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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
聖オリヴィエール帝国編
112/256

第101話 帰還と普及活動


 ガナル港に到着したが、時間は既に夕の鐘が鳴った後。

 使節団一行は、船で一泊して明日の朝の鐘で帝都に向け出発することになった。


「レスティオ様。ガナル港にて待機しているフランドール隊より、魔物討伐にご助力頂きたいと連絡がありました」


 フランドール隊への伝令役として出ていたキルアの言葉にレスティオは二つ返事で頷く。

 返事をしてから一緒にお茶をしていたリアージュとロデリオに伺いを立てると苦笑ひとつで送り出された。


「フランドール隊ということは、今回はレイルが休暇を過ごしているのかな」

「そうかと思ったんですが、出兵の前に足を負傷したようで本部で待機しているそうです」

「それは残念だな」


 レスティオが同情する横で、レイルと同じ小隊のセバンが呆れた表情で深く頷く。

 部屋に戻ると、ルカリオに軍服を出してもらい、正装から着替えを済ませる。


「さて、お前たちも久しぶりの魔物討伐だ。気を引き締めろよ」

「はい。帝都に戻るまでは、レスティオ様の護衛として務めを果たします」


 船を出る前に、フランドール隊の食糧に甲殻類などの差し入れの準備を頼んでおく。

 ナルークが着ているなら是非とも食べさせておきたい。


「レスティオ様。こちらもお願いします」

「うん?」


 ヴェールではなかったが、軍服の上にローブを羽織らされ、フードも深く被らされる。

 ラビ王国の遠征で纏ったものよりもシンプルなデザインで、そして、レスティオには随分と大きいローブだった。

 

「エリザから、なるべく人前に顔を出さぬようにと預かりました。レスティオ様が海から生還したとか死者を生き返らせたとか、はたまた、ラビ王国で崩御されたなど噂が後を絶たず、警戒が必要だそうです」


 心当たりがとてもあるので、レスティオは素直に頷いた。

 護衛を伴って船を降りると、クォートとパドロン小隊の面々が出迎えに来ていた。


「ご無事で何よりです」

「世間の評判は無事ではないようだけどね。早く人気のない所へ行こう」

「そうですね。目立つ前に移動しましょう。こちらへどうぞ」

 

 駐在所まで向かう馬車に乗せられ、人目に付かないように移動する。

 街の外に出るわけではなく、駐在所に預けていた馬を回収するための移動だった。


「ヴィルヘルム。いい子にしてたか?」


 駐在兵からヴィルヘルムの手綱を受け取って、一瞬だけ再会を喜んで抱きしめる。

 日が暮れる前に討伐を済ませなければならないので、すぐに騎乗してクォートに怒られる前に出兵準備を整える。

 向かう先はガナルの街に隣接する森の奥。森を進むと山に入り、山を越えた先の崖下にあるのがドナの町という位置関係を教わりながら進む。

 

「事前にジンガーグ隊が討伐に出ていたこともあり、魔物自体は数が多くありません。ですが、発見した根源が少々厄介でして、既に三日も討伐出来ずに警戒を続けている状況です」

「三日も?ロゼアンの剣魔術を以てしてもか」


 クォートの後に続いて森に入り、山道を進む。

 癒しを必要としないほどに緑が茂っている。


「あまり、魔物に侵されているようには見えないな」

「確認されたのは、もっと奥になります。ユハニ曰く、街の近くには魔物除けの薬を散布していることと、その材料となる薬草が採取出来ることから、魔物が奥で留まっているのではないかとのことです」


 クォートは、ガナル遠征の報告書にあった魔物の分布状況に疑問を感じて事前に確認していた。

 魔術師団の要請によって、ある程度薬草が採取されてしまったが、採取の後にユハニが家族に頼んで魔物除けの薬を散布してもらっていたらしく、魔物の分布は広がっていない。


「で、その根源というのはどのような魔物なんだ?」

「またしても植物です」

 

