第106話 ミリュヴェール遠征(2)
ミリュヴェールの森はギバから離れるほどに魔物の姿が散見するようになっていた。
レスティオとネルヴィ、ユハニは木の上を駆けながら、次々と魔物を仕留めていく。
護衛騎士たちは正面、先遣隊は左右の魔物を切り払いながら、前進を続ける。
「三種目確認!」
「猫のような魔物は尻尾が濡れると怯むはずですっ!」
「ベイルート、ハイラックの援護っ!」
「は、はいっ!」
魔物の悲鳴が響く中、連携を取るべく各々声を上げる。
「シルヴァ、遅れるなっ!イグラムは離れすぎるんじゃないっ!先遣隊っ、無茶な展開をするなっ!レスティオ様はブロワーズに癒しをっ」
クォートが各方面に目を光らせて怒鳴り声を上げ続ける。
レスティオは魔物の血しぶきを上げながら、素早く移動してブロワーズに癒しを掛けると、そのまま討伐を進める。
「全体進行停止っ!本隊合流を目指し、進行方向を東へ切り替えるっ!周囲への警戒を怠るなっ!」
クォートの指示に返事をして、周囲の魔物を警戒しつつ、一度全員集まり点呼を取る。
その間にベイルートが風の魔術で浮遊し、本隊の位置と森を抜けるルートを確認した。
「総員合流確認!」
「進行方向はこちらです」
「では、行こう」
ジンガーグ隊の先遣隊隊長はガヴリール・ヴァルナフだが、すっかり、クォートに主導権を握られている。
ジンガーグ隊はフランドール隊とは違い、目的に向かって突進していく傾向にある。多少の援護は互いにするものの、全体を見極めて指示出来る者は少ない。
「足元に気を付けろよ。蛇の魔物は地面を這って近づいてくるからな」
「了解了解」
ハイラックの忠告に返事をしつつ、ネルヴィは森の奥に潜んでいる魔物を警戒する。
魔物が近づいてくればすぐに攻勢に出る構えだが、今は撤退を始めるタイミングなので飛び出さずに状況を注視している。
ユハニは、ベイルートの後ろに背中を預けるように座り、氷の矢で潜む魔物を的確に撃ち抜いていく。
多少マシになってきているとはいえ、繊細な魔力制御を苦手とするネルヴィにはまだ難しい技だ。
「この世界では、蛇は食べるのか?」
「食べません。毒があります」
レスティオが近づいてくる蛇の魔物を剣に纏わせた氷で切り払いながら言えば、クォートが即答した。
「食用にはあまりされませんが、薬の材料として使うことはありますよ」
ユハニが攻撃の手を休めて話に加わる。
先日、ガナル港から持ち帰った甲殻類を騎士団にも振る舞ったので、食材の話に対する関心は大きく、話が続けられる。
「あまり、ということは、食べることもあるのか?」
「薬として料理に含めることはある、ということです。レスティオ様の世界では、蛇を食用として食べているんですか?」
「軍のサバイバル訓練で先輩に教わった。魔物は流石に食べる気がしないけど、普通の蛇ならちゃんと処理すれば食べられるよ」
「はいっ!サバイバルってなんですか?」
警戒を緩めて挙手したネルヴィの頭を、ヴァナルが魔力結晶の棒を伸ばして小突く。
「この森の中で数日野営生活するって考えるとわかりやすいかな。危険な場所や、食料確保とか生活が難しい状況下であっても、生き抜けるように俺の世界の軍人は訓練されるんだ」
「通りで。レスティオ様なら、こんな森でも余裕で生き抜けそうですもんね」
レスティオが受けていたサバイバル訓練は、一週間の間、軍所有の無人島で行われていた。
五人一組で十組に分かれ、サバイバル生活を生き抜くことは当然として、訓練終了時点でより多くの捕虜を確保し、欠員を出さなかった組が優秀とされる。それこそ、強襲や夜襲は当然。捕虜交換あるいは捕虜と食糧交換の交渉も期間中は自由であり、あらゆる能力が同時に求められる過酷な訓練のひとつだった。
話の流れで騎士団でもやってみるかと提案するも、誰からも賛同は得られなかった。
「レスティオ様の世界では、何故そこまで徹底した訓練を施すのですか?厄災以上に強大な敵がいたのでしょうか」
イグラムの問いに、レスティオは唸る。
この世界と比べれば確かに徹底していたのだろうと思う。
「俺の世界は国同士、人間相手に戦っていたからな。それに耐えうる戦闘力と精神力は、型だけの生半可な訓練じゃ身に付かない」
「魔物と人を相手にするのでは、やはり、感覚は違うものですか?」
「魔物の方が仕留める難易度は多少上がるが、気は楽かな。命乞いする者を殺すのは、多少なり良心が痛む。だからこそ、殺す時は命乞いを受けるより先に一撃で苦しめないようにはしているけれど、人殺しは人殺しだからな」
ベイルートの脳裏にラビ王国遠征でレスティオが襲撃者の首を刎ねた姿が思い出される。
人が殺される現場というのは、思い出すのも悍ましい。
ラビ王国内で起きた事件であり、報告書にはあえて記載されず、口外も禁じられているため口には出さないが、ベイルートは首を振って吐き気に堪える。
「まぁ、この世界にはあまり持ち込むべきではない感覚だろうから、人間相手に戦う話はここまでにしよう」
魔物との戦いが主で、人間相手に戦うことなど滅多に無いのは、この世界の特徴のひとつ。
