第10話 初陣(2)
ここからは物陰に魔物が隠れているとも限らないので慎重に森の中を進むことになる。
レスティオはドレイドの横につき、今の内にと鞍の鞄から水袋を取り出して水を口に含んだ。
「偉そうに言ったものの馬上での剣技は慣れない上、座学ばかりで鈍ってるな」
「初陣だと言うのに十分すぎる活躍ぶりです……魔物相手の実戦ではどうなることかと半信半疑でしたが、いや、お見事です。レスティオ様の活躍により皆も活気付きました」
すっかり疑念の晴れた様子に、体育会系は言葉を交わすより実力を見せつけた方が語りやすい。とは、一体誰が言っていたことだったか。
そんなことを考えつつ、水袋を戻して、周囲の兵が魔物を散らしていくのを眺める。
「戦闘は不慣れなのかと思ったら、普通に戦えるんだな」
「魔物は日頃から出るは出るのです。ただ、厄災に入ると同時に活発化して最近では少々手を焼いています。今日は特に数が多い。これまで小物だと思っていた連中がこれからまだまだ数を増やし、中型、大型化していくと思うと鍛錬も急がねばなりません。レスティオ様との稽古で、厄災のピークを迎えた時にはこのような者を相手にするのだろうと気を引き締めたところではあるのですが」
分散して現れたなら駐留部隊で対処したが、数十の魔物が集って姿を見せると、数が同じでも戦略が必要になってくる。
駐留部隊の兵がすぐに応援を要請してきたので対処に駆けつけられたが、まだ訓練の行き届いていない現状を目の当たりにした。
この場だけでなく今後の対処まで思考を巡らせている様子に、心の中でせいぜい頑張ってくれと声援を送る。
「団長!先遣隊が見えてきました!負傷兵がかなり多いようです!」
前方からの声に身を乗り出してみれば、木の陰に隠れるようにしてぐったりとする姿がいくつもあった。
「まずは癒しをかけた方が良さそうだ」
「頼みます。皆の者!先遣隊の後退を援護させろ!聖騎士様の癒しにより彼らの命を繋ぐことを優先する!」
ドレイドの声に応えるように前方の兵が先遣隊下がれっと声を張り上げ始める。
皆が前進する中、レスティオは負傷者が確認されたところでヴィルヘルムを降りた。
すぐそばにいる兵は意識がないようで、そばに膝をつき脈を確認した。
「まだ生きてるな、よく頑張った。ヴィルヘルム、魔物がきたら知らせてくれ」
ヴィルヘルムが鳴き声をあげて素直に応えるのに、これが本当に暴れ馬なのか、と内心疑問に思いながら改めて周囲を見回す。
森の奥の方からは満身創痍でふらつく体を引きずりながら兵が後退してくる。
地面には胴体がえぐられた馬の姿もあったがそちらはどうしようもないので気にしないようにする。
「順番に治癒するから何人かずつに固まっていてくれ」
「ぁ、あぁ……」
「我、聖なる力を行使する者なり。彼の者たちに癒しを与えさせ給え。イ・ヴェール・ラルージュ」
兵たちへ手のひらをかざして唱えればあっという間に傷口がふさがっていく。
演習では自分の腕に切り傷を付けて試していた程度だったが、ここまで回復するのかと驚く。
同時に体から魔力と言われているであろう何かが抜け出ていく違和感を感じた。
演習や待機所の時よりはっきりと感じるのは癒しの対象が重傷者だからだろうかと考えつつ、手を下げて立ち上がる。
「ほ、本当に傷が治った」
「こんなの医者でも無理だろ。有難うございます。助かりました!」
「治ったなら良かった。悪いが、周辺の警戒を頼む。魔物がきたら教えろ」
振り返ると癒しの術を目の当たりにした者たちの期待の眼差しとぶつかった。
「順番だ。重傷者がいたらなるべく早く近くに連れてこい。一人でも多く生きて連れ帰りたいだろう」
我先にという考えが見え透いた者たちに呆れつつ、次の集団へと手のひらをかざした。
治った者たちは周囲の警戒と怪我人の確認、先遣隊の点呼を始めた。
「これで、先遣隊は最後です」
「では、引き続き魔物討伐といこうか。疲れていると思うが、もうひと辛抱だろ」
「はっ、助けていただいた分、この苦境における働きによって返させていただきます」
ヴィルヘルムの背に乗り直してようやく一息ついた。
水を一口飲んで、支援から討伐へと意識を切り替える。
「この地の癒しは魔物の掃討が終わってから行う。行くぞっ!」
本隊の戦闘の音は、一定の距離に留まって今も聞こえている。
同じ場所で動かないということは、相応に強力な魔物がいると想像できる。
森の中を駆け出し、討伐から逃れた魔物を見つけては切り捨てていく。
「ヴィルヘルム。魔物が見えたらタイミングを見て飛び降りる。お前は後方部隊とともに控えていてくれ。帰りも頼むぞ」
声を掛ければ呼応するようにスピードが上がる。
不思議とヴィルヘルムとは言葉で通じ合える気がする。
戦闘の音がしている場所へと近づくと、大きな熊のような魔物が腕をふるっているのが木の隙間から見えた。
先程の癒しで魔力は随分と消耗している。
魔力消耗の末に魔術師団の大半が眠りについていることからもあまり戦闘に魔力を使うわけにはいかない。
いくつか戦術パターンを思い描きながら、木の枝を視界の端に入れるとヴィルヘルムの背から飛び上がった。
