第102話 衝動的犯行
帝都へ帰還したレスティオを出迎えたのは、年若い男女だった。
「お初お目に掛かります、聖騎士様。私は、皇弟レナルドと皇弟妃ヴィアベルの子、リーベレール・オリヴィエールと申します。暫くの間、こちらで公務を学ばせていただくことになりました」
「私は、皇弟レナルドと皇弟妃ユアンの子、ルアナ・オリヴィエールにございます。リーベレール共々、どうぞよろしくお願いいたします」
挨拶を受けて、東部から公務の手伝いに呼ばれた者だと理解した。
クラディナの復帰は思いのほか早かったが、帝都の動向を掴む意味で派遣は決行されていた。
ラビ王国遠征に出発する前に二人とも到着はしていたが、リアージュが心構えを確認するまでは挨拶を控えさせていた為、今日が初対面となる。
彼らがいたからこそ、ロデリオのラビ王国遠征も叶ったことを踏まえ、レスティオは笑顔で挨拶を返し、出迎えに感謝する。
ちなみに、西部からは派遣団として同行していた文官が帝都に留まる形になったので、既に挨拶を受けている。
その人は文官ということもあり、公務ではなくマルクの側で西部にひとつでも多くの情報を持ち帰ろうと励んでいるのでレスティオとの接点はない。
挨拶が済むと、リーベレールとルアナは、長旅で疲れているだろうからとすぐに下がっていった。
ロデリオとも廊下で別れ、レスティオはルカリオと共に部屋へと向かう。
「おかえりなさいませ、レスティオ様。湯浴みの準備は出来ております」
「先にお茶になさいますか?東部からお茶菓子が届いておりますよ」
部屋に入ると、ラハトとシドムに迎えられた。
レスティオは湯浴みの後にお茶を貰うことにして、ルカリオと共に側仕えたちが荷物を片付ける間、のんびりと湯に浸かる。
側仕えが遠慮なく動ける時間を作ることも主人の務めだ。
「ラハト。リーベレールやルアナの側近とは話をしたか?」
浴槽の側に控えているラハトを見上げて問えば、穏やかな表情で頷いた。
「帝都に齎されている聖騎士様の知恵と施策の数々を大いに学んでくるよう、側近たちも皇弟殿下直々に命じられてきたとのことで、皆積極的に励んでいます。私もシドムも、側仕えとしてはまだまだ未熟ですので、彼らからは多くを学ばせて頂いております」
側仕えの間では、酒席のカクテルづくりや、湯浴みの時の頭皮マッサージが注目されている。
護衛たちは、休憩の時に騎士団の訓練場を覗き見ては、剣魔術や投擲に興味を示しているようだが、騎士団の訓練場は帝都の部隊が利用するもの。
東部や西部の派遣団も立ち入りが許されなかった場所であり、歯がゆそうにしている。
「訓練場は帝国軍には解放されているんじゃないのか?」
「帝国軍の事情は把握しておりませんが、騎士団が積極的に訓練している分、貸し出せる場所がないのではないですか?」
下手に口を出して騎士団に不利になるのは良くないと思うが、共に訓練することで学べることも多いだろう。
レスティオは強要と受け取られないように、誰かに話を聞いてみようかと腕を伸ばしながら考える。
「リーベレール殿下とルアナ殿下は、ロデリオ殿下が不在の間、レスティオ様が提案された政策に対する意見書の取りまとめなどに動かれていたようです。後ほど、エリザからご報告があると思いますが」
「そうか。じゃあ、そろそろ上がろうかな」
「はい」
心地よい香りに包まれながら部屋着に着替えると、お茶の準備も整っていた。
お土産を渡して側仕えたちと談笑しながら穏やかな時間に和んでいると、慌ただしく扉が開かれた。
今は城内の警備兵以外に護衛を付けていないので、側仕えたちがびくりと震える。
「レスティオ様っ!セバンが刺されましたっ!」
「はっ?」
駆け込んできたネルヴィに、レスティオは驚きながらもすぐさま立ち上がった。
セバンと私室の前で別れてから、まだ一時間しか経っていない。
突然起きた事件に騎士団本部内も騒然としていた。
「状況を説明してくれるか?」
医務室のベッドに横たわるセバンの癒し終えて、レスティオはクォートを振り返った。
医務室には、クォートとフランの他、セバンを医務室に運んだキルアとハシュビル。そして、応急処置をしていたユハニと、レスティオを呼びに行ったネルヴィがいた。
