第100話 感謝の宴
和解の後、レスティオはロデリオと共に退室を促された。
ラビ王国の面々は色々質問したそうな顔をしていたが、レスティオの目覚めを待っていた者は他にもいる。
『レスティオ!無事で良かったっ!』
愛らしいドレス姿のフィーリが、文字を宙へと飛び散らせながら、満面の笑みで両手を広げ、駆け寄る。
この世界の節度を守って、レスティオは広げられた手を両手で掴まえて、抱きついて来そうな勢いを止めた。フィーリは手を握り返して軽くその場で飛び跳ねると、輝く瞳で「おかえり」と唇を動かす。
「心配してくれてありがとう。そのドレスは王宮から貰ったのか?」
『エレオノールがくれたの。ロデリオがレスティオと同じくらいの待遇で、ラビ王国との労働契約の交渉してくれたんだよ』
流れる文字に喜びが詰まっている。
羽耳をパタパタさせているフィーリの頭を撫でて、少しの間心を和ませる。
「レスティオ。座れ。明日には帰国するんだ。時間が無い」
「そんなに急ぐのか」
目覚めたばかりなのに、と暗に言えば、馬鹿を言うなと呆れた顔でため息をつかれた。
「もう滞在予定期間は過ぎている。我が国は厄災の真っ只中なんだぞ。戻り次第、各地へ遠征に出向いてもらわねばならん」
使節団から魔物発生の報告が上がっていたと言われれば、本業を蔑ろには出来ないと諦める。最近は落ち着いているようだったが、また魔物が発生しているのならば仕方がない。
レスティオは、一緒に部屋に移動してきたアルドラとエレオノールと向かい合う席に腰を下ろす。
隣のロデリオは、肩の力が抜けたのか疲れが見えていた。
「いやぁ、本当に無事で良かったよ、レスティオ」
「心労をかけたようですまない」
「いやはや、神様と会っていたとはな。その話を聞きたいのは山々なんだが、報告を先に済ませよう」
道中に議論した、孤児院計画はアルドラ主導の下で進めることが決まった。
副担当としてドレアも参画し、聖地グラオベンを試行の地として、施設の選定や、対象となる者たちの確認を進めている。
フィーリについては、大陸会議での報告には挙げない。
というのも、聖女とは大陸会議で認められて初めて名乗るものである。
あくまで、フィーリは旅の演奏家であり、王宮の楽師として雇い入れているという建前になる。ただちょっと、演奏すると、聖の魔術らしき術が発動するだけ。
表向きはそのように扱うが、実際問題聖の魔術を扱える以上、普通の楽師と同じ待遇には出来ないのは、王室も承知している。
そこで、ロデリオが挙げたレスティオの待遇と同等の待遇とすることで、フィーリはラビ王国と雇用契約を交わした。食糧を他国から買うことを考えれば、フィーリに癒してもらった方が確実に食糧を入手出来る上に、逆に高く売ることもできる。高額な賃金を払っても見返りが期待できるのだから、誰も渋る理由は無かった。
フィーリの担当としては、エレオノールが主体となり、サポートとしてアルドラが就くことになる。
「これらを認めさせるのに、レスティオの言葉を大いに使わせてもらった。ラビ王国の復興と繁栄の為に聖騎士様が進言されたことを蔑ろには出来んとの陛下のお言葉だ」
「嫌々だったか?」
「そんなまさか。わかりやすく国を良くしようとしていると国民に見せられる施策だ。あえて不安要素をあげるなら、俺が野心の無い兄上に王位を譲られないかだけだな」
この国の王族は王位を継ぐより、研究したい欲が強い。
それは、アルドラとて同じだが、今回の件で国策に注力せざる得なくなる。
精々、これを機に何かしらの研究事案を模索してやると空笑いを見せた。
「お兄様の話が終わったようですので、私からはカナリア様の手記についてお話を」
冷めた目で隣の兄を見つめていたエレオノールは、咳払いで話題を変えて、レスティオに向き直った。
レスティオは今の表情が素なんだろうなと思いながら頷く。
「すまない。魔力結晶で覆っているから、回収出来なかっただろう。部屋に戻り次第、返却の準備を整えるよ」
「しかし、魔力結晶を吸収するだけの魔力を消耗する必要があるでしょう?すぐには難しいのでは?」
「あぁ、それもそうか。では、本を覆っている魔力結晶を、芸術の街アルティスタに寄贈する魔力結晶細工にでもしようか」
魔力結晶細工という言葉に皆が反応したのを見て、レスティオはカナリアの手記を収めた木箱を持ってきてもらう。
魔力結晶は魔力を注げば形を変えることが出来る。
