第12話 皇族との会食(1)
朝食を終えると野営地が片付けられ、城へと帰還した。
待機所まで出迎えにきていたルカリオは、レスティオの姿を見つけると人を避けながら駆け寄った。
「初陣お疲れ様でした。素晴らしい活躍ぶりだったと伝令に戻ってきた兵より伺いました」
「いや、まだまだ訓練が必要だと実感したよ。先にヴィルヘルムを馬小屋に、」
ルカリオを待たせてヴィルヘルムを馬小屋へ連れて行こうとすると、兵たちが立ち塞がった。
「わたくしが戻しておきますっ!」
「聖騎士様はどうぞお休みください!」
一瞬身構えたが、兵たちの圧を感じるほどの労いに戸惑いながらもヴィルヘルムを預けた。
ヴィルヘルムは少し不満そうだったが、背を撫でて宥めて送り出す。
ルカリオとともに部屋に戻る途中、廊下ですれ違う者たちは立ち止まり、恭しく頭を下げた。
「なぁ、ルカリオ。これはどういうことだ?」
「昨晩初陣の報告を受けて、やはり聖騎士様はこの国をお救いくださる方に違いない、と皇帝陛下が国内各地へ召喚の儀式の成功を公表しました」
使用人仲間と城下町に様子を見に行っていたルカリオは、聖女ではなく聖騎士ということに半信半疑な声も聞こえたが、それをかき消すほどのお祭り騒ぎを見たという。
レスティオは西の森の近くの村には顔を出さずに帰還してきたし、帝都の塀の外を通って軍の通用門をくぐったので城下町の様子はわからない。
気になって部屋に戻ってバルコニーから身を乗り出してみると、普段より人通りが見え、よく耳を凝らせば子供の笑い声が聞こえてきた。
「皇帝陛下直々に公表されたのと、勅使が正門から各地に派遣されていくのをみて、城内での騒ぎが嘘のように受け入れられたようですね」
「まぁ、実績も丁度出来たところだしな。民衆からすれば使えるなら男でも女でも構わないか」
バルコニーから部屋に戻るとテーブルにはお茶が用意されていた。
「夕食は皇族の皆様との席をご用意しておりますので、お茶の後は湯浴みに致しましょう」
夕食の席は面倒だなと思いつつ、素直に従おうと頷いてルカリオにジャケットを預けた。
湯浴みの前にお茶を飲みながら一息ついていると、初陣を終えた聖騎士様を労うのだと数人の側仕えが部屋にやってきた。
生憎、湯浴みも着替えも一人でやるのが当たり前の世界で生きてきたレスティオには不要な労いだ。
ルカリオが湯浴みや着替えを手伝うのも普段断っているのに、と彼らをすぐさま追い出す。
しかし、せめて今日くらいはというルカリオにだけは大人しく折れて、洗髪とマッサージを受けた。
マッサージでは滅多に使わない高級な品だという香油をたっぷり使われたが、ルカリオも扱い慣れておらず、くすぐったさでじゃれ合い、気を張っていた心も体も解れた。
「お茶をどうぞ」
「ありがとう」
湯上りの薬草茶はすっと身体に染み渡るようだった。
このまま眠ってしまいたい衝動に駆られながら、用意された昼食をマナー講義を受けながら食べる。
概ね元の世界と相違がなく合格点をもらうと、国の歴史や皇族の歴史について復習する講義が始まり、午後の時間は過ぎていった。
招待されている時間の一時間前には、皇族を相手にするにふさわしいようにと仕立てられた正装に着替えた。
軍服のデザインを踏襲しているものの、真っ白な生地に金色の刺繍や貴族らしい飾りがふんだんに使われ、袖も裾も長くゆったりと広がった衣装に戸惑う。
これでも、聖騎士ということを意識して抑えたのだと言われて、聖女であったならどうなっていたかと思い諦めた。
「レスティオ様、ご案内させていただきます」
部屋まで迎えにきたのはマルクだった。
護衛として鎧を身につけ後ろについたのはエルリックとドレイド。
聖騎士が宰相と帝国軍総帥、騎士団団長を連れ歩くという状況に、すれ違う者たちは道を開け頭を下げる。
「聖騎士レスティオ・ホークマン様をお連れいたしました」
部屋の扉が開けられて中へ入ると、マルクに上座へと促された。
両端には壮年の男女と年若い男女が並んで立っていて、レスティオが席に着くのを待って着席した。
「正式なご挨拶が遅れましたこと深くお詫び申し上げます。改めまして、わたくしが、ここオリヴィエール帝国が皇帝、ユリウス・オリヴィエールにございます。本日は魔物討伐の初陣を終え、お疲れのところ急なお招きとなりまして申し訳ございません。ささやかながら、レスティオ様のご来訪を国を代表する者として心より歓迎させていただきたく存じます」
ユリウスから同席者が紹介される。
第二皇妃リアージュ、第一皇子ロデリオ。第一皇女クラディナ。
事前に現在の皇族に関する情報は貰っていたので顔と名前を一致させていく。
神経質そうな眼差しで聖騎士に未だ疑念を拭えていない様子のリアージュとロデリオに対して、ユリウスとクラディナはどこかおっとりと構えているように見えた。
