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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖オリヴィエール帝国編
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第107話 ミリュヴェール遠征(3)




 ソリッズがロワの駐在所へ状況確認に向かう間、レスティオは護衛部隊を連れて町に入った。

 町の中は閑散としていて、店も閉まっているようだった。


「まるで、誰もいないみたいですね」

「そんなことあるのか?おい、誰かいないか?」

 

 レスティオは近くにあった服屋の看板を下げた店のドアをノックして声を掛ける。

 そのままドアに耳を当てて、人の気配を探る。


「かすかだが物音がした。中に人がいる」


 ゆっくりと近づいてくる足音を確認して一歩ドアから離れると、ほどなくしてドアが開かれ、倒れ込むようにふらりと人が出てきた。


「どなた?」


 出てきたのは、痩せて青い顔をした女性だった。


「行商の人じゃないの?ねぇ、食べ物、なにか、持ってない?」


 目は虚ろで衰弱している様子にレスティオは眉を顰める。


「どれくらい食べてないんだ?」

「もぉ、わからない。魔物が出たって言われてから、二日くらいでなにも食糧が手に入らなくなったの。もう家の中にはなにも残ってなくて」


 話しながら女性の目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。

 不意に視線を感じて周囲を見渡すと、窓や物陰から様子を窺う視線を見つけた。


「貧民街の人みたいだ……」


 ぽつりとネルヴィは呟き、追い詰められた町の人たちの状況を理解する。

 レスティオは息を呑んで、この状況に対応する策を考える。

 部隊の食糧は、遠征の日数を考慮して持参しているが、現地調達も見込んでいるため町の人たちに分け与えるだけの量はない。

 そもそも、今回はミリュヴェールの森の魔物討伐とザンクの聖剣の製作状況視察が主目的であり、大陸会議行路視察と安全確保が副目的。

 ロワの街の救済の為に近隣の街に寄り道することは想定されておらず、予定に組み込むことは出来ない。


「森の魔物討伐を急いで、少しでも癒しを施した上で、野草や木の実を採取してやるしかないか」

「そうですね。それが最善かと思います」


 助けてとすがるように伸びてきた手を、今は取れなかった。

 携帯食としてクッキーを少し持っているが、一人に少量を分け与えたところでなにも解決できない。


「レスティオ様っ!少々よろしいですか?」


 ソリッズの声が聞こえて振り返ると、不満を何とか飲み込んだような表情でガヴリールと共に歩み寄ってくる。

 状況を聞きに行っていたにしては、随分と早い合流だ。


「いやぁ、駐在所へ行ったんですが、『騎士団風情に与える施しはない。とっとと魔物を討伐して来い。』と追い返されました」


 はっはっはっと額に青筋を浮かべて笑うソリッズに、レスティオは同情する。

 そして、ふと首を傾げた。


「施しとは?なにか物資の援助でも求めたのか?」

「魔術師団相手にそんなもの期待していないのはご存じでしょう。私はただ、畑に作物がなにもなかったがどういうことかと尋ねただけです」


 レスティオは、諦めた様子で内壁に寄りかかっている女性の姿を振り返る。

 

