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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖オリヴィエール帝国編
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第104.5話 庶務官ミア・アンノーン


 オリヴィエール帝国帝国軍騎士団には、有能な庶務官がいる。

 それは、騎士団内でしか広まっていない話である。

 誰も、騎士団の人材になど興味はない。




 

 

 召喚の儀の翌朝。

 騎士団本部は騒然としていた。

 

「これで立てますか?」

「ぁ、あぁ……すまない、ミア」


 負傷したダイナ隊の身体をなんとか手当し、立たせる。

 彼らはこれから闘技場に制裁を受けに向かう。


「聖女ならぬ厄災の使徒。正に、その通りだ……」


 忌々しそうに言葉を吐くダイナ隊の面々に、庶務官であるミア・アンノーンは興味なさそうにため息をつく。

 使った処置道具を片付けながら、傷薬を兵の患部に塗り込んでいるユハニを振り返った。


「ユハニ。貴方もそろそろ準備をしないといけないでしょう。包帯くらい巻いておきますよ」

「ぁ、すみません。後はお願いします」

「薬はいつものところに片付けておきますね」

「有難う御座います」


 完全武装で本部を出ていく者たちを見送って、ミアは本部内の掃除を始める。

 所々に負傷したダイナ隊の兵が滴らせた血の跡がある。


「ミア。手伝おうか」


 食堂から顔を覗かせたのは、リシェリだった。

 不安そうな表情を見て、ケンリーが買い出しに出かけている時間かと納得する。


「お願いします。ついでに、食堂の掃除もしましょうか」

「うん」


 食堂の掃除をしている間にケンリーが戻ってきて、食材の購入費の精算と在庫の確認を行う。

 限られた騎士団の予算の中で如何にやりくりするか管理するのも庶務官の仕事だ。

 そうだ、そろそろ給金の準備も始めなければとやることを頭の中で考えて、ミアは庶務室に戻る。

 隊長までの給金は城から個別に支給される。だが、それ以外の兵の分は、一括で騎士団の人件費として渡される。

 それらの給金全てを一度庶務が預かり、隊長以上がそれぞれ自分に設定している給金を差し引いた金額を各部署、各隊ごとに振り分ける。

 振り分けた時点でドレイドに確認を取るべく、団長室へと向かう。


「あぁ、ミアか。どうした」

「給金の配当確認をお願いします」

 

 聖騎士と称されることになった男のことは庶務官には関係がない。

 あくまで庶務官として必要な確認を済ませて、次に各所の中での給金の分配を仮作成する。

 各所の責任者の意図を組んでベースを作ってやるだけで、彼らの負担は大きく減らせる。


「ミア、フランドール隊はこれで頼む」

「はい」


 毎回、給金の修正を出すのはクォートくらいだった。

 小隊長を多く配置していることもあって若手の分配は少々低めだが、隊長の給金の一部を部隊内の特別手当に当てていることを思えば、努力すれば評価される部隊ともいえる。


「それと、総帥直々に訓練を見ているところだ。目立ちたくないならば、あまり外に出ない方がいい」

「ご忠告感謝します」


 では、と去っていく背を見送って、本当に人の好い上官だと思う。

 





 ミアは、片付いてしまった雑務にふっと息をついた。

 各部隊の遠征が活発化し、騎士団本部の人の動きは忙しない。

 それに伴い、庶務も忙しくなっているものの、既に慣れた作業に戸惑うことはなく一過性だ。


「ミア」


 ねっとりとした声音に緩めていた気を引き締め直して振り返る。

 副団長らしからぬ緩んだ体躯の男クエール・マッカーフィーを冷めた目で見つめ、咳払いする。


「なにか御用でしょうか。マッカーフィー副団長」

「うむ。フランドール隊が中々帰還しないようだが、なにか連絡は」

「ありません」


 返答にクエールは大きく舌打ちした。


「そうか。なら、リーズ・モルゲンを呼んでおいてくれ」

「私は貴方の使用人ではありませんと何度も申し上げております。本部外の用件はご自分で対処下さい」


 ミアは立ち上がると備品庫の帳簿を棚から取り出した。

 棚卸は都度実施しているので、前回から納品も利用手続きも発生していない今はやる必要が無いが逃げる口実だ。


「ちっ、引き籠もりめ」


 去っていく足音を聞きながら、ミアは備品庫へと向かう。

 騎士団本部で働き始めて数年。

 ミアは、城の敷地の外に出たことが無いが、なにも引き籠もりたくて引き籠もっている訳ではない。

 

