第1話 聖女ならざる者(1)
驚きや怒りなど様々な感情が入り乱れたような騒がしさの中、意識が浮上してきた。
ぼんやりとする視界に瞬きを何度か繰り返し、冷たい石造りの床の感触と軋む身体の痛みを覚えながら身を起こすと、見知らぬ装束をまとった者たちに取り囲まれていた。
顔は一様にローブのフードをかぶっているのでよくわからない。
(敵の捕虜にされたか……しかし、どこのテロリスト集団だ……)
ノイズが鳴り続けるヘッドセットのスイッチを切り、周囲を警戒しながら腰のナイフに手を掛ける。
五十を超える敵に囲まれている状況に、銃を今回身につけていなかったことが悔やまれる。
しかし、誰も武器に手をかけたレスティオの動きを警戒する様子はない。
ただ、目覚めたことに戸惑いを見せるばかりで、レスティオもすぐさま攻勢に出るべきか躊躇う。
「どうするんだこれ」
「まだ議会の結論は出ないのか……」
「やっぱり眠っている間に拘束しておいた方が良かったんじゃないか?」
「いや、もし聖女に値するならそんな失礼なこと出来まい」
(俺の処遇に困っている……捕虜を取る気はなかったのか?そもそも、あの奇襲からどうやってこんなところに連れてきたんだ?)
どう行動しようかと周囲の状況を探りながら思案していると奥の扉が開かれた。
皆、そちらを振り返って、入ってきた一行に道を開ける。
「なんだ目覚めていたのか」
「お前が主犯格か……?」
前に出てきたのは司祭を思わせる白い装束を纏った壮年の男だった。
狐のような目つきで値踏みするようにレスティオを見下ろす。
レスティオもナイフに手をかけたまま立ち上がって男を見据える。
「主犯格?なにを言っているのだ。お前は男に違いないな」
「だったらなんだ?」
「ならばこの者は我らが求めた聖女に非ず!招かれざる異物は厄災を招く使徒やもしれぬ!我が国に不当に侵入せし者として即刻処刑執行を言い渡す!」
男の言葉に鎧を着た者達が武器を構えて前に出て、ローブを着た者達は手のひらをレスティオへと向ける。
周囲が殺気に満ちたところで、レスティオは戦場の高揚感に口角を上げ、目の前の男との距離を一気に詰めた。
「わけわからないこと言ってんなよ」
「なっ、ぐぁ」
鳩尾に拳を入れ、身を翻して回し蹴りを食らわせる。
近くにいた男達も沈めつつ、先ほど入ってきたばかりの非武装の者達に紛れて扉まで駆け抜け、廊下へと飛び出した。
逃げたぞっと叫ぶ声がするが、すぐには追っ手が来ない。
騒ぐ声から察するにおそらく出入り口付近の者達が邪魔なのだろうと鼻で笑う。
すれ違うものを素早く沈め、石造りの建物の中を走る。
なにか情報が欲しいと思い、書類らしきものを抱えた男が出てきた部屋に男を沈めて滑り込んだ。
「なんだこれ」
部屋はなんてことはない執務室のようだった。
書類を手に取ってみると、見たこともない記号が羅列されている。
規則性があるところをみるとここで使っている文字かと周囲を見回す。
本が数冊あるがそのタイトルも書類と同じ文字で書かれている。
(この規模で使われている文字ならなにかしらエリシオールに情報があってもいいはずなのに)
文書を見ても仕方がなさそうだと察し、部屋の奥のカーテンを開いた。
カーテンの向こうの空は薄暗く、いくつかの街明かりらしきものが見える。
しかし、高層ビルが立ち並ぶエリシオール合衆国の首都エリシオンとはかけ離れた街並みに視界を手のひらで覆う。
「どこなんだよ、ここは」
カスタム故の記憶力で物心ついた時から学んだことは全て覚えているがそれでも思い当たらない。
そうなると、エリシオール合衆国が資料を一切管理していないか機密資料かどちらかと推測する。
入り口に男が失神したままなのでそのうち追っ手が来るだろうと、ひとまず窓を開けて飛び降りた。
