドを首の後ろに座らせる。
そして、元気が有り余った子供の腕を両手で掴み上げて肩に抱え上げる。
「うわっ!すげぇ、たけぇっ!ラドすげぇなっ!」
「なんで楽しそうなんだよっ!」
「めっちゃ楽しいっ!」
首と両肩が埋まった状態で手を下に下ろせば自分もと子供達が手を掴んでくる。
その手をぎゅっと握って、くるりと一周回れば悲鳴のような歓声があがる。
ふわりと浮かんだ体に興奮した様子でもう1回回れ、交代しろ、とせがまれる。
「俺も腕がいいっ!」
「肩でも楽しいじゃん。俺このままがいい!」
「コラッ!お前たち、聖騎士様に失礼だろうがっ!」
子供達が盛り上がる中、輪の向こうに群れていた大人たちの中から野太い声が聞こえてきた。
その声に続くように、こっちに来い、さっさと離れろと叱責の声が飛び、子供達が萎縮し始める。
「俺の息抜きに付き合わせただけだ。この子たちを叱らないでやってくれ」
「しかし、」
「ひとつ言わせてもらうなら、これだけ騒げる元気があるのはいいことだが、子供のうちに栄養を十分に取れないと発育に影響が出る。畑が回復した分、食事量を増やしてやれないか?」
「、それは、尽力します」
作物も育って見えたが村人たちの表情は暗くなる。
肩から子供達を下ろして、ヴァナルたちの方を振り返るといつの間にかソリッズが合流していた。
「討伐お疲れ様でした。レスティオ様は子供がお好きだったのですね」
「いや、こういう風に無邪気に寄ってくるのは、この世界ではこいつらが初めてだったからつい、かまってやりたくなっただけだ」
嫌味を感じて苦笑いを返す。
正直子供が好きか嫌いかと言われれば、庇護対象として認識はするものの、どちらでもない。
子供と遊ぶという行為も、いつかに軍関係者でキャンプに出かけた際に連れて来られていた子供達とじゃれた時の事を思い出しただけだ。
「それにこれから守るべきものの現状を知っておくのも必要だろう」
「そうですか」
ソリッズは納得したようなしていないような表情を浮かべた。
ふと、袖が引かれているのを感じて下を見ると子供がじっとこちらを見上げていた。
「スープ以外にも、なにか食べられるの?」
荒れ果てた畑ではろくなものが食べられなかったのだろう。
森は魔物が溢れ、町で調達しようにも物価もきっと上がっている。
「芋が随分と転がって見えてたし、他に売りに出すにしても少しくらいは食べられる量も増えるだろ」
「、芋?」
「馬の餌のことですか?」
「ん?」
不意に認識の違いが見えてレスティオは唸った。
芋。という言葉は通じているようだが、食用としての見方が違っている。
「人間は芋を食べないのか?」
コクリと誰もが頷く。更に馬の餌なんて食えないと子供も言い始める。
「それは、この世界の芋がそんなに不味いのか、品種の問題か、調理法を知らないのかどれだろうな」
折角癒して食糧を増やせたと思ったのに人間の食糧はさほど増えていないというのは虚しい。
レスティオは、ふと懐中時計を取り出した。
時刻は五時を指している。
「ソリッズ。夕食の準備はそろそろ始まる頃か?」
「え?えぇ、そうですね」
「良し。どうせ食べないなら芋をいくらかもらえるか?美味しく食べられる調理法を検証してみようじゃないか」
異世界への転生は往々にして生活環境が劣化するが、環境改善も異世界生活の一興である。
頼まれた村長はポカンとしつつ、村人たちに芋の収穫を頼んだ。
「レスティオ様自ら調理されるのですか?」
「自炊は軍人の嗜みだろ?それに、任務で疲れたところに不味い飯を食わされたくない。ぁ、どこか調理場も借りられるかな?」
調理器具も調味料も多い方がいい。城の講義では学べない、この世界の台所事情も把握しておきたい。
ヴァナルとハイラックにソリッズへの報告を任せ、護衛役にユハニとネルヴィを残して村長の家の調理場に招いてもらった。
調理場には、村長の娘のリマ・ホーミンとユハニがともに入り、広さの都合上、ネルヴィは調理場の前で待機となった。
「まず、何故芋を食べない?」
「これはカウと呼ばれる芋ですが、そのままだと硬いし、煮ると溶けて煮汁がドロドロになるので馬の餌にしてしまいます」
「なるほど。芋には色々な種類があって物によって煮溶けやすいものしにくいものがある。覚えておくといいよ」
