第26話 ジンガーグ隊とコーク遠征(4)
「レスティオ様は魔物が恐ろしくはないのですか?」
魔物を見つけると躊躇いなく討っていくレスティオにヴァナルが問いかける。
「敵を殲滅する、という点においては元の世界の軍務とさして変わらないからな。対象が人から魔物に変わっただけ。むしろ気持ちは楽なくらいだ」
魔物討伐という行為に対してはRPGゲームの中にいる感覚なので生き物を虐殺しているような意識は浮かばない。
倒した魔物の分だけ経験値を得てレベルが上がっているのだろうか、ステータスの確認はできないのだろうかとたまに好奇心が疼くぐらいだ。
しかし、その感覚はRPGゲームという概念がないこの世界の住人には通じない。
「お話し中すみません。ヴァナル。魔物が一向に近づいてきませんが、討ちに行った方がよいでしょうか?」
話を遮ってユハニが声をあげる。
周囲を見回せば、遠くに警戒するように控える魔物の姿があった。
「先ほどから一定の距離を保たれている気がするな。こちらから距離を詰めなければ襲ってこないというのが不思議で仕方がない」
「そうですね。ハイラック、なにか思い当たる習性はあるか?」
「いえ。西の森と同種であれば人を見れば襲いかかってくるほど獰猛なはずです。仲間の血の匂いを警戒しているのかもしれませんが、異様ですね」
「少し検証してみようか」
レスティオは再び馬を降りて前方へと走り出した。
周囲の魔物はレスティオを視界に捉えて動き出す。
魔物の突撃を避けながら動こうとするヴァナルらを制止する。
そして、頃合いを見て後退すると、これまでレスティオに向かっていた魔物が数体飛び込んできたが、途中で怯んだように後退り始めた。
「ふむ。どうやら、俺には関係しないなにかを嫌って避けられているようだ」
「そのようですね。先ほどの戦闘では、ここまでではなかったことを踏まえると、もしかして、ユハニのつけてる薬とか?さっき塗り直してただろ」
「え?ぁ、もしかして、この軟膏のことですか?」
右手の手袋を外したユハニの手には布が巻かれていて、薬草の匂いが香っている。手袋を外した拍子に広がった香りに近くにいた魔物は仲間の元へと駆け出していった。
「えー……そんなあからさまに引かれるとショックなんですけど。そんなに匂いきつかったですかね」
「あの手の生き物は人間の数倍匂いに敏感なものだよ。その軟膏にはなにを使ってるんだ?」
「えっと、ルーエをベースに、アルメアとラッシュを調合して、それで人間が不快に思わない程度の匂いにはしたつもりなんですけど」
「俺たちは嗅ぎ慣れた匂いだし全然気にならないけど、なるほど、あの種の魔物はそのいずれかの薬草を嫌うわけか」
ユハニは手袋を付け直して、剣に手をかけた。
「兎にも角にも、アレは討伐対象ですよね、ヴァナル」
「あぁ。ユハニの薬が連中に効くというのは朗報だ。気の緩んでいる隙に数を減らすぞ」
魔物を討伐しながら奥へと進み、根源を見つけられないまま気づけば二時間が過ぎていた。
懐中時計で時間を確認したレスティオは改めてヴァナルに指示を求めた。
「魔物の数が多くてつい時間をかけ過ぎました。一度野営地へ戻り、休息を取った方が良いでしょう。ユハニ、ここから先は魔力を温存しておけ」
「はい。普段使っていないと流石に疲弊するものですね」
「温存し過ぎて俺は持て余してるけどな」
「文句を言うな。明日に備える方が、」
風が吹くと同時にレスティオはヴァナルの口を手のひらで封じた。
突然のことに驚きつつヴァナルは息を詰める。
レスティオは風上へと視線を向けてじっと目を凝らしていた。
やがて風が止むとゆっくりと手を下ろしてヴァナルを解放する。
「レスティオ様?」
