第99話 関係修復
ルカリオと護衛騎士たちを連れ、レスティオは正装姿でロデリオとの朝食の部屋に移動した。
「おはよう、ロデリオ」
「おはよう。思いの外元気そうで安心した。が、起きたならすぐに連絡しろ。外交問題に発展しているところで無駄に時間を使わせるな」
穏やかに挨拶が済むかと思いきや、ロデリオは怒りを露わにした。
レスティオは事前に要点をまとめて置こうとしたのが失敗だったかと思いつつ、素直に謝る。
話の前にと朝食が運ばれてきて、冷めないうちに食べるよう勧められる。
アズルの目配せに気遣われていることを察した。
メニューは、キッシュと野菜スープ、それと、バターパン。
「ぁ、このパン美味しいな」
「フィーリがパンにはバターを入れると美味しくなると言ってな。以来、出て来るパンは全てこれだ」
「キッシュも美味しい。ちゃんと試行錯誤してより良くしようとしているのを感じる」
道中は味のしない料理ばかりだったので、久しぶりにまともな食事を取った気分になる。
デザートには、蜜とジャムをたっぷりと乗せたふわふわのパンケーキが用意され、和やかな気分になったのもつかの間。
食後のお茶が用意されるとロデリオは再び尋問するように目つきを厳しくする。
「で、行方不明の間になにがあった」
「その前に、状況を教えてもらってもいいか。現時点で急ぎの事項から片付けたいだろう」
神域の話をすれば各所で考察が始まるに違いない。
それよりも外交問題に発展しているというのはどういうことか状況を確認したい。
「ちっ、それもそうだな」
ロデリオは舌打ちしつつもレスティオの要望を尊重してくれる。
「まず、聖地グラオベンでお前が消失した直後、復興支援に当たって聖騎士が害された場合の取り決め事項に従い、賠償責任をラビ王国に問う事態となった」
大聖堂に魔力を注いでいた最中に発生した以上、復興支援活動の一環として魔力を注がせたラビ王国側に責が問われる。
レスティオが姿を消した直後に大聖堂は封鎖され、聖地グラオベンの駐在兵総員で近隣の捜索にあたるも発見に至らず。その日のうちに王都へ早馬が飛び、聖オリヴィエール帝国へ状況を知らせる遣いが送り出された。
大聖堂を調査するも進展の無いまま三日が経った頃に、大聖堂の壇上に倒れるレスティオの姿が発見された。
急ぎ王都へ搬送し、宮廷医師が総出で診察して傷ひとつ無く、現状異常は確認できないと報告した。が、何日経っても目覚めず、このまま目覚めなかったらどうするのかと議論が進む中、昨日、聖オリヴィエール帝国の船が港に到着した。
「それで?」
「行方不明となったお前が発見されたことは良しとするが、その間に何が起きたのか定かでない以上、万が一の場合を想定する必要があると昨晩会談が行われた。まぁ、お前が目覚めない以上、議論は平行線で終わったが、予断は許さない状況だ」
元々、取り決め事項はレスティオがあらゆる状況を想定して提示したものであり、実際に事態に直面した時にどのように協議を進めるか、両者共に対策が十分ではなかった。
睨み合いの末、昨晩は聖オリヴィエール帝国の使節団は自国の船に戻り、ラビ王国の歓待を受けなかった。
その時点で両国の関係性に亀裂が入ったも同然。
ロデリオは、レスティオが目覚めるまで結論を待つべきと一人主張し、両国の取り成し役として立っている。
「ルカリオから目覚めの連絡を受けて、すぐに港まで遣いを出した。朝の鐘の頃には到着するだろう」
「責を問われているラビ王国側が主張しても聞き入れられないだろうから、お前しかいなかったわけか。苦労かけてすまないな」
「全くだ」
再び舌打ちが漏れ、相当機嫌が悪いのだと誰が見ても明らかだった。
側近たちも触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに不用意に近づこうとしない。
「ラビ王国側で責任を問われているのはアルドラか?」
「まぁ、そういうことになるな。ハンネ様も少々立場が悪いが、まぁ、そこは問題ない」
「ハンネ王妃は、娘のドレアがお前のところに嫁げば、責任の追及は逃れられるだろうからな」
ロデリオは不意を突かれたように言葉を詰まらせた。
「ルカリオに聞いたのか」
「いいや。婚約の話に進展があったのか?」
「こういう形での承諾は望んでいないが、昨晩、国王陛下から話は持ち掛けられた」
不本意だとわかりやすく表情に出ている。
本当は気持ちが通じた結果に婚約という形を得たかったのだろうと察して、レスティオは表情を緩めた。
「俺のことはどうでもいい。問題はお前だ」
「はいはい。七日も寝込んだ理由はわからないが、三日間については俺の言葉を皆が信じるなら説明できる」
「ほぉ?」
話始めようとしたところで、聖オリヴィエール帝国の使節団の到着が告げられた。
朝の鐘より早い時間帯だが、ラビ王国も迎える準備が出来ているとのことで、話の続きはぶっつけ本番で明かすこととなった。
穏やかではない雰囲気の中、レスティオは気を引き締めて広間へと入る。
横長のテーブルにはずらりと両国の要人が立ち並び、片端にはベルンハルトとアデリナが立っている。
向かい合う位置には、空けられたふたつの椅子の隣端にリアージュが立っていた。
「長い眠りから御目覚めになられましたようで、安心致しました。どうぞ、こちらへお掛けくださいませ」
