第186話 大陸会議派遣団の帰還
城に戻ったレスティオは裁縫道具を用意してもらうと早速布を切り始めた。
型紙など無くてもチャリティーで作った時に寸法は全て覚えている。
迷いなく切った布を縫い合わせていき、クッションから抜いた綿をほぐしながら作ったパーツに綿を詰めて繋ぎ合わせる。
「見事な手際ですね」
見ているしか出来ないルカリオはその手元にほぉっと感嘆するばかりだった。
黙々と縫い続けること2時間。アミュレットラビードの腹に紋章も刺繍して、しっかりと綿を詰めたぬいぐるみをテーブルに座らせる。
「これがアミュレットラビードですか。可愛らしいですね」
夕食を挟んでユーリアの分も作る間に部屋に訪れたエリザにも見てもらうと、贈り物に良いと思いますと太鼓判を貰った。
これから子供が出来る者が羨ましいと言われて、出産時という決まりはないけれどと言うと若干目の色が変わった。
聖騎士の名と共に広めようと思った時の文言を今度確認して欲しいと言われて、あまり広めるつもりはなかったが気が向いたら型紙と作り方を起こそうかと考えた。
翌日の昼過ぎに大陸会議派遣団が帝都へと帰還した。
伏せている設定のレスティオは正装に着替えたが、声掛けがあるまで部屋で待機するように言われていた。
贈り物用にアミュレットラビードを作っている間にラハトが帰還の挨拶に訪れ、預けていた荷物が運び込まれてくる。
「お疲れ様、ラハト。長旅で疲れただろう、今日は早めに休むといい」
「お気遣い痛み入ります。しかし、お世話する主もなく調香に励むばかりでしたのでさほど疲れてはおりません。荷解きのお手伝いをさせてください」
「そうか。じゃあ、片手間で今後の動きについて報告を頼めるかな。ロゼアンのこととか、外交案件とか」
聞いているだろうかと思いながら問いかけると、ラハトは心得た様子で頷いた。
ロゼアンのカーストン家への養子縁組は早速手続きの準備を始めることになっている。
ロード・レッドの存在を周知するのに婚姻の儀のパーティは良い機会となるという目論見だ。その為、ロード・レッドの就任式も婚姻の儀より前に執り行うべく急ぎ準備が整えられようとしていた。
ロゼアンを次期当主として迎える話をしていたが、就任式を行うということはその時点でカーストン家当主になるということだ。思い切った決断に流石に驚く。
大陸会議派遣団の移動の途中で、各地のカーストン一族へと早馬が向かわされていて、当主交代に立ち会うべくカーストン一族が帝都に集結しようとしている。
「就任式はそんなに大々的に行われるのか?」
「そのようですね。カーストンは聖女の家系でありレスティオ様の縁戚ですから。皇族立会いで行うそうなので、レスティオ様にも参列頂くことになります」
それは大いに歓迎する。
レスティオは魔力結晶の箱から黒に近いものではなく、深みのある紅色のスーツを取り出して笑みを浮かべた。
「ラハト。エルリックに、この衣装一式を贈るから、ロゼアンの就任式の衣装として仕立て直して使って欲しいと伝えてくれるか?仕立て屋が必要ならノジャーロア商会に声を掛けて、式典に相応しい装飾を考えてもらってくれ」
「良いのですか?こんな上質な衣装は、こちらでは中々手に入らないと思いますが」
「元々それを用意したのはレディ・レッドだよ?ロード・レッドにいくらか下賜して然るべきだ」
色合いを重ねて確認しながら、様々な赤がバランスよく組み合わさるようにコーディネートを決めていく。
ラハトはレスティオに言われるがまま、取り出される衣装一式を畳み直した。
「それから、皇族の皆さまはロゼアンとハイネルの婚約を後押しするつもりのようです」
「ほぉ。当人たちは?」
「ロゼアンは、自ら婚約を申し込むから、カーストンや皇族の皆様からの口添えは待って欲しいと告げたそうです。猶予は2、3日がいいところでしょう。ハイネルはクラディナ様と共に西部へ向かうことを決めていますが、今回の件でドレア様の護衛魔術師に移ることが内々に決まりました。ぁ、ルカリオもシドムもこのことは内密にな」
ロゼアンとハイネルのためにも。と加えたラハトに、ルカリオとシドムは頷いた。
レスティオもロゼアンが漢気を見せようというのに横やりを入れるつもりはない。
お互いに納得した形で婚約したいのだろうと思えば、むしろ背中を押してやりたいぐらいだ。
「しかし、何故婚約破棄したハイネルをロゼアンの婚約者にしようというのでしょう」
首を傾げたルカリオにレスティオはラハトに続けるように促す。
