第20.5話 魔術研究と騎士団
騎士団の宿舎に戻ってきたユハニ・リトラは、やけにぐったりとした兵たちの様子に首を傾げた。
また総帥の特別訓練でもあったのだろうかと思いつつ、食堂で夕食を受け取る。
最近、頻繁に作られるようになったスープは、料理長の研究もあって美味しい。
時間に余裕がある時は温かい内に食べるに限る。
「おう、ユハニ。休暇は満喫したか?」
「休暇って言っても食料調達の付き合いですよ。エヴァルトが丁度休憩だったので稽古出来たのは良かったですけど」
同じ隊に所属するネルヴィ・ボートムが正面に座り、続けてテーブルの席が埋まっていく。
食欲が出るくらいに回復してきたのか、スープが冷めたり、無くなるのが嫌だったのか、ぞろぞろと食堂に人が集まってきた。
「今日はなにかあったんですか?」
「ん?あぁ、聖騎士様発案の魔術研究に駆り出されてたんだよ」
「、魔術研究?騎士団がですか?」
魔力がなかったり、使えても生活魔術が精々という者がほとんどなのになんの役に立つというのか。
疑問を表情に出して言えば、騎士団の団長であるドレイド・ヒューストンからされたという説明を口々に語り出す。
まとめるとこうだ。
先日の西の森の討伐で、聖騎士が剣を振り回しながら魔術を使い、その報告を受けた総帥や魔術師団相談役が新たな魔術の応用方法として研究に乗り気になったことが発端。
剣術を使うなら魔術師は剣を持たないから騎士団だということで白羽の矢が立ち、協力希望者が募られた。
名乗りを上げた者たちは魔術師団相談役による選別を受け、聖騎士流の魔術の扱い方を教わったが、大半は魔術の発動もままならず終わった。
「じゃあ、結局役立たずだったってことですか?」
「役立たずっていうなっ!」
「そうそう。ネルヴィとかロゼアンとか、魔力がそれなりに使えてた奴はちゃんと評価されてたさ」
周囲に言われて満更でもない様子でネルヴィが頷く。
他のテーブルで同僚たちと食事を取っているロゼアン・ダイナを見ると、他の者に比べて顔色がマシに見える。
しかし、家柄も性格も全てが対極に見える二人の名前が並ぶのかと、ユハニは疑わしげに目の前でスープ皿に口をつけて幸せそうな顔をしている同僚を見つめた。
「レスティオ様直々に技を教えてもらったんだけどさ、氷を風で飛ばす魔術を剣に魔力を送って発動させると、離れたところにある的も普通に剣で切ったみたいに切れるんだよ」
「情報量が多過ぎてよくわかりません」
氷を風で飛ばすというのも聞かない魔術だし、剣に魔力を送るとはどういうことか。
魔法陣でも彫っておけというのだろうかと考えを巡らせてみるが理解できない。
そもそも、ネルヴィから教わるのは無理な話と思っているので聞き流す。
構わず話を続けるネルヴィの頭上に拳が見えて、あ、と声を出しかける。しかし、声が出るより先に拳は落ちた。
「いでぇっ」
「しばらく魔術の扱いを控えて魔力を十分に回復させるように言われていただろうが。ユハニを巻き込むのは構わんが、お前は休めよ」
「だからって、隊長、殴ることないじゃないですか」
「いや、お前、今まさに使って見せようかという素振りだったからな」
ネルヴィの背後に立っていたのは、空の食器を手にしたジンガーグ隊隊長のソリッズ・ジンガーグと、副隊長のガヴリール・ヴァルナフだった。
制止に入っただけで二人とも厨房に食器を返すとそのまま食堂を出て行った。
「そんなに消耗したんですか?」
「んー。生活魔術以上に使うことがないからよくわからん」
「アレを実践に取り入れるつもりなら把握しておいたほうがいいぞ」
隊長たちと同じく食器を返しに通りかかったロゼアンの言葉に、ネルヴィは首を伸ばして「そういうもん?」と問いかける。
ロゼアンは、厨房に食器を返してから律儀に戻ってきて、隣のテーブルの空いている席に腰を下ろした。
「氷の生成、風の放出だけなら大したことはないが、合わせて行うとなれば消費する魔力量は単純に考えて倍。加えて物体に魔力を流し入れて操るとなれば倍じゃ済まない」