量を増やし過ぎないように気を付けながら、一冊ずつ丁寧に魔力結晶を取り、エレオノールに確認してもらう。
「本を覆うように魔力結晶を使うことにも驚きましたが、どのような作品を仕上げるのですか?」
「うーん、折角だから、邂逅を記念してラビ王国の守護神ヤマスーリャの像にしようか」
レスティオは記憶の中のヤマスーリャの姿とレドランド家の応接間のソファを思い出しながら魔力結晶を象っていく。
魔力結晶は粘土などの素材に比べて癖が無いので、成型には然程苦労しない。
数十分でテーブルの上に、長椅子にゆったりと腰かけるヤマスーリャの像が完成した。
「これは見事だな。どうせなら、我が国にもアイオローラの像を寄贈してもらいたいものだが」
「生憎、アイオローラの姿をちゃんと見たことはないからな。アイオローラの神域に招かれたら、その時に考えるよ」
「レスティオ!これは今宵の宴で展示して良いか?その後、アルティスタに運搬すると約束する」
目を輝かせたアルドラに許可すると、すぐに側近の一人が部屋を出て行った。
好きにしたらいいと思い見送った数分後、部屋にベルンハルトが駆け付け、後ろに呆れ顔のアデリナとリアージュが続いてきた。
「おぉっ!これがヤマスーリャ様ですかっ!実に御見事、いや、ご尊顔をこのように拝見できるとは。レスティオ様、我が国に素晴らしい贈り物を賜り感謝の極みに御座いますっ!」
「喜んで頂けたなら幸いです」
使い古しの魔力結晶を有効活用しようとしただけだが、続々と部屋に人が入ってきてはテーブルの上のヤマスーリャの像を崇める。
リアージュは、レスティオへ素晴らしいと声を掛けたが、その後、ロデリオには少し厳しい視線を向けた。
視線で聖騎士の献上品に関しては十分注意するようにと叱っていた。
巡り巡って後で自分が怒られるのだろうと、レスティオは肩を竦めながら理解してしまった。
そうこうしている間に昼食の時間になり、レスティオは私服へと着替えさせられた。
てっきり誰かと会食になると思っていただけに驚く。
「屋敷の者などに土産物を買いたいんだろ?行くぞ」
ロデリオとアルドラも案内役として私服で待っていた。
護衛兼荷物持ちとして、ルカリオと護衛騎士たちも同行する。
ロデリオとアルドラの護衛もいるので、大所帯だ。
「先に露店で飯を食おう。ドレアの話では、早速甲殻類を扱った店が並び出したらしい」
「露店だとバターは高級品で使えないだろ?まさか、味を無くしているんじゃないだろうな」
それは行ってみないとわからないと言われて、案内されるままに付いて行く。
露店で出されていたのは串に挿して素焼きしたエビとホタテだった。カニは剥くのが大変で露店向きではないと判断されたらしい。ともあれ、磯の香りと素材の味を感じられる料理の珍しさに多くの人が足を止めていた。
「これはこれでいいけれど、マヨネーズを焦がして食べてみたいな」
「あぁ、あれなら安価に作れますね」
セバンと頷き合っている背後にアルドラが目を光らせて立つ。
「レスティオ。もっと知識を落としていっても構わないんだぞ」
「情報料は高くつくぞ」
「ラビ王国史百冊セットでどうだ」
「そこ、勝手に取引するな」
ロデリオに怒られて、揃って素直に返事をする。
返事はしたものの、アルドラは「リアージュ陛下に相談かな」と呟き、諦めていない様子だった。
その後、雑貨店や服屋を見て回り、土産を選んでいく。
皇族にはラビ王国からの献上品を下賜するので、下賜の対象としない側近や個人的に渡す相手の分を吟味する。
「そういえば、叔父上に聞いたんだが」
「レナルド?」
「戴冠式の沿道に、魔力結晶の髪飾りを付けた美しい女性がいたそうだな。彼女にもなにか贈るのか?」
商品を物色しながら何気なく問いかけられて、レスティオはルミアのことを言っているのだと察する。
ロデリオがレナルドから聞いたということは、皇族は皆知っているとみて間違いない。
面倒ごとにならなければいいなと思いながら首を横に振った。
「贈らないよ。そもそも、もう会う機会も無いだろうし。女性への贈り物に悩んでいるのか?」
「……ドレアに贈るのは、どんな花がいいと思う」
「今晩?」
「それ以外にいつ渡す機会がある」
小声で睨むロデリオに、レスティオは近くの店で側近と本を見ているアルドラを振り返る。
こちらの様子を気にしていないのを見て、花屋へと足を向けた。
