第11話 野営地の朝
目を覚ますと空は夕暮れ色だったはずの空は真っ青に変わっていて、木漏れ日が心地よかった。
見張りに立っていた兵が目覚めたのに気づいて会釈してくる。
周囲はほとんど眠っていて、まだ朝早いのだと察した。懐中時計を懐から取り出すと四時を指している。
「よく寝たもんだ……」
こんなに深く眠ったのはいつぶりだろうと思いつつ、立ち上がって肩と首を回す。
見張りの目から離れない場所で手のひらに水を出して顔を洗い、風の魔術で濡れた顔を拭う。
野営だが、身綺麗にしようと思えば魔術の使いようはいくらでもある。
ジャケットを脱いで、木の枝にかけると地面に腰を下ろして柔軟を始めた。
ちらちらと見張りが視線を送ってきているが、声をかけてくる訳ではないので無視して続ける。
「レスティオ様、いったい何を……?」
開脚しながら体側を伸ばしていると、起きてきたドレイドが訝しげな顔をして近づいてきた。
「あぁ、おはよう。体をほぐしてるだけだが、なにか?」
「は、はぁ……お身体のほうはもうよろしいのですか?」
「少し魔力を使いすぎたようだが回復した。ヴィルヘルムの背にでもくくりつけて城に戻ってもらっても良かったんだが」
「く、くくっ!?そのようなことを聖騎士様にするわけにはいきません!」
昨日の今日で態度が変わっている。
魔物討伐への貢献と、聖の魔術を扱えることがどれだけこの世界で重宝されることなのか改めて認識する。
「それで、これから村の方へ向かうのか?」
「いえ。それが……様子を見に行った兵によると、どうやら昨日ここで行なった癒しの術が村にも届いたようでして。我々はこのまま城へ戻ります」
「届いた?あれが?」
「はい」
「……それは……よかった、のか?」
聖騎士の力を一般に知らしめようと思っていたことを踏まえれば、レスティオ自身が力を発するところを見せることが必要だったはず。
実際に男が聖の魔術を使うところを見せなければ聖騎士という存在を信じてもらえないだろう。
となれば、今回の作戦は失敗だ。
やはり帰ったらアッシュに広範囲魔術について講義してもらわなければと唸る。
出兵していた兵の半数は既に城に戻っていて、残っているのは魔物の残党の確認とレスティオの周辺を守る為に残された者たちが数十人。
昨晩の時点で魔物は全て討伐を終えていたので、朝食を済ませたら一行も帰路に着く。
「ひとまず、ここで朝食にしましょう。村から食材を仕入れてありますので、今、食事の準備をさせます」
「あぁ、わかった」
陣営の片隅で野菜と思しきものや大きな鍋を扱う兵の姿を見つけた。
ふと思い立って、そちらへと足を向ける。
「どうかされましたか?」
「いや、この世界の料理というのを見ておこうと思って」
「料理を、ですか?」
じっと調理の様子を見つめていると、茹でられた肉の塊が取り出され、茹で汁が地面へと捨てられた。
そしてわずかに灰汁をまとった肉を水でしっかりと洗い、再びお湯が用意された鍋の中に放り込まれる。
この世界の料理は野菜も肉も徹底的に洗い、茹でることを下ごしらえとして繰り返す。その結果味がほとんどなくなる。
しかも、その後に炒めたりするときに使う調味料は、焦げつかないようにするために引かれた油のようなもののみ。
「なるほど。少し手を出してもいいか?」
「ぇ、せ、聖騎士様っ!?な、なにか至らぬ点がありましたでしょうか……」
「あぁ。この世界の料理はまずくて仕方がないと常々思っていたんだ。食材と調理道具を使わせてくれ」
「ぇ?」
調理道具は少なく、一度に作れる量は限られている。
故に、これから調理する分についてはまだやりようがある。
差し出された野菜の皮を剥き、既に廃棄用に避けられている皮や切れ端も貰って、それらを鍋に入れた。
そこでふと、自分の魔術では口にできるような澄んだ水は出せないことに気づく。
「すまないが、飲めるような水を出せないだろうか?」
「は、はい。こちらでよろしいですか?」
部屋にあるのと同じような形の水差しを渡され、魔力を注ぎながら鍋へ水を注ぐ。