「レスティオ様がカーストン家とドーベル家と縁戚関係にあると認められたので、レスティオ様の周囲を護る意味で、下手な相手を据えるよりはロゼアンとハイネルが縁を結んだ方が良いという判断です」
「ぇ、レスティオ様とドーベルがっ!?」
「側近同士でも俺の許可なく広めてはいけないよ?」
驚くシドムに注意するときつく唇を結んで姿勢を正した。
「しかし、そういう介入があるとはね。まぁ、思惑はわからないでもない」
衣類を畳み終えたラハトに、ひとまずエルリックの元へ向かうように指示して送り出す。
レスティオは荷物を分けながら、ルカリオとシドムに元の世界へ帰って知った先の召喚の儀での転移と転生について教えた。
これから関係者とお茶会や酒席の予定を組む上では、自らの側仕えには知っておいてもらった方が動かしやすい。
皇族は迎えた各国の使者の慰労を兼ねた夕食会があるとのことで、夕食の席はエルリックとエメラルナ、ロゼアンと共に過ごすことになった。
既にロゼアンはエルリックの養子として扱われていたが、纏うジャケットは特待生に与えたジャケットだった。
「カーストンの縁を祝して」
エルリックの発声で夕食の席が始まる。
「レスティオ様。先に御礼を申し上げます。ロゼアンに衣装を下賜頂きまして、聖騎士様の特待生という立場を退いても切れぬことのない結びつきを感じることが出来ました」
「そりゃ、むしろこれからは縁戚の一人となるわけだから、縁は決して切れないだろう。これからもよろしく頼むよ、ロード・レッド」
「こちらこそ、レスティオ様との切れぬ縁を光栄に思い、精進してまいります」
堅い挨拶だが部屋の雰囲気は和やかなものだった。
レスティオの側近以外は排した部屋ということもあり、肩の力も抜けている。
「縁と言えば、ハイネルとの婚約の話を聞いたよ。もう彼女に話しはしたのか?」
「っ……流石、耳が早いですね……」
噎せかけたロゼアンの顔が赤くなっていく。
エルリックとエメラルナが肩を竦める様子を見ると、まだ成立はしていないのだろうと察する。
「今日は流石に都合を付けて頂くのは難しいと判断し、明日に時間を貰えるように申し入れたところです」
「そうか。上手く口説けると良いな」
「善処します」
気合を入れるロゼアンを微笑ましく思っていると、エルリックから婚姻の儀はロデリオの婚姻の儀の日に執り行うと報告された。
まだ婚約も成立していないが、当人たちを差し置いて周囲はもう本気だった。
第一部のロデリオとドレアの婚姻の儀の後、第二部として二人の側近、第三部としてレスティオや他の皇族の推薦者と続く。
上流階級者を中心に第五部まで執り行われることが決まっており、ロゼアンとハイネルは第三部での参列に決まっていた。
「もしかして、就任式とは別に婚姻の儀の衣装も仕立てないといけないのか?」
「そうですね。しかし、レスティオ様から下賜された衣装を使わせて頂くので、然程労せず準備は整うでしょう」
「そうか。しかし、わかっていると思うが、ハイネルこそ俺の血縁者だからな。彼女が断固拒否の姿勢を示したら、俺はハイネルの意志を尊重するよ」
「そこはロゼアンがしっかりやってくれると信じます」
「善処します!」
かかってくるプレッシャーにロゼアンは声を張った。
その様子に笑って婚約の話を区切ると、ロジエーナの昔話に話題を変えた。
後に転生したと分かったこともあり、エルリックとエメラルナの知るロジエーナの武勇伝や生贄になった経緯が笑い話のように語られた。
「そういえば、レディ・レッドからゼナウス殿下の名前を聞いたのだけど、今どこにいる人なのだろう?」
「レスティオ様からその名前を聞くとは思いませんでした。姉上が知っている皇族がそこまでだからなのでしょうが」
ゼナウスを始めテゼルド前皇帝の子は皆エディンバラ大陸外の島などの領地を任されているといい、今度地図と共に皇族の管轄事情を説明してもらうことを約束した。
位置が違えば厄災のタイミングも異なるのであえて省いていたと話す様子からは若干の確執が窺えた。
「ユリウスが皇帝と言ったら驚いていたよ」
「それはそうでしょうね。あの頃は陛下は10歳にも満たない子供で、皇弟殿下の御子だったので皇位からは遠い存在でした」
生きている間に皇帝が次々代わり、変化する国政に今後への不安を感じて過ごしてきた。
厄災が予言される中、二度に渡る召喚の儀の前後は一番国政が不安定な時期だったといえる。