「いらっしゃいませ。聖なる癒しを受けたお花を取り揃えておりますから、ゆっくり見て行ってください」
軒先に並ぶ花は色鮮やかに咲いていた。
香りもいい。
ふと、調香師として側仕えの仕事に尽力してくれているラハトの顔が浮かんだ。
「ルカリオ。花をラハトへのお土産にしたら喜ぶかな」
「ラビ王国の特産の花は喜ばれるかもしれませんね。買っていかれるなら城に帰るまできちんとお世話させて頂きます」
ルカリオが笑顔で請け負ってくれたので、レスティオは店員に聞きながらいくつか花を選ぶ。
ついでに、赤い花の種類を確認し、一輪選んでロデリオに差し出した。
「ロジエでどうかな。お前の魔力結晶の色を踏まえると、愛する人に贈るならこれが一番だと思う」
「あぁ、やはりこれがいいか。ローマンにも言われたんだが、お前からするとどうだろうと思っていたんだ」
「そういうことなら、ひとつアドバイスをしよう。溢れる想いを伝えるなら100本ほど用意すべきところだが、婚約の申し込みなら3本をモチーフにすることを勧める」
店員の目が光ったのを感じて、あえて視線をそらす。
「俺の世界にもこれと似た花があるんだが、本来の花言葉とは別に、本数によって意味が変わってくる」
「ほぉ、3本だとどういう意味になるんだ?」
「愛しています」
感嘆と共にペンを走らせる音がした。
花屋の店員までもラビ王国民と感じさせるほど教育が行き届いていることに感心してしまう。
「側にいて欲しいというなら9本、最愛の人と伝えるなら11本、永遠の愛を誓うなら99本とあるが、流石にそれだけの花を髪飾りに盛るのは無理だからな。1本だけ豪奢にあしらって、俺には貴方しかいないと伝えるのも情熱的だとは思うけど、どうする?」
ロデリオは側近の手前に言いにくそうにしつつ、1本で行くと宣言した。
王宮に戻ると、ロデリオは早速買ってきた装飾品と合わせて髪飾りづくりに取り掛かった。
その間、レスティオはエレオノールと共にフィーリの語学講座を開き、コミュニケーションに困らないように必要になるだろう言葉を教えていく。
感謝の宴の会場には、壇上にヤマスーリャの像が鎮座していた。
神の像を壇上に置いた為、ベルンハルトを始め、王族の誰も壇上には上がらない異例の宴が始まる。
「あら、美味しい。これは是非、我が国にも取り入れたいですね」
「港の漁師に、甲殻類などを廃棄しないように周知するとともに、アレルギーのことも広く知らせないといけません。あぁ、城の薬師にアレルギー対策を相談する必要もありますね」
「料理ひとつ取り入れるにも、やることが山積みですな」
「レスティオ様が提唱されたことですから、私の方でも調べてみます」
レスティオは聖オリヴィエール帝国の一行に新しい料理を勧めていた。
リアージュに魚介料理と共にラビ王国産のエルドナを勧めると、満面の笑みを見せた。
マルクやエリザも次々と料理を皿にとっては表情を緩める。
「一時はどうなることかと思いましたが、レスティオ様は無事で、料理も美味しく、申し分ないですな」
「もう少ししたらデザートにパンケーキが出て来るだろうから、それも是非食べてみてくれ」
「まぁ、楽しみ」
話をしながら、レスティオはドレアの姿を振り返る。
離れたテーブルで歓談している彼女の髪にはまだ髪飾りはない。
一方で、リアージュは髪飾りを褒められては、ユリウスが魔力結晶で作り上げたのだと笑顔で惚気て女性陣の注目を集めている。
「お膳立て中ということかな」
「レスティオ様。ダンスを踊られるのでしたら、そろそろ御声掛けに行かれた方がよろしいのではありませんか?歓迎の宴の際には、王妃や王女を相手に見事なダンスを披露されたと伺っていますよ」
エリザに言われて、レスティオは彼らも気兼ねなく宴を楽しみたいだろうと場所を離れた。
そして、ラビ王国の王女に声をかけようかとも思ったが、身近に踊ったことのない人がいることに気づき、今晩は決まった相手のいないリアージュに声を掛けた。
「これよりダンスのお時間となります。踊られる皆様はどうぞ中央へ御集まりください」
程なくして司会者が宣言すると、皆、中央へと移動を始めた。
ロデリオは話をしていた友人たちに断りを入れ、ドレアの元へと歩みを進めた。
ドレアに声を掛けようとする男性がいたが、一足先に移動していたベイルートが止めてくれる。
申し訳なく思いながら、こちらも譲れないのだと表情を引き締める。
「ドレア」
「ぁ、ロデリオ。ぇっと、その、なんだかんだ、話す時間なかったけど……」
