第111話 遠征報告会
レスティオたちがロワの街へと戻ると、まず真っ先に負傷者を癒した。
ジンガーグ隊から地下牢に拘束している者たちに食事を与えたという報告を受けて、町人たちに見送られながら、ロワの街を離れた。
ジンガーグ隊の本隊は往路と同じく街道を進みながら、大陸会議行路の最終確認を行う。
レスティオと護衛部隊は先遣隊と共にミリュヴェールの森を進み、魔物が残っていないか確認しながら、途中で癒しを行う。
広大な森であるが故に、癒しは今日明日の2回に分ける予定だが、1回目で消耗した魔力は眩暈を感じるほどだった。
レスティオはシルヴァの背中に凭れさせてもらい、森を抜けて本隊と合流する。
「大丈夫ですか?レスティオ様」
「うん。成長期で魔力は増えた筈なんだけどな……」
「その前に兵の癒しもしているのですから、無理もありませんよ。あるいは、貯蔵量が増えている段階で回復量はまだこれからなのかもしれません」
ベイルートの指摘に納得するも、次に成長期を迎えられるタイミングはいつになるだろうとため息が出る。
「そういえば、ネルヴィは魔力の成長期は来ていないのか?」
「え?あぁ、特に何も体調の変化はないですよ。ユハニも特にないよな」
「もう収まりました。予め薬を調合しておいたので、任務には差し支えさせずに済みましたが、ネルヴィに成長期が来ていないのは不思議ですね」
ネルヴィは魔物の討伐以外にも、魔術学院の講義や剣魔術研究で魔力を消耗している。
その消費量は制御下手もあってロゼアンよりも効率が悪く、消耗と回復を繰り返しているという点では一番成長期に入りやすいともいえる。
「そう?まぁ、魔力量自体はもうロゼアンより多いから別に成長期とかなくてもいいんだけど」
具合悪くなるの嫌だしと笑うネルヴィの何気ない一言に、驚きが広がる。
「ロゼアンより多いんですか?」
「らしいよ。魔術学院の演習でちゃんと測定してもらったら、魔術師団の上位レベルだって驚かれた」
「上位レベルっ!?そんなに魔力があって、なんで騎士団にいるんですか!」
ベイルートが思わず声を上げると、ネルヴィはきょとんと首を傾げた。
「俺だって測定してもらって初めて知ったんだから、そんなこと言われてもなぁ」
「ぁ……そ、それはそうなのかもしれませんが……」
話を聞きながら、レスティオは以前に聞いた貧民街での生活を思い出す。
魔力が発現した者は、廃棄物を燃やしたり、魔術具に魔力を注ぐことを仕事にする。
ネルヴィが生きる為に魔力を日々費やしていたならば、当時既に魔力の成長期を迎えていたのだろう。
そう考えれば、貧民街の魔力保有者は皆魔力が高い可能性が考えられる。
どこかで検証したり、有効活用できないだろうかと思いながら、そもそも、貧民街に関わることは可能か思考を巡らせる。
翌日、2回目の癒しを行い、夜にはギバへと到着した。
ザンクで預かったエヴァルトへの届け物を渡し、朝には畑に聖の魔術を施した。
折角だからと、いくらか手土産に野菜を持たせてもらい、帝都へと到着する頃には日が傾き始めていた。
レスティオは護衛部隊を解散させると、側仕えたちの労いを受けて部屋で寛ぐ。
ギバで受け取った野菜はセバンに持たせたので、屋敷で美味しく調理されるはずだ。
帰りたいと思いつつ、レスティオは皇族との夕食会に招かれているので我慢する。
「レスティオ。今回も遠征ご苦労だったな。では、無事の帰還を祝して」
夕食の席には、リーベレールとルアナも末席に並んでいた。だが、まだミルネアの姿はない。
「今回は少々長い遠征となったが、厄災の様子はどうだ?」
話を振ってきたユリウスに、レスティオは口の中でオルドナを味わいながら少し考えた。
「そうだな。ピークがどれほどかわからないが、魔物討伐に関して言えば少々手を焼き始めている。兵力強化は急務だな」
「急務か。だが、その中でも魔術師団の振る舞いには特に課題あり、と」
ユリウスの目が光り、イグラムとベイルートがエレクに預けた手紙の件だと察する。
皇族たちの表情から危機感が伝わってくる。
「それと、厄災に備えて収穫を急いだり、飢饉対策を先走って行っているが故に、食糧難に陥っている地域が散見している」
「あぁ、民の為に炊き出しを行ってくれたと聞いた。レスティオがいなければ、聖を冠しながら町ひとつ潰してしまうところだっただろう。心より感謝している。そちらも現在対策を検討しているところだ」
悩ましそうに唸るユリウスの手は停まっていて、食事が中々進まない。
今回はレスティオの問題ではなく、主に国の運営に関わることであり、皇族が主体となって取り組むべき課題だ。
だからこそ、レスティオに問いかけるでもなく考え込む様子を見せる。