 ジンガーグ隊の討伐で根源らしき巨大な虫は討伐されたが、実はそれが根源ではなかったことが今回の遠征で発覚した。

 というのも、フランドール隊が森に入った当初から虫のような魔物が確認されていた。

 では、根源はジンガーグ隊の報告書にあったものより大きい虫なのかと思いきや、巨大な蕾が発見された。

 その蕾が花開く時、虫のような魔物がずるりと生み出される様子が確認され、蕾が根源と確定した。


「虫を産む植物か……根源と魔物は同系統じゃなかったのか」

「虫自体はハイラックの覚えにあったそうです。報告書に植物のことまで挙がっていなかったということは資料にないのだろうと思い、カリアスに記録を付けさせています」


 現時点で分かっている特性を聞けば、通常、蕾は土に潜っているという。

 移動するわけではないが、攻撃しようとすると潜ってしまい、決定打が与えられない。

 その上、魔物だけでなく、酸を吐き出すこともあり、多少の負傷者が出ていた。

 

「ロゼアンが剣魔術を随分と試したのですが、剣を3本も折ったので、今は援護に注力させています」


 フランドール隊で剣魔術に本格的に取り組んでいるのは、現編成ではロゼアンだけだったため、剣の予備もそこまで持参していなかった。

 援護に回ってからも、ナイフを風で押し出したり氷で矢を放ったりと攻撃を試みているが、酸でナイフを溶かされたり、タイミングが合わずに有効打にならず終わっている。


「丁度魔力の成長期なので、多少の無茶は成長の為と許していますが、レスティオ様も目に余るようであれば窘めてやってください」

「あぁ、ロゼアンも成長期に入ったのか」

「も?」

「俺も魔力の成長期。もう終わってしまったのかわからないけれど、以前よりは魔力量が増えているはず」


 意気込むレスティオに、クォートは一瞬顔をしかめながらも、良かったですねと言う。


「ぁ、あの辺りか」


 前方に人だかりを見つけると、向こうも気づいて手を挙げた。


「レスティオ様っ!ご無事だったんですね」

「あぁ、ただいま。根源は?」


 馬を降りて、人だかりの前へと出る。

 流石に根源の周辺とあって、木々が枯れていたり腐ってみえる。

 酸を吐き出している所為か嫌な臭いも漂っていた。


「レスティオ様。帰還早々申し訳ありません。剣魔術を以てしても、中々、根源を仕留められずに苦戦しております」


 最前列にいたのは援護に回っているはずのロゼアンだった。

 その手からは周囲の木々が枯れて無くなっているのをいいことに炎が放出されている。


「これは今何をしているんだ?」

「炎を放出し続けている間は飛び出してこないのか、あるいは、一定時間待てば状況に関わらず姿を見せるものか検証しております」


 言いながら、片手で魔力結晶の塊を吸収していた。


「あの下に根源がいるのは間違いないのか?」

「はい」


 暫く様子を窺っていると根源は、炎の中には姿を見せないことが確認できた。

 周囲の木の枝を拾って根源の上に焚火を作ると、ロゼアンは体の調子を確かめながら休憩に入る。

 根源の動きを封じることに成功したが、ずっと焚火をしている訳にも行かない。

 火の回りは明るいが、空は徐々に暗くなってきている。


「このまま、夜が明けるまで待って攻撃を再開しますか」


 ブレフトが唸りながら、クォートに尋ねた。

 攻撃を再開するにしても、火がある状態では根源が出て来ないことが分かった今、火を一度消さなければならない。

 火を消せば明かりが無くなるので、万全を期すならば、視界の確保が可能な朝まで待つことになる。


「この魔物の情報は、ある程度集められたのか?」

「手出しせずにいると思えば、そのようなことを気にされていたのですか」


 クォートの元に集まる小隊長たちの間に顔を覗かせたレスティオは、呆れた口調に要らない遠慮だったかと肩を竦める。

 今回の遠征は、魔物の討伐は二の次で主目的は皇族をはじめとする使節団の護衛。

 彼らが港に帰ってきた今、討伐が停滞していることを理由に帝都への帰還を待たせることは出来ない。

 つまり、朝までに根源を討伐しなければ、別部隊を続けて派遣せざる得ない状況となる。


