第110話 憩いの一時
宴を終えて屋敷に戻ると、自警団が夜の警備を担ってくれているのだからと部屋着でリビングに集まった。
ユハニが用意したお茶を傍らに、レスティオが魔力結晶細工を教える。
クォートとイグラムが髪飾りに使う花を習う横で、ネルヴィたちは笛や調理器具など魔力結晶細工で遊ぶ。
「こんな繊細な物を、良くそんな簡単に扱えますね」
「慣れですよ」
シルヴァは疲れた様子で不格好で音のならない笛を手の中に転がす。
ユハニは小型の笛を作ってピッと鳴らしてみせるが、ネルヴィはピュルルと不可解な音をさせては首を傾げている。
「うむ、魔力結晶細工とは確かに難しい……」
イグラムが唸る横でクォートは黙々と花びらを作り出していた。
部下が魔力結晶を扱っているのを見てきている分、クォートの方が呑み込みが早い。
「確か、イグラムの奥方は、魔法陣の縫い師なんだったか」
「おや、ご存じでしたか。刺繍の腕もさることながら、美しい女性です。機会があれば紹介したいところですが、叶うのは迎年祭になりますでしょうかね」
「どのような魔法陣があるのか話を聞いてみたい気はするが、知識に関しては言えばエリザが資料を揃えてくれるからな。迎年祭での挨拶を楽しみにしておこう」
「聖騎士様にご挨拶をと思えば、ドレスを新調してやらねばなりませんな。なぁ、クォート」
軽快に笑うイグラムにクォートは言葉を詰まらせる。
手の中の髪飾りは、慎重に作り上げられたことで繊細な細工に仕上がってきている。
しかし、それをじっと睨んで、重たく唸る。
「魔術師団の状況を踏まえれば、今年は騎士団が迎年祭の警備に就く。となれば、部隊長は夫人を同伴することになるだろう」
「わかってはいるのだがな。何の心得もない者を上流階級者の集うパーティに連れ出してよいものか悩むところだ」
よほどの名家でない限り、騎士団は城のパーティとは無縁。
部隊長たちの間では、いつ妻に同伴の件を告げるか、ドレスをどうしようかと頭を悩ませては、皆結論を先延ばしにしている。
「マナーが気になるのであれば、うちの者に指導をさせるか。今から迎年祭までの期間を考えれば、多少はマシに出来よう」
「そんな安請け合いをして良いのか?」
「マッカーフィー家は騎士団に大きな借りが出来たところだからな。それくらいの協力は兄上も納得するさ」
大きな借りというのはクエールのことだろうとレスティオとクォートは納得する。
「ベイルート。俺がこの前面会したアルティザン商会を騎士団に紹介すると問題があるかな」
「レスティオ様が私用の外出着を購入されたという商会ですか。商会の格を考えれば、騎士団には妥当でしょう。ですが、聖騎士様の贔屓を受けている商会と印象が強くなりそうなので、殿下に相談が必要かと」
「アルティザンか……ノジャーロア商会ならば、妻が属している工房の伝手があるので助力出来るかもしれないのですが、騎士団には少々格が高過ぎるからな……」
皇族の側近を務めている家系は皇室御用達の業者を利用することが多い。
イグラムが悩ましそうに言えば、クォートも唸った。
「そうか、妻の職場の縁とは考えていなかった。アルティザン商会という商会と誰か縁があれば、聖騎士様に名を聞いたと尋ねることも出来ましょう」
「あぁ、それなら、ジェウに声を掛けてもいいんじゃないですか?」
不意に口を挟んできたのはネルヴィだった。
覚えのある名前の響きだが、初めて聞く名前にレスティオは首を傾げる。
「ジンガーグ隊のジェウ・ロレアンです。レスティオ様が服を購入されていたメルヴィユの長男だったはず」
ジェオの兄と理解して、レスティオは頷いた。
それならば、ジェオを通じて事を荒立てることなくアルティザン商会に声を掛けられる。
さりげなく聖騎士の斡旋を匂わせれば、そこまで足元を見られずに交渉出来るだろう。
「けど、あまり実家と交流がないんじゃなかったですか?先日も弟の婚姻の儀に呼び出されたことを憂鬱そうにしていたような」
シルヴァが体を伸ばしながら言えば、ネルヴィはそうだっけと首を傾げた。
ユハニはその光景を覚えていたようで頷いていた。