「私財を投じてでも街の為に何かできないかと動く者と出会えたことを思えば、悪い方向に全てが向かっているわけではないのだろうけどな」
「ギブール隊のエレク・ブリッツか。それに関しては、中々出来ることじゃないと、我々も感心していたんだ」
気休めに言葉を掛ければ、表情を和らげて大きく頷いた。
ブリッツ小隊の話をしながら、レスティオはクラディナの方へと目を向ける。
すると、すぐに視線に気づいたクラディナは、やんわりと微笑み返した。
「エレク・ブリッツの話は私も伺っておりましたが、レスティオが指示なさっていたわけではないのですよね?」
「勿論。合流した時には、種と苗を抱えていた。それも、俺が尋ねなければなにも言わなかっただろう。彼らは自分の行いを特別なこととは思っていないようだった。国を守る騎士として当然のことと思っているのか、純粋に心優しい人間なのかはわからないけれど」
「そうでしたか。そう考えると、彼らに授ける褒賞は如何程にしようか、やはり判断に迷いますね。良心から行ったのであれば、あまり目立つ評価は望まれないかもしれません」
目立つ評価とはなにを指すのか、レスティオが首を傾げて視線をロデリオに移せば、大きく頷いていた。
同時にレスティオの視線にも気づいた様子で笑みを浮かべる。
笑みの浮かべ方が似ていて、クラディナに教育が行き届いた結果か、兄妹故か、頭の片隅で考える。
「迎年祭で褒賞を与えるべきか、騎士団を通じて報酬を授けるに留めるか。今回の事案を、どのように評価するか、議論を重ねているところなんだ」
「なるほど。それで?」
「お前が心付けに小隊に銀貨一枚与えていることは把握している。それを踏まえれば、皇室としては、一人銀貨一枚くらいの報酬が丁度いいのではないか。と、考えている」
レスティオは頷きながら、ロデリオの後ろに控えているベイルートを見た。
残念ながら、ユリウスの後ろには護衛魔術師が控えているだけで、イグラムはいない。
「エレクたちと接したベイルートはどう思う?」
「、私ですか……聖騎士様よりご指名頂きましたので、僭越ながら発言させて頂きます。ブリッツ小隊の者たちは、特別な評価や金銭による報酬を望んでいるようには見えませんでした。町の人の為に種や苗を調達しながら、自分たちの食糧は小さな干し肉ひとつで構わないという献身的な考えを持った者たちです。彼らの誠意に相応しい誠意とはなにか、すぐに答えは出せませんが、そのような印象を受ける方々であることをお伝えさせて頂きたく思います」
緊張した様子で答えたベイルートにレスティオは頷いた。
「例えば、部隊長を通じて望みを聞いてみてもいいのかもしれないな。金銭を渡して喜ぶ人間か、あるいは、そうでないならば、そういう者はなにを望むのか。皇族の目線ではわからない、民の考えを学ぶ良い機会かもしれない」
にこりと笑顔で言えば、なるほどと皇族たちが頷く。
金で喜ばない者もいるのか、とリーベレールが呟く声がレスティオの耳に聞こえた。
「お前たち皇族も、突然銀貨をくれてやると言われても困らないか?」
「確かに、何に使えば良いのやら。ドレス一着仕立ててやろうと言われた方がまだ受け入れやすいかと思います」
リーベレールの言葉に反応した言葉だったが、ルアナが身を乗り出した。
出遅れたリーベレールが悔しそうにルアナを睨む。
「あぁ、それはいいな。騎士団の騎士はあまり正装用のジャケットを持っていないと聞くし、あるいは、ギブール隊は運送を担っていることを踏まえて、これからの季節の為の防寒具が入用かもしれない」
「そうか。金銭を受け取るより、物を贈る方が感謝や敬意が伝わるというのは理解出来る。騎士団なら、剣や防具も必要なものだろうしな」
「彼らの行いに敬意を表するというなら、各地に農作物の種や苗を国として支給して、農村地域の支援に力を入れるのも良いかも」
「まぁ、これは議論のしがいがありますね」
出て来る意見にリアージュがふふっと笑んで、ロデリオとルアナに騎士団への探りを任せた。
リーベレールは納得していなかったが、意見を出せなかったこともあり、無視されている。
少しずつ、レスティオにも彼らの立ち位置が見えてきた。
「そうだ、イグラムとベイルートの働きぶりはどうだった?」
「概ね護衛としては問題ないが、魔物討伐に連れて行くとなると実戦経験の無さが目立つ」
ユリウスに尋ねられて、レスティオは率直に答えた。
ベイルートが姿勢を正している様子に苦笑しつつ、フォークとナイフを置いてオルドナのグラスを手に取った。
「まぁ、その点は、皇族の護衛の中でも鍛錬を強化していると言うから、今後に期待かな。厄災を思えば、大陸会議場との往復路で魔物に襲われないとも限らない。必要ならば、帝国軍との合同訓練や騎士学校や魔術学院と連携した定期的な訓練プログラムを設けることを提言しよう」
