第23話 ジンガーグ隊とコーク遠征(1)
朝の鐘と同時にソリッズ・ジンガーグ率いるジンガーグ隊が移動を開始した。
レスティオは促されるまま、走り出したがるヴィルヘルムを宥めながら、先導するソリッズのすぐ後ろを付いていく。
今回の遠征地は、帝都から北東に位置するクレアの森と、街道を挟んで隣接するユドラの森の二箇所。
野営地はそのふたつの森の近くにあるコークの街外れの農村地域が予定されている。
コークの街は街道沿いに位置することから商人が中継地として重宝しており、帝都からの支援も町の規模に対して優遇されている。
その一環で魔術師団から駐留部隊が派遣され、統治も魔術師寄りの者が多く関わっている為、騎士団の遠征では町ではなく農村地域の傍らにテントを立てるのが暗黙の了解となっていた。
駐留部隊を護衛にして、レスティオだけは町に宿泊するという話もエルリックから持ちかけられたが、丁重にお断りした。
「レスティオ様。休憩が必要でしたら、遠慮なくお声掛けください」
「心配しなくても、ここにいる誰より、どの馬より体力には自信がある。休憩のペースはむしろ合わせるよ」
気遣うというより探られているような気がして、レスティオはソリッズや周囲の兵の気配に気を配る。
殺気や警戒というより緊張している雰囲気を肌に感じる。
現在、帝国軍では各地の駐留部隊とは別に、帝都の部隊から小隊を編成して各地の厄災の状況確認等に出しており、ジンガーグ隊も全員揃っている訳ではない。
人数が少なく戦力不足が懸念されたが、エルリックやドレイドはレスティオがその分も補うだろうと判断して遠征を決めた。
その判断にソリッズが納得しているのか、ジンガーグ隊の面々がどう理解しているのかはレスティオの知るところではない。
「昼の鐘より前には目的地に到着するか」
「はい。森の様子を窺いつつ、昼食を取り、索敵に向かうつもりです」
索敵といっても決まった陣形があるわけではない。
とにかく森を進み魔物を見つけたら討伐するという作戦とも言えない戦い方が騎士団の基本戦略だと誰に聞いても答える。
事前の視察の報告でも、魔物が森の外から視認できる位置まで迫っているという内容だけで、それ以上の情報は報告書には記載がなかった。
「報告書には記載がなかったが、視察に向かった兵からどのような魔物が確認されたという報告は上がっているのか?」
「どのような?魔物は魔物です。それ以上の情報はありません」
はっきりと言い切るソリッズにレスティオは落胆する。
敵の情報も知らずとも敵地に乗り込み剣を振るうだけで敵う実力があるならまだしも、騎士団の実力はそこまでではない。
視察に行って相対した魔物から逃げきれず負傷してきた兵もいるし、魔物を前にして震え上がる新兵も少なくない。
それなのに戦術や戦略を軽視していることに矛盾を感じる。
「魔物学を学んでいる者があまりいないので、魔物を見分けられる人もいないんですよ」
横から声をかけられて振り返れば、ハイラックがこの世界における魔物学について話し始めた。
魔物学とはその名の通り、この世界に出現する魔物について研究する学問だが、その推進にあたっては課題がある。
そもそも、学者を目指すような者は魔物に対峙するだけの戦闘力が無く、興味本位で生息地に赴いたが最後帰らぬ人となる。
では、騎士や魔術師が魔物について知りたがるかといえば、学術より剣術や魔術の上達を優先し、魔物は相対すれば討伐するものという認識に留まる。
戦いに必死で魔物の特徴は覚えていないし、倒せたらそれで良し、倒せなかったら死ぬだけ、というのが基本思想だった。
「呆れて言葉も出ないな」
「明らかに形が違えば違う魔物だということはわかるものの、耳や尾の形など微妙な違いまでわからない。だからこそ、魔物は魔物。その言葉に尽きてしまうんです」
「ハイラックなら魔物のことも少しは理解しているのか?」
わざわざ声をかけてきたのだから、と思い尋ねればハイラックは頷いた。
両親が数少ない魔物学者で、家には魔物について記した本が多く残されているという。
近隣の地域に生息する魔物ならば頭に入っているものの、ハイラック自身、魔力がなく戦闘技術も不足していて知識を活用する機会がない。
知識が活用された実績がないのだから帝国軍に広まることもない。
「ハイラックで戦力不足か」
「教えるのが上手いと言われるだけで、自分の実力の程は大したことありませんから」
「知識を活かして魔物という生き物相手にどう体を動かすべきかまでは思考が繋がらないというところか。それはそれで訓練ひとつでどうとでもなるとおもうがな」
「そうでしょうか。でしたら、是非訓練を付けて頂きたいものです」
剣術は上手くても戦術が足りないということだろうと理解してレスティオは頷く。
ハイラックの動きが悪くないのは剣術訓練で知っている。
「では、訓練は後で行うとして、到着までの間、魔物学について講義を頼めるか?」
「興味を持っていただけたなら幸いです。なにからお話しましょうか」
「例えば、魔物は魔物と言われても、そもそも、魔物ではない動物や家畜の類は存在するわけだろう。なにを持って魔物と判別しているんだ?」
「なるほど、魔物について知るのは初めてなのですね。質問の答えは、眼球です。魔物は目の白い部分が黒くて、色のついた部分が赤いんです」
白目ならぬ黒目で赤眼。
確かに特徴的で魔物と動物を見間違えないと納得していると、そんなことも知らないのか、とどこからか囁きが聞こえてくる。
