第108話 ミリュヴェール遠征(4)
朝。
畑仕事をする者たちと、町人に野菜スープを振る舞う者に分かれて、活動を開始する。
昨日、聖の魔術はかけたので土の状態は問題ない。そこに野菜の皮を細かくして土に混ぜて耕し直す。苗を植えて、改めて聖の魔術をかければ急激に成長していく。
後任の為にも、駐在所の食糧を全て放出するわけにはいかないので、町人に炊き出しとして出す分は昨晩の内に畑近くの倉庫に移した。
ジンガーグ隊の任務が終えるまでは、その倉庫に警備を立て、一日二食の炊き出しを行う。
その間に、町人の体調が戻り、日常生活や仕事が出来るようになればいい。
「では、レスティオ様。イグラム様とベイルート様からお預かりした手紙はギブール隊ブリッツ小隊の名にかけて皇室へ確かに届けます」
出立するエレクたちを見送り、朝食を済ませると和やかな時間は終わる。
警備の兵を残し、魔物討伐の装備を整えると、演出をかねて広場に集まった。
「本隊は外壁沿いの討伐に注力します」
「頼む。では、俺たちは西側から奥へ進むから、先遣隊は東側から進むように。作戦は、単純。狼には刃を。猫には水を。蛇には火を。ただし、要消火。救援が必要な場合には笛を吹け」
先遣隊を率いるガヴリールは全員が笛を持っていることを確認してレスティオに頷き返す。
笛は今朝レスティオが魔力結晶で作って配布したものだ。
「レスティオ様の魔力結晶に口を付けるなんて、恐れ多いですね」
笛を手のひらに悩ましそうな顔をするベイルートに、レスティオは腕を伸ばして、その額を指で弾く。
「それは昨晩の内に習得できなかった自分を恨んで、大人しく受け入れなさい。笛も吹かずに負傷していたら怒るからな。そしてロデリオに文句を言ってやる」
ベイルートは昨晩のキレた姿を思い出して、背筋が冷えるのを感じた。
あの場にいた者たちは皆表情を硬くさせて、笛の所在を確認する。
「それはご勘弁ください。務めは果たします」
ベイルートが気を引き締め直したのを確認して、レスティオは頷く。
ソリッズは咳払いして、場の雰囲気を戻す。
「昼の鐘が鳴った後、一度帰還するように!深追いはするなっ!死傷者を出さずに全員で帝都へ帰還するぞっ!いいなっ!」
ソリッズの掛け声に全員で返答すれば、町人たちから頑張れと小さく声援が送られる。
レスティオは外壁の西端へと移動しながら隊列を確認した。
魔術で木々を渡る技を習得していない者は馬に乗る。そして、魔術で木々を渡れる者たちは魔物が確認できる場所まで、その後ろに乗せてもらうことを前提としている。
それを踏まえて、中央にクォート、レスティオとイグラム。右翼にネルヴィとシルヴァ、左翼にユハニとベイルートという布陣だ。
「では、ご武運をっ!」
「そちらもな。行くぞっ!」
途中まで一緒に移動していたソリッズと視線を合わせて森へと進行を開始する。
クォートを先頭に一気に森の中を駆けだした。
「右翼展開っ!二時の方角、狼が四!」
「どこっ!?」
「こっちですっ」
ネルヴィに方角が伝わらなかったことに一瞬驚いたが、すぐにシルヴァが動いた。
ネルヴィはシルヴァの後ろに乗っているので、向いた先が二時の方角かと理解して戦闘態勢に入る。
「イグラムっ!正面、猫っ!」
「はっ!」
イグラムが剣を振るって水を投げかけ、怯んだところをクォートが仕留める。
「左翼、先遣隊展開中。前進続けます」
「了解」
ユハニが淡々と報告するのを聞いてレスティオは頷く。
「ベイルート出番だっ!十時の方角、木の枝に大量の蛇!」
「視認しましたっ!行くぞ、ユハニッ!」
「はいっ!」
ベイルートが馬の速度を上げるとユハニは近くの木へと飛び上がる。そして、風で周囲の枝を切り払い、蛇を落としていく。そこへすかさず、ベイルートが火を放ち、蛇を燃やしていく。
大型の火炎放射器のように炎が溢れ出る様に、レスティオはこれが魔術師かと感嘆する。