「鳴き声がした」
「鳴き声、ですか?」
「魔物の吠える声とは少し違っていた。産声なら、根源が繁殖中の可能性がある。見えないけど、聞こえた」
うわごとのように言って、ヴァナルを勢いよく振り返る。
「繁殖中は無防備だが母体の警戒心は高まっていることが想定される。どうする?ヴァナル」
「、さ、幸い、私やネルヴィは魔力に余力があります。向かうなら援護は可能かと」
「先遣隊を率いているのはお前だ。どうする?」
「ぁ、そうでした。では、行きましょう!」
レスティオに判断を促されヴァナルは決心した表情で仲間たちと頷き合う。
その様子に満足してレスティオはヴィルヘルムに方向を変えさせた。
「俺が先導する。周囲の魔物は向かってこなければ放っておこう。根源の討伐が最優先、でいいかな?」
「はい。レスティオ様に遅れを取るなよっ!根源に向け突撃する!」
「突撃、な」
口元に笑みを浮かべながらヴィルヘルムを走らせる。
ふぅっと深呼吸して神経を研ぎ澄ます。
剣を構え、魔力を剣へと集中させる。
「敵影確認。前方距離二百。地に伏せ繁殖中とみえる」
「承知しました!展開し周囲を警戒しながら進むぞっ!」
進むほどに木々の腐食が進んでおり、生まれたばかりの魔物たちが様子を窺ってくる。
まだ凶暴性のない魔物を容赦なく踏みつけ進みながら、剣を振りかぶる。
地を這うように風の刃を飛ばし、根源の腹に直撃させる。
勢いよく後方へ吹き飛んだ根源の腹を睨んで舌打ちする。
「風だけで殺傷能力を出すのは難しかったか」
「今のうちに行きますっ!」
「俺も!」
レスティオの左右をヴァナルとネルヴィが駆け、二人が剣に魔力を集中させて放った氷撃が根源の体を切り裂く。
やりきった表情の二人に感嘆しつつ、各々周囲の魔物を始末していく。
粗方片付いたのをみてレスティオは森を癒して、木々を回復させていく。
まだ森中に魔物が残っていることを踏まえて、なるべく魔力を抑えるよう意識したもののくらりと目眩を感じて、ヴィルヘルムの背に項垂れる。
「大丈夫ですか?」
「ん。ほとんど負傷なく済んだ分、魔力の消耗は抑えられてるから、限界ではないと思うんだが」
「急激な魔力の消耗が原因でしょう。落馬されては危ないですし、後ろに乗りますか?」
ヴァナルの手が背中に当てられて心地よさを感じつつ唸る。
「ヴァナルは先遣隊の指揮官ですから、私の後ろに乗ってもらいましょう。ユハニ、ヴィルヘルムは任せられるか?」
「問題ありません」
「そうか、ではハイラックに任せよう。よろしいですか、レスティオ様」
「うん。帰還を急ぎたいだろうし、ヴァナルに従うよ」
レスティオがヴィルヘルムの手綱をユハニに預けてハイラックの後ろに乗ると、ヴァナルは地図を取り出し進んできた方向や距離から現在地を割り出し始める。
ひんやりとする鎧の背に凭れて仮眠を取る体勢に入る。静かに動き出すのを感じながら、気を遣って言葉を交わさずに指示を出したのだろうと察した。
馬の動きが安定してきた頃合いで目を開けると夕暮れの空が広がっていた。森を抜けて街道まで出てきたらしく前方には小さく村が見えていた。
「もう少し眠っていても大丈夫ですよ」
「いや、急激な消耗の反動で倦怠感を感じていただけで、もう問題なさそうだ」
「それは良かったです」
周囲を見回せば、魔力を持たないハイラックとブロワーズ以外は魔力も体力も消耗して疲弊しきった顔をしていた。
魔力の消耗までは癒せないので、せめて気を遣わせないように、レスティオは仮眠に戻ることにした。
三十分ほどで村の入り口に到着したが、そこにジンガーグ隊の姿はなかった。
「おそらく村の反対側でしょう。念の為、村人に確認していきましょうか」