階数にして五階。それくらいなら臆することはない。
下は庭園になっていて、花を潰さないように草の上に着地した。
庭園を彩る赤と青の花はわずかに発光していて、どういう原理だろうと花弁を覗き込む。
「こんな花があるのか」
「赤い花がスヴェルニクス、青い花がアイオロスというんですよ」
人の声に振り返ると、白い蕾のついた鈴蘭のような植物を手にした少年の姿があった。
鎧は着ていないが、鎧を纏っていたもの達が鎧の下に着ていた服と同じ服を纏っている。
「花言葉はスヴェルニクスが聖なる願い、アイオロスが聖なる導きで、今日執り行われている聖女召喚の儀式の成功を願って整えられたんです」
「お前は?庭師かなにかか」
「失敬な。これでも騎士団の一員です。儀式の行方を気にして来られたんですか?でしたら、」
「ユハニ!ソイツを捕まえろっ!」
上から声がして、レスティオはため息をついた。
人の良さそうな顔をした少年の顔つきが厳しくなったが、反応が遅すぎる。
ユハニが動き出すより先に背後に回って手首を抑えた。
「うわっ」
「お前らはアイオロス教会の一味か」
「教会?そんなもの知るか!俺はオリヴィエール帝国軍騎士団の所属だ!」
「、オリヴィエール帝国?」
アイオロス教会というのは世界の創世神としてアイオローラという女性神を讃える宗教団体だ。
エリシオール合衆国内だけで二十を超える拠点を持ち、世界各国に展開している。
花の名前から関係があるのかと思ったがそうではないらしいと理解する。
しかし、それはそれとして、文字に続いて覚えのない国名を口にされて、現在地の特定が出来ずに唸る。
「おい、やめろっ!」
「離しなさいっ!あの化物の処刑を執行しますっ!」
上が想像しくなり顔を上げるとローブを着たもの達を鎧を着た者達が抑え込んでいた。
人質を巻き込んで処刑するか否かを争っているのだろうと理解して、ユハニを突き飛ばした。
仲間を巻き込む前提で攻撃しようとしているその思想をユハニが甘受すれば、取り付かれることも考えられる。
「うわっ!?な、なんなんだよ、アンタはっ!」
「厄災の使徒、とかなんとか言ってたっけな、あの狐男は」
「や、厄災の、使徒……?」
違和感は感じている。だが、敵意をむき出しにされた今の状況では確認のしようもない。
上で揉めていた者達がユハニが解放されたことに気づき、改めて攻勢に出ようとする。
仕掛けられるより先にレスティオは駆け出して壁を蹴り窓枠を掴み、蹴りながら外壁を駆け上がる。
その動きに怯んで窓の奥へと下がろうとするのを見逃さず、身を乗り出していた男の手を掴み外へと引き摺り出す。
「うあぁーっ!?ぐふぁ、」
引きずり出した反動のまま壁にべちゃりと当たったが構わず、男の手を掴んだまま窓枠に着地して、壁に当たって血の流れる頭部が見える位置まで引っ張り上げる。
ひぃっと声が上がり、部屋の中に溜まっていた者達が腰を抜かして後ずさる。
「窓から飛び降りられないくらいだし、このまま落としたらコレは死ぬよな?」
「ば、ばけっ、化物っ……」
「あぁ、そうだよ。ちゃんと話せる奴を連れてこい。それとも、お前ら全員まとめて死んでおくか?あの庭園にまとめて屠ってやろうか」
数名が飛び出していったのを見送って掴んでいた男を室内へと放り投げる。
べちゃりと床に落ちると震えながら仲間の方へと這っていく。
「厄災の使徒めっ」
不意にどこからか聞こえた忌々しそうな声に口角を緩めて部屋に残った者達を全員昏倒させた。
静かになった部屋で一息つき、窓の下をみるとユハニの姿はなくなっていた。
遺伝子操作とか人型機械兵器が当たり前にあるSFな世界から、
剣や魔術を使い魔物と戦うファンタジー世界へ。
異世界×異世界×...な世界をお楽しみいただけたら幸いです。