「ミア。ちょっといいか」

「はい。なんでしょうか」


 声を掛けられてすぐに振り返る。

 声の主は団長補佐のシャブル・キャロディだった。

 いつかの任務中に潰れた片目が不気味な雰囲気を漂わせているが、人が好く、ミアも彼に救われてここにいる。


「フランドール隊の帰還が遅れているだろう?今後の任務計画を見直したいんだが、後で手伝ってくれないか」

「構いません。丁度手が空いているところです」

「ん?帳簿を手にしていると言うことは、備品の点検ではないのか?」


 目敏くミアが抱えているものに気づいたシャブルに、暇潰しだと答えてシャブルと共に隊長室へと向かう。

 隊長室では、ソリッズ・ジンガーグとダミアン・ジュネットが隊員の融通について話をしていた。

 

「あぁ、やっぱり時期尚早だったんですよ。本当に申し訳ない」

「そう落ち込むな。魔物が相手じゃ仕方がない。隊長なんだからしっかりしろ」


 ジュネット隊が帰還したのは今朝の事。

 帰還と共に、部下のみならず、ジンガーグ隊から借りていた兵の死傷が報告されていた。

 ダミアンはまだ隊長経験が浅いとはいえ、死傷兵が目立っている状況は看過出来るものではない。

 それは本人が一番わかっているようで、見る度に痩せ細り、顔色が悪くなっている。

 故に、他の隊長たちも強くは出られず、不足を補える者を貸し与えては死傷により痛手を負っている状況だった。


「ミア。こちらの資料に目を通してもらえるか」

「ぁ、はい」


 任務計画の話を始めようとするシャブルに意識を戻し、ミアは計画変更に伴う各隊の動きを計算し始める。

 途中でソリッズも話に加わり、元々フランドール隊で予定していた大陸会議行路視察の任務をジンガーグ隊に設定し直す。

 部隊が変わればその後の警備計画や任務計画全体に影響が出るので、ミアは必要な調整箇所を計算しながらシャブルとソリッズに計画を再検討してもらう。


「そうだ、ミア。城下の方でコークの商人が芋や卵を売ってたんだ。お前も食べてみないか?ついで、一杯くらい奢ってやるぞ」

「……私は結構です」


 一通り話を終えたところで、ソリッズに誘われる。

 シャブルは一瞬関心を示したが、ミアは視線を合わせずに断りを入れた。


「ここにいても、記憶が戻る予兆はないのだろう?そろそろ、城下に出てみるくらいしてもいいのではないかな」


 シャブルにも言われて、少し気持ちは揺らぐが、ミアは首を横に振る。

 

「下手に外に出て、私の事が知れれば、皆さんの立場が危うくなりかねません」

「そう簡単に知られりゃしねぇよ。召喚の儀の生贄にだって目は付けられなかったんだからな」

「それは、私が戸籍に該当しないが故でしょう」


 ミアは、キャロディ隊の最後の任務の時に森の中で保護された。

 魔物に襲われるキャロディ隊の窮地に現れ、全滅を食い止めた恩人でありながら、記憶喪失であり、その身元は不明。

 記憶を取り戻すまで、一時的に騎士団本部に身を寄せさせてもらったものの、身寄りが無いと知る者が知れば即刻生贄行きとなる。

 だからこそ、ミアは騎士団本部から基本的に外には出ない。


「まぁ、お前がそれでいいなら構わないがな」

「えぇ。それに、私が記憶を取り戻したとして、私こそが厄災の使徒と言われる存在になるかもしれませんよ。この世界で、魔物が出る森の奥に一人潜んでいたなんて、あまりにもおかしなことでしょう?」


