第21話 はじめての酒席
テーブルの上に並ぶ酒瓶。酒に合わせるための料理も用意されている。
一通りを眺めたもののどの酒がどのようなものかレスティオにはわからない。
「迷うなら少量ずつ順に試せばいいんじゃないか?」
「、酒席のマナーとして許されるのか?」
「今日だけだ」
今晩はロデリオに酒席に誘われ、ルカリオとともにロデリオの私室にいた。
最初の酒がグラスに注がれ、それに合わせて料理が取り分けられる。
「我々の友好を祝して」
ロデリオがグラスを小さく掲げて言うのに、乾杯みたいなものかと理解して応じる。
早速、酒の香りを確認して一口飲む。
オルドナと紹介された酒はレスティオが知るところの赤ワインだった。
「うん、美味い」
「この前、エルドナが気に入った様子だったからこれも好みだろうと思ったんだ。料理もその酒に合うはずだから食べてみろ」
勧められた料理にはどうせ味がないだろうと思いつつ、見た目は輪切りにしたソーセージに見えるものにフォークを刺す。
「レスティオは酒には強いのか?」
「夜通し朝まで飲んでも平気なくらいには」
「それは凄いな」
ロデリオが平然と口に運んでいるのを見て、料理を口に運ぶ。
そして、薄味の中になんとも言えない薬のような味がして顔をしかめる。
一噛みごとに口に広がる味に咀嚼を躊躇いつつ飲み込んでオルドナで流そうとするが、料理の味を合わさって苦味が広がる。
「おい、大丈夫か?」
「水」
「すぐご用意致します」
水がグラスに用意される横で控えていた護衛兵がおもむろにレスティオの皿に残る料理を口にした。
平然とした様子で問題なさそうだと告げる。
信じられない思いで見つめながら、水で口の中の苦味を飲み込んでいく。
「口に合わなかったか」
「あぁ、なんでお前たちが平然とこれを食べられるのかわからないくらいに」
試しに違う料理も取り分けてもらったが、どれも同じ味で酒より水が進んだ。
この前の野営で共感を得たのは社交辞令だったのだろうかと、この世界の人間の味覚に絶望感すら感じつつ、料理は下げてもらう。
「酒は美味いのに、心の奥底から食文化を見直すべきだと思う」
「そこまで言うか」
美味いのに、というロデリオに共感できず、次の酒を用意してもらう。
酒だけいくつか試すと、飲んだ覚えのある味のものがほとんどだった。
ラベルを元の世界の酒の名前と紐づけて記憶しておく。
「これなら普段食べている食事と合わせた方がマシだと思うんだが、酒席での定番料理なのか?」
「俺が知っている限り、皇族や貴族の酒席はどこもこんな味付けだな。酒席の料理は酔いを和らげるものだから、なるべく食べた方がいいんだけどな」
むしろ招待されたならば用意された料理は口にすべきだというロデリオにレスティオはうなだれた。
無味無臭は無心で食べ進めれば我慢できるが、半端な味は苦行だ。
「俺は酒だけあればいいんだけどな。同じものを水割りに出来るか」
「、ミズワリ、ですか?」
最後に試した酒が一番好みだと思い、おかわりを頼むと注文に首を傾げられる。
水があるのだから可能だろうと思ったが、言葉が通じていない様子に、酒と水をそれぞれグラス半分ずつ欲しいと伝えなおす。
「クルールが好みか」
「あぁ、これと同じような酒をよくこうして飲んでたんだ」
「ん?」
クルールは言わばウィスキーだった。
酒のグラスに水を倍量注ぎ入れると周囲から驚きの声が聞こえた。
スプーンをもらって一混ぜしてから飲み始める。
「酒に水を入れるのが水割りか」
「あぁ、酒によって合う飲み方は違うが、水、お湯、お茶とか、果物を合わせる場合もあるな」
「お茶や果物は合わせるものによってだいぶ味が変わりそうだな。研究してみたら面白そうだ」
興味を示した様子で、ロデリオも側仕えにクルールの水割りを頼んだ。
同じものが目の前に置かれると、ロデリオは探るように一口飲んだ。
「ふむ。水を入れた方が飲みやすいな。これなら俺も飲めそうだ。アズル。これはローレンスにも伝えておくといい」
「かしこまりました」
「、そうだ。遅れたが紹介しておこう。俺の筆頭側仕えのアズル・バーンズ。それから、そこに立っているのが筆頭護衛騎士のエドウェル・マッカーフィーと護衛魔術師のベイルート・プラハだ」