持ってきてもらった大量の芋を水と風でまとめて洗っていく。その間にリマに大量の水を鍋に用意してもらう。
「ちなみに、この村に来た時から動物の鳴き声がしていたがなにか飼っているのか?」
「ぇ、えぇ、鳥と牛を」
「じゃあ、卵と牛乳が使えるか。それも用意してもらえ、……どっちが食用じゃないんだ?」
使えそうな食糧に期待したものの嫌そうな顔を見せる二人にレスティオは肩を落とす。
答えは卵だった。
雛鳥が生まれたり生まれなかったり。割ればドロドロとした液体が出てきて気持ち悪い。というのがこの世界の共通認識。
どこかの聖女が考えを正そうとはしなかったのかと思いつつ、廃棄用に今朝避けられたばかりの卵を大量に受け取る。
「しかし、これだけの量を食べられるとわかれば、この村の食糧事情は随分と回復するよな」
「それはそうですけど」
「じゃあ、厄災を生き延びるためにも苦手は克服してもらわないとな」
水の入った鍋に洗っただけの芋と卵を放り込み火を付ける。
その間にボウルに牛乳を入れ、卵を大量に割り入れていく。
「塩や砂糖は?」
「申し訳ございませんが、そのような高価なものはこちらにはありません」
「高価、か」
物の価値観も違うことを理解しなければならない。
そう思うと今度城下町に出た時には市場を覗きたくなってくる。
「ぁ、甘味は難しいかも知れないですが、塩ならサーレで代用できるかと思います。ありますか?」
「あぁ、はい。それなら、粉末状にしたものがあります」
ユハニがいうとすり潰された薬草入った木箱が取り出された。
ひとつまみ口にしてみると、薬草なので口に残るが確かに塩味があった。
「レスティオ様。こういう時はまず自分たちに毒味をさせてください」
「日常的に使うものに毒はないだろう」
ボウルの中にサーレの粉末を加えて、沸騰し始めた鍋の方にも入れる。
ふと、ボウルの中を混ぜようと思ったが、泡立て器がないことに気づく。
「じゃあ、これでいいか」
「え……」
魔力結晶で手の中に泡立て器を作り出し、一応水で洗ってからボウルの中身をかき混ぜる。
ユハニがなんともいえない表情でボウルを覗き込む。
「魔力結晶をそのように使う方を初めて見ました」
「そうか?便利だよな魔力結晶」
「そうやって成形して使う発想がありませんでしたが、上手く使えれば確かに有用そうです」
しっかりと混ざり合ったところで油を塗ったフライパンを熱して卵液を流していく。
黄色く固まっていく様子に、感嘆の声が聞こえてくる。
「はい、卵焼きの完成だ」
3回ほど卵液を流して巻いた卵焼きを皿に乗せる。
包丁で一口サイズに切り分けて、食べられる味であることを確認してリマとユハニに差し出した。
二人とも恐る恐る一切れずつ口に入れて驚いた顔をした。
一品目が完成したところで魔力結晶で楊枝を作り芋の煮え具合を確認する。
煮汁を捨てると芋と卵をひとつずつ取り出して皿に置いた。
「これだけでも二品」
「、え?茹でただけですよね?」
芋を4つ切りにして皮を剥き、卵は殻を剥いてから4つ切りにして、サーレの粉末を散らす。それぞれ口に入れると想像通りの芋と卵の味がする。
「食べてみてくれ」
「は、はい」
戸惑いながら口に入れて揃って感嘆する。
「この卵、先ほどの卵焼きと全然違いますね」
「卵には白身と黄身があってそれぞれ味が違うからな。混ぜ合わせたものとある意味別になるゆで卵とでは食感も味も変わってくる。リマはどうだ?」
「美味しいです。こんなに美味しいものを捨てていたなんて。芋も馬の餌には勿体無いほど美味しいです」
「それはよかった。じゃあ、今晩の夕飯にしようか。茹でるだけだからいくらでも用意するよ」
村長にも味見してもらい料理は村人たちにも配ってもらった。
その間に調理場でリマとユハニに作り方を教え、練習として作ったものは各家庭と野営地の夕食となった。
一口食べて美味しいと分かれば忌避感は消えたようで、明日はリマが広場で調理方法を披露することになり村は大いに賑わった。
村長宅の裏手を回って野営地に入ると兵たちも夕飯の芋と卵に感激した様子で賑やかだった。
「レスティオ様、息抜きはもう良いのですか?」
「あぁ、いい気分転換になったよ。で、明日の予定は?」
