第16話 皇子の奔走(2)
厄災の予言は、予言の力をもつ聖女の末裔によって行われてきた。
その時により、二十年先、五十年先、百年先とどれだけ猶予があるのかは異なる。
エディンバラ大陸の厄災が予言されたのは五十年ほど前のことだった。
「厄災の予言を受けてオリヴィエール帝国では五十年前に一度召喚の儀式を行った」
「早すぎるだろう」
「批判は甘んじて受け入れよう。当時の皇帝陛下の先走りだ。厄災中の友好国に恩を売りたいという想いがあったそうだ。厄災に関わらず外交上の優位を確立しようと召喚の儀式を行うことは珍しいことではない」
ただし、生贄となる罪人や孤児、病人を大量に持て余しているとも見えるので、良い政治を行えているとは言い難い。
それでも、召喚の儀に失敗した国は聖女に縋るしかなく、国益を上げるには有効な手段となる。
予言の期間に猶予があればその間に新たな生贄を募ることもできるし、厄災中に恩を売った国に負債があれば生贄で徴収することも可能となる。
当時の皇帝の手記には、そのような思惑が書き連ねられていた。
「その時は、平時に抱え込んでいた罪人や孤児も多くいて、志願者も合わせて生贄には事欠かなかったそうだ。しかし、その儀式は失敗し、生贄は消失、儀式に関わった魔術師も全員死亡、オリヴィエール帝国は手痛い損害を被った」
その皇帝は民衆からの批判に耐えきれなくなり、儀式の失敗の責を取ると書き残して自害した。
皇帝の弟が代わりに即位し、民衆の信頼回復に奮起した。
民衆を第一に考える国政を徹底して、皇族の信頼を取り戻す頃には身体を壊して、惜しまれながら永い眠りに就くことになった。
そして、亡き皇帝の志は、子であるユリウスが継ぎ、皇帝に即位した。
「父上に代替わりした頃には厄災を考えずにはいられぬ時がきていた。失敗した原因はなにか、父上は召喚に成功した各国から情報を集め始めた。その間、民は生贄にされることを恐れて、犯罪は減り、健康を維持するようになり、候補は集まらないようになった。魔術師が減った事で魔力を持った子の出生率も下がり、儀式を取り仕切れる者の育成や選定にも苦労した」
つまりは平和で健康的な理想的な国になったのだが、それでは厄災は乗り切れない。
生贄も儀式の実施も、国の存続のためには必要不可欠だった。
「最悪父上も生贄になることを想定し、俺は生まれてから、いつでも代替わり出来るように教育を受けてきた」
皇帝自ら生贄を捧げてでも聖女を手に入れなければ国だけでなく大陸が滅ぶかもしれない。
それなのに、この五十年間、召喚の儀を計画する皇族や城の者達は事あるごとに厳しい目を浴び続けてきた。
最悪、皇族も統治出来る者を残して生贄になって然るべきと考えるユリウスに、城の重役たちも戦々恐々とした日々を過ごした。
オリヴィエール帝国に限らず、エディンバラ大陸中がそんな空気感で今まで過ごしてきて、召喚に成功していない各国は未だその状況を引きずっている。
「十年ほど前に、クラディナを嫁がせる代わりに厄災を終える国からオリヴィエールへ聖女を引き受けるという約束が交わされた。これで安泰かと思いきや、その国の聖女は想い人と駆け落ちし、行方知れずとなってしまったんだ。それが、三年前のことだ」
クラディナの婚約は、聖女が逃げ出した時点で破棄となった。
約束を守れなかった代わりに、その国からは復興状況次第ではあるが、厄災中の物資の支援を惜しまないと新たな約束が取り交わされた。
「それからまた厄災に向けた召喚の儀の準備が始まり、俺は生贄を集める役目を受けた。国中から志願者、罪人、病人、高齢者をかき集め、他国から人を買って、騎士に殺させ、魔術師に魔力を出し尽くさせた。生贄になり嘆く者や、その家族を傍で見てきた。お前は、その多くの犠牲のもとで召喚された。だから、俺は、おそらく、城の者達も皆、お前が国に尽くすのは当たり前だと思っていた」