村の中では威圧感を与えないように馬を降りて進む。
村の入り口の周囲は農地になっていた。
しかし、作物は芋がいくつか転がっているくらいで荒廃した様が広がっている。
「厄災を前に収穫を急いだことと魔物が魔力を吸収したことが影響して、農村地域は荒れ始めているんですよ」
「今からこれじゃ到底乗り切れないだろ」
西の森の際は、ギバの町まで癒しが届き、作物が実ったという報告があったことを思い出す。
ならばここは自分の出番かと荒廃した範囲を見回す。
森は視覚的に範囲を測りにくいが、柵で囲まれた村の中はわかりやすい。
「レスティオ様?」
「我、聖なる力を行使する者なり。魔に冒されし大地に癒しを与えさせ給え。イ・エルデ・ヴェール・ラルージュ」
「ぁ、それは、」
やるべきことは早々に片付けてしまおうと癒しをかければ、ヴァナルたちはぎょっとして周囲を警戒し始めた。
荒廃した畑に残っていた作物の種が芽吹き始め、芋がいくつか地表に見え始める。
ひやぁっ!!と悲鳴がして魔力を注ぐのをやめると村人と思しき男が腰を抜かして座り込んでいた。
「き、奇跡だっ!聖女様だっ!聖女様がいらっしゃったぞぉーっ!!」
その声に村中が騒がしくなり始めた。
レスティオはヴァナルたちの表情を一度確認してから、改めて村の様子を眺めて首をかしげる。
「なにか間違ったか?」
「そうですね……少し、待って頂きたかったです」
ヴァナルが苦笑しながら駆け寄ってくる村人たちの前に立ち、レスティオに近づくのを制止した。
剣に手をかけながら他の面々も周囲に立つ。
護衛に守られている自分に違和感を覚えつつ、ヴァナルの背中から戸惑っている村人の様子を覗く。
「我々はオリヴィエール帝国軍騎士団の者です。先にジンガーグ隊の者が挨拶に訪れているかと思いますが、野営地はどちらでしょうか?」
その言葉に村人たちは揃って入ってきた入り口と逆の方向を指差した。
しかし、そちらには村人の壁で進めそうにない。
「あの、これは、聖女様のお力ですか?」
収穫できるほどに作物が育った畑に老人が前のめりで問いかけてくる。
この畑の状況に対してなんの説明も無く通してもらえる訳は当然なかった。
「聖女様でなく、聖騎士様です。オリヴィエールは聖女ではなく史上初となる聖騎士様の召喚に成功したのです」
村人たちはぴんときていない様子だった。
皇帝から通達が出たのはコークの街に向けてであり、そこから村の方へと連絡が届いていなかった。
生贄は招集されたが、儀式の行方もわからぬまま不安な日々を過ごしているのが村の現状だった。
そんな彼らの期待の眼差しから解放されるにはきちんと筋を通すしかないだろうとレスティオは笑顔で向き直る。
「先日の儀式にてオリヴィエール帝国に召喚されましたレスティオ・ホークマンと申します。男ということもあり、ユリウス・オリヴィエール皇帝陛下より聖騎士の肩書きを賜りました。魔物の影響を受け農地が随分と荒れた様子でしたので、差し出がましいかとも思ったのですが、微力ながら聖の魔力をコークの大地に注がせていただきました」
にっこりと社交的な笑顔で言えば、感嘆と感謝の声で賑やかになる。
神に祈るような姿勢を取る者までいて笑顔が引きつらないように気をつけつつ、ヴァナルに目をやる。
早く野営地で休みたいのはヴァナルも一緒だ。
「我々は魔物討伐の先遣隊としてクレアの森の視察をした帰りなのです。急ぎ、ソリッズ・ジンガーグ隊長率いる本隊に合流したいのですが、どなたかご案内いただけないでしょうか?」
「もちろんです」
ようやく村人たちは競うように動き始めた。
ヴァナルを先頭にレスティオの隣にハイラックが付き、手分けして馬の手綱を引きながら付いていく。