「ソリッズ。魔術師団の連中は元気そうだったか?」

「え?あぁ、そりゃあもう。なぁ?」

「はい。駐在所で暇と魔力を持て余しているなら、討伐に出てくれればいいのにと思うくらいに」


 ソリッズに言われて、ガヴリールは深く頷いて答えた。


「そりゃそうでしょうよ。町の食糧ぜーんぶ、あいつらが買い占めたんだから。はっ、ははっ、なんにもしないくせにさぁ……いい御身分だよねぇ」


 うわごとのように女性が笑う。

 その言葉に、レスティオは、すっと頭から全身が冷めていくような感覚を覚えた。


「イグラム。ベイルート。今の発言、覚えておくように」

「ぇ、あぁ、はい」

「ソリッズ。駐在所へ案内を頼む」

「はっ!こちらです」


 ソリッズが表情を引き締め直して、レスティオたちを先導する。

 纏う雰囲気に怒りがにじみ出ていることを察して、全員が息を呑んで付いて行く。


「こちらが、駐在所になります」


 ノッカーに手を伸ばしたソリッズの手を止めて、レスティオは扉を開け放った。

 そして、無言のまま声のする方へと歩みを進める。


「全く、なんで俺が騎士団の対応なんかしなきゃならないんだか」

「ろくに役に立たない騎士団なんて帝国軍から無くしちまえばいいのにな」


 愉快そうに笑う声と一緒に聞こえてくる食器の音。

 レスティオは、食堂の開け放たれたままのドアの前に立ち、こちらに気づかず食事する者たちの姿を睨みつけて、勢いよくドア枠を蹴りつけた。

 響き渡った音の大きさにソリッズたちも身を竦ませる。


「なっ、だ、誰だっ!?」

「俺たちは魔術師団だぞ!襲撃なんて、」


 レスティオが口を開きかけたところで、クォートに足を下ろすように促されて大人しく従い前を譲る。


「静まれっ!こちらは聖オリヴィエール帝国の聖騎士レスティオ・ホークマン様であるっ!身の程を弁えぬか、愚か者どもがっ!」


 鋭い喝にロワの駐在兵たちは青ざめて慌てて跪いた。

 

「代表者は前へ」

「はいぃっ!」


 クォートの低い声で促され、上擦った声で一人の男が前に出て来る。

 

「名乗れ」

「は、はいっ!帝国軍魔術師団ロワ駐在部隊隊長代理カーロ・オドゥームでございます!お、お目に掛かれて恐悦至極に存じます。聖騎士様」

 

 カーロは目がキョロキョロと泳がせていた。

 その様子を冷たく見下ろして、レスティオは一歩前に出た。


「カーロ。お前にひとつ質問しよう。ロワの駐在兵が為すべきこととはなにか」

「はい。それは、魔物からこの町を守ることにございます」

「第一皇子ロデリオ・オリヴィエール殿下の上位護衛魔術師であるベイルート・プラハに聞く。駐在兵とはなにを為すべき存在だ」

「はっ!地方に駐在する者は、その地の状況に目を配り、治安維持に努めます。また、帝国軍に属する者として民を守るため国を守るため、厄災の脅威が町を襲わぬように細心の注意を払い、時には防衛に徹し、時には戦いに身を投じることも辞しません」


 不意に名前を呼ばれたベイルートは身を固くしながらも、魔術学院での教え通りに答えを返す。


「さて、カーロ。今、町の治安は守られているのだろうか」

「そ、それは、はいっ!犯罪も起きてなどいませんし、町に魔物が入り込むこともありませんっ!平穏無事ですっ!」


 堂々と叫んだカーロに、思わずレスティオはその頭を踏みつけて額を床に叩きつけた。

 しんっと周囲が静まり返る。


「町の人間は、お前たち駐在兵が町の食糧を買い占めたおかげで、空腹に飢え、働く気力も無く弱っている様子。それを見て、お前たちは平穏無事というのか」

「ぁ、あ、ぇ、……っと……」

「飢えている民を後目によくもまぁ平然と食事を食べられるものだな。数日食べられていない民がいる中、お前たちは一日に何食食べている?ん?」

「い、一日に、三、食です……」

  

 素直に答えたカーロに思わず、頭を踏みつける足に力を入れる。

 呻く声がするが気にはしない。


「それだけ食べるに値する働きをしているのかな。魔物が発生したと報告を上げてから今日まで何体の魔物を倒した?百か千か、それくらいは当然だよな?」

「ぃ、ぃいえ……わ、我々は、防衛に徹していて……討伐は、騎士団がすることになってっ……いるので……」

 

 がくがくと震える声には恐怖がにじみ出ている。

 

