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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖なる集い編
202/256

第184話 自由に過ごす休日(1)

 

 帰ってきた安心感からかぐっすり眠ったレスティオは、目覚めにルカリオの姿を見つけて自らの怠惰に羞恥を覚えた。

 寝返りを打って枕に顔を埋めると、目覚めに気づいたルカリオが寝台を覗き込んだ。


「おはようございます。どこかお加減が悪かったりしますか?」

「……大丈夫。ホットミルクが飲みたい。蜜が入ったやつ」

「畏まりました。水浴びはお手伝いしましょうか?」

「自分で出来るからいい」


 だらしない姿を見せすぎるのは良くないと気合を入れて起き上がった。

 部屋の時計を見れば7時を過ぎていた。アイオロスに帰っている間は時間を意識しない生活をしていた所為だと自分の頬を叩いて、明日からはちゃんとしようと決める。

 柔軟と水浴びを済ませる頃にはホットミルクの用意が出来ていて、煙草一本を手にカップを受け取ってバルコニーへと出た。

 

 煙草を唇に咥えて魔術で先端に火を付ける。

 煙を吸い込みながら、帝都の景色に目を向けた。煙を吐くと視界が白む。

 

「レスティオ様、そちらは?」

「煙草。酒と同じ嗜好品のひとつだよ」


 煙草をくわえて空いた手でルカリオの柔らかいオレンジの髪を緩く撫でる。

 くすぐったそうに笑う姿にレスティオも笑った。


「朝食も用意出来ましたから、召し上がって下さい。騎士団本部に向かう時間になってしまいますよ」

「おっと、そうだった」


 半分ほどになった煙草の先端を切り落として魔力結晶で残りを包むと、飲みかけのホットミルクを手に部屋へと戻った。

 朝食に用意されたオムレツと温野菜のサラダ、フィグパンを見て懐かしい気分で食事を済ませ、久しぶりに軍服へと袖を通した。


 


 


 疾風の如く風を切って伸びやかに駆ける。

 その背に跨って、レスティオは過去一番の勢いに思わず声を上げて笑う。


「速い速いっ」

「舌噛みますよっ!」

「だーいじょーぶっ!」


 帝都の外周を走る馬たち。

 その先頭は久しぶりにレスティオを背に乗せて興奮気味のヴィルヘルムだった。

 後を追うシルヴァのイヴェールも、ミアが借りたドゥールも追いつけずに距離が広がる一方だった。

 門の前に控えている兵も驚いた顔で通り過ぎる勢いを見送る。


 存分に走り回ったヴィルヘルムに周回違いで同行した馬たちは息絶え絶えだった。

 

「あー、楽しかった。やっぱりヴィルヘルムが一番だな」


 レスティオは乱れた髪をそのままにヴィルヘルムをマッサージしながら洗い始める。

 いつになく子供っぽく見える笑顔を前に、シルヴァは側仕えとして手を出すタイミングを考える。


「気が晴れたならなによりです。御髪を整えてもよろしいですか?」

「俺は後でいいよ。先にこっち」


 髪を直したいと訴えるも、レスティオは笑いながらヴィルヘルムを優先した。


「レスティオ様。おはようございます。朝から精が出ますな」


 ぎこちなく掛けられた声に振り返ると、ソリッズが頭を掻きながら歩み寄ってくるところだった。

 まだ昨日のことを引きずっているのだろうかと思いながら、レスティオはヴィルヘルムの身体を乾かす。


「おはよう。俺はヴィルヘルムと遊びたかっただけなんだけどね。気づいたら皆一緒に走ってくれていたんだ」

「皆、レスティオ様と一緒に訓練をしたいと望んでいましたからね」

「おや、もしやソリッズは違うのか?」


 じとっと視線を向けるとソリッズは言葉を詰まらせる。

 横からミアがレスティオの頭を小突いて、乱れた髪からバレッタを外した。伸びた髪が肩に落ちたところで手早くまとめてバレッタを留め直す。

 あっという間に整った髪にシルヴァはほぉっと感嘆した。


「ジンガーグ隊長は家庭がある身だ。家に戻っていたのに、この時間にここにいるだけ早く駆け付けたものだろう」

「それは家庭を優先すべきだな。無理に来なくてもよかったのに」


 手のひらを返すようなレスティオの切り替わりにソリッズは苦笑して頭を掻いた。

 