可食部ではなく皮や切れ端を煮込み始めたレスティオに兵たちは信じがたい表情をしているが、聖騎士相手に発言できる者はおらず自分たちの作業を再開する。
「ぁ、他に必要なものはございますか?」
「そうだな……薬草茶に使うようなモノがなにかあれば助かるかな」
調理をしていた一人が立ち上がっていくのを見送って、食材を一口大に切っていく。
見てみると朝食のメニューは焼いた肉と野菜、薄くスライスしたパンが一切れずつ。
肉も野菜もあるだけいいのだろうと思いながら、鉄板の端で生肉を焼いていく。
それすら怪訝そうな顔をされるのに少し居心地悪く思うが、それで少しでも美味い食事が食べられるならいい。
野菜の切れ端などを入れた鍋が煮立ち、茹で汁が色づいているのと香りを確認して丁度よく空いた鍋とざるを借りてそこに鍋の中身をそそぐ。
野菜がザルに残り、茹で汁が鍋に残った形になった。
「ぁ、茹でたお湯を捨てるのでしたらそこらへんにまいてしまって問題ないですよ」
「はいはい」
空いた鍋を洗って返し、茹で上がった野菜の切れ端が乗ったザルを避ける。
スプーンで軽く茹で汁味を確認して、切り分けた野菜と焼いた肉を入れる。
「……こういう時クロードがいたらなぁ」
ぼやいていると先ほど立った兵が戻ってきた。片手に乾燥した草を持っている。
「薬草茶にできるモノということだったのでいくつか採取してきました」
「わざわざ採取までしてたのか。悪かったな」
採取しただけでなくすぐに使えるように加工済み。出来るな、と思いつつ受け取る。
しかし、どういう作用があってどんな味なのかはわからない。
受け取った薬草をちぎってそのまま口に入れる。
「えっ」
「あぁ、うん。このままいけるな」
お茶として飲んだ時より濃い味わいを感じる。
口の中に変に残ることもなく、乾燥させただけというがポテトチップスの草版、リーフチップスとして食べられる。
この世界に来て初めて味のあるものを食べた気分になり一人和みつつ、ふと我に返って、乾燥させた葉を細かく刻んで鍋に投入した。
入れてからスープの味と合うだろうかと首を傾げたがもう遅い。
「レスティオ様。これはなんという料理でしょうか?」
「野営中の飯に料理名もなにもないだろ」
最後にもう一度味見をして、野菜と肉の旨味と爽やかなお茶の香りに、城の食事より大分良いと満足する。
器にスープを盛り付け、パンを一切れその上に乗せて火で表面を焼いた。
「うん、出来た」
「パンも添えられるのですか?」
「パンをスープに浸すとそれはそれで美味しいんだよ」
スプーンでパンを崩し、スープと一緒に口に運ぶ。
味はわかっているが、改めて味が口の中に広がるのを感じながら食べる食事に感動する。
「ぁ、少し作り過ぎてしまったが、食べるか?」
渡された食材をそのまま使ったため、四人前くらいは鍋に残っている。
兵たちが顔を見合わせるのに申し訳なく思いつつスープを食べ進める。
「では、僭越ながら頂戴致します」
「は、はい!盛りつけますっ!」
ドレイドが名乗りをあげると、自分たちが用意していた朝食の盛りつけの手を止めて、レスティオが盛りつけたのと同じようにパンも焼いて用意する。
ドレイドは、皿を受け取って腰を下ろすと、兵たちの注目を浴びながらスープを口に運んだ。
そして、目を見開くとゆっくりと咀嚼を始めた。
「、美味い。これが噂にきく、聖女の料理」
「噂?」
周囲が急にどよめき出した。
「ここ数十年のことですが、聖女の料理は美味いと噂になっているんです。みたこともない調理法を使うとか。他大陸で聖女を召喚した国の料理が急激に美味くなったそうなんです。噂だけで実際に食したことはないのですが」
「へぇ、それは俺も興味があるな」
頂きます!と声を上げて調理をしていた兵が自分の分を用意し、批判めいた声が上がって賑やかになる。
その様子を眺めながら、味を知らないだけで味覚は正常なんだなと安心する。
「厨房に入っていいなら作るんだけどな」
「いいんですかっ!?」
ドレイドに食い気味で迫られコクコクと頷く。