そこに行き着くのかと思いつつ、レスティオはこれまで向けられてきた感情を納得した。
苦労の末に現れたのは前例にない男で、成功と言っていいのか困惑し、絶望感を感じた者もいただろう。
闘技場での一件も騎士たちからすれば、ある者は家族を奪われ、生贄を捧げるべく手を汚し、気持ちも冷めやらぬまま見せしめにされた。
それは、理不尽にしか思えなかっただろう。
レスティオは一方的に役目を押し付けてきてなんだと不満に思ったが、この国の人間からすればあらゆるものを犠牲にしてようやく得た希望になるはずだった。
それこそ、無償の愛を民に捧ぐ聖女のような存在を願っていたことだろう。しかし、生憎そんな純粋無垢な感情は持ち合わせていない。
「夕食の席でのお前の言葉を思い返し、この一晩考えた。確かに、お前は突然異世界から一人連れてこられ、不安も不満もあっただろう。聖女に対しては、不安を取り除けるよう準備をしていたが、男が召喚された混乱の中で、お前に対しての配慮を欠いてしまっていた。その上、度重なる騒動で不信感を抱かせた。皇族だから敬意を払えというのは到底受け入れられないことと理解した。すまなかった。本来、聖女は何ヶ月、何年もかけて魔術や知識を学んでようやく討伐に同行させられるようになるようだが、お前は驚異的な速度でそれらを習得し、召喚されて一ヶ月足らずで功績をあげた。我らは、聖女をはるかに超えた力を持つ聖騎士を抱えられたことを自覚し、陛下の意向に従い、最大限の敬意を表するべきだった」
立ち上がったロデリオはレスティオの隣に膝をついて手を差し出してきた。
闘技場でのユリウスと同じ様子にため息をつく。
「そういう形式的なことは不要だ。どうせ、この部屋には誰もいない」
「誰の目があるかは問題じゃない。手を貸してくれ。このような場で手を出さぬのは、拒絶の意に他ならない。拒絶はすなわち、今後一切関わってくれるな、と、絶縁を突きつけることである。聖騎士に拒絶されたとなれば、」
「あぁ、わかったわかった。ほら」
重々しい態度に諦めて手を差し出す。
手が取られてロデリオの額が指先に当てられる。
「我、オリヴィエール帝国が第一皇子ロデリオ・オリヴィエールは、聖なる使徒を我が国に導けたことを皇族として誇りに思う。聖騎士レスティオ・ホークマンに我が力の限り誠意を持って尽くすことを誓う」
そのまましばしみつめているとロデリオが顔を上げて睨みつけてくる。
「なにかいえ。拒絶か、享受か、どうなんだ」
「この世界の常識なんて知ったことか。段取りを説明しないお前が悪い」
頭を掻いて困った様子を見せられても、どうするのが正解かわからないのだから仕方がない。
諦めたように一度手を離して、膝をついたまま忠義の誓いについて説明してくれた。
この世界では忠義を示す手段として、相手の手に額を当て誓いを立てる。
忠義を示された側はそれに応える言葉を返すことで、誓いは成立する。
専属の護衛を任命するときなどは、忠義の誓いの後、魔術師と騎士それぞれのやり方で叙任の儀が行われることになる。
「ひとまず、お前に敵意がないことは理解した。皇帝陛下に続き、第一皇子が後ろ盾となってくれるのは心強い限りだ。これからもよろしく頼む」
説明を理解して手を差し出すと、その手を怪訝そうに見つめられた。
「、この手は?」
「手を貸してやろうかと。握手でも構わないが」
「そうか。受諾を感謝する」
好意的な意図とわかるとロデリオはすぐに手を取って立ち上がった。
肩の荷が下りたようなすっきりした表情で向かいの席に座り直すのをみて、まだ話が続くのだろうかと思いつつティーカップを手に取った。




