第18話 剣と魔術(2)
来客を告げる声がして応じると、ルカリオがアッシュとモルーナを連れて戻って来た。
二人揃っていたことに首をかしげると、アッシュが待っている間、報告を終えたモルーナが話し相手となってお茶をしていたらしい。
「二人は顔見知りだったのか」
「魔術師団と魔術学院のつながりは深いですから。今日はモルーナ様にも同席いただこうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、問題ない。むしろ、魔術師団の相談役の意見も聞けるなら有難い」
椅子に座り、ルカリオにお茶を用意してもらうとさっそく本題に入った。
聖の魔術の魔力消耗について、自然への治癒を始め、広域に魔術を使用する場合の魔力の向き先など、疑問をぶつけていく。
アッシュとモルーナは聖以外の属性の魔術を例に、魔術の威力により魔力消費は異なることや、どのように向き先を考えるかを討議も交えて応じる。
話している間に昼食の時間となり、アッシュとモルーナを招待して、食事をしながら初陣での魔術の扱いを報告する。
「剣に火を纏わせて、風で放つ、ですか……?」
フォークとナイフを動かす手を止めて、ぽかんとする二人にレスティオは頷いた。
「魔物の列を一気になぎ払おうと思って試してみたら出来たんだ」
イメージはフレイムブレイドという、いつかに軍宿舎の仲間たちに教わったPRGに出てきた剣を手に使う火属性の技だった。
しかし、そんな名称や発想の経緯を説明しても仕方がないので、なにをどうしてなにが起きたかを説明する。
「えっと、そうですね。火を放つのはもちろん出来ますが、剣と風の魔術も合わせるというのは初めて聞きました。モルーナ様はご存知でしたか?」
「いいえ。火や水を風と合わせて放つことは、高難易度の術式となりますがあります。しかし、武器を用いて魔術を発動させるというのは聞いたことがないです」
そもそも魔術師は剣を持つことがないので試みたこともないと言われて納得する。
国宝の剣だからエルリックなら何か知っているかもしれないが、今は忙しく動き回っているので、すぐに話を聞くのは難しそうだった。
「魔術師は杖なんか使ったりしないのか?」
「杖?あぁ、魔力貯蔵用の魔術具として持つこともありますね。それがどうかされたのですか?」
「杖から魔術を出すわけじゃないのか?」
ゲームで言えば、魔術師の武器は杖で、杖から魔術を発動させていた。
しかし、アッシュとモルーナの反応は芳しくない。
魔術師が忠義を誓う際には、剣の代わりに杖状の魔術具を使用することもある。
だが、普段は魔力を貯蔵し、必要な時に吸い出して魔力不足を補う程度の物に過ぎない。
様々な魔術具が存在するが、それらは直接魔物などを攻撃するための武器にはなり得ず、あくまで魔術師は自らの身体から魔力を放出することで魔術を発動する。
話の流れで日常的に使われる魔術具の説明が始まり、そちらの話題に花を咲かせた。
剣から魔術を発動させる技については、午後に魔術師団の演習場を使って実践してみようという話になり、食事が終わると借りたままの剣を手に移動した。
城の裏の魔術師団の演習場は無人で、隣の騎士団の訓練場では数名が訓練に勤しんでいた。
「では、火事をおこしたら大変なので、水を使って見せてくださいな」
「わかった」
剣を抜き、的として用意された数本の立て札を見据える。
すっと深呼吸して、魔力を剣に注ぎ水を纏わせる。
その剣を振りながら風の魔術で水を立て札に向けて放てば、横にずらりと並んだ立て札が濡れながら切られて地面に転がった。
これもイメージはゲームの中で見かけた魔法剣士の攻撃技だ。
成果に満足して振り返れば、モルーナは瞳を輝かせ、アッシュはぽかんと口を開けて固まっていた。
「まぁ、まぁまぁ、なるほどねぇ。剣の振りにより魔術の流れが出来たのね。まるで切っ先が鞭のように立て札まで伸びた様な見事な攻撃だわ」
「これが槍であったなら、どんなものでも貫けるかもしれませんね」
「そうね。けど、魔術学院の生徒も魔術師たちも武器を持たないから研究するのは難しいかもしれないわ。騎士学校で魔術を扱える子に研究をお願いしたらいいかもしれないけれどどうかしらね?」
モルーナの問いかけにアッシュは腕を組み、悩ましそうに唸る。
「学長がきっといい顔しないでしょう。エルリック総帥にお話しして、騎士団に協力いただく方が話が早いかと」
「それもそうね。レスティオ様。貴重な情報を有難うございます。なにかわかったらレスティオ様にも必ずお伝えいたしますね」
「そうしてくれると助かる」
声が弾み、探究心が止まない様子の二人に置いてけぼりにされて苦笑を返す。
そのまま演習場を借りて、広域に魔術を発動させる練習をする。
足元に氷を張り、上空に炎を舞わせ、ついでに、訓練で負傷した兵に範囲を意識しつつまとめて癒しをかける。
