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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖なる集い編
195/256

第178話 最期に想いを寄せて


 ロゼアンの婚約者の話は、この場では提案程度で済まされた。

 特待生の立場を離れる手続きや、カーストン家の次期当主としての今後については考えることがあまりにも多い。

 ひとまず話に区切りがついたところで、火の病を鎮めて騎士団に休ませてもらっているというネージュの見舞いに向かうべく、エルリックとエメラルナはロゼアンを連れて馬車を出た。

 

 お茶が片付けられる中、レスティオはロデリオの向かいに座り直す。

 自分が動くより先に行動したレスティオにロデリオは呆れた顔でため息をついた。


「お茶はいかがなさいましょう」


 ラハトがカーストン家のお茶会用であるベリーローズティーの茶葉を使っていいものか迷った様子で伺いを立てる。


「そうだな……」

「こちらで用意しよう。アズル」


 レスティオが答える前にアズルに任せ、ロデリオはレスティオをじっと見つめる。

 その射抜くような視線に苦笑して、小さく首を傾げた。


「もう少し、俺から話をしていい?」

「好きにしろ。だが、無理はするな。少し時間を置いてからでも構わない」


 また泣き出されちゃ堪らない。そう加えたロデリオにレスティオはむっと唇を尖らせる。


「そういう時はもう少し優しく慰めて欲しいものだね」

「お前がそういう馴れ合いを素直に求めるヤツだとは思わなかった」

「……ちょっと、気の持ちようが変わったんだよ」


 ロデリオの前だし、と姿勢を崩して天井を仰ぎ見る。

 ゆっくり深呼吸すると、懐から懐中時計を取り出した。


「こちらに帰ってきたくはなかっただろう。残念だったな」


 かけられた声にレスティオはふっと笑った。


「違うよ。俺は、ちゃんと自分の意志で聖オリヴィエール帝国に戻ってくることを決めた。戦争を終えて、仲間と勝利の祝杯をあげて帰ってくる予定だったけれど、負傷したから予定より早く帰されただけ」

「……本心か?」

「うん。祝杯は魔物討伐が終わったついでに騎士団に付き合わせたし、大分気は晴れたよ。本命の酒は皇族の皆と飲もうと思ってとってあるから、楽しみにしていて」


 疑わし気なロデリオの瞳と見つめ合う。

 やがて諦めた様子でロデリオはため息を吐く。


「で、なにを話したいんだ?聞いてやるから話したいなら話せ」

「俺の国で起きた戦争の話なんだけどね」

「うん」

「……あぁ、その前に、ロデリオは俺の父の話を聞いているかな。ユリウスには以前話したんだけど」

「あまり家族と縁のない生活を送っていたとは聞いている」


 ユリウスとの酒席で語らった日を思い出す。

 あの頃は未だ警戒心が強かったが、それでも歩み寄ろうとしてくれるユリウスに少しばかり気を許して語った。


「以前は、父は俺を息子と思ってくれていなくて、両親とも兄弟とも、まともに顔を合わせた事すらなかった。父に会ってみたくて軍人になってみたけれど、それでも見向きもされないまま、こちらに召喚された」


 以前に話したのはそんな話。

 努めて気安い口調で言えば、ロデリオは呆れた様子でため息を吐く。


「それで?その話をするということは、父親とは会えたのか?」

「うん。戦場で会って、周囲の計らいもあって数時間だけ一緒に過ごすことが叶った。生まれる前からレドランド家の後継者となることが決まっていたことで、父は俺を我が子と思うことなく過ごしていたらしい。けど、母さんはあえて口にしなかっただけで、俺のことを気に掛けてくれていたみたいで。俺がいなくなった時にそのことを知った父さんは、父として接しようとしてくれた」


 あの時間は思い出すと温かい気持ちになる。

 互いにこれまでにないくらい不器用に会話を重ねた。

 懐中時計をテーブルの上に置いて、ハルモニアを取り出す。

 