「討伐出来るものなら、一刻も早い対処をしたいところですが、妙案がございますか?」

「あそこにいることがわかっているなら、やりようはあるだろう。周辺への被害を減らすために焚火の周囲に氷の壁を作れるかな」


 なるべく厚めに。とリクエストすれば、クォートはすぐに指示を出し始めた。

 水を放出出来る者も周囲に待機させ、厳戒態勢の中、レスティオは魔剣ネメシスを抜いた。


「セバン、ちょっと付き合える?」

「なにをすればよいですか?」

「俺が火を放ったら、水でも風でもいいから、熱波から守って」


 軽く跳ねて助走をつけながら、ルートを説明して頷き合う。

 シルヴァとキルアは地上で魔力部隊と共に待機していてもらう。


「レスティオ様、こちらは準備出来ています」


 クォートの言葉をきっかけにレスティオはセバンと共に駆けだした。

 ネルヴィに倣い、空中で風の魔術を使って根源がいるであろう上空へと飛び上がる。

 剣には炎を纏わせ、地面へ炎の槍を突き落とすイメージとともに風で一気に押し出す。

 大きな破砕音の直後、根源の体内の酸と溶けだした氷の壁が蒸発して熱波が広がる。


「レスティオ様っ!」

 

 レスティオの腰を宙で抱き留めて、セバンは熱気が到達する前に水を降らせた。

 地上からも溶けた氷の壁から漏れて来る湯気を水で抑え、そのまま燻る火を鎮火する。

 セバンは水がかからない位置に移動して着地すると、腕に抱いていたレスティオの身体を下ろした。


「有難う、セバン。おかげで無傷で済んだ」

「それは何よりです」


 剣を鞘に戻して振り返ると、松明が用意され、根源の痕跡の確認が始められていた。

 地面に出来た大穴を覗き込むと根源はほぼ跡形も無く燃えていた。

 穴を放置するわけにもいかず、焚火の為に集めていた木の枝や落ち葉を放り込み、周囲の土を寄せて窪みを緩やかに整える。


「じゃあ、俺の出番かな」

「お願いします」


 帰還の準備が始まる中、レスティオは自然を癒すべく詠唱を唱える。

 折角の魔力の成長期なのだからと気合を入れて全身から魔力を放出する。

 すると、みるみるうちに木々や草花が成長し、周囲が緑に包まれる。先程埋めた窪みからも木が伸びて、魔物がいた痕跡は何も無くなった。

 

「あれ……レスティオ様、身体は大丈夫ですか?」

「うん?」


 精一杯魔力を放出したつもりだったが、眩暈を感じることもなかった。

 横に待機していたセバンは、倒れる身体を支えるべく伸ばしていた腕を下ろして首を傾げる。


「成長期だから?」

「いや、ラビ王国では随分倒れてましたよね。もう成長期が止まって、安定期に入ったんでしょうか」

「ぇ、寝てる間に成長期が止まってことか?確かに、船の中でも全然魔力を使わなかったけど、折角の成長期だったのに」


 肩を落としながら、レスティオはヴィルヘルムに跨った。

 すかさず、隣にロゼアンがやってくる。


「あの、レスティオ様も成長期を迎えられたのですか?」

「うん。ラビ王国で魔力を消費し続けてたら成長期に入ったみたい。ロゼアンも成長期なんだろ?調子は大丈夫か?」

「私は大丈夫ですが、レスティオ様もこれから伸びるんですね……」

 

 肩を落とすロゼアンに、レスティオはむぅっと口をとがらせる。


「ロゼアンがこれから伸びるんだから、俺が伸びたっておかしくないだろ」

「ぁ、いえ、アッシュ先生がレスティオ様は成長期を迎えるまでもなく十分な魔力を有していると話していたので、聖なる方というのは成長期が無いものなのだと思っていたんです」


 レスティオは、アッシュに魔力量の増やし方を尋ねた時のことを思いだした。

 そのように聞かされていたなら仕方がないかとロゼアンの言い分を認める。


「これまで消耗が足りなかったんだよ。といっても、ラビ王国の復興支援程、大量に魔力を消費する機会はまだ先だろうから、二次成長期が来るかはわからないけれど」

 

 ぞろぞろと山道を降りていき、途中でクォートがリトラ製薬店と看板のある店へと寄った。

 レスティオが合流するまでの間、酸を浴びた負傷者の手当を引き受け、協力してくれていたので、討伐完了の報告と御礼をするのだとフランが教えてくれる。

 