「氷や炎は実際に目に見えるが、聖の魔術の制御はやはり難しいな。だから余計消耗するように感じるんだろうか?」
「各属性の魔術の熟練度にもよると思いますよ。氷や炎は魔術講義でよく使用しますが、聖の魔術はあまり実践していなかったでしょう?」
「なるほど。熟練度か。聖の魔術に慣れるようにと考えると、定期的に訓練場に来るか、あるいは、病院の応援にでも行くか」
「戴冠式の後ならともかく、今は城下の病院に出向くのは難しいでしょう。訓練場がよいと思います。後は、庭園でしょうかね」
突然傷が回復することに戸惑いつつ剣の稽古を続ける兵たちに魔術を向けるのをやめて、庭園へと移動する。
しかし、以前魔術講義の演習でも使った為、花は元気に育っている。
召喚された日に咲いていたスヴェルニクスの花とアイオロスの花はいつのまにか姿を消し、今は違う花が庭園を彩っていた。
「今が一番綺麗な状態だし、ここに術を使わないほうがいいよな」
「そうですね。残念ですが」
「では、こちらはどうでしょう」
モルーナに手招かれたのは、庭園から少し離れたところにある薬草園だった。
様々な薬草が花壇や鉢で育てられている。
「ここならいくら育っても困るということはありません。むしろ聖の魔術を受けて効能が上がったら嬉しい限りです」
範囲制御の演習は訓練場と薬草園で行うことが決まった。
試しに半分ずつエリアを分けて術を使おうとしたが失敗し、庭園の端の方まで影響した。
一気に育った花たちに水やりをしていた庭師の男が曖昧な笑顔で会釈してきて、申し訳なくなる。
「ふむ。制御できないと周囲に迷惑をかける上に、魔力も消耗するな」
「、大丈夫ですか?今日はここまでにしましょう」
「あぁ。ちなみに、魔力を回復させる薬なんかはないのか?そういうものがあれば特に討伐の時は助かるんだが」
「残念ながらそのような便利なものはありません。怪我の治療に使う薬草の効能も即効性の物はまずありませんから、聖の魔術は特別なのです」
怪我だけでなく解毒や解熱などの病に使う薬も即効性のものは発見されていないという。
ゲームのようにはいかないか、と肩を落としていると、しかし、と続けられる。
「魔力自体は体を休めるより他に回復する術がありませんが、魔力量は魔力を消耗すればするほど向上して行きますし、それにともなって自然回復量も増えて行きます。倒れるほど急激な消耗は負担が大きいのでお勧めできませんが、もし魔力が余る日があれば、魔力結晶として放出するか……いえ、このような場所に術をかけて消耗して休むようにするといいでしょう」
一度言い淀んだことに首をかしげるとアッシュは少し困った顔をした。
魔術学院では、就寝前にその日余った魔力を魔力結晶として放出させることを推奨している。
実習で消耗した魔力を、魔力結晶を体に戻すことで回復しながら臨むことができる上に、放出、吸収、回復と自分の中の魔力の流れを意識することで、自然と熟練度も上がっていくという仕組みだ。
「そういうことなら言ってくれればよかったのに。そうすれば討伐に結晶を持参して回復できたわけだからな」
「すみません。レスティオ様の魔力量は豊富なようで、演習でもさほど消耗している様子はありませんでした。回復量と結晶の物量を考えると、あまり有用ではないかと思いまして。それに、十分な量の魔力がある状態や枯渇寸前の状態で無理に魔力結晶を取り込むと、魔力中毒で魔力を暴走させたり、最悪死に至ります。ですので、魔力結晶を吸収するタイミングには、注意が必要なのです」
確かに、演習では魔力の動きは感じても、消耗は意識するほど感じなかった。
「ちなみに回復量と結晶の物量というのはどれくらいの比率なんだ?」
「個人差はあるのですが、レスティオ様が消耗したと感じる量を回復するためには、相当な量の結晶が必要になると思います。私の感覚的なところなので、確実なことではないですが、先ほどの剣一振り分の魔力を回復するには、この本二冊分ほどの魔力結晶を必要とするでしょう」
そういってアッシュが手に取ったのは厚さ三センチほどの大判の応用魔術の教本。
レスティオにとってはそこまでの消耗には感じなかったが、それでもそれだけの量が必要だろうと言われると、確かに魔力結晶の携帯は効率的とはいえない。
後日、手のひら大の魔力結晶を作って、薬草園に魔術を使ったあとで吸収を試したが、アッシュの言う通り気休めにもならなかった。
地道に魔力量を上げていくしかないとわかったが、生まれてこのかたカスタムのおかげで体力や筋力に困らず過ごしていた分、道のりは遠く感じる。
ひとまず、魔力の貯蔵量を増やす手段のひとつとして髪や爪を伸ばすのも有効だというので、髪を伸ばすことを採用した。
それも効果が出るのはいつになるのか、先が思いやられる。