「それは?」

「ハルモニア。こちらの世界だと、フルゥーフに分類される楽器なんだ。父さんが父親から貰った物で、餞別にとくれた」

「そうか。いい時間を過ごしたんだな」


 ロデリオの表情が和らいで、レスティオも笑みを浮かべて頷く。


「父さんが軍人になった理由とか、色々話を聞いたんだ。俺に弟妹がいて、どんな子なのか、とか」

「その弟妹とは会えたのか?」

「神域から祖国の様子を覗かせてもらった時に姿を見ただけ。彼らは俺のことを知らずに育ったから、簡単には受け入れてもくれないだろうし、それでよかったと思ってるからいいんだ」

「そうか……」


 話の合間に、アズルが淹れたお茶が置かれる。

 礼を言って一口飲むと、レスティオは軽く体を伸ばして、気を緩め直す。


「俺は、俺の世界の創世神であるアイオローラと約束したんだ。戦争を終結させ、祖国を復興させ、平和へ導いてくれるなら、俺はこちらに戻り役目を果たすと。俺は、仲間を死なせず、戦争を終結させるために戦えた。そして、今はこの世界で聖騎士として生きることで祖国の平和を守れる。そう思えば、こちらに戻ってきたことに後悔はないんだ」


 悔いておらず、前向きな気持ちでいるのだと主張する。

 

「むしろ、自分の意志で決めたからこそ、一方的に役目で押し付けられたと拗ねて甘え続ける訳にはいかないと思っている。だから、これから改めて皆と友好的な関係を築いて行けたらと思う」


 頷きながら聞いてくれるロデリオに、レスティオは肩を竦めた。

 ただただそんな前向きな気持ちでいるならば、泣き崩れることなんてなかった。言い出せずにいる言葉があると理解している様子のロデリオに視線を下げて、ティーカップの縁を指先でなぞった。


「……戦場でね、小休止を取るタイミングがあったんだ。早朝から敵勢力が進行を始めたおかげで、朝食も碌に食べずに戦っていたから」


 馬車の中がやけに静かに思えて、言葉が詰まりそうになる。


「父さんがすぐ近くにいて、俺に補給物資を渡そうとしてくれたんだ。けど、その隙に敵の攻撃を受けて、目の前で殺された」

「そう、だったのか……」

「申し訳なくて、悔しくて、頭が真っ白になって……それで、敵陣営に一人で突っ込んで。レディ・レッドと合流した後もほとんど無我夢中で敵兵を殺していて、気づいたら重傷を負っていた。なにもかも自業自得で、それなのに皆に心配をかけて、本当に申し訳なかったと思ってる。すまなかった」


 俯いたまま、レスティオは一気に言い切った。

 ロデリオはため息をひとつ吐いて立ち上がると、その隣に腰を下ろしてレスティオの頭に手を置いた。


「父上や他の者たちには、必要であれば俺から話をしておく。家族の死を嘆くのは誰だってあることだ。恥じることではないし、泣きたいならば泣けばいい」

「もう、十分、泣いたよ……」

「まだ泣き足りないから涙が出るんだろう。変に強がるな。まだお前の親族に話しを通していない以上、お前の悲しみに一番に寄り添えるのは俺しかいないだろう」

「……そういうことにしておく」

「ん?まぁいい……落ち着くまで隣にいてやる」


 アズルからロデリオへハンカチが渡され、レスティオへと差し出される。

 暫くハンカチに顔を埋めて泣いた後、夕食の席はセルヴィアとマリティアに合流して過ごした。

 西部の料理人がこの日の為に腕を磨いてきたというフルコースを食しながら、マリティアがギョウザの話をするとセルヴィアとロデリオはすぐにレスティオにレシピの提供を強請った。

 そもそも、ハイグルテン粉とローグルテン粉を区別した麦粉が少ないので、材料調達の目途から立てなければならない。

 レスティオが麦粉の分類を理由に渋ると、道中に麦粉を仕入れて各地で作られている麦粉の成分を調べるかと真剣に計画が練られ始め、夕食の時間はそれだけで時間が過ぎていった。