しかし、じっとみつめてもいられず、イグラムの後ろから飛び上がってレスティオも魔物に切りかかり始める。
「右翼、消火完了!移動します!」
「左翼、蛇大量発生!火を使いますっ!」
「猫の群れだっ!救援頼む!」
ピュッとイグラムが小さく笛を鳴らして叫ぶ。
まだ声が聞こえる距離での救援にユハニとベイルートは応援に駆け付け、水を浴びた猫のような魔物を切り払っていく。
ベイルートは、使い慣れない剣をなんとか振るい、魔物を馬に近づけさせないようにする。若いうちに皇族の護衛となり、戦場慣れしていないのは明らかだった。
それはイグラムも同じで、馬上で地上の魔物を払うが仕留め切れていない。
ユハニとクォートが魔物をなんとか仕留める中、笛の音が響いた。
「左翼、狼の根源遭遇っ!」
小さく、それでも張り上げただろうシルヴァの声が聞こえて、レスティオはすぐさま方向転換し、音がした方へと移動する。
「ぁ、すみません。もう終わりました」
シルヴァを視界に捉えるなり告げられて拍子抜けする。
周囲の魔物の群れを切り払いながらネルヴィの姿を探すと、根源らしき大型の狼を踏み台に周囲の魔物を切り払っていた。
「流石、元筆頭護衛騎士だな」
「剣魔術が十分通じる奴だったんでっ!」
「シルヴァ!水!」
ネルヴィが魔物を切り払う奥に大型の猫のような魔物を見つけて、レスティオは駆けだしながら指示する。
レスティオが応戦している間に、シルヴァの水が届き、魔物は甲高い雄叫びを上げる。
鼓膜を刺激する声に飛び退くと、ネルヴィが魔物を前に耳を抑えている姿が視界に入った。
「シルヴァっ!救援っ!」
魔物の足元を氷で固めて距離を取り、二人に癒しをかける。
回復したシルヴァが思いっきり笛を吹くと、遠くでも救援を求める笛の音がした。
「レスティオ様っ!ここは何とか粘りますっ!」
「倒してから行く!」
足を氷にとられながらも魔物たちは牙や爪を向けて来る。
レスティオは木の上に上がり、森の一部が激しく燃えている様子を確認した。
蛇の根源を見つけたか、大群を前にしくじったか。
「ネルヴィっ!背後に回って足を落とせっ!シルヴァ、援護っ!」
ネルヴィとシルヴァが揃って返事をして駆けだす。
シルヴァの制御出来ていない大量の水が周囲を濡らし、滑る足元を再び氷で固める。
ネルヴィは炎の斬撃で魔物の下半身を切り落とす。派手な斬撃は周囲に燃え広がったが、消火は後回しだ。
レスティオは氷の槍を魔物の眼球から割けた下半身まで突き刺し、後の始末を二人に任せる。
再び笛を吹く音がして、音の方へと木の上を急ぎ駆けて向かえば、地面にうずくまって必死の形相で剣を振るうイグラムの姿があった。
他の者も魔物に応戦することで精いっぱいだ。
「我、聖なる力を行使する者なり。彼の者に癒しを与えさせ給え。イ・ヴェール・シュタルーク!」
詠唱と共に地面へ降りて、近くの魔物を切り払う。
「有難う御座いますっ!レスティオ様っ!」
「レスティオ様っ!こちらにもお願いしますっ!」
「承知したっ!根源らしき魔物は二種討伐済みだっ!後退用意っ!水を扱えるものは消火急げっ!」
消耗の激しさを感じてレスティオが叫ぶと、指示を繰り返す声が続いた。
近くに先遣隊の姿があることを確認したところで再び笛の音が聞こえて駆けだす。
「ハイラックっ!負傷者はっ!」
「こちらですっ!」
救援を求めたハイラックに駆け寄ると、頭上から声が掛かった。
顔を上げれば、自分のローブで負傷者を包んで木の上に避難したベイルートの姿があった。
その表情には怯えが見えて、レスティオはすぐに近くの枝へと上がった。
ベイルートが風の魔術でレスティオの方へと負傷者を浮かせる。
ローブをずらすと、火傷を負ってぐったりしているのはブロワーズだった。
癒すと同時に魔力の消耗を感じて、重傷具合を把握する。
「何があったかは後で聞く。先遣隊っ!負傷者は運べるかっ!」
「はいっ!こちらで預かりますっ!」