「しかし、あの儀式から今に繋がっていると思うと、実に感慨深いものです。またこうして姉上の話が出来るなんて思いもしませんでしたから」
「しかも、ロジエーナの縁を思えば、俺たちは従兄弟だからね」
食事を終えても談笑を続けていると、ノジャーロア商会が到着したと報せが届いた。
就任式まで時間が無いこともあり、夕食の後に早速仕立て直しのデザインを共に検討することにしていた。
揃ってノジャーロア商会が待つ部屋に移動して、レスティオが下賜した衣装を観察し始めていた彼らと意見を交わした。
その後、次の予定までの時間でドレイドをエルリックの執務室に呼びつけて護衛騎士選定の最終調整を始めた。
途中でロデリオとユリウスが合流すると、あらかじめ思惑を話し合っていたこともあり、そう時間はかからずに話し合いは終えて最終決定が下された。
皇室の側近用の宿舎で預かっているザンクの職人に名入れを命じ、明日の朝の鐘の時間に闘技場にて任命式を行うと決まった。
幸い、指名する者は皆帝都に滞在しているので、なるべく早くレスティオに護衛騎士を就けるべく、取り急ぎの護衛のジャケットの手配なども話が進んだ。
「さて、話は以上だな」
よし、とユリウスが締めると、レスティオとロデリオは共に席を立った。
慌ただしくなったが、これから皇族との酒席の時間だ。
部屋を移動すると、リアージュたちは神妙な面持ちで語らっているところだった。
「お疲れ様です。護衛騎士の件は纏まりましたか?」
「あぁ、明日の朝、任命式を執り行う。まだ酒は開けていなかったのか?」
「えぇ、互いに情報を共有し合っていたところです。主にはレスティオ様がなにをしていたか、ですけれど」
リアージュが困った顔をしていうのでレスティオはなんのことだろうなと惚けてみた。
空いている場所にそれぞれ座ると、側仕えたちが酒の用意を始める。
「ミア・アンノーンの件は聞いた?」
「帝国軍の指導官の件ですね。まさか、レスティオ様が協力者を導いていたとは思いませんでした。いつの間に、というのは、レスティオ様を前には意味のない問いでしょう」
言われて、エルリックにちゃんと話すのを忘れていたことに気づく。
ドレイドから話をしてくれていたらいいなと思いながら、近い内に皇族含めて話をする時間を設けたいと頼む。
「まぁ、悩ましい話はさておいて酒を交わそう」
ユリウスの言葉にルカリオがボトルを手に前に出た。
「最初のグラスはレスティオ様から皆様へ、祝福を意味するエヴァンジェーロの名を持つ蒸留酒をご用意頂きました。こちらを水割りにてお出しさせて頂きます」
用意したのは祝杯用に持ち帰ったロドルフットが愛飲していたウィスキー。
これを開けることでレスティオは戦争は終結したのだと自分の中できちんと区切りをつけようと決めていた。
「ほぉ、例のとっておきの酒か」
先日は用意すると言ったものの演奏会からの流れで始まった酒席だったこともあり、レスティオから酒は提供できなかった。
とっておきの中でも一押しだと頷いて給仕を待つ。
「クルールのような香りですね」
「それに近いかな。苦手だったら無理せず変えてくれ」
「いえ、折角の一杯ですから味わせて頂きます!」
ルアナが飲めるか悩ましそうな顔をする横でリーベレールがどこか浮かれた表情で側仕えからグラスを受け取る。
今日は人数も多く、ボトルも大きなものではないので水割りにして一人一杯がギリギリだった。
レスティオの世界の酒を味わえる機会はもう無いだろうと思えば、皆貴重な機会だと興味深そうにグラスを眺め香りを確かめる。
「では、レスティオの帰還と、エリシオール合衆国の戦争終結を祝して!」
意気込んだユリウスの発声に口々に祝いの言葉を掛けられてレスティオは笑いながら礼を言った。
エヴァンジェーロを口に含むと強いアルコールが口いっぱいに広がる。アルコールの熱が咥内を満たすとじんわりとほろ苦さとハーブのような爽やかさを感じる。
「ほぉ、これは良い」
「あら、思ったより飲みやすいのですね」
ユリウスとリアージュが飲み切るのを惜しそうに少しずつ飲み進める横で、クラディナとルアナはすぐに酔ってしまいそうと酔い覚ましを含む料理に手を伸ばした。
「ラスクとナッツのスパイス掛けと、グラットンの塩漬けとチーズの蜜掛けは俺の世界から持ってきた料理だから、酔い覚ましにはならないだろうけど良ければ試してみてくれ」
ラスクとナッツのスパイス掛けはこちらの世界でも再現しやすいだろうという思惑で市販のパッケージを城の料理人とケンリー、ユハニに提供して作らせた。