 夕食の後、レスティオは騎士団が野営する一帯に目を向けてそちらへと足を向けた。

 マリティアは客人としての立場を弁えて馬車へと下がり、ロデリオはセルヴィアに話があるといい天幕に残ったため、今はレスティオの単独行動が許された時間。

 セバンを筆頭に側近は連れているが、気心が知れているので遠慮なく歩みを進める。


「エルリック。こちらで食事をしていたんだな」

「レスティオ様。殿下とのお話はよろしいのですか?」


 見ると、今日の騎士団の夕食はハオスのようだった。

 ザンクから食材も調達して来たようで、騎士団の食事としては少しばかり豪勢だった。


「ロデリオはセルヴィアと二人で話すことがあるというから抜けて来たんだ。ロゼアンの件はまとまった?」

「はい。先程、隊長たちにも話をしたところです。火の病については、皆随分と心配していたようで、この賑わいです」


 エルリックの視線の先へ目をやると、ロゼアンは仲間たちと食事をしながら早くもロード・レッドと呼ばれて気恥ずかしそうにしていた。

 レスティオにも気づいているようで視線は向けてくるが、近づいてくることは躊躇っている様子に首を傾げた。


「そうだ、レスティオ様。ネージュは紹介したことがありましたでしょうか?」


 言われて振り返ると、エルリックの隣にロゼアンと似た面影を持つ女性が立っていたことに気づく。


「いえ、お父様。初めてご挨拶をさせて頂きます。聖騎士様、お目に掛かれて大変光栄に存じます。エルリックの娘、ネージュ・ダイナと申します」


 スカートの裾を摘まんで頭を下げたネージュの手は薄汚れた包帯が巻かれていた。

 ローブに隠しているが至る所に火傷の跡が見える。


「エルリックから話は聞いていました。出会いの記念に、その傷を癒してもよろしいでしょうか?」

「いいえ。私などに聖騎士様の御力を頂く訳には参りません。御心だけ有難く受け止めさせて頂きます」


 謙虚に微笑むネージュにロゼアンの素直に聞かないところは母親似だろうかと苦笑する。

 

「ならば、せめて今宵の余興にお付き合いください。ルーフ、ロデリオたちに声を掛けてきて」

 

 エルリックにネージュをエスコートするように頼み、レスティオは野営地の中央へと向かう。

 余興と聞いて皆中央へと集まる。

 ロデリオは呆れ顔で、セルヴィアは待っていましたというように笑顔でやってくる。

 マリティアも何事かと様子を窺いながらセルヴィアの隣に用意された椅子に座った。


「ささやかながら、西部の皆様との再会を祝して。ご清聴ください」

 

 レスティオがハルモニアを構えると、エルリックは察した様子でネージュの肩を抱いた。

 誰もが初めて見る楽器の演奏にある者たちは競うように前に出て、ある者たちは目を細め音色に心を躍らせた。


「ぁ……」


 ハルモニアを奏でるレスティオの美しさに見惚れていたネージュはふと火傷の痛みが無くなっていることに気づく。

 包帯を外せば、赤黒く爛れていた肌はそこに無く、以前よりも若々しく見える肌があった。


「レスティオ様はこういう御方なのだ。あまり困らせてやるな」

「ですが、そのおかげで素晴らしい音色を耳にすることが出来ました」


 悪びれずに笑うネージュにエルリックは困った娘だとその頭を撫でた。

 その後、セルヴィアから迎年祭で奏でた音楽をとリクエストを受けて、レスティオは西部の楽師と共に音色を奏でる。

 ヴィオリンとはまた違った音色に、ロデリオも聞き入っている様子で苦労を労ってやれているかなと気持ちが籠もる。

 音楽とは、奏でたい音や届けたい想いがあるだけで音色が変わる。演奏しながら耳に入ってくる音色に自分で聞いていて心地よくなる。

 演奏が終わると同時に沸き起こる拍手にカーテシーで応えて、ネージュに微笑みを向ければ、深々と頭を下げられた。

 そのまま西部の楽師が演奏する中、お茶に酒を少量含めた酒席が設けられた。


「レスティオが皆を労ってくれて嬉しいわ。その楽器、ハルモニアというのですって?」

「あぁ。俺が演奏したかっただけの自己満足にお付き合い頂き恐縮です」

「あらあら、もっと聞きたかったくらいよ」


 きっと兄様たちは悔しがるでしょうと笑うセルヴィアにロデリオも苦笑した。


「道中、時間はいくらでもありましょう」

 

 帝都に到着するまで日数がかかる。

 特に、今回は婚姻の儀に参列する諸外国の使者も同行するからいつもより遅い歩みになると見込まれている。

 