「生贄回収に行ったのが数年ぶりの再会で、それから連絡を取り合ってなかったのに、急な呼び出しでしたからね。まぁ、隊長に言われたら従うとは思いますけど」
「そうか。戻ったら話をしてみよう」
ジンガーグ隊ならロワの街に戻れば話が出来る。
レスティオは紹介して欲しいと頼んだが、聖騎士から圧力をかけてはならないと窘められた。
騎士団の兵については、資料化には手間がかかることもあって、護衛騎士に推薦されるような者以外の情報はレスティオの手元に渡ってきていない。
任務や訓練の中で挨拶した者はいるが、騎士団の全体を把握できてはいないことが時にもどかしく感じる。
「イグラム。マナー指導の件は、帰還後に隊長会議で話をしたうえで頼みたい」
「わかった。戻り次第、キルアに話をしておくから、いつでも声を掛けてくれ」
迎年祭への妻の同伴は、騎士団の部隊長全員の悩みの種であると同時に、妻にとっても負担にならないように慎重に配慮したいと告げる。
「シャブルも愛妻家と聞いたが、騎士団には愛妻家が多いものだな」
「妻は戦場で生き残る強い意志を与えてくれる存在です。彼女を生贄にしない為にも、必ず生きて帰らなければならない。そして、生きて帰ってくると信じて待ってくれている妻に報いたいと思えば、自然と愛妻家にもなりましょう」
真顔で語るクォートも相当な愛妻家だとレスティオは自然と口元を緩めた。
皆が納得する中、ネルヴィだけは理解出来ない様子でそういうものかと首を傾げていた。
ザンク全体に聖の魔力を行き渡らせると、ユハニは町人たちと薬草採取に向かった。
その間、レスティオたちは自警団の訓練を視察する。
広大なグラウンドの隅にアスレチックのような棒が大量に乱立していた。
レスティオは森の木々に見立てた一帯に感嘆し、端から端まで魔術を使わずに移動して、合間に立てられた氷の的を蹴り砕いていく。
「相当な強度の筈なんですが、聖騎士様には大した的ではなかったですね……」
訓練場の整備を担った副団長のクゼル・ディートは、残念そうに唸る。
だが、ネルヴィとユハニは速度や砕けた度合いを団員たちと競い始める。
まだそこまで魔術を応用した体術や剣術に慣れていないクォートたちは、自警団で使われている剣に着目した。
鉱石に魔力が含められたことで通常より魔力に対する耐久性が上がった剣を借りて、剣魔術の訓練に参加する。
ベイルートは、剣を通して魔術の放出範囲を制御する術を体験すると、途端に目を輝かせて凄いと称賛した。
「このような制御が出来るなんて。風を使って駆けるなど考えもしませんでしたし、上手くタイミングを合わせて使えば、どんな魔物も仕留められそうなそんな気すらしてしまいます」
「実際、どんな魔物もあっという間だからな」
ネルヴィの言葉に激しく同意するように頷いてベイルートは剣を握りしめた。
まだ、剣魔術の初歩に触れたに過ぎないが、期待に満ちた目をしている。
「団長。こちらの剣を購入して帰りたいのだが、工房を紹介して貰えるか?」
「ぁ、私も欲しいですっ!お願いします!」
イグラムとベイルートが工房へ向かうのを承諾すると、レスティオはクォートとシルヴァと共に一足先に屋敷に戻った。
二人をキッチンの外に出し、レスティオは夕飯づくりに取り掛かる。
メインにカツと、酒席のつまみにポテトチップスを作った。
温野菜のバーニャカウダとスープも添えて、気持ちばかり栄養バランスを整える。
「レスティオ様自ら腕を奮われるとは……恐縮です」
「いいから、温かい内に食べよう」
夕食を食べ始めると、ベイルートは冬の大陸会議の際にはロデリオと共に屋敷に泊まりたいと願った。
ネルヴィも護衛騎士にと挙手したが、すぐに、自分は正式には選ばれないから譲るべきかと唸り始める。
一応弁えている様子を横目に、クォートは護衛部隊の編成をまた考えなければならないのかとため息をついた。
静かな夜に、レスティオはテラスに出た。
ブランコのように吊るされたベンチに腰掛けて、揺れに体を任せる。
「良く再現したものだよな……」
レスティオが屋敷を使わせてもらうことにしたからか、以前来たときは色が剥げていた部分も塗り直されて綺麗になっている。
空を見上げれば星が輝いていて、涼しい夜風を感じる。
