第14話 皇女の迷走
「レスティオ様ー。このようなところで眠っていてはお体に障りますよ」
「んっ……あぁ、うん」
時間は、朝四時を過ぎた頃。
レスティオは、馬小屋掃除に来た兵に起こされた。
「おはようございます。レスティオ様にこんなに気に入られるなんて、ヴィルヘルムは幸せ者ですね」
「ん。いい馬だよ、こいつは」
「レスティオ様から離れた後は馬小屋に誘導しようとした者を蹴倒していましたけどね。もう少し我々にも懐いてくれれば世話もしやすいんですが」
「そうか。暴れ馬も程々にしておけよ。ヴィル」
頭を撫でると心地好さそうにすり寄ってくる。
兵を手招いて一緒に撫でさせると少し不機嫌になったが、やがて大人しくなった。
頃合いを見て、兵が脇に抱えていた桶から餌が取り出すと、餌場に置かれるより先に手から食べた。
「はぁ……こんなことが……」
「そういえば、俺が召喚された日に会ったよな?お前、名前は?」
よくよく見れば、今は鎧を身に着けているが、召喚された夜に人質に取った少年に違いなかった。
レスティオの世界ならば、軍学校に入学するくらいの年回りに見える。
「え?ぁ、はいっ!ユハニ・リトラと申します!ジンガーグ隊所属です。先日の討伐では手当していただき有難うございましたっ!」
召喚された日に会った記憶はあっても、討伐の時に会った覚えはなかった。
記憶力には自信があるが戦地では負傷兵とそれ以外としか認識していなかったので、どうにも記憶に残っていない。
「じゃあ、ユハニ。ヴィルヘルムのことよろしくな」
「かしこまりました!」
「後、ここで寝てたことは内緒な。よからぬ連中が夜な夜な来たら馬たちが迷惑するだろ」
「はい。かしこまりました。報告は控えます」
真面目そうな少年だなと思いながら別れ、部屋に向かって歩く。
すれ違う兵たちは驚いた顔で道を開けるが、聖騎士ともあろう人物がこんな早朝から出歩いているとは誰も思わないだろう。
自室のある廊下に踏み込むと兵たちがこれまですれ違った兵とは違った動揺を見せた。
眉をひそめて自室へと足を急がせれば、兵が立ち塞がりたいが出来ないというもどかしそうな様子でレスティオの部屋の前に集まる。
「もうっ!なんで戻ってこないのかしら?やっぱりどこかに女が?」
「姫様、お召し替え致しますか?」
中から聞こえる声に兵たちを一睨みして追い払い、ドアを開け放つ。
部屋の中ではクラディナが肌が透けて見える寝巻きを脱ぎながら側仕えにドレスを用意させていた。
兵たちは慌てて背を向けるがレスティオは眉をひそめてドアに手をついて、部屋にいる者たちを睨みつけた。
「人の部屋でなにをしてるんだ?」
「なっ、し、閉めてくださいませっ!」
「ここは俺の部屋だ。お前の部屋がどこか知らないが、寝ぼけたにしても程があるだろ。着替えなら自分の部屋でしてくれ」
側仕えが慌ててクラディナにガウンをかけつつ、レスティオとクラディナを交互に見つめる。
「れ、レスティオ様。すぐに済ませますので、少し時間を頂けませんか?」
「なにをしていたのか、俺が納得する説明が出来るなら」
「でしたら、せめてドアを閉めて、お部屋の中でお話しできませんか?女性の体を男性に晒すなど、クラディナ様は輿入れ前なのですから」
「なにを仕掛けられたかもわからない部屋でゆっくり話なんてできると思うか?夜な夜な裸同然の男がお前の部屋にいたとして、お前は平然とお話ししましょうと言うのか?」
押し黙る側仕えたちにレスティオは呆れてため息をついた。
誰も仲裁に入れる者がおらず膠着状態になったのを察して兵を振り返る。
「これは皇帝陛下かハイリ皇妃陛下をお呼びするしかなさそうだな」
「へっ!?な、なんでそうなるのよっ!」
「じゃあ、リアージュ皇妃陛下やロデリオ殿下がいいか?まぁ、いい。聖騎士の部屋に忍び込んだ馬鹿娘を迎えに来てくれと伝えてくれ。渋ったら、聖騎士が怒ってると一言添えてくれ」
兵が最後の一言にびくりと肩を震わせて走りだした。
クラディナと側仕えたちの表情も青ざめてその場にへたり込んだ。
昨晩のざわめきはクラディナが現れた所為だったかと納得しつつ、部屋を出ていて良かったと安堵しながらドアに寄りかかって迎えの到着を待つ。
「レスティオ様っ!」
バタバタと寝間着にガウンを羽織っただけのユリウスとハイリが姿を見せ、クラディナは泣きそうな顔で侍女にしがみついた。
困惑するユリウスと不機嫌そうな表情のハイリに、部屋を空けている間にクラディナがあられもない姿で忍び込んでいたとあるがままを話して引き取りを求めた。
「彼女は俺には申し開きをしたくないそうなので、親として対処を任せる。あと、この部屋になにか仕掛けがされていたと後からわかった際には、相応の処置を要求させてもらうのでそのつもりで」
「クラディナ。聖騎士様の部屋でなにをしていたというのだ」