むしろ、味のしない城の料理を食べ続けるくらいなら自炊させて欲しいと思っている。
「俺が出歩くことに誰の許可が必要なのかわからないけどな」
輝いた瞳が一瞬でおとなしくなった。
図書室や訓練場に行くことはあっても講義の為で、講義以外の時間は本を借りたりして部屋で過ごしている。
なるべく部屋にいて欲しいと言われて以降、行動範囲についてはなにを言われることもなく、自由は未だ認められていないと認識している。
生活環境は整えてもらっているし、なにひとつ貢献していない状況で要求することでもないと思っていたので黙ってきた。
今回の出兵をきっかけに動きはあるだろうが、どうなるやらと考えながら食べ終えた食器を洗って兵に返す。
ヴィルヘルムの元へ向かうと、朝食を食べ終えて満足そうに体を休めていた。
「ヴィルヘルム。少し立てるか?この時間がもったいないから少し体を洗ってやろう」
ヴィルヘルムが少し嫌な顔をしたが、気にせずに水と風の魔術を駆使してマッサージをしてやりながら、しばらく手入れがされていなかったように見えるその体を洗った。
全身を乾かしてやると、漆黒の毛並みが滑らかになって暴れ馬とは程遠い気品を感じられる仕上がりになり満足して頷く。
「ぁ、あの、聖騎士様」
ヴィルヘルムの昨日の頑張りを褒めて鬣を撫で回していると、馬を連れた同い年くらいの青年が近づいてきた。
鎧の肩から肘当ては無残に砕けているが、隙間から覗く肌には傷跡ひとつ確認できない。
「シルヴァ・ハルヴァーニと申します。昨日は魔物に襲われていたところ助けて頂きありがとうございました。この腕がちぎれた時に命もなにもかも諦めたのですが、聖騎士様がきてくださったおかげで、こうして五体満足で帰還することができます」
「気にするな。聖騎士としての務めを果たしたまでだ」
「いえ。もし、召喚されたのが貴方でなく聖女であったなら、きっと、あのように私を助けてはくださらなかったでしょう。聖騎士様。貴方がこの世界にきてくださって、私は心から感謝しております。生かしてもらった命を無駄にせぬよう鍛錬に励みたいと思います」
女でなく男が召喚されたことを無理に飲み込もうとしていた者たちと違う純粋な感謝を示されて、くすぐったくなる。
「聖騎士様。ご迷惑でなければなのですが、私の馬にも名前をつけていただけませんか?」
「は?」
「ヴィルヘルムのように聖騎士様から名を賜りたいのです」
シルヴァの向こうにはこちらを熱心に見つめる兵たちがいる。
これは逃げなければ無限に名付けをさせられる羽目になりそうだ。
聖騎士からの命名、なにかよくわからないが加護がありそうな気がする。
「それはできない」
「、そ、そうですか。失礼申し上げました」
「ヴィルヘルムと彼に名付けたのは、俺とともに戦いたいという意志を感じてそれに応えたかったからだ。その馬に名付けるならばそれはシルヴァ自身が名付けるべきだ。どのような名が似合うか、授けたいか、それを考えて付けるからこそ喜ばれると思うよ、俺は」
「確かに。そうかもしれません」
同意するようにシルヴァの馬がそっとシルヴァに鼻を寄せた。
「よろしければお聞きしたいのですが、ヴィルヘルムとはどのような意味なのですか?」
「俺の世界の言葉で、強き守護者を意味する。戦場で俺を守ってくれる戦友にふさわしいだろ」
その言葉を聞いて、兵たちは自分の馬の名前はああだこうだと宣言し始める。
おそらくこの世界における色々な単語をあげているのだろうが、わからないものもちらほらある。
「い、イヴェール!私はそう名付けます!」
焦ったようにシルヴァがいうのに数人があぁっと頭を抱えた。
聖の魔術のうち、癒しの詠唱は、イ・ヴェールから始まる。
それを名前としてつけたシルヴァはイヴェールと改めて向き合った。
「イヴェール。俺を救ってくれた言葉だ。これからも頼むよ」
イヴェールは鼻を鳴らして頷いたように見えた。
シルヴァもまた通じ合ったように感じて表情を綻ばせてイヴェールの頭を優しく撫でた。