高く伸びた木の枝を渡るように移動しながら魔物の頭上へと飛び出す。
カスタムだからこそ出来る跳躍力を生かした身のこなしに騎士たちは仰天した顔で突如頭上に飛び出してきたレスティオの姿を見上げた。
「はぁぁっ!!」
振り下ろす剣に力を込める。魔物の頭頂部に切っ先が当たると頭蓋骨の硬さを剣越しに感じた。
今の勢いだけでは頭蓋骨を割るのが精一杯だ。
しかし、レスティオはここで攻撃の手を緩めるより、隙を突いたこの機会に一気に済ませることを選択した。
風の魔術で剣を頭部に押し込み、先程炎の刃を放った感覚で剣に炎を纏わせた。体内から火で焼かれて燃え上がる魔物の咆哮に耳を塞ぎたくなりながら、燃える頭部に足をつくより先に剣を支点に体を振って、近くの木の枝を蹴りながら地面へと降り立った。
「ぉ、おみ、ごと……」
丁度降り立った先にいたドレイドが呆然としているのを見て、やりすぎたかと思いつつ、骨になっていく魔物を見上げた。ふと、近くでまだ戦闘の音がすることに気づき、腰からナイフを抜いて振り返った。
「まだ魔物がいるぞ!油断するなっ」
声を張ってそちらの方へと飛び出せば魔物に腕を奪われた兵の姿が見えた。
いつかの戦場で見かけた負傷して体の一部を失った兵たちの絶望した姿を思い出す。
その時は絶望しても、元の世界ならいくらでも高性能な義肢があった。
しかし、技術の技の字も感じられないこの世界では彼の未来は暗いに違いない。
大股で駆け寄り、踏み込んだ勢いで足を振り回して狼のような魔物の顎を蹴り上げた。一度地面に着地し、すぐさま浮かんだ胴体の腹に蹴りをお見舞いした。
後方の木の幹に体を叩きつけて呻く魔物を見下ろし、ナイフでその胴体を切り裂いた。
「大丈夫か?」
「、ぁ、あぁ……」
魔物に怯えていた目が、今度はレスティオを恐れるように後ずさった。
仲間の兵たちが近づいてきても恐怖の拭えない様子にため息をつく。
異国人のカスタムを見る目と同じだと思いながら、地面に転がる彼の腕を拾い上げ、その傷口に押し付けた。
「うぐっ」
「今治す。我、聖なる力を行使する者なり。彼の者に癒しを与えさせ給え。イ・ヴェール・シュタルーク」
一度体から離れたものまで接合できる保証はない。
そこまでの事例は教わっていないが、このまま見過ごすわけにもいかない。
通常より強力な聖の魔術を詠唱すると、血管や神経のひとつひとつが繊細にひも付き融合していくのをイメージして魔力を込めた。
「、う、動く……」
一度無くした腕、そして指先が動く様に怯えていた瞳が輝きだす。
「他に残党がいないか確認しろ。負傷者は先ほどの大物の場所に集めてくれ、まとめて癒しをかける」
「は、はいっ!」
消耗した感覚に、これが創作のファンタジー世界ならMPポーションなるものがあるのではないかと考えがよぎる。
これまでの講義の演習ではさほど消耗しておらず必要がなかったから名前も出てこなかっただけか、そもそもないのかどちらだろうと考えながら負傷兵が集まる場所へと移動する。
兵たちを寄せ付けずに待機していたヴィルヘルムを見つけて、その傍らで休憩しつつ、兵が集うのを待った。夕暮れ色に染まった空を見上げて、ふっとため息が出る。
体力はこの程度で無くなるほど低くない。体力以上に魔力の消耗には気を配る必要があるのかと、使用した魔術を振り返り消耗率を計算していく。
「聖騎士様。全員揃いました。癒しが必要な負傷者はこれだけです」
「、あぁ」
促されるまま負傷兵を癒し、蓄積される疲弊感を呼吸とともに意識の外へと吐き捨てる。
おそらく、今の魔力残量はレッドゾーンに近いイエローゾーン。
次に取り掛かるべき森の途方もなさに気が遠くなりそうになりながら、ふと気づいた。
いったいどれだけの範囲を癒せば良いのだろう。そもそも広範囲の魔術の範囲をどのように制御すれば良いのか。
わからないが、とりあえず、戦闘が激しく草木の腐食が進んでいるのは熊のような魔物を倒したあたりだ。
一帯の地図を思い浮かべつつ、手のひらを地面へと向ける。
「我、聖なる力を行使する者なり。魔に冒されし大地と草木に癒しを与えさせ給え。イ・エルデグラス・ヴェール・ラルージュ」
広範囲魔術の場合の対象をどのように示せばいいのか後でアッシュに確認しよう。
そう思いながら魔力を地面へ放ち、それが水面の波紋のように広がっていくイメージで詠唱した。
歓声が聞こえると同時に、まだ足りないと漠然と感じて放出量を増やす。
「我、聖なる力を行使する」
無意識のうちに口先から出た言葉に反応して視界いっぱいに光が溢れるのに、咄嗟に術をやめる。
体から魔力が一気に抜けてとてつもない疲労感に襲われる。
なんとか耐えようとするも、地面に膝をついて、そのまま座り込んだ。
視界がぐらぐらとする。同時に自分が元の世界で最後に見た爆発の光を思い出して吐き気を覚える。
「レスティオ様!大丈夫ですか?」
返事をするのもだるく思っていると、頰に何かが触れた。顔を上げれば、ヴィルヘルムが顔を寄せていた。
「悪い……すこ、し、やす、……」
「は、はいっ!もちろんです!」
ヴィルヘルムにもたれかかり瞼を落とすと、すぐに意識は遠のいた。