(そういえば、ドーベル家の面会依頼受けるの忘れてたな……)
ロデリオのところで保留されていると聞き、ハイネルに面会依頼の理由を尋ねたが、その後、誰も何も言わない。
他の面会依頼についてはレスティオの元へ確認に来ることもあるので、あえて置いておかれているのだろうが、ハイネルに声を掛けた手前、あまり遅くなっては印象が良くないだろう。
(あぁ、けど、クエールを推薦した件があるから、あえて避けるようにされているのかな)
夜空を仰いだまま目を伏せる。
ふわりと夜風とは違う風の流れを感じて瞼を開けると、呆れたため息が聞こえてきた。
「おや、こんな夜更けに散歩か?」
「それはこちらのセリフです。眠れないのですか?」
風を使って護衛用の部屋から飛び降りてきたのはクォートだった。
寝間着姿のまま剣を手にしている。
外にいるのを見つけて、すぐに飛び出してきたとわかる。
「隣どうぞ」
「いえ、私は護衛ですから」
律儀に少し離れた場所に立つクォートにレスティオは苦笑した。
ベンチを揺らして暫し夜風を感じてみるも、護衛に立たれていると思うと落ち着かない。
「隣に着ていいのに」
「そもそも、これはなんなのですか。長椅子を吊るして、不安定ではありませんか?」
ブランコという存在を知らない様子を見て、この世界にはないのだったと思い出す。
「昔、御祖母様と一緒に、こうして揺られながら話をしたんだ」
「御祖母様、ですか……レスティオ様からご家族の話を聞くのは初めてですね」
「うん。わざわざ話して聞かせるようなことはなにもないからね」
足元を蹴って揺れていると、ため息と共にクォートが隣に腰を下ろした。
「意外と安定していますね」
「これでも椅子だからな」
背もたれと手すりの端が吊るされていて安定感はある。
レスティオは観察するクォートの様子を眺めながら、眠気を感じ始めた。
最近、親しく接することが出来る騎士団の人間の側では、気を抜いて過ごせていると自覚していた。
召喚されて半年以上の時が過ぎて、警戒心が薄れている証拠だ。
「クォートの御祖母様はどんな人だった?」
「親ではなく、祖母ですか……私が生まれるより前に、召喚の儀の生贄になったと聞いています」
「ぁ、すまない」
レスティオが謝ると、クォートは首を横に振った。
「いえ。祖父母は国の為になるならと、自ら生贄になることを選んだそうです。その儀式は失敗してしまいましたがね。両親は健在で城下町の工房で働いています。熟練の職人だから工房が手放したがらなかったと笑って話していました」
「そうか。以前は中々話してくれなかったのに、今日はプライベートのことも話してくれるんだな」
「レスティオ様がお話ししたいようでしたので。側近としては御心に寄り添うことも必要でしょう」
とはいえ、と言ってクォートは立ち上がり、レスティオに手を差し伸べた。
「そろそろ、体も冷えてきたでしょう。不調をきたす前に、今晩はもうおやすみになってください」
「うん。ぁ、その前にホットミルクでも飲もうかな。一緒にどうだ?」
「仕方ありませんね。おやすみになるまで、付き添わせて頂きます」
真面目だなと思いながら屋敷内に戻り、キッチンに向かう。
鍋にミルクを注ぎ、ゆっくりと温めて蜜とクルールを少々加える。
「クォート。毒見」
「かしこまりました」
カップをふたつ用意して渡せば、クォートは受け取り、口を付ける。
ほんのり酒の風味を感じるが、蜜でやさしい甘さに仕上がっている。
「美味いですね」
「だろ?」
「酒とミルクを合わせるとは思いませんでした。それも温めて飲むとは」
「後輩に教わったんだ。あいつがいなかったら、料理に関することなんて全く教えられなかったと思うと、感謝しかないよ」
飲み干してカップと鍋を洗い、片付ける。
「レスティオ様。なにかありましたら、行動するより先に、誰かに御声掛けください。くれぐれも、御一人で外に出られることの無いように」
「はーい。今晩はもう寝るよ。付き合ってくれてありがとう」
部屋に戻ると、布団に入るところまで見届けて、クォートは部屋に戻った。
レスティオは、今日も昔の夢を見るだろうかと思いながら瞼を落とした。