「あら、ご丁寧に有難う御座います」


 ユハニによく似た優しそうな女性が出てきた。だが、その姿はこれから外出する装いだった。


「庭の畑の作物が急に育ったので、きっともう終わったのだろうと薬草採取に出かけるところだったんです。魔物は出ないですよね」

「そのはずですが、日が暮れると危ないのではありませんか」

「夜にだけ採れる薬草もあるんですよ。そんなことを言っていたら、薬師は務まりません」


 逞しさもユハニに似ている気がすると思っていると、奥からレイルに似た若く見える男が出てきた。

 手には剣が握られていて、頼もしく女性の肩を抱く。交わす視線には、愛情と信頼が感じられた。

 

「朝には薬草の下処理も終わりますから。うちの子たちに薬草をいくらか預かってもらえますか?」

「喜んで御引き受け致しましょう。明日の朝でしたら、駐在所に兵が待機していますので、御声掛けください」

 

 クォートが挨拶を終えて隊列に戻ると、一行は駐在所へと移動した。

 馬や荷物は駐在所に預けているが、寝場所は無いので、夜にはテントをガナルの門の外に設置して野営している。


「聖騎士様からフランドール隊への差し入れとのことで、こちらを預かっています」

「レスティオ様からですか?」

「あぁ、今日の夕飯の材料な」


 言われるまでも無くナルークが前に出て駐在兵から荷物を受け取る。

 クォートはレスティオに礼を告げて、部下たちに野営の準備を促した。


「レスティオ様も夕食はこちらで?」

「そのつもり。調理方法を知らないと扱いようがないだろうからな」

「扱いようがない?」


 ナルークは首を傾げて、視線をセバンへと向ける。

 静かに大きく頷かれて、ナルークは険しい表情で身構えた。

 

「セバンも解体手伝えよ」

「わかってますよ」

「解体?」


 皆訝し気な表情でレスティオからの差し入れが入った箱を見つめる。

 周囲が野営の準備を進める中、調理場の準備が整うとレスティオは早速調理に取り掛かった。

 見たことも無い食材に注目が集まる中、バキバキと音をさせて殻を剝き、下処理を進める。

 そして、殻を煮込んだ魚介スープの香りが漂い始めると、周囲から空腹を訴える音が止まなくなる。


「美味そう美味そう美味そう美味そう……」

「はい、味見」

「うっまいっ!」

 

 涎を耐えずに流すナルークの口に、レスティオはスプーンで掬った魚介スープを押し込んだ。

 輝く目に一層の期待が広がる。と、同時に、門の側で控えている駐在兵がそわそわとし始める。

 匂いにつられた街の者も顔を覗かせていた。


「さぁ、メインを炒めようか」


 サーレをまぶして今晩の分の食材を鉄板で炒める。

 水分がじゅわっと音を立てて湯気となり香りを広げた。

 そこに、調達してもらったヴィシュールを軽く掛けて更に香りを纏わせ、次々皿に盛りつけていく。

 魚介スープもコップ一杯分ずつ配り、明日に備えて引き続き煮込む。


「美味っ!買い占めて帰りたいくらいに美味いっ!」

「廃棄してたんじゃないのかよ、これ」

「こんな美味いもん、捨ててたとかありえないだろ、うめぇ!」


 興奮しながら頬張る者たちの前に、出汁に使ったエビの頭部やカニの足にまだ可食部があると言って差し出せば、我先にと手を伸ばして喜んでしゃぶりついた。

 皆が食べることに夢中になっている間にレスティオはシチューの準備を終えて、鍋を魔力結晶で囲む。

 朝になって中身が無くなっていては困る。


「レスティオ様はこのままこちらでお休みになるおつもりですか?それとも、港まで送りましょうか」

「俺はここでいいけど、駄目か?」

「いえ、テントをひとつ立てさせるので、護衛騎士と共にお使いください」


 翌日、ロデリオに戻ってこないなら連絡を寄越せと怒られることになるのだが、構わずレスティオはクォートに礼を言った。

 朝には、駐在兵も招いて魚介シチューを堪能した。

 息子宛ての荷物を持ってきたリトラ家にも世話になった御礼に御裾分けしつつ、魚介アレルギーについて相談すると症例を調べてみると頼もしい表情で請け負ってくれた。

 かくして、またひとつ、この世界における料理の幅を広げることに成功したのであった。


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