魔物を魔物としか教えてくれない者たちに言われることを理不尽に思いつつも、ハイラックの説明に耳を傾ける。
「後は魔力を帯びているので、魔力結晶を与えるとそれを吸収して、強化したり、凶暴化します」
「へぇ、人間に魔力を与えるのは毒になるが、魔物に魔力を与えると強化剤になるのか」
「人間の場合に起きるのは、魔力中毒ですね。人間は繊細なもので魔力の性質の違いに敏感なのだそうです。魔物は雑多に魔力を吸収する生き物で、主なエネルギー源は自然界の魔力と言われています。魔物が自然界の魔力を吸収するが故に、吸収され尽くした土地は腐り、枯れていく。影響が広がれば農作物や生態系へと異常を来していくというわけです」
西の森の荒れた様子を思い出しながら納得する。
自然を含む生命体を癒せるのは聖の魔力だけであり、故に聖女という存在が求められる。
聖の魔力とはまさに魔物に対抗するのに欠かせない手段というわけだ。
「魔物とは自然発生するものなのか?それとも、なにか生き物が進化した結果なのか?」
「それは解明されていないんです。誰も魔物が繁殖以外で発生するところを目撃したことがないので」
「繁殖?」
「西の森にいた魔物は大きさが違うだけで同種だったことにはお気づきですか?魔物は根源となる一体から繁殖し増えていくものなんです。大体大きさの種類やその頭数から根源を見定めます。同じ大きさの魔物が複数体存在する場合はそれより大きいか強力な魔物がいるはず、と言った具合に」
そうして根源を見つけ討伐すれば、子は次第に力を無くしていく。
魔物のエネルギー源は自然であり、親の魔物の魔力だが、親が死ねばその分の魔力は消えていき、弱体化するという仕組みだ。
魔物の大きさ、能力値は共に親の影響を受け、親より強くなることは今の所確認されていない。
その一方で、親は生きている限り魔力を吸収し子を成し、強力になっていく。
その強力になる過程で火を吹いたり魔術のような技を使うようになる魔物もいるので、出来る限り早期に根源を発見し討伐する必要がある。
子は取り逃がしたところで親が死ねばそのうち朽ち果てるが、親はそうはいかない。
「なるほど、興味深い」
「魔物は魔物、というのは資料と照合して推論を立てて臨むことはできますが、凶悪化を考えると臨機応変な対応が求められるからというのもあるんです」
少し考えて目的地周辺の魔物の情報をもらうことにする。
騎士団に情報を活用する力がなくても、レスティオならば十二分に活用出来る自信がある。
「この辺りは西の森に出たのと同じ種が現れやすく、腹の皮膚が弱いそうです。とはいえ、そこを裂くには懐に潜り込む必要があるので、相当難しいでしょうが」
成長すれば二足歩行もするが、西の森の魔物のほとんどは四足歩行で腹は地面を向いていた。
確かにそこをピンポイントで狙うのは難しいだろう。
「魔術の属性は?火はよく利くとかあるのか?」
「魔術師なら大半を火で焼き殺しますね。むしろ、彼らの主な攻撃手段は火ですし」
「安直だな。森の中で火を使ったら延焼して大変じゃないか?」
「そうですね。なので、木を切り倒したり、消火の手伝いをすることが騎士団の仕事ともよく言われます」
「迷惑極まりない。今後その焼けた森を癒すのは俺の役目になるんだろう?下手をすれば騎士団以上に使えない連中じゃないか」
レスティオが懸念を口にすればハイラックは言葉を濁した。
魔術師の方が優遇されているからこそ名言は避けたいという雰囲気を察してため息をつく。
「確執が無駄な犠牲に繋がらなければいいがな」
「魔術に巻き込まれたところで事故死扱いになるだけですからね。我々もそれは避けたいところです」
「事故死?魔術師の過失ではなく?」
「えぇ、巻き込まれる方が悪いという考えです」
魔術師のやりたい放題ぶりが窺えてレスティオは眉をひそめた。
仲間を巻き込むなど余程のことがない限り許容されるべきことではない。
「巻き込まないようにコントロールするのも力量の内だろうに。まぁ、それは連中が復帰した時に考えよう。話を戻すが、それこそ火を吹くような魔物に火の魔術は有効なのか?」
「いえ。水が有効になります。しかし、種別がわかればまだしも、魔物の属性は火を吹くなどしないと見極めが難しいので、まずは火を使って攻撃するのが主流です」
「剣が効かない魔物はいるのか?」
「いますね。皮膚や体毛が硬い種はいくつか記録があります。急所がわかるものもいますが、腹だったり首だったり、狙うのもまた難しいので騎士団では対処が難しいんです」
結論は全て知識があっても有効活用するだけの実力がないというところに繋がる。
卑下ではなく事実なだけにレスティオも騎士団に対しては対処に困る。もどかしいものだなと思いながらため息をついた。
「そんな状態じゃ、あれだけ重傷者も出るわけだ」
「その節はお手を煩わせて申し訳ございませんでした。先日の討伐は、急な要請で人手も揃わなかったので、部隊としての統率も乱れたところがあり、格段に被害があったと聞いています」
西の森の要請があった際、ソリッズは隊の一部を引き連れて物資の調達に出ていたため参戦していなかった。
帝都に残っていた者は、ドレイドの団長権限で招集されており、別部隊の隊長の行き渡らない指示で動いていたという。
それはそれで部隊の動かし方に問題があるのではないか説明されるたびにレスティオに疑念を募らせる。