「ベイルートっ!倒れていいから思いっきり水を放出しろっ!消火次第全速力で退避するっ!後退用意急げっ!」
ベイルートはレスティオに言われるがまま大量の水を周囲に叩きつけ消火を急ぐ。
ネルヴィとシルヴァも合流し、ジンガーグ隊が展開する位置まで馬を走らせた。
馬を失ったイグラムはクォートの後ろに乗り、ベイルートは馬をユハニに預けてぐったりしている。
森の中では馬を必要としないレスティオは索敵を兼ねて先行しながら、戦力的にギリギリの状況を実感した。
野営地へと撤退すると、レスティオはまず負傷者の癒しに当たった。
本隊の負傷者も少なくなく、重傷者が片付いた後は一帯の負傷者をまとめて癒した。
疲労感は感じるが、以前よりは魔力が使えていることから、成長期を迎えた後で良かったと思う。
「ベイルート。大丈夫か?」
レスティオは、聖騎士用のテントの前で休むベイルートの側に腰を下ろした。
シルヴァがすぐに椅子を用意しようとするが、構わないと断る。
「なにがあったって?」
「私の所為で、申し訳ありません……」
「何があったのかを聞いているんだけどな。俺は、お前が負傷者を抱えて守っている様子しか見ていないから、よく助けたと褒めたいところなんだが」
「そんなっ……私が消火を怠って、木々を燃やし続けてしまった所為で、あの者は焼け倒れた木の下敷きになったのです。レスティオ様が懸念されていた通りのことを、私はしてしまいました。申し訳ございません」
ベイルートは、大罪を犯してしまったというように俯き震える。
その姿にレスティオが声を掛けるよりも先に、ユハニがテント前へと戻ってきて、ベイルートに声を掛ける。
その後ろには着替えたばかりで鎧を身に着けていないブロワーズを連れていた。
「おい、ベイルート、だったか?さっきは……」
「っ、あ、貴方は……申し訳ございません!私の所為で酷い怪我をっ……レスティオ様の到着が間に合わなかったら、きっと……」
ブロワーズに気づいたベイルートは立ち上がって頭を下げた。
その後頭部をレスティオは思わず叩く。
バランスを崩して膝から座り込んだベイルートは困惑した表情でレスティオを見上げた。
「まずはブロワーズから話していいよ」
「ぁ、はい。えっと、ベイルートが俺の負傷に気づいてすぐに火を消して、そんで木を避けてくれたから無事だったって教えてもらったんです。何度も笛も吹いてレスティオ様を呼んでくれたって。だから、有難うなって礼を言いに来たんですが」
「そんな、私が燃やした木が倒れて貴方が負傷した訳ですから、御礼を言われることはなにもありません」
「それを言うなら、蛇が出たら燃やせと指示した俺の責任で、すぐに駆け付けられなかったことも含めて俺が悪かったことになると思うんだがな」
レスティオが言えば、ベイルートは戸惑う。
それを無視して、悪かったなとブロワーズに謝罪の言葉をかける。
「いえ、ネルヴィから根源が立て続けに出てきて苦戦してたところだったと聞きました。主戦力のネルヴィを死なせるわけにもいかなかったでしょうし、魔力無の俺を助けて下さったことにむしろ感謝してます。有難う御座いました」
「無事だったからこそ言える言葉だな。俺も火の魔術の扱いの危険性は改めて理解したし、もう少し戦略を考えるよ」
「よろしくお願いします。では、鎧磨かなきゃいけないんで失礼します」
「ぁ、ベイルート。どうしても気が済まないなら、ブロワーズの鎧磨くの手伝ってやったらどうだ?」
座り込んでいたベイルートは、レスティオの提案に頷いて、おずおずと立ち上がる。
そして、ブロワーズと共に汚れた鎧を洗う者たちの元へ向かった。
護衛としてレスティオの元に残ったユハニは、なんだかロゼアンに似ている気がすると呟いた。
レスティオも少し考えて同意する。
ベイルートがお湯を魔力結晶の器に用意すると、それだけで騎士団の兵たちは感謝の声を上げた。
あったけぇと表情を緩めて、この季節はきついんだよと笑う者たちに、ベイルートは首を傾げる。