スパイスとなると料理人だけでは再現が難しくユハニの存在が欠かせないと学んだ。今後皇室認定の特待生となるならば利用しやすくなるだろうと大いに期待している。
グラットンはエリシオール合衆国で養殖されている魚の一種。透き通った白身は生のままで食べると程よい歯ごたえを楽しめる。
保存を利かせる為に塩漬けした上で真空パッケージにされたそれは、軍の遠征中にも酒を楽しむ肴として何度も世話になった。
チーズと蜜を添えるのはクロードが兄から情報を仕入れて来た悪魔的な組み合わせだった。
「なにこれ、美味しいっ!魚にチーズと蜜を合わせるなんてと思ったのに!」
「ガナル港の漁師ならこのグラットンに似た魚に心当たりがあるかしら……そしてお酒が進んでしまうっ!エルドナを頂戴!」
塩漬けとはいえ生の魚を食べる習慣が無い彼らだが、セルヴィアとリアージュが絶賛すると無くなる前に自分の皿に競うように取り始める。
ルアナは咀嚼しながらなんで東部には海産物が流通しないのかと悔しそうに唸った。
「レスティオ……お前、よくもまぁ瀕死の状態でこんな美味いものを持ち帰ったな」
「事前にジャケットに全部収納していたからな。転移する時は身ひとつとわかっていたからこそだ。流石に酒のボトルを何本も持ち帰り過ぎたと思うが、今こうして酒を楽しめているから結果的には良かった」
酒と料理を堪能する皇族たちを眺めてレスティオは満足げに笑みを浮かべる。
ドレアやラビ王国との酒席用にもいくつか酒と肴を取ってあると言えば、同席しないことになるだろうレナルドたちは悔しそうにした。
料理人の再現に期待してくれと笑えば、ルアナが自分が取り仕切りましょうと張り切った。
「ぁ、土産はまだあるんだ。ルカリオ」
レスティオが声を掛けると、ルカリオは奥に置いていたトレイを手に後ろに立った。
「女性陣にだけなのだけど、メアリオーブを一箱ずつ贈ろうと思う」
「メアリオーブ?」
「エリシオール合衆国の高度技術を駆使して開発された美の宝玉」
美という言葉に眼光が光ったのを感じた。
手に取ったパッケージは当然の如くエリシオール合衆国の文字が使われているので誰も読めはしない。
自分用のパッケージを開封して透き通った金色の粒が詰まったガラス瓶を見せる。
「この世界でも浴槽に花を浮かべたりする文化はあると聞いているけれど、これは入浴剤と言って浴槽に溶かして使うんだ。一度につき一粒だけで十分だから、お湯に入れたらしっかり湯をかき回して。その湯に浸かると疲労やストレス、乾燥などからくる肌荒れを防ぐと共に、肉体の疲労を癒し、肌艶がとても滑らかになる。香りは普段使っている物になるべく寄せるようにしつつ俺の印象で選んでみた」
肌荒れと言われて女性陣はハッとした様子で頬や手に手を当てた。
大陸会議もあって皆疲れを感じているのは間違いなく、化粧で誤魔化しているが隠しきれないものもある。
「会ったことはないけれどユアンの分と、当然ドレアの分も用意している。それはレナルドとロデリオに預けていいかな?」
「それは嬉しい心遣いだ!美容で言えばヴィアベルよりユアンの方が気を遣っているからな」
「あら、私だって手入れはしていましてよ」
「ドレアも嫁いですぐは気を張るだろうし、レスティオからの気遣いは喜ぶだろう。礼を言う」
ルカリオからそれぞれの側仕えへとメアリオーブの箱を配る。
香りを間違えないようにそれぞれのパッケージには送り先の名前を書いた取扱説明書を添えている。
「数は百ほど入っているが限りはあるものだからな。下賜するにしても入浴の後の湯を側近に使わせるとかしてもいいかもしれないな」
受け取る女性側仕えたちの羨ましそうな表情を見て言えば、リアージュは笑いながら頷いた。
「同じ湯を使わせるなんてことは普段しないけれど、婚姻の儀が近い者もいますからね。確かに、褒美や労いとして特別に認めることがあってもいいかもしれません」
「入浴湯の下賜ねぇ。それこそ取り合いになってしまいそうだわ」
早速今日試そうか、もう入浴は済ませてしまった、と女性陣が受け取ったパッケージを確認しながら表情を緩める。
「男性陣にはないのか?」
「メアリオーブを使い美しさを増した妻が見られるんだ。それで十分じゃないか?」
ユリウスとレナルドが同時に「なるほど」とはっきりと声を出して納得した。
しかし、恩恵の無いリーベレールが不満そうだったので、せめてもとハルモニアの演奏と共に聖の魔術で労って宥めた。