「ほぉ、それでよく騎士団風情なんて言葉が言えたものだな。魔術師団とは、騎士団に頼りきりで何もできない癖に虚勢を張る無能集団か。なぁ、どう思う、ベイルート」

「ロワの駐在が無能なだけだと信じたいところですが、早急に魔術師団の実態調査に取り掛かる必要があると殿下に進言致しましょう」

「ロワの駐在に関しては、きちんと報告を頼むよ。町を食糧難に陥れ、町人たちを餓死へと追い込もうとしている連中に、相応の処分を考えてもらわなければなるまい」

 

 処分と言葉が出た瞬間、震えていた魔術師たちがレスティオの前に集まり、謝罪と弁明の言葉を口々に叫び始めた。

 そんなつもりはなかったのだと語る彼らをベイルートとイグラムに任せ、レスティオは、食糧庫から備蓄された大量の食糧を確認する。


「ソリッズ。野営地の兵を何人か広場に回して、炊き出しの支度をしてくれ。弱った者が多いから、野菜を細かく切って柔らかく煮込んだものがいいだろう。ユハニ、ザンクで薬草採取に出かけることを認めるから滋養強壮の効果がある薬草をいくらか炊き出しに使ってもらえるか?」

「御心のままに。鍋は駐在所の物を使わせてもらいましょうか」

「あるいは、食堂を営む者に借りられないか確認かな」

「では、私は野営地に応援を呼びに行った後、食堂を探してみます」


 各々が動き出す姿を見送り、レスティオは側に立つクォートの肩に額を当てた。

 鎧をジャケットの下に身に着けているので硬い。


「レスティオ様。まだ気を緩める時ではありません」

「わかってる。一呼吸したくなっただけだ」


 レスティオは深く息をついて、駐在所を出た。

 途中食堂を覗くと、全員倒れていて、イグラムが拘束しているところだった。

 今後どのように扱うのか後で話を聞こうと決めて、広場へと向かう。


「よし、手分けして野菜を細かく刻むぞ!」


 集まってきた兵に声を掛けると素直に返事をする。

 料理が出来ない者には周辺の警備を頼み、野菜を刻んでは集めた鍋に放り込んでいく。

 魔術を使える者が魔術具を使って水を大量に注ぎいれ、ユハニはそこに刻んだ薬草を入れていく。


「ユハニ、味見を頼む」

「はい」


 どの鍋も問題ないことを確認して、レスティオは魔力結晶で作った笛を強く吹いた。

 既に料理の匂いに顔を覗かせている者たちもいるが、より多くの注意を引きたい。


「帝国軍騎士団からロワの町の民に無料で炊き出しを行いますっ!皿を持って広場に集まって下さーいっ!」


 なるべく大きな声で呼びかければドタバタと音がして人々が動き出した。


「ソリッズっ!何人か町中を歩かせて広場に来るように促してもらえるか?もし起き上がれない人がいたら、鍋を持って行かせてもいいから出来るだけ多くの人に配ろう」

「はっ!かしこまりました!」


 急にたくさん食べると体調を却って崩しかねないと、今日は一杯だけ与え、ゆっくり食べることを促すようにスープを配る者たちにも注意する。

 

「あぁ、美味しい」

「あったけぇ……美味いなぁ」

「今までで食べた中で一番だわ」


 スープを口にした人たちが涙と共に表情を取り戻していく。

 虚ろな目をしていた女性も一口ずつ噛みしめる様に食事を口に運んでいた。


「レスティオ様」

「あぁ、お疲れ様。あいつらはどうした?」

「駐在所の牢に入れてきました。出来れば早馬を飛ばしたいところですが、動ける者がいないようなので、ギブール隊が通りがかるか帝都に帰還するまで放置しておくよりないかもしれません」