「これくらいなら、大した魔力を必要としないだろ?お湯くらい、生活魔術の一環として教わることだし」
「あぁ、俺たち魔力ほとんどないし、魔術なんて使えないからさ」
騎士団には魔術を使えない者が多いことは知っていたが、主に水で洗い物をしていたという事実にベイルートは驚く。
ネルヴィは少し離れたところで水と風を器用に使い、くるくると鎧を回して洗っている。
だが、ネルヴィも最近魔術を積極的に使い始めたところで、以前はみんなと一緒に冷たい水で鎧を洗っていたという。
騎士団で行われた検証の一環で魔力量が高いことが発覚した時には、誰もが驚いた。
「湯浴みは?」
「そんなの庶務にお湯沸かしてもらって、身体拭くぐらいしか出来ねぇよ。こんな風に魔術でお湯出せるなんてすげぇなって思う」
流石に毎日頼むのは申し訳なく、冬には凍える思いで、不潔のままでは女性が寄ってこないという気合だけで頑張っている。
「魔力が無ければ、魔物討伐も大変だろう。良く軍に入ろうと思ったな」
「昔は騎士ってかっけぇって思ったんだよ。鎧着て、剣とか槍で戦ったりさ。なぁ?」
「あぁ、木の枝で騎士ごっことかして遊んでな。懐かしいわ」
騎士ごっこという言葉に首を傾げると、木の枝を振り回すだけだと答えが返ってくる。
魔術師の家系に育ったベイルートには、それが楽しいのかと理解出来ない感覚だった。
「鎧がかっこいいのか。私は、親が纏っていたローブがかっこいいと思っていた」
「あぁ、ベイルートって見るからに育ち良さそうだもんな。そういう連中はやっぱりローブの方が憧れるものか」
「俺たちにはわからねぇな」
汚れてきたお湯を取り換えようとすると、まだ使えるからいいと鎧のパーツが次々器に放り込まれていく。
せめてもと、濡れた鎧を乾かすのを手伝うが、風の魔術より磨いた方が綺麗になると途中で断られた。
「そういや、知ってるか?レスティオ様って、魔術を使わずに木を蹴って移動したり、魔物を倒してんだぜ」
「そうなのか?」
「闘技場で戦った時なんて、魔力をそもそも知らなかったらしいし、魔力が無くてもレスティオ様は誰より強いってことだろ。つまり、魔力が無くても、人間努力すりゃあれだけ強くなれるってことなんだよ」
それは違うと思う、とは声が出なかった。
「魔力無は出世できないって言われてるけど、ハイラックは聖騎士護衛部隊の副隊長になったし、俺たちの評価が変わる時は近いんだ。だから、今努力しないと絶対後悔する。それが俺たちの原動力だな」
「……レスティオ様が、騎士団を評価する理由が分かった気がする」
魔術師団に入った当初、騎士団を見下していた自分を思い出して、ベイルートは両手で顔を覆った。
ロデリオの護衛候補に選ばれた時、筆頭護衛騎士に認められたのが自分ではなく騎士団出身のエドウェルだったことに嫉妬した。
それは、彼を認めた今もずっと、心のどこかにある感情。
騎士団だから、というだけで評価していた自分が恥ずかしくなる。
魔術師団だからなにが偉いのか。騎士団の方がずっと民のことを考えて寄り添って、そして、誇り高く戦おうとしている姿をたった数日のうちに見せつけられた。
「ベイルート、大丈夫か?」
「あぁ……なぁ、お湯くらいで良ければいくらでも用意してやるから、その代わり、俺に剣を教えてくれないか。魔物相手に振るってみたんだが、全然戦えなくて、レスティオ様の護衛として不甲斐ない気持ちでいっぱいなんだ」
「なんだそれなら……ハイラック!ベイルートが剣術教えて欲しいってよっ!代わりにお湯くれるって」
大声で叫んだブロワーズの声に、ハイラックは片手を上げて応えた。
ベイルートはレスティオの方まで届いただろう声に恥ずかしく思いながら、ロデリオの護衛魔術師として、この貴重な機会にきちんと学ぼうと心に決める。
その夜、ハイラックに基礎から扱かれたベイルートは、慣れない疲れの中で、またひとつ騎士という存在に感心しながら眠りに就いた。