廊下の野次馬たちは、セバンの回復が知らされると安堵した様子で解散していく。
「刺したのは、リーズ・モルゲン。ファビス隊の帝都駐留部隊に所属する兵士です。既に身柄は拘束し、別室で聴取を行っているところです」
犯人が捕まっているので、セバンが回復した今、なにも焦って行動することはない。
レスティオの警戒心を和らげるようにクォートは告げる。
「そうか。では、なにがあったか、経緯を教えてくれ」
事件現場は、騎士団宿舎。日中の宿舎には人が少なかったため、事件の目撃者はいなかった。
まだ、リーズの聴取結果も届いていないため、現時点で現場の状況などから推察される経緯が説明される。
事件が起きたのは、セバンが任務完了の報告と残務を終えた後、荷解きの為に宿舎に戻ろうとした時。
セバンは、刺された直後に魔術で傷口を焼いており、出血を抑えていた。また、意識を無くす前に魔力結晶細工を使って大きな音を鳴らした。
その音は隣接する騎士団本部にも届き、突然の音に困惑する中、笛の音だと反応したキルアが、その時立ち話をしていたハシュビルと共に現場へと向かった。
訓練場に出ていたシルヴァも反応して、緊急事態を知らせる音だと周囲に教えて、その場にいた者たちを警戒させた。
そして、セバンは医務室に運ばれ、ユハニが応急処置にあたる中、ネルヴィがレスティオの元へと走った。
一方、見回りをしていた兵が返り血を浴びて身を潜めていたリーズを発見し、その場で拘束して騎士団本部へと連行した。
「リーズとセバンの関係は?」
「同じく副団長の配下だったというところでしょうかね」
フランが答えると、レスティオを除き納得する様子を見せた。
「おそらく、セバンが特待生候補として副団長のもとを離れたことで、代わりに副団長の世話を担うことになってしまったのかと」
クォートが咳払いと共に説明すると、レスティオも納得した。
「痴情の縺れか。副団長の私生活にまで口出しは出来ないが、ストレスで傷害事件を起こすような環境を騎士団に持ち込むのはよろしくないな」
「そうですね。まぁ、屋敷に抱えた者を騎士学校に通わせた上で騎士団に入れていることを踏まえれば、違法性は無いですし、主人を慕って自主的に世話をしていると言われれば我々も口出しは出来ません」
苦々しそうにいうクォートの言葉は、日頃からそのように言い包められていると伝わってくるものだった。
宿舎に小姓を抱えていようと、然るべき魔法陣に魔力を注いでおけば、他の部屋の迷惑になることはない。
実害がない以上、家名と肩書きを前に誰も強くは言えない。
「リーズ以外にあの人の屋敷の従者は騎士団にいない筈なので、それが今後どう影響するのか。そこは少し不安ですね」
「前は連れ込まれてる奴いたって言うもんな。誰の口車とは言わないが」
ハシュビルの視線がベッドで眠るセバンへと向けられる。
ユハニにわき腹を突かれて素知らぬ顔をするものの、穏やかではない状況が窺えてしまった。
「リーズは、あえて、帝都の駐在部隊に配属されていましたが、今回の件で罪人として生贄に引き渡さざる得ないですよね」
「あぁ。それだけで済めばいいんだがな」
レスティオはクォートから向けられた視線に真剣な表情を作る。
騎士団内部の事情に精通していないとはいえ、素知らぬ顔をしている訳にはいかない。
「そうだな。セバンは今や聖騎士認定特別待遇制度の特待生候補の一人。手を出すには相手が悪いよな」
聖騎士を後見人に持つセバンを害したことが、どこまで影響を及ぼすのか。
なおも考えを探ろうとするクォートの視線に、レスティオは小さくため息をつく。
副団長の件も気になるが、セバンとリーズの件を先に片付けなければならないと思考を巡らせる。
「今回の件、どこまで報告が届いている?」
「団長で止めてもらっています。レスティオ様が関係する以上、不用意に展開すべきではないと判断しました」
「それは、騎士団の判断で今回のことをなかったことにもしてしまえる、ということか?」
「今時点であれば。訓練に負傷はつきものでしょう」
はっきりと言ったクォートに、他の者たちは驚いた顔をした。
当事者の出自と事柄次第では、厳罰ではなく配置換えや移籍といった処置で済ませることもある。