「そうか。確かに帝国軍では剣魔術と言った新しい戦術に取り組んでいる。それを我々の護衛にも学ばせるのは有益だろう」
「私も賛成です。折角、ベイルートが自分で剣を調達したところなので、やる気があるなら伸ばしてやりたい」
これまでベイルートは護衛魔術師として剣を所持していなかった。それは、他の護衛魔術師たちも同じ。
しかし、今はザンクで自ら購入した剣を腰に下げている。
道中も護衛を交代した後はジンガーグ隊の者たちから剣術指導を受けていた。
「ベイルートの剣は、剣魔術とやらを扱うためか?」
リーベレールが問うと、ベイルートはすぐに否定した。
「剣魔術の可能性に感化されたものでもありますが、魔物が多く発生する森などでは、魔術の扱いに注意が必要になります。万が一を思えば、より確実にロデリオ殿下をお守りする為、剣術を学びたいと思った次第です」
「ほぉ……」
「頼もしいな。期待しているぞ、ベイルート」
「はいっ!」
その返事に周囲に控える護衛魔術師たちは迷うように顔を見合わせた。
「レスティオ様。剣とは、女性でも扱えるものなのでしょうか」
話に遅れないように前のめりで発言したのはクラディナだった。
その発言に、クラディナとルアナの護衛達がぎょっとする。
「扱おうと思えば扱えるだろう。ただ、立ち回りを考えるとスカートは向かないかもしれないな」
「と、すると、難しいということでしょうか」
「護衛を第一に考えるなら、必ずしもスカートでなければならないという考えをやめるのもひとつだ。俺が軍で所属していた部隊の女性は、男と同じ軍服を纏い、男を圧倒するほど前線で活躍していた。当人の心意気次第だと思う」
女性の護衛魔術師たちが顔を見合わせて、戸惑った様子を見せる。
その様子からスカートを着用することが基本なのだと理解する。
同僚のシェスカ・グレイシーは、普段一緒に過ごす分には女性らしさをほぼ感じさせないくらい頼もしく男らしかった。
胸を潰している所為か、特殊素材故にボディラインが軍服越しにはわかりにくかったからか、見た目にも美青年としか見えず、初対面の人間をよく困惑させていた。
流石にそこまでのことを望むのは一般的ではないと理解しているが、スカートでなければならないという固定観念は排除しても良いのではないかと考える。
「ベイルートはどう思う?」
「女性が剣を扱う姿は少々想像しにくいところですが、魔術の制御をより緻密に行い、身体の動きを魔術で補助する術を身に着けることは、護衛の役目を果たす上で有効だと思います」
「だそうだけど、ハイネル。不安に思うことはあるかな」
「ぇ、はいっ!えっと、剣を持ったことが無いので、どのように持てばよいのか基礎を学ぶところから始めなければならないと思います。ベイルートは、剣を持ってみて、なにか気を付けた方が良いと思うことはありましたか?」
想像が及ばないというハイネルにベイルートは考えた。
「剣が重たく、負担に感じるかもしれません。私もまだ慣れないのですが、一日中腰に下げていると、重心が偏ったり違和感を感じることがあります」
「あぁ、それは女性には負担かもしれないな。剣の軽量化か……あぁ、今、ロゼアンが剣魔術研究の一テーマとして、剣以外の代替品の検証もしているから、その研究結果次第かな」
「その研究、女性が剣魔術を扱うことも踏まえて、ハイネルも関わらせると言うのはいかがでしょうか」
すかさず発言したクラディナに、レスティオは思案しながら唸る。
研究の進め方にアドバイスすることはあっても、主導者としてはロゼアンとネルヴィに任せている。
魔術学院との調整はモルーナとアッシュが関わってくれているが、それ以外の関係者にレスティオはあまり口出ししていない。
「ロゼアンにはロゼアンの研究計画があるからな。ハイネルからロゼアンに声を掛けて、研究の状況や関われる余地があるか相談する分には、好きにしてもらえればいいと思うけれど」
ハイネルは表情を強張らせて、手をきつく握りしめながら頷いた。
元婚約者を相手に気を張りすぎている様子に、クラディナは苦笑して彼女の様子を見つめていた。
「ハイネル。貴女の成長の為にも良い機会だと思います」
「はい」
「魔術師団も、皇族の護衛魔術師が積極的に剣魔術を取り入れ、騎士団と協力する姿勢を見せることで、考え改めることもあるでしょう」
「それは良い考えだな。そういうことなら、出来る限り堂々と交流するように心がけたほうがいい」
ロデリオが賛同すると、クラディナは安堵した表情で頷いた。
ついていけていないリーベレールとルアナはやはり悔しそうだが、その姿をレスティオは微笑ましく思った。