「いえ。元より今日は出勤の予定でしたから。今はどこも警備が手薄ですからね。休暇を取っているのは、奥方の出産が近いネルヴィくらいです」


 出産の言葉にレスティオはきょとんとした。

 道中、ネルヴィはそんな話を一度もしなかった。

 ネルヴィの奥方といえばレスティオも親交のある小説家であり図書館司書のミウ・ヴァスクールだ。

 出産が近いと言うことは迎年祭の時には既に妊娠していたのだろうが、挨拶をした時にはそんな気配もなかった。

 話を聞けばそれは当然で、ネルヴィすらそのことを把握したのはゾフィー帝国への遠征から帰還した後だった。

 お腹が大きくなったミウになんの病気かと慌てふためいて近所を騒がせたといい、巡回がてら近くを走っていた子持ちの兵は大爆笑。周囲の人たちを巻き込んでネルヴィになんとか子供が出来たことを理解させていたと笑い話になっている。


「この世界では、妊娠の発覚から半年が過ぎたらいつ生まれるかわからないし、性別も生まれるまではわからない。だから、ここしばらくは随分と本部内を賑やかにしていたぞ」

「昨日も帰り際はそわそわとしていましたね。ネルヴィなりにレスティオ様に気遣いをさせまいとしていたのでしょう」


 ミアとシルヴァに言われて、レスティオはネルヴィが子供を抱く姿を想像する。

 最初は戸惑うだろうが、存外呑み込みが早く情に熱いところがあるネルヴィならば一生懸命に育てようと尽くすのだろうと微笑ましく思う。

 同時に軍のピクニックで親の顔で子供を抱き上げていた人たちの姿を思い出す。


「出産祝いはなにがいいかな」

「そんなの全員にしていたらどれだけ予算があっても足りなくなるし、個人的に贈るにしても贔屓と騒がれるだろう」

「ネルヴィは俺の筆頭護衛騎士を務めた男だ。贔屓して何が悪い」

「……それもそうか」


 ミアが納得するのを見て、何がいいかなと考える。

 生憎出産祝いには花くらいしか贈ったことがない。だが、ネルヴィもミウも自分から花を貰って喜ぶようには思えなかった。

 近しい仲ならばベビーグッズを贈ると聞いたことがあるが、それほど近い友人たちは出産というイベントを迎えていなかったし、この世界のベビーグッズを知らない。


「婚姻の儀に差し支えないように、奥方の出産後に聖の魔術を施すというのは如何でしょう」


 出産後の妻は暫く辛そうにしていましたとソリッズが提案するが、それはレスティオの中で確定事項だった。

 だが、それだけでは贈り物として物足りなく思う。


「そうだ。子供の遊具にぬいぐるみでも贈ろうか。街で売ってるかな?無かったら材料を集めて作ってもいい」

「それなら、聖騎士お手製の方が喜ばれるんじゃないか?」


 ぬいぐるみと言われて誰もピンとこない様子を見れば、この世界には普及していないらしいと察することが出来た。

 ミアの提案を受け入れる形で頷く。

 