レスティオにとっては、そういうこともあるだろうと納得するところだったが、不祥事は即生贄と思っていた者たちには衝撃の事実だった様子だ。
「それで、レスティオ様はどうお考えになりますか?」
「セバンとリーズの話を聞いた上で決めたいかな。リーズとは話せるか?」
「流石に会わせられません。質問事項を伝えて頂ければ、確認してまいります」
「拘束してるんだろう?心配なら護衛としてついてくればいい」
護衛と聞いて即座に返事をしたのはネルヴィだった。
護衛として板についている様子が嬉しくなる。
ユハニが念のため医務室に残り、レスティオは、ネルヴィとフランと共にリーズが拘束されている会議室へと移動した。
リーズは気力を無くした表情で椅子に座っていた。
幼さが残る整った顔立ちだが、痩せて項垂れる姿は病的に見える。
「リーズ・モルゲン?」
「ぁ、は、はい……っ」
声を掛けられて顔を上げると驚いて目を見開いた。
そして、拘束されたまま立ち上がろうとして椅子ごと床に転がった。
「ぁ、あの……俺、ぁ、いえ、私はその……」
レスティオの前にネルヴィが立ち、フランがリーズの側に控えていた兵に座り直させるように指示する。
震えるリーズの様子を見て、レスティオはそっとネルヴィの守りを擦り抜けて歩み寄った。
「先にひとつだけ、君がセバンを刺したのは誰かの指示?」
「い、いえ……そういうわけでは、ない、です」
「ふーん」
レスティオは、椅子を引き寄せず、リーズの前に魔力結晶で座りやすい椅子を作り出して、腰かけた。
「それはつまり、副団長が憎いあまり犯行に及んだというわけではないんだな。指示されたといえば、生贄の連座に巻き込めただろうに」
「ぁっ」
リーズは今気づいたという様子で顔を上げ、やがて肩を落とした。
正直な態度に頷いて、レスティオは緩く足を組んだ。
「策士じゃないな。あくまで衝動的な犯行か」
「……はい」
「ずっと誰にも相談できずに抱え込んできたものがあったか。セバンみたいに誰かが気づいてあげられたら良かったのかな?リーズから誰かに助けを求められれば良かったのかもしれないけど、味方になってくれるかもわからないし、自分から言い出すのがつらいこともあるよな」
手を伸ばしてリーズの頭を撫でれば、見開かれた目からぼろっと涙がこぼれて、やがて嗚咽しながら泣き始めた。
戸惑う兵たちに鼻紙を持ってこさせ、顔を拭かせれば、リーズは一層泣きだした。
「リーズ、ゆっくりでいいから話してごらん。ちゃんと聞いてあげるから」
リーズは鼻水をすすりながら、ゆっくりと語り始めた。
元々、リーズはクエール・マッカーフィーの屋敷に住み込む使用人夫婦の子供であった。
クエールが屋敷にいる間に世話をする側仕え見習いとして、セバンと共に幼少から働かされてきた。
だが、セバンが宿舎での世話役として騎士団に入隊した後、討伐部隊の配属が決まったため、遠征などで不在の間に使える者が追加で必要になったと告げられた。
そして、年齢だけを理由にリーズは騎士学校へと通わされることになった。
リーズが騎士団に入隊したのは今年の事。
元々体を鍛えていたわけでもなく、十分な体力があるわけでもなかったリーズは騎士学校の卒業まで時間を要した。
入隊後、日々密度の上がっていく訓練に付いて行けず、帝都駐留部隊で検問係という文官に近い仕事を割り当てられて安堵したのもつかの間。
文字の読み書きも得意ではないリーズは、ここでまた躓いた。
セバンがいない夜にだけクエールの部屋に呼び出されていたが、春の大陸会議派遣団の出発後はほぼ毎晩呼ばれた。
遠征に出る部隊が多くなれば、巡回や警備の手が限られるので帰宅の機会も減る。
1ヶ月近くの時を耐えて、派遣団が戻ってきた時には解放されると安堵したが、その時既にセバンの母が死んで、セバンの生贄行きが決まっていた。
セバンが生贄になったなら、そういう制度なのだから仕方がないと済んだのかもしれない。
しかし、セバンが特待生候補となって、生贄からもクエールの手からも逃れた後には、やつ当たりするように暴力が増えた。
その上、リーズは両親が健在にも関わらず、クエールが後見の申請を済ませてしまい、生涯尽くすことが確定した。