「ぁ、そのことなんだけど、ひとつ我が儘があって」


 緩く構えていたロデリオだったが、レスティオが顔を覗き込むと表情を厳しいものへと変えていった。

 

「長らくの不在でこちらは調整事が溜まっているのだが?」

「それは重々承知なのだけど、不在にしていた間に魔物が増えているとも聞いている。ジンガーグ隊の帰還に同行して対処に当たれないかと思うんだが、駄目かな」


 レスティオの主張にロデリオは深々とため息をついた。


「ジンガーグ隊と言うことはロゼアンが同行するわけでもあるまい?ジンガーグ隊となにか内密な話でもあるのか?」

「護衛騎士の最終選考に、とか、どうかな?」

「お前は……ベイルートから聖剣を発注した旨は連絡を受けている。候補はこちらでリストアップしているから、なるべく早く決定しようと思っていたんだが」

「騎士団の事情も考慮した上で決めたい。その為にも、ドレイドや部隊長たちと事前に話をしたい」

 

 ロデリオが考え込む素振りを見せるとセルヴィアが両手を叩いて話を止めた。

 にっこりと笑顔で今は酒席の時間ですよと注意されて、ロデリオとレスティオはティーカップを手に取った。


「レスティオ様は本当に聖オリヴィエール帝国のことを大事にされているのですね」


 ふふっと上品に微笑むマリティアにレスティオは肩を竦めた。


「私も聖騎士として見習わねばと、レスティオ様のお姿を見ていると思うのです」

「マリティア様にそのように仰っていただけて光栄です。私もまだまだ若輩者故精進をと日々励んでおりますので、共に協力し合いましょう」


 微笑みを交わせば、周囲は麗しい二人がティーカップを手に語らう姿に感嘆を漏らし見惚れる。

 聖を冠する両国の聖騎士の友好的な姿に、楽師たちの演奏も華やいだ。


「そうだ、ロデリオ。婚姻の儀にはフィーリも来るのかな?」

「あぁ、その予定と聞いている。聖女フィーリ・ユグレット・アルカラス様は先の大陸会議にてラビ王国の聖女として認められたそうだ。しかし、ラビ王国が召喚した訳ではないからと、ラビ王国は聖の名は辞退したと聞く」

「アルカラス……って、まさか、カンデと結婚したのか?」

「そのようだな」


 レスティオは以前にラビ王国の復興支援に訪れた際に、フィーリと出会った話をマリティアに聞かせた。

 その上で、ラビ王国の第二王子アルドラ・ベルヴァーグ・ラビとその側近カンデ・アルカラスのことも話す。


「フィーリ様は望まれて、そのカンデ様と縁を結ばれたのでしょうか」

「詳しくは聞いていませんが、いらっしゃるとのことなので、聖なる者同士お茶会なり酒席を設けてみるとよろしいのでは?」


 お望みとあらば席は整えましょうとロデリオが言えば、マリティアは是非にと頷いた。

 レスティオもそれは楽しそうだと賛同した。


「フィーリ様の他には、アルジェア王国のレナ・カミキ様。メフィストフェレス諸島連合国の聖女レリーリア・フェレス様もいらっしゃるようです」

「アルジェア王国の聖女も?というと、ディアブロ王国から来たという他の者たちも?」

「あぁ、マリティア様から聞いていたか。どうやらそのようだな」

 

 レスティオの問いかけに、大陸会議でのことを知らないセルヴィアは眉をひそめて説明を求める。

 ロデリオがセルヴィアと話している間に、レスティオは悩ましげな顔をするマリティアを見た。


「マリティア。婚約云々はさておき、同郷の友が側に居るというのは心強いんじゃないのか?」

「だとしても、政治的な事を考えれば素直には喜べません。安易に友好を見せることが、何者かの思惑を増長することだってあるのです」


 そういう環境で育ってきたからこその警戒。

 マリティアが元婚約者を始め同郷の者たちとの付き合いに悩ましく思っている事を話すと、ロデリオとセルヴィアはマリティアを支持し、道中や帝都に滞在中の接触に気を配ることを約束した。

 ルヴァイエたちが聖騎士や聖女と認められていない今ならば、マリティアの周囲を固めてもアルジェア王国への不義にはならない。当然、今後の各所の動きには注視する必要はあるが、マリティアの考えを知った以上無下にすることはできない。



 

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