「まぁ、確かになぁ。ロゼアンは自分の魔力量なんて把握してるのかよ」
「今日再確認した。消費感覚的には魔力総量を百としたら四十は持ってかれたと思う。水浴びするくらいなら十も消費しないくらいなんだけどな」
「そういう感覚か。んー、結構色々試したからな。その都度どれくらい消費したかなんて考えてなかったな」
食事を終えた兵が二人の話に混ざり、複数のテーブルに跨って魔術討議が始まった。
ユハニは、部屋に戻るタイミングを逃したなと思いつつ、グラスに水を注いで話に耳を傾ける。
「で、ユハニは?参加するか?」
「離脱する奴も多いだろうから、聖騎士様に顔くらいは覚えてもらえると思うぞ」
顔も名前もこの前覚えてもらったからなと思いつつ、魔物に対抗する手段が増えるのは悪い話じゃないと考える。
消費魔力が多いのは気になるが、次回は参加すると答える。
何気ない誘いに聞こえたが、ユハニの答えにロゼアンは安堵した表情を見せた。
「なぁ、ダイナの家は大丈夫なのか?今の所、不敬罪だ、反逆罪だって話は城内の警備してても聞こえてはこないけどさ」
声量を落として聞いてくる同僚にロゼアンはしまったという視線を泳がせた。
召喚の儀の夜にダイナ隊が聖騎士を襲撃した一件については、未だに決着しておらず時折関係者が呼び出されている。
父親が犯したことは、主犯格でなくても贄の刑に処されても仕方がない行為であり、そうなれば、連座で息子であるロゼアン諸共一家全員贄にされるだろう。
オリヴィエール帝国の召喚の儀が成功したといっても、大陸内の各国の状況次第では贄に売られる可能性が十分にあるのが現状だ。
「いざという時の備えには、今回はいい機会だと思ってるよ。レスティオ様は騎士団は無能だと思ってる。けれど、あの技を習得できれば戦力になるかもしれないとおっしゃっていたから、口添えしてもらえるかもしれない」
従順で戦力になるならば贄は逃れられるかもしれない。
自分だけが救われるのか、父だけが贄にされて済むのか、家族の処遇がどうなるかはわからないが、今出来ることを尽くすしかない。
これから贄になる者達の絶望に満ちた表情や発狂する様は未だ記憶に新しい。
自分や家族が彼らと同じようになるかもしれないと思うと、恐怖で背筋が冷たくなるというものだ。
「その為には脱落者が多く出て、やはり騎士団は使えないと言われるわけにはいかない」
「わかってるよ。大して役に立てなくても、そういう連中がいればこそ、出来るやつが引き立つ」
「別に引き立て役にしようっていうんじゃ、」
「大丈夫。俺たちだって、聖騎士様に媚び売って、いざって時には助けてもらおうって下心あってやってんだから」
皆がロゼアンを気遣おうとする中で、ネルヴィはにぃっといたずらな笑みを見せた。
それに、確かに、と笑い出す。
「ちょっと片付かないんですけどー」
厨房の方から苦情が聞こえてきて、慌てて返していなかった食器を厨房に戻す。
同時に、解散だと各々食堂を出て行く。
食堂を出たユハニはふと思い立って先を行くロゼアンを捕まえた。
「魔力量って、どうやって測ればいいですか?次の演習はまだ先なんですよね。準備くらいはしておこうと思うんですけど」
「それなら、」
「俺にも教えて教えて」
すかさずネルヴィが間に割り込んでくる。
訓練を面倒くさがる傾向にある彼にしては珍しく積極的だった。
しかし、ロゼアンは呆れた顔でネルヴィを押し返す。
「、お前はまず魔力量が回復してからだろ」
「ぁ、そっか」
「邪魔しないでくださいよ」
「なんだよ、話くらい一緒に聞いてもいいだろー」
廊下で話していると騒がしいっと喝が飛んできて、慌てて宿舎の談話室へと駆け込んだ。
その道中で魔術の見込みのある兵を巻き込んで、無い知識を捻り出しながら対策を練って行く。
久しぶりに明るく賑やかな様子に隊長たちは咎められず一度は見逃したものの、そのまま夜が更けていき、さっさと寝ろと怒声が響くこととなった。