 帝都に帰還するまで早馬を飛ばせそうになければ、多少の食糧は牢に入れると言うイグラムに頷く。

 すると、そこに馬に乗った五人の兵が駆けて来る様子が見えた。


「あれ、フランドール隊長?ここにいるのはジンガーグ隊ではなかったですか?」

「噂をすればギブール隊か。ご苦労。私は、レスティオ様の護衛としてここにいるだけだ。ジンガーグ隊長ならば向こうで指示を出している」


 噂をすれば影。

 ギブール隊の面々はソリッズの方に目を向けた後で、はっとしてレスティオの方を振り返り、抱えていた荷物を置いて駆け寄ってきた。


「ご挨拶させて頂いてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「ギブール隊の小隊長を務めております、エレク・ブリッツと申します。北西部を中心に巡回しておりますので、お目に掛かる機会が少なく、こうしてお会いできて光栄です」


 エレクは部下たちにも挨拶するように促す。

 緊張しながら頭を下げる様子を見て初々しく感じた。


「エレク、帝都に至急伝令を頼みたいんだが、早馬というのはどのように頼むといいのかな?」

「聖騎士様の至急の伝令ですかっ!?それならば、すぐにでも出立致します」

「至急と言ってもそこまで急ぐことではない。出立は明日でいい」


 クォートが横から口を挟むと、エレクは凛々しい表情で頷く。

 イグラムから既に用意していたユリウスとロデリオへの手紙を渡し、聖騎士案件故に直接皇室へ届けるように念押しする。

 その為に必要な手紙も作成していると差し出し、城内の移動ルートまで指示した。


「確かに拝命致しました。必ずこの手で陛下にお届け致します」


 経験したことの無い重大任務にブリッツ小隊の面々の表情は緊張していた。

 だが、手紙を汚さなければ、この場では緊張は不要。


「任務はさておき、お前たちも到着したばかりで腹を空かせてないか?」

「え?あぁ、はい。ですが、町の人たちの方が随分腹を空かせていることでしょうから。我々は携帯食で済ませます」


 携帯食と言って取り出したのは手のひらほども無い干し肉だった。

 

「数日食べていない人間に急に食べさせても良くないので、鍋ひとつ分は余ると思います。余った分は明日に持ち越すつもりですが、携帯食と一緒にどうぞ」


 ユハニが駐在所から持ってきていた食器にスープを注いで渡すと、エレクはそういうことならと部下たちと顔を見合わせて受け取った。

 ブリッツ小隊に行き渡ったところで、ユハニはレスティオにもスープを差し出した。

 

「レスティオ様も食べてください。食べて頂かないと、我々が夕食を食べられません」

「あぁ、すまない。交代で食べてくれ」

 

 どこで食べようと思っているとシルヴァがすかさず魔力結晶の椅子とテーブルを用意した。

 そして、手にしていた袋から一口大にして焼いたパンをレスティオのスープに入れた。


「ユハニに我々にはスープだけでは足りないだろうからと、野営地の方で用意してくるように言われていたんです」


 町の人には内緒だと言うシルヴァに頷いて、スープにパンをしっかりと浸す。

 シルヴァはレスティオの傍を離れると、エレクたちのスープにもパンを入れて回った。


「そこのエレクたちの荷物は全て郵送物か?」


 ふと、エレクたちの馬の側に置かれた薄汚れた大きな袋を見てレスティオが問えば、スープを頬張っていたエレクは首を横に振った。


「あれは、芋や野菜の苗です。昨日、この町の畑を見て、近くの町から調達してきたところだったんです」

「お前たちが?」

「はい。種や苗を植えて置けば、レスティオ様がいつか聖の魔術で畑いっぱいにして頂けるかと思いまして。ずっと任務に出ていると給金を使う機会も中々ないですしね」

 

 人の良い笑顔で言うエレクたちに駐在兵に向けていた怒りは完全に静まった。

 明日の朝、ギブール隊の出立前に一緒に畑に植えようと約束して、遅くなった夕食の時間を過ごした。




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