「セバンだけあの人の元から逃げ出して、ずるいって思ったんです。屋敷の人たちは皆耐えてるのに、一人だけ変わっていって、妬ましく思ってしまいました」
レスティオは、あくまで穏やかな表情でリーズの話に耳を傾ける。
時折打たれる相槌は、リーズに同情する雰囲気を醸し出していて、より一層言葉を紡がせる。
だが、立ち会うクォートには、それこそが罠のようにみえて、リーズよりもレスティオを注視していた。
「セバンには悪いことをしたと思っています。セバンを刺したところで、なにも状況は変わらないと、冷静になってみれば理解できますから」
「そうか」
レスティオは立ちあがり、魔力結晶の椅子を手のひらに吸収した。
リーズの視線が縋るようにレスティオを追う。
「話が聞けて良かった。君の処遇について、俺が今ここで語れることはない。通達があるまで、周囲の言うことをよく聞いて反省していなさい」
「はい」
廊下に出ると、セバンが一人待っていた。
聖の魔術を受けているので、目覚めてしまえば医務室で横になっている理由はなく、医務室で付き添っていたはずのユハニの姿も無かった。
「レスティオ様、傷を癒して頂き有難う御座います」
「いや。ずっと待っていたのか?」
「先ほど、団長から本件についてお話する時間を頂戴したいと言伝を預かりました」
レスティオは懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。
既に時間は宵の鐘が近く、本来ならば夕食の時間だ。
「屋敷の方を待たせているし、明日でもいいかな」
「では、団長には私から伝えておきましょう」
クォートが伝令役を買って出ると、レスティオはロゼアンに屋敷へ先に帰るよう指示して、セバンを護衛に部屋に戻った。
心配そうな様子で控えていた側仕えたちに、明日の予定を調整するように頼んで、レスティオは屋敷への土産を手に城を出る。
待ちくたびれた様子のヴィム達に謝って、レスティオはセバンと共に夕飯の準備を始めた。
屋敷の夕食は大きなエビを真っ二つにしてグラタンを焼き上げ、カニと卵のスープを添えた。
久しぶりに屋敷の者全員が集まっての夕食の席に、ヴィムが保管していたエルドナのボトルを取り出して、和やかな時間となった。
「やはり、聖の魔術で育った素材を使ったエルドナは美味いですね。魚介との相性も抜群です」
「本当に。こんなに美味しい食材がこの世に会ったのかと驚きました」
料理の感想を言い合い、遠征中にあったことを互いに話す。
美味しい料理と酒のおかげで、堅苦しさを一切感じさせない状況報告会だ。
「そういえば、メルヴィユのジェオが結婚したようですね。ジィノというブランドなるものを立ち上げたとかで、独自に服を製作し販売を始めたようです」
「結婚?それを知っていたなら、お土産の品ももう少し考えたのに。そのブランドの売れ行きはどうだ?」
「今はまだあまり。今度、聖騎士様に商品を紹介すべく、商会を通して面会依頼を出しているそうですよ」
レスティオは商会の名前を確認して、明日にでも面会の承諾を通達してもらおうと決める。
ロデリオもレスティオの服を気に掛けていたから、商会に心構えがあるならば紹介してもいい。
「じゃあ、ジィノの新作を買うなら、聖騎士御用達と知れる前に行った方がいいですかね」
「それなら、セバンが好みそうな服をいくつかクローゼットに入れてあるから、後で見てみて頂戴」
「ぇ、メノンが選んでくれたんですか」
「私も選びましたよ。元皇族付きの目利きがセバンにも通じるといいのですが」
「えー、俺には?」
レスティオが口を挟むと、ヴィムとメノンは顔を見合わせた。
拗ねるレスティオに、二人は笑いながら、ジェオが面会の時に持っていくはずだと言う。
ジェオの面会の建前を奪う訳にはいかない。
「レスティオ様の寝具は我々が選びましたから、機嫌を直してください」
「あぁ、そっか。寝具を夏用にしてくれたんだっけ」
「我々は選んだだけで、付け替えはリンジーが頑張ってくれました」
不在の間の働きに感謝して、食後のお茶とラビ王国で購入して来たムーシュというマシュマロのようなお菓子を楽しむ。