生贄になりたくないという理由で、犯罪においても殺人の事例は珍しい。
レスティオが話を打ち切ったところで森を抜け、迂回しながら進んでくる本隊と合流して野営の準備に入った。
入念に魔物の血を洗い流し、血に濡れた馬たちも綺麗に洗ってやる。
「クォートは馬に名前を付けているのか?」
綺麗になったヴィルヘルムを撫でながら、隣で馬を洗うクォートに声を掛ける。
「私はグランドムと名付けました」
「ほぉ、勇ましく感じる響きだな」
「昔読んだ英雄譚に出て来る者の名を借りました」
レスティオがこれまで読んだ英雄譚には出てきていない名前だった。
興味を示せば、クォートは実家に残っているか確認してみると約束した。
生憎タイトルはうろ覚えというので、誰かに照会することも出来ない。
近くで話を聞いていたイグラムとベイルートは、馬に名前を付けていることに驚くところから始まり、シルヴァから経緯の説明を受けていた。
「ベイルート。折角の機会だし、今回の遠征では魔術師の視点で、現状の騎士団の動きをよく観察しておいてもらえるか?」
丁度良く周囲に集まっているのは護衛部隊の者だけと確認して、レスティオはベイルートの方を向いた。
手帳にメモしていたベイルートは怪訝そうに顔を上げる。
「それは、どういうことでしょうか」
「魔術師団復帰後においても、騎士団の前線投入の有用性が認められそうか。魔術師団との連携における懸念はないか。観察した上で必要と思われることは、帰還後にロデリオへ進言してもらいたい」
レスティオに求められた課題に、ベイルートは考えた。
皇族の会合や報告書の中で、レスティオが魔術師団の戦い方に疑問を感じていることは知っている。
そして、魔術師団の体制が整うまでは先送りでいいだろうと構える皇族たちの姿も見てきている。
まさか、ロデリオの護衛魔術師である自分が、魔術師団という組織に意見するような立場に立たされるとは思ってもみなかった。
「難しいかな。第一皇子の上位護衛魔術師の意見ならば、皇族としても魔術師団としても参考にするのではないかと思ったのだけど」
「いえ、かしこまりました。帝国の為となるならば、謹んで拝命致します」
期待されているとあれば、断る理由は無い。
表情を引き締め直したベイルートにレスティオは苦笑した。
「そう構えなくていいよ。これに関しては、俺を立てなくていいからな。ベイルートの見解をロデリオに伝えて、ロデリオが各所に提言すれば、それはアイツ自身の功績になる。お前は機会を有効活用して、主人の功績に繋げる優秀な側近の一人と評される。俺は、今回の遠征で護衛の役目を果たしてさえもらえれば、それで十分だから」
「ほぉ、それは私も十分に目を光らせておかないといけませんな。陛下の為にも」
耳をそばだてていたイグラムが笑みを浮かべて振り返る。
挑発的な笑みにベイルートが警戒してみせるが、過去には魔術師団に所属した経験がある魔術師のベイルートと、何十年と皇帝の護衛騎士をしているイグラムでは観点が違う。
レスティオはそれぞれがどのような見解を示すのか楽しみだと笑みを浮かべた。
その様子にクォートは呆れた顔をする。
「レスティオ様。護衛が二の次になるようなことは、あまり口にしないでください」
「クォートが決してブレないと信じているからこそだよ。機会は有効活用させないと」
「筆頭護衛騎士とは、随分責任が重たいものですね。今改めて実感致しました」
クォートが全体に指示を飛ばしながらもレスティオを追いかけ、万一に備えていたことは知っている。
隊長ともなると全方位に意識を巡らせて、即座に複数のことを成し遂げる。
どの世界でも隊長格となる者は格が違うと、レスティオはクォートの存在を頼もしく思った。
ロワの町が近づくにつれて見えてきたのは木の壁だった。
ミリュヴェールの森と町を完全に断絶して見える壁に、誰もが見覚えが無いと目を瞬かせる。
「魔物の発生に怯えて急ごしらえで作ったということでしょうか」
「いまひとつ、この町の駐在が優秀なのか無能なのか判断に困るな……」
既に夕暮れ時。
ロワの町の隅に野営地を構えて、状況確認に行っている間に夕食の準備をしてもらうことになるだろうという時間。
どこに野営地を構えるかソリッズが周囲を窺っている中、レスティオは視界に入った壁の向こうの光景に目を見開く。
「なんだこの状況は」
進んで見えてきたのは、畑だったであろう一帯。
無残に掘り起こされた跡が散見するが、そこには作物はおろか雑草すら生えていなかった。
「これは、相当食糧に困っていそうですね」
「……嫌な予感がする」
周囲を見ても人の姿はない。
完全に畑が放置されている様子だ。
レスティオは、息を呑んで、畑一帯に手を翳した。
レスティオの聖の魔術を見届けるべく隊列が止まるも、詠唱が終わると同時に皆困惑した。
「まさか、種まで食い尽くしたのか」
誰かがようやく口を開いて、緊張がよぎる。
聖の魔術によって癒しを受けた筈の畑は、変わらず、ただ土がそこにあるだけだった。