名前を紹介されるとそれぞれ会釈して応じる。
皇室警護は魔術師団と騎士団からそれぞれ部隊が配置されているが、それとは別に皇族一人一人に直属の従者が付いてる。
今部屋にいるのは、特にロデリオが信頼を置く従者で、この他にも三十人ほど抱えている。
「そんなに必要なのか?」
「職務ごとに指名していたり、交代要員なども考えれば妥当なところだ。将来を見据えて教育中の者もいるからな」
「へぇ。そういえば、ルカリオにはずっと付いてもらっているし、今は休みも与えられてなかったな」
「夜は下がって休むように言われておりますし、側仕えには十分すぎるほどお休みを頂いております」
この世界には週休何日という考え方がなかった。
特に城に仕えている者は上司次第で勤務時間もまばら。
そういえば講義ばかりの時も休みという休みを設けなかったなと思い返して、そういうものかと理解する。
「もう二、三人は側仕えを選んで然るべきだと思うがな。当初は聖女ならぬ男が召喚されたと、こちらが側仕えの選定に迷ったものだが、今は、お前がルカリオ以外の側仕えを拒絶してるんだろう?」
「ん?そんな覚えはないが」
「ぁ、先日の討伐からお戻りになられた際に側仕えを帰されていたので、そのことかと」
ルカリオに言われて手のひらを打ち合わせた。
確かにぞろぞろと部屋に入ってきた側仕えを追い出して、残ったルカリオにだけ湯浴みの手伝いを頼んでいた。
しかし、あれが新しい側仕えたちだとは全く認識していなかった。
「別にルカリオだけで間に合ってるのは事実だしな」
「しかし、それは城に仕え始めたばかりで位が低いどころか経験が無さすぎる。筆頭側仕えなら二十年は城に仕える上位の者を選ぶべきだ」
「そういう連中の調整がつかなかったからルカリオが俺につけられたんだろう?」
「お前の得体が知れなかったから調整が付かなかっただけで、今はいくらでも手を挙げる者がいる」
仕える相手を選びたい気持ちは理解するが、自分の目で見極めるくらいの気概は欲しい。
聖騎士という皇帝が認めた呼称に釣られているような者達に寄って来られても気乗りはしない。
元の世界でも屋敷には使用人がいたが、この世界の側仕えのように世話を焼かれることはなかった。故にあまり必要性を感じていない。
納得していない顔のレスティオにロデリオはため息をつく。
「まぁ、騎士団は行動を共にしているから護衛の選定は進むんだろうが、側仕えや文官は接する機会が少ないからな。お前が良ければ紹介なり融通なりしても構わないが」
「戴冠式までに選定すればいいんだろう?」
「少なくとも側仕えは大陸会議までだ。ルカリオは連れて行くには若すぎる」
ただし、宰相から話が無かったなら側仕えの人選は検討されているのかもしれないが、と付け加えられる。
そもそもルカリオをレスティオに付けたのはマルクだ。
マルクがその気なら任せておこうと関心を無くして、アズルにクルールの水割りを頼む。
「クラディナの件もあって仕方がないのかも知れないが、城の者は信じられないか?」
「側に置く必要性を感じないだけだ。大概のことは一人でなんとかなるのに、体裁だけのために人を付けるというのもな」
ルカリオだけでことが足りているのに、ルカリオより位の高い者を置いても遊ばせるだけ。
護衛もレスティオより弱いのはわかっているので、信頼以前に必要性を感じない。
必要性はともかく信頼に値する人間がいるかと言えば、講義で関わった者が片手で足りるほどいるかどうかだ。
「気の置ける場所を作るという意味でも、側近を作るのはいいと思うんだがな。まぁ、考えておいてくれ」
ふと気の置ける場所という言葉にレスティオは顔を上げた。
「なるほどな。初めから信頼できる人間なんていないんだから、自分で関係を作っていくべきか。確かにその通りだな」
能力的な側面ではなく、居心地のいい空間を作るために必要な人集めと思えば、選定も悪い気はしない。
聖騎士という立場上、自分から歩み寄らなければ関係は築きにくいだろうと思うと、元の世界では恵まれていたなと懐かしく思った。