お茶の時間を終えると、そこからは各々の時間だ。
「レスティオ様。この後、リーズの件で、少しよろしいですか?」
「いいよ」
「あら、じゃあ、お茶のおかわりを用意しましょうか」
他の者たちがダイニングを出ていくのを見送って、セバンは緩めていた表情を引き締める。
「レスティオ様は、リーズを特待生に迎えるおつもりですか?」
「え?それはない」
レスティオが即答すると、セバンは拍子抜けした様子で目を瞬かせた。
「一応話は聞いてみたけれど、特待生に出来るほどの能力が無いし、努力も難しそうだ」
「ぁ、あぁ……そうですか……」
「あいつを助けて欲しかったのか?」
問いかけられると、セバンは悩ましそうに唸った。
メノンがおかわりにと持ってきたお茶を注ぐ間、暫し答えを待つ。
「あの屋敷の人たちに申し訳ない、という気持ちは多少ないこともない、です」
メノンがティーポットを置いて退室すると、考えながら言葉を絞り出す。
「俺は、フラン小隊長が気に掛けてくれていたから救われただけで、まだなにも特待生らしい功績はありません。なのに、こんないい暮らしをさせてもらって、リーズに妬まれるのも仕方がないんだろうなと思います」
「お前はちゃんと努力を重ねていて、評価に繋がる行動が出来ている。大小はあれど評価は評価と受け止めることも、気に掛けてくれている者たちへの恩返しに必要な心構えだと思うよ」
「そう、ですよね」
リーズに襲われたことにより、少なからず感情が揺さぶられたのだろうとレスティオはお茶と共にため息を飲み込む。
いくら心情を考慮しようにも、リーズには現時点で評価出来る点が見つけられていない。
屋敷の使用人にしても、クエールが寵愛するために囲っている者を奪い取り雇い入れることには躊躇いがある。
「セバンは、リーズを許しているんだな」
「許す、というか、レスティオ様に癒して頂いて、もうなんともないですから」
「俺は怒ってるよ」
はっきりと言えば、セバンは驚いた顔をする。
ここまで苛立ちを見せてはいなかったが、自分が後見している者を害されて何も感じていない訳がない。
「俺が間に合わなかったら、お前は死んでいたかもしれない。リーズが考え無しだったからすぐに周囲が動けたけれど、人目につかないところで事に及んでいたら、助かる望みすらなかったかもしれない。それに、もう傷が癒えたからと言って、恨みを向けられたことはなかったことにはならないだろう」
「レスティオ様は、リーズを生贄にするつもりですか」
「俺が判断を下すところではないよ」
セバンの考え込む表情に、レスティオは反応を待つ。
「悪いのは、クエール様だと思うんです。あの人のおかげで生贄にならずに済んでいる者がいることは理解していますが、あの屋敷の人は皆、奴隷のように生きていて、捨てられないようにその環境に甘んじるしかないんです」
クエールは屋敷の使用人を自分の私欲を満たすために抱えている。
屋敷の管理など二の次で、新しい者をどこからともなく連れて来ると、好みに合わない順に貧民街や娼館に捨てる。
寵愛に耐えきれず、若い者ほど仕事や婚姻に逃げる場合がある為、家族ごと抱えている場合には人質のようにされることも珍しくない。
「きっと、リーズがいなくなっても、他の誰かが犠牲になるだけです」
「クエールを副団長から下ろして、騎士団内だけでも平穏に保つくらいは出来るかもしれないけどな。プライベートにまで口を出すことは俺には出来ない」
「お話し中のところ、失礼致します」
その時、ヴィムが険しい表情でダイニングへと入ってきた。
「城から使いの者が来ております。騎士団で発生した傷害事件とその処遇について、明日朝の鐘にて皇族の方を交えて会議の場を設けたいとのことです」
レスティオは、ドレイドで留めているのではなかったか、と思ったが、部屋にいた側仕えたちから伝わったのだろうなと推察した。
急遽連れ出された上に、明日、ドレイドとの時間を確保するように頼んだので、誰かが騎士団に状況確認をしていてもおかしくはない。
「承知した」
今すぐ城に戻れと言わないのは、誰かの優しさなのだろうと理解する。
セバンとロゼアンに明朝の護衛を頼み、リーズの話は終えた。