レスティオも自己紹介をして挨拶の時間を終えると早速食事が始まる。が、やはり食事には味がない。
この世界の食事とは食感を楽しむものなのだろうかと諦めて腹を満たすために喉に流していく。
「レスティオ様は魔物討伐において魔術だけでなく剣術と体術も駆使して戦ったと聞きましたが、魔術の扱いはまだ慣れませんか?」
食事を食べながら歓談する中、ロデリオが質問を投げかけてくる。
何故剣術と体術を持ち出して質問するのだろうかと引っかかりを感じつつ、少し思案する。
「魔術の扱いに問題はないが、魔術の効果範囲や威力、魔力の消費効率を総合的に評価し、戦況に応じて的確に選択していく必要性を今回の任務では感じたかな」
「、魔術戦略理論、ですか。一定の魔術を扱えれば魔物の掃討は容易いこととして、数百年前には廃れたとか。恐らく、それに関して教鞭を取れるものはいないでしょうね」
つまりはまだまだなんだな、と鼻で笑われた気がしてレスティオは少しむっとした。
確かに魔物の大半を殲滅するのに魔術が役立ったのは事実だが、戦略が要らないというのはどういうことか。
その場の判断能力とセンスこそ魔術師に求められる才能であるならば、魔術の知識がまだ馴染んでいない自身が未熟なことに違いはない。
ここは甘んじて嘲笑を受け入れるべきかと不満を飲み込む。
「そういえば、カーストン総帥から国宝の剣を受け取ったかと思いますが、使い心地はいかがでしたか?普通の剣より重たく、剣身も長いので扱いにくかったかと思いますが」
「あぁ、それは特に気になりませんでしたよ。剣の良し悪しはよくわかりませんが、魔物の頭蓋を一撃で砕けるくらいですから良い剣だったのでしょう。それより、馬上での剣術の方が慣れませんでしたね。経験もなかったことなので、その点は今後訓練させてもらえればと思うところです」
続くユリウスの質問に、そういえば剣を返していなかったと気づく。
しかし、ユリウスはそれは良かった。と安堵した様子で、引き続き使用する許可をくれたので有難く受け取っておく。
「しかし、男性なので聖騎士と呼称しておりますが、無理に剣術を学ぶ必要はないのでは?魔術が扱えるならそれで十分でしょう」
「いや、戦況次第だが、魔術に依存するつもりはない」
理解できない様子で口を開くロデリオに即答で返すと不満そうに顔をしかめられた。
魔力の消耗を考えれば、魔術に頼りきりになるのは危険だ。
剣術中心で補助的に魔術を扱う戦略が有用だろうと考えていると、クラディナが小さく笑った。
「まぁ、まだ魔術を十分に習得されていないのでしたら、そのように考えても仕方ないのかもしれませんね」
「聖の魔術を扱えると言っても魔術を学び始めてまだ一ヶ月程度だからな」
ロデリオとクラディナのあざ笑うかのような態度に、聖女信仰者の次は魔術信仰者かと聞き流して味のしない肉の塊を口に運ぶ。
「時期に魔術師たちも目を覚ますでしょう。そうすれば、騎士団は後方支援に下がりますが、レスティオ様は前線で戦い続けるつもりですか?」
「さぁ、どうだろう。俺には魔物の脅威も魔術師の実力の程もわからない」
「魔術師団は優秀なのでご安心を。これまで国を守ってきたのは魔術師団ですからね」
「それなら、そもそも召喚などしないで頂きたかったものだがな」
声をワントーン落として言えば空気が固まる。
レスティオは自分の中にモヤを感じて、続きかけた言葉を飲み込むように水を飲み干した。
「魔物討伐だけならなんとかなるやもしれないのですが、魔物に汚染された土地を癒すにはどうにも聖の魔術が必要なのですよ」
少し青ざめたような表情でいうユリウスにため息が出る。
土地が汚染されたままでは疫病の原因にも、飢饉の原因にもなりかねない。
魔物討伐を急げば汚染地域は抑え込めるが、どこにでてくるのか、どれくらいの勢いで広がっていくかは予測不可能。
先手必勝で臨んだ国も結局は疲弊し、最終的には聖の魔術無しで厄災を乗り切ることはほぼ不可能という結論が世界的に公表されている。
それは講義の中で学んだ。
「他の国も聖女を召喚できていないんだろう?たった一人使える者がいたところで、この大陸自体、もう存亡が危ういのでは?」
「その通りです。今のままならば、レスティオ様にはご負担かとは思いますが、他国の土地の癒しもお願いすることになるかと」
大陸の命運を、この地になんの思入れもない他者に任せてくれるな。
そう口を開きかけてレスティオはフォークとナイフを置いた。
味のしない、ただ料理の形をした物体を食べるという作業にとてつもない疲労感を感じる。
魔力の消耗をきっかけに感じ始めた疲労感の連鎖と謂れ無い嫌味に、これまで張り詰めて押さえ込んできた感情を吐露させてしまいそうだった。