「じゃあ、材料を買いに行こう。性別がわからないなら、無難にアミュレットラビードがいいかな」

「あぁ、チャリティーで作らされる奴か」


 アミュレットラビードは子供の健やかな成長と幸福を願って作られるぬいぐるみのひとつで、エリシオール合衆国の山中に生息するラビードと呼ばれる耳の長い鳥を模したモノ。

 後にそれをみたマリティアは耳の長いアウルグーフといい、フィーリは耳長族の鳥さんといい、レナはうさ耳のフクロウと怪訝そうな顔で表現した。

 贈り物にする際は手のひらより小さいサイズが一般的で、家族宛てに手作りする時には思い出の布地を一部に使ったり、胴体にメッセージカードやお守りを潜ませたりする。

 魔力結晶でぬいぐるみを象って説明すると、子持ちの兵たちが興味を示すように手元を覗き込んだ。


「材料を買いに行くなら、アロウ・トータンを同行させよう。今日は城内警備の担当だが、お前の護衛騎士候補だろう」


 ミアの言葉にソリッズはそれがいいと頷く。

 今は皇室付き部隊の部隊長はガヴリールだが、ガヴリールを筆頭に部隊の半数は大陸会議派遣団に同行している。

 指揮命令権はドレイドに委譲されているため、配置は難しくない。


「ぁ、買い物の前に行きたいところがあるんだ。案内を誰に頼めばいいのかわからないのだけど」

「おや、案内が必要な場所ですか?」


 レスティオが行きたがる場所はどこだろうかとソリッズは首を傾げた。


「うん。ハイラックたちのところに。弔いはしたけれど、墓参りもちゃんとしてやりたくって」


 ゾフィー帝国派遣団での筆頭護衛騎士に任命したが、道中に命を落とした騎士ハイラック・トレリアン。

 魔力が無くとも剣術と魔物学の知識で重宝された彼を、レスティオは正式な筆頭護衛騎士にと望んでいた。

 

「俺も同行していいか?騎士団本部から出られずこれまで殉職した連中の弔いが出来ていないんだ」


 ミアの申し出に頷くと、後は自分が、と言ってヴィルヘルムの手綱をユハニが引き受けた。

 朝の鐘が鳴り人々の動きが活発になる前に行動しようと打ち合わせて、それぞれ外出の準備に向かった。


 部屋に戻ったレスティオは、黒のドレスシャツの上に軍服を纏って自分のネクタイを締めた。

 フラムのバレッタを外して、黒いリボンで髪を高い位置で一括りにし直す。

 同行を申し出たルカリオと共に騎士団本部へと戻ると、鎧の上にジャケットを羽織ったソリッズとアロウが待っていた。

 遅れて借り物の黒い服に身を包んだミアが合流し、馬車で墓場へと移動する。

 

「そうだ、ミア。これ」


 レスティオは軍服のジャケットからシェスカのネクタイを取り出して差し出した。

 クローゼットの中で5本並んでかけられているのを見つけて、渡し損ねたと申し訳なく思って持参していた。


「それはシェスカがお前に託したものだろう。俺にはこれがあるし、お前のこともシェスカに頼まれたからな。今更嫉妬はしない」

「そういうことなら」


 確かにネクタイは出陣前にレスティオに向けて渡されたものに違いない。

 畳んでポケットに入れ直すと、懐中時計を愛おしそうに見つめるミアから視線を逸らす。


「そうだ。昨日は随分と騒がせたが、騎士団の方は落ち着いた様子だったな」

「えぇ、昨晩、酒と共にハミルの惚気を存分に聞き出しましたとも」

「ぇ、なにそれ、俺も聞きたかっ……いや、あのシェスカが彼女してるところとか想像出来ないし、したくないからやっぱりいいや」


 何度考えてみても認識の相違を埋める気にはなれない。


「ぁ、もう着いた?」


 誤魔化すように尋ねると、ソリッズが頷いて墓園の説明を始める。

 帝都内の住人の墓は、外壁沿いの一帯に場所が設けられている。基本的には家名ごとに場所が用意されており、後継者が潰えるとそこで墓も取り潰される。

 場所については、住宅街と同じで城に近いほど位が高くなる。墓を建てることすら出来ない者は貧民街に遺体を捨てることもあるが、騎士団では地方へ帰す者以外は多少の援助をしてでも墓を用意するようにしている。

 

 ゾフィー帝国派遣団の遠征で殉職した兵の内、二人はギブール隊が出身地へと送り届けた。

 一人は地方出身だが帝都で家庭を作っていたので、ハイラックの墓の隣に墓を用意させた。


 馬車を降りて墓園に入ると、どこと示されるより先にレスティオは見知った顔を見つけた。


「ユーリア……」


 墓の前に座り込んだ女性の元へ足を進める。

 かろうじて朝の鐘より早い今の時間に他に人の姿はない。

 ハイラックの妻であるユーリア・トレリアンの前の墓石には大きく刻まれたトレリアンの名前の下にいくつか名前が並び、一番下にハイラックと刻まれている。

 