「へ、陛下。誓ってこの部屋にはなにもしておりません。お部屋にも天蓋の中にもレスティオ様がいらっしゃらないのを確認して、お帰りになられるのを待っていただけです」
クラディナではなく側仕えの一人が必死に語る。
その言葉を受けて寝台の方を見たハイリは、扇を口元に広げて声をあげた。
「まぁ、輿入れ前の娘が殿方の天蓋を開けたというのですか?天蓋の中へ招かれたわけでもないのに皇女としてはしたないと思わなかったのですか?」
実の母からの指摘に、クラディナはびくりと肩を揺らすと、涙を目尻に浮かべながら俯いた。
「ちなみに、魔物討伐から戻った際に天蓋の幕が張り替えられていたようだが。この部屋に対しても、なにもしていないんですね?」
デザイン自体は同じだが、真新しい物に変わっていた。
わずかな日焼け具合や刺繍の位置の違いを見ただけだが、レスティオの見立ては合っていたようで、側仕えの一人が表情をこわばらせた。
そして、その場に崩れるようにして、勢いよく額を床につけた。
「申し訳ございませんっ!お部屋を整える際には、子宝を祈願する魔法陣を刻んだ幕に張り替えるようと指示致しましたっ!レスティオ様とクラディナ様の婚姻は定められたものと先走ってしまい、申し訳ございませんっ!処罰はなんなりとお受けいたしますっ!しかし、決して反逆の意があったわけではございませんっ!どうか贄の刑だけはご勘弁くださいませっ!」
ユリウスの指示で側仕えが連れ出され、他に魔法陣や仕掛けがないか確認できる者を手配すると約束して、皇族一行は部屋を出た。
馬小屋で眠っていたレスティオは、身支度を整えるために安心して使用できる部屋として、ルカリオが使っている使用人の部屋で湯浴みをさせてもらい、朝食を済ませた。
同室の者は既に仕事に出ていたので気遣いなく過ごしていると、アッシュが到着したと同時に部屋の確認をする者が手配できたと連絡が来た。
アッシュには待ってもらい、部屋の確認を先にするということでルカリオとともに部屋に向かうと、初老の女性が部屋の前で待っていた。
「お初お目にかかります。オリヴィエール帝国帝国軍魔術師団相談役、モルーナ・ジャスミーにございます」
「レスティオ・ホークマンです。よろしくお願いします」
「クラディナ殿下の一件については聞き及んでおります。早速始めますので、レスティオ様には立ち合いをお願いいたします」
モルーナに促されて、ルカリオが部屋のドアを開ける。
モルーナはぐるりと部屋を見回すとひとつ頷いて、レスティオを振り返った。
「レスティオ様はあまり物は持たない主義かしら」
「召喚された際に身につけていた物と手配してもらった勉強道具以外に私物はない。そもそも、手に入れる資金もなければ手段もない」
「あら、それは可哀想に。けど、それならば生活基礎魔術以外は全て排除対象として問題ないわね」
城から支給されている物に対して聖騎士としての実績が皆無だった為、金銭や支給品については必要最低限以上に要求するのを避けていた。
それ故にレスティオの部屋は物が少ない。
これならすぐに終わるだろうと、モルーナは早速天蓋へと手を伸ばした。
その手が幕に触れると、魔法陣が浮かび上がっていく。
「これは聞いていた通り、婚礼の儀を迎えた夫婦に使われる精力増強の魔法陣が大きく描かれているわ。けれど、他の魔法陣も刻まれているわね。これじゃあ、まるで娼館の天蓋じゃないの。夜のお相手がいなきゃ落ち着いて眠れないようになってしまいそうよ」
天蓋を一通り確認したモルーナは、呆れたように言いながら幕を開けた。
寝具にも手を触れ、あらあらとため息をつく。
昨日は早く寝たいと思ったが、眠らなくて良かったと安堵する。
「申し訳ございません、レスティオ様。元が女性用に仕立てられていた物ばかりだったので、ご不在の間に新しい物に置き換えると言われ、疑いませんでした」
「そういう理由をつけられたら俺も疑わなかっただろう。替えられた物は全て疑ったほうがいいのかもしれないな」
「ルカリオ!寝具は全て入れ替えなさい。後、机の椅子はともかく、こちらの応接セットの椅子はダメね、座面に幻惑の魔法陣が刻まれているわ。こんなものどこから手に入れたのかしら。人を騙すために使うようなもの、普通のルートじゃ手に入らないはずなんだけれどねぇ。これは魔術師団で回収しますね」
テキパキと選別していくモルーナを頼もしく思いながら様子を眺める。
クローゼットの中の衣服も確認してもらうと、寝間着は魔法陣が刻まれていた。
さらにクローゼットにかけてあった軍服が無事か確認すると、そもそもルカリオが洗濯を手配しており、ここにはなかった。
今回の騒動が知れれば、戻ってくる時になにか仕掛けられていることはないだろう。
置きっ放しになっていた国宝の剣やナイフには触れられていないことが確認されたが、部屋中あちこちに魔法陣が刻まれていて、全て入れ替えるまでの間は客室へと移ることになった。