表情を真剣なものに切り替えればソリッズも構え直し、仲間たちと談笑していたヴァナルを招き寄せた。
今日の成果については報告が済んでおり、根源が討伐されているのでクレアの森の討伐はレスティオがいなくても十分対応できる程度で収まるだろうと考えられている。
しかし、街道を挟んで隣接するユドラの森と魔物が行き来している可能性も否定できず、明日は先遣隊を後方支援に下げつつ、全隊でクレアの森の攻略にあたる方針となった。
「いかがでしょうか?」
「隊長の指示ならば従う。先遣隊が魔力回復に努めるべきというのは理解するところだしな」
ハイラックの魔物学の知見とブロワーズとユハニに告げたような連携プレーを戦術に組み込むように要求を伝える。
しかし、レスティオが言うまでも無く、夕食作りに夢中になっている間の野営地の話題がまさにそれだった。
夕食を食べて活力に満ちた兵たちは既にその気で今も剣術訓練に勤しんでいた。
「魔物学の話だけならここまで本気にはなりませんでしたが、今日の夕食を食べて、知らないことを当たり前とせず、知ろうとすることで得られるものについて考えさせられました」
「そうか、意識改革は諭すより胃袋を掴んだ方が話は早かったか。今後の参考にするよ」
明日の日程の確認を終えるとレスティオは剣術訓練に体術で混ざって、剣さばきだけでなく体の使い方を教える。
訓練は白兵なのに、実践は馬上が多いのでどうにも体さばきが曖昧な兵が多く、ソリッズに就寝の準備をするように注意されるまで続いた。
「なぁ、ヴァナル、野営中に水浴びとかしていいものか?」
「構いませんが、濡れるのでテントの外でお願いします」
「まぁそうだよな」
隣のテントを使うヴァナルは鎧を外して楽になった体を伸ばしていた。
レスティオも軍服の上着を脱いでテントに放り込みネクタイに手をかけた。
「、ちなみに、外で水浴びをするとして脱いで許されるのは上半身までだよな」
「それはどこまで脱ぐおつもりですか……」
疑心に満ちた目にレスティオは外したネクタイを手に首をかしげる。
「野営中は服を着たまま水浴びするものか?」
「腕くらいならまだしも、肌は人目に晒さぬものです」
その厳しすぎる基準にレスティオは頭を押さえた。
水浴びと言っても遠征中は水で顔や頭を洗う程度で、後はテントの中で体を拭って清めるものだと教わる。
「男しかいなくても?」
「許容される理由がわかりません」
「側仕えは着替えも入浴も手伝うのにか?」
「それはそれが彼らの仕事だからです」
一歩も譲らぬ口調にため息をついてワイシャツをテントに投げ入れてアンダーシャツのまま頭から足元まで水を浴びてすぐに風で乾かす。
服を着たままというのが気持ち悪いが風で乾かした分スッキリとした。
「レスティオ様の世界では男同士で肌を見せ合うものですか?」
「見せ合うわけじゃないが、浴場や更衣室は共同だったからな。見られて気にする者はいないし、気にする者は見られてもいいように鍛えるだけだ」
「鍛えれば見られて構わないと思うものですか?」
ユハニやネルヴィにも意味がわからないと困惑の表情を向けられて、多勢に無勢であると感じさせられる。
「筋肉の付け方や引き締め方は男として一種のステータスだろ。先輩達にも腹筋は割っておけとよく言われた」
「割る?」
「こんな感じ」
肌を見せないものと言われた直後なので、首を傾げたユハニの手を掴んで腹に当てさせる。
すると困惑していた表情が怪訝そうに歪んだ。
「ぇ、硬すぎません?」
「これでもトレーニングが足りなくて緩んだ方だよ。これから討伐も本格化するし、もう少し引き締めて置きたいんだけどな」
「ぇ、割るって腹を硬くするってことなんですか?」
「いや、むしろ見た目的な話だな」
もう見せた方が早いと躊躇いもなくアンダーシャツをめくり上げて見せれば、息を飲んだのも一瞬でその引き締まり方を見た者は自分の腹を押さえた。
筋肉がついている者もいるが大半は意識して筋力トレーニングを行っていない。
「レスティオ様」
「ん?」
「訓練方法を教えてもらっていいですか」
真剣な表情のユハニに苦笑してまた明日なとテントの中へと滑り込む。
脱いだ軍服をきちんと整えるとほとんど地面に寝ているのとは変わらないシートの上で眠りについた。