「レスティオ様……」


 すこしやつれた顔を上げたユーリアの手元を見るとお腹が大きく膨れていた。

 その膨らみ方に、命が存在しているのだと察してレスティオはその場に膝を折った。


「遅くなってしまって申し訳ありません。ハイラックに挨拶をしてもよろしいでしょうか」

「えぇ……この人も喜ぶわ。誰も、魔力の無いハイラックがレスティオ様の筆頭護衛騎士だなんて信じないのだもの」

「この世界の常識を知らない私が誰を評価するのか、理解されないのは仕方が無いのかもしれません。だからこそ、心無い言葉は聖騎士がどんな人か知らないから言える言葉と耳を傾けなければいい。ハイラックは私に剣を指導し、魔物学を教えた優秀な騎士です。まだ若輩者の私を護り、支え、導いてくれるだろうと信頼して、私が選びました」


 ユーリアの表情に誇らしげな微笑みが浮かぶ。

 お腹を撫でる手に視線を落として、レスティオも思わず微笑む。


「ハイラックは私の、聖騎士の筆頭護衛騎士です」


 はっきりと言い切ると笑顔で礼を言われる。

 ハイラックと隣に並ぶ墓に挨拶をすると、レスティオは立ち上がろうとするユーリアの手を取った。


「ユーリアも、もういいのか?」

「えぇ、もうこの子と二人だけですから。働かないと」

「その身体で?」

「身重で働くことなんて珍しくないですよ。この子が生まれたら、ハイラックが残してくれた貯蓄だけじゃ、何年も持たないですし」


 いつも朝の鐘が鳴る頃に家を出て、食事処で食材の下ごしらえを一日中している。

 両親の紹介でなんとか得た職で、座って仕事が出来る分、随分と楽なのだと笑んだ。

 

「馬車で送ろうか」

「いいえ。歩くことも大事なのですって。母に言われているのです」

「なら、エスコートさせてくれないか。丁度今日は一日時間を持て余してるから城下を回ろうと思っていたんだ」


 気遣いを素直に受け取ったユーリアの手を預かったまま墓園を出て歩き出す。

 ルカリオたちは数歩下がって後ろに続く。


「家にある魔物学の資料は全て騎士団にお譲りするつもりです。それだけで、1年分くらいの生活費にはなると試算を頂いていますので」

「騎士団の資料庫だってそんな広くはないのに。いっそ、あの家を魔物学の研究所、あるいは資料館として買い取ろうか。ユーリアにはそこの管理人を任せるというのはどうだろう」

「え?」


 歩きながら、ユーリアは世間話程度のつもりで今の暮らしとこれからを話していた。

 支援を求めたつもりもなく、母子二人でつつましやかに暮らして行こうと語ったつもりだった。

 そこに提案された言葉に目を瞬かせる。

 

「筆頭護衛騎士が仲間たちの為に残した資料。それを受け継いで活用するのも主の使命かと思う。ユーリアの出産が落ち着くまでは、俺の屋敷で面倒を見てもいい。話を受けてくれるなら、俺の方で人手を用意して身の回りを整えられると思うけど、どうかな?」

 

 思い出のあるだろう屋敷を取り上げようと言うのではなく、居住空間は基本的にそのままにして主に資料室を解放してもらうだけ。

 資料の管理や人の出入りの監視は聖騎士の管理下ならば人員を手配できるので、ユーリアの負担を抑えつつ管理人として給金を出せる。

 娼館のブックカフェのように飲食スペースを併設する形で収入を得てもいいし、研究所や学習所として魔物学を追究する空間を創り上げても国のためになるだろう。

 思いつくままに語るレスティオに、ユーリアはそっと後ろを振り返った。


「レスティオ様がそう仰るのですから、ご検討してみてはいかがでしょう」

「レスティオ様のお望みですから、ユーリア様に頷いていただけるのであれば、即日で準備を整えます」


 ユーリアに気遣うソリッズの横で、ルカリオが笑顔で告げた。

 それでレスティオの気が少しでも晴れるなら。

 アロウは空気を読んで、話をまとめるべく秘書官と屋敷に話を通してきましょうかと構える。

 既に決定事項の様子に、ユーリアは困った表情で苦笑した。


「あぁ、レスティオ様は、ハイラックを筆頭護衛騎士に迎える方ですものね」

 

 

危惧していたことが解決して解放感いっぱいです。

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