側仕えに食器を預けていたドレアは慌てた様子でロデリオに向き直った。
「ダンス。そうだ、まず、ダンスだよね。うん」
「ドレア、落ち着け」
「はいっ」
王女らしからぬ言動に見えるが、ロデリオ相手だからこその油断だと知っている。
同時に、遠征に出る直前に贈った恋文や、返事を待たずに政略として婚約が内定したことも戸惑う理由だと理解している。
ロデリオは、アズルから小さな木箱を受け取り、ドレアの前で蓋を開けた。
中には渾身のロジエの髪飾りを収めている。髪飾りには一輪、そして、箱の中には二輪の生花。計三輪のロジエの花。
「ドレア王女殿下」
「ぇ、あ、はい……」
「私、聖オリヴィエール帝国第一皇子ロデリオ・オリヴィエールは、貴方を第一皇子妃として迎えたく心より願っております。厄災に見舞われている我が国にお迎えするのは、心苦しい気持ちもありますが、私は貴方と厄災という苦難を乗り越え、共に生涯を歩んでいきたい」
真っ直ぐ視線を合わせて緊張した声で告げる。
「私は、貴方を心からお慕いしております。その心を込めて三輪のロジエを贈らせて頂きます。聖騎士様曰く、三輪のロジエには、愛しているという意味があるそうです」
周囲から歓声が沸き起こる。
告白に盛り上がる声と共に、ロジエの本数に込められた意味に関心を持つ声も上がる。
こんな状況でも、ラビ王国の民は変わらない。
ドレアの表情も一瞬ロジエの本数に込められた意味に反応して輝いたが、すぐに自分事と気づいて赤面した。
「政略などではなく、俺の正直な気持ちだ。受け取って欲しい」
「わかってるよ。覚悟はもう、決めてるから」
小声で気持ちが通じていることを確認し合うと、ドレアはロデリオの手に手を重ねるように木箱を受け取った。
「私も、生涯を共に歩むならば、貴方の隣が良いと願っておりました。喜んで、お受け致したく存じます」
ドレアが涙ぐみながら返答を告げると、一層歓声が沸き上がり、拍手が起こる。
側仕えに木箱を渡し、中に収められた髪飾りがドレアの輝く金髪に付けられる。
存在を主張する赤いロジエの髪飾りが、まるでそこがもとより定位置であったかのように馴染んで見えた。
「髪飾りは、一輪なんだね」
似合うかなと照れ笑いするドレアに、ロデリオは緩みそうになる口元に手を当てて頷く。
「聖騎士様曰く、一輪のロジエには、私には貴方しかいない、という意味があるそうだ」
「ぇ、……ロジエの本数で意味が変わるの?他にどんな、」
「今はそういう話じゃないだろ、まったく」
「ぁ、ごめ……ん。ごめん。ロデリオ。そっか、そういうことだよね」
贈り物の意味を理解して顔を赤くするドレアにロデリオは緊張を解いて苦笑した。
改めて手を差し出す。
「ドレア、踊ってくれるか?」
「勿論。婚約を受けた夜に、他の人となんて踊れないでしょ」
1曲目のダンスが終わると、ベルンハルトとリアージュが証人となり、その場で婚約の書類が交わされた。
あらかじめ用意されていた書類だが、事前の演出もあって会場中が祝福ムードに包まれた。
婚約が認められた後、冬の大陸会議にて大陸各国へ伝えられる。
そして、春の大陸会議の後、聖オリヴィエール帝国にて婚姻の儀が執り行われる。
移動までにドレアは同行者の選定を行い、独身者については聖オリヴィエール帝国の者との婚姻が急がれることとなる。
「ぇ、エドウェルとベイルートも婚約が決まったのか?」
「そういうものですから」
「ドレア様の側近をなるべくオリヴィエールに連れて行く為には必要なことです」
その為に独身でいたのだと堂々という二人にレスティオは感心した。
そして、ルカリオを振り返る。
「俺は婚姻予定がそもそもないから、望む相手がいたら言えよ」
「ぁ、はい。お気遣い頂きまして有難う御座います」
「ルカリオは若い上に将来を有望視されていますから、目を付けている者は多いですよ」
「なっ!なにを仰るんですかっ!」
ロデリオの側近たちに生暖かい笑みを向けられて、ルカリオは顔を赤くさせた。
初心な反応を見せるルカリオに皆笑う。
「そろそろ馬車の準備が出来る時間ですっ!さぁ、参りましょう!」
話から逃れるようにルカリオが叫んだ。
聖オリヴィエール帝国の船が着ている以上、ラビ王国から船を出す必要が無くなったため、王城と港でそれぞれ見送りを受けて帰国の途につく。
かくして、ラビ王国への復興支援は終わりを迎えた。