 ミアの言葉に、シャブルとソリッズは声を上げて笑った。


「それならば、我々は厄災の使徒に手を貸した大罪人か」

「それは冗談じゃすまされないですね」


 ソリッズに肩を痛いほど叩かれるが、ミアは動じない。

 笑う二人に、ふっと小さく笑い返して、仕事に戻ると言い隊長室を出た。






 手にした書類を隊長室に届けたミアは、団長補佐の席を見つめた。

 聖騎士に認められたシャブルは、団長補佐から副団長となり、副団長室が与えられる。

 移動が済み次第、団長補佐の席は次の隊長の席として使われることになる。

 隊長室のレイアウト変更案を作って置こうかなと考えていると、肩に手を置かれた。


「先ほどはお茶を有難う」

「いえ……眼帯、お似合いですね」


 振り返ると、眼帯を付けたシャブルが上機嫌な笑みを浮かべていた。

 片目の傷が見えなくなっただけで印象が大きく変わった。


「ん?お前はこれがなにか知っていたのか」

「ぁ、いえ、話し声が聞こえていただけです」

「あぁ、そうか、そういうことか」

 

 シャブルは団長補佐の席に座ると、惜しむように隊長室を見渡した。


「副団長室の片付けの方は、どれくらいかかるでしょうね」

「仕分けを行った上で、と言われているがほとんどが私物だろうからな。回収にも時間がかかるだろう」

 

 前副団長の遺品は、マッカーフィー家が受け取りを辞退した。

 そして、国への返納を希望したこともあって、副団長室の私物も城の文官が徴収に来る手筈になっている。

 クエールの私物ではなく、副団長として騎士団の備品と認められる物だけが残されるが、まともに仕事していなかったクエールの部屋に残されている備品など高が知れている。

 城の文官の仕事が済めば、掃除や荷物の入れ替えはミアも手伝えるが、今は下手に城の文官に接触するわけにいかない。


「来週には部屋を移れると思うが、それはそれで寂しいものだ」


 シャブルは長年使ってきた机の表面を撫でて、感慨深そうに息を吐いた。

 他の隊長たちも喜ばしい反面同じ思いだろうと、ミアは頷いて応えた。

 

「そうだ、ミア。どうだ、傷跡も綺麗になったものだろう」


 ふと思い出したように眼帯をずらして見せたシャブルの片目は、そこに眼球が無いだけで綺麗なものだった。

 醜い傷跡がないのは、聖の魔術によるものとすぐにわかった。


「そうですね。貴方がそんな凛々しい方だとは存じませんでした」

「なんだそれは。褒めていると受け取っていいのか?」


 妻も驚くだろうかとそわそわした様子は、早く就業時間が終わって欲しくて仕方がないようだった。

 今日くらいは浮足立っても仕方がないのかもしれないと呆れながら、ミアはシャブルの席に一歩近づいた。


「あの、聖騎士様に、私のことはお話されましたか?」

「ん?いや、特になにも話していないが、顔つなぎをした方が良かったか?」

「いえ。むしろ、あまり、近づくのはよろしくないかと思いまして。聖騎士様の近くにいると、勘繰りを受けないとも限りませんし」

「うん。まぁ、それはそうだな。団長にも伝えておこう」


 ゆっくりと頭を下げて、ミアは隊長室を出た。

 庶務室に戻ると、ふーっと長い息を吐く。







 記憶喪失なんてしていない。

 あの日の出来事は、いつだって鮮明に思い出せる。



 ―― 貴方は、我々のセラフィムを脅かす。故に、この世界から排除します。


 

 荒れ果てた教会のステンドグラスから差し込む日差しを背にしたその女は、美しかった。

 あの聖騎士と瓜二つの姿は、今思えば双子だったのだろうかと疑ってしまう。

 あるいは、カスタムも極めれば同じような見た目に行きつくものなのか。


 

 ―― 可哀そうな君にチャンスを挙げよう。我らが害悪を排除せよ。


 ―― 我が意に従うならば、いずれ、其方が望む縁が結ばれる日も来ようぞ。

 


 手を伸ばしてきたのは、暗い靄に包まれた男だった。

 悪の化身に見えたが、ただ愛しい恋人の姿を思い浮かべながら、手を取ってしまったあの日。






 手を翳すと、書類の端で切ったのか小さな傷跡が目についた。

 

「我、聖なる力を行使する者なり。我が身に癒しを与え給え。イ・ヴェール」


 詠唱を唱えたところで、なにも起きはしない。

 ミアは、目を伏せてため息をつくと手を強く握りしめた。

 

(せめて、俺に気づいてくれるな……レスティオ・ホークマン……)



念の為。彼はラスボスではないです。

あくまで騎士団の頼れる庶務官です。

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