リアージュに隣に座るように促され、レスティオは礼を言いながら従う。
ロデリオが隣に立つのを確認し、ベルンハルトが口を開く前に、レスティオはすっと頭を下げた。
「皆様、この度は私の為にお騒がせしてしまいましたこと、心より深くお詫び申し上げます」
「なっ、顔をお上げくださいっ!」
ベルンハルトが叫ぶと、他の者たちも慌て始める。
ロデリオも想定外という表情でレスティオの肩に手を置き、やめるようにいう。
「私も意図した事ではございませんでしたが、私の行動により皆様に多大なる心労をお掛けし、友好を誓い合った両国の関係に少なからず傷を与えてしまったことは事実です。聖オリヴィエール帝国の皆様には厄災の対応に追われる最中、遠路お越し頂くこととなってしまいました。そして、ラビ王国の皆様には、復興に尽力されておられる中、ご期待を裏切ってしまったこと、心よりお詫び致します。誠に申し訳御座いませんでした」
これからどのように賠償責任を問うか議論しようと意気込んでいた者たちは、困惑したまま顔を見合わせる。
レスティオは困惑する空気を察しながら、頭を下げたまま足元でロデリオをつつく。
「皆様、レスティオ様はラビ王国に責を問う必要はないとお考えのようです。今一度、腰を落ち着けて、共にレスティオ様のお話に耳を傾けませんか?」
「そうですね。まずは事情を把握致しませんと、議論のしようもございません。よろしいでしょうか、ラビ国王陛下」
「勿論でございます。私もなにが起きたのか、是非ともお聞かせいただきたく存じます」
リアージュとベルンハルトが頷き合うと、皆椅子に腰を下ろす。
レスティオは改めて全体に礼を言い、一礼する。
「経緯というにはあまりにも端的な話になってしまうやも知れませんが、私が語れることをお話させて頂きます」
前置きをしながら、文官たちが話を書き取る準備をする様子を窺う。
「先日、復興支援の一環としてラビ王国の聖地グラオベンを訪れました。そこで、私が大聖堂の魔法陣に触れたことは、既にご存じかと思います。私は、魔法陣に魔力を注いだ際、魔法陣に秘められた術を発動させてしまいました」
「秘められた術ですと?」
ラビ王国の面々の目つきが食い気味にきつくなる。
レスティオは努めて穏やかな笑みで頷く。
「大聖堂の魔法陣は、異世界の神が住まう神域に繋がる扉の役目を果たしておりました」
「神?」
「はい。私はヤマスーリャと名乗る神の御許へと導かれ、暫しの歓談の間に三日の時を過ごしてしまったようです。この世界とは異なる空間故に、時の流れが異なっていたのでしょう。私の感覚では、一時間程度と思っていたので、自分でも三日過ぎていたという事実には驚きました」
ラビ王国の者たちが顔を見合わせて頷き合う。
囁き合う声の中にヤマスーリャの名前が聞こえてきて、思い当たる節があるのかと、レスティオは思わず身を乗り出す。
「ラビ王国の皆様はヤマスーリャをご存じですか?」
「はいっ!ラビ王国を建国した聖女の書物に記された名前です」
ベルンハルト自ら興奮気味に答える。
同席している王族の者たちも皆頷いていることから有名なことなのだと理解する。
「聖女ミナーヴァ・サヴァン・ラビが生まれた地であるパラディストーリャの創世神ヤマスーリャ。英知を司り、人々の学びを是とする。我らラビ王国の起源とも言える神の名なのです。レスティオ様は直接お会いしたのですか?」
「はい。ヤマスーリャは、私が生まれた世界アイオロスの創世神アイオローラを愛するがあまり、私を言伝を預かった遣いと勘違いされたそうです」
「なんと、ラビ王国に纏わる神が聖オリヴィエール帝国の神に懸想しているというのですか」
ベルンハルトは自ら書き取りたいというように手を動かし側近に訴える。
だが、その手はアデリナに抑えられた。
「レスティオ様、神域というものについて、いくつか確認をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「勿論です。信じて頂けるならば、記憶にある限りお話致しましょう」
「レスティオ様のお話を疑うなど致しません。我が世界が創世神スヴァーンを崇めるように、他の世界にも神がいるというのは理解できます。ですが、神域に至ったという記録を目にした覚えがないものですから、何故、これまでの聖女が起こせなかった事象が発生したのか思い当たることはありますでしょうか」
アデリナの目はレスティオの隣のリアージュへと向いていた。
これは、ラビ王国に責がないことを認めさせるための問いかけだ。
「その点は私も疑問に思い、ヤマスーリャへと問いかけたことです。曰く、魔力を注ぐ行為は扉をノックすることと同義で、迎え入れるかどうかは魔法陣の先の神次第だそうです」
神が迎え入れない以上、聖女が神域にたどり着けなくても仕方がない。
各地の聖女が責められるような情報はあえて避ける。
「各地の大聖堂の魔法陣は、その地を守護する神の神域に通じているそうで、聖オリヴィエール帝国であればアイオローラの神域に通じているようです。しかし、アイオローラは、私をこの世界へ導くにあたって御力を消耗してしまったそうで、今は御休みになられているとヤマスーリャが仰っていました」
だから、戴冠式の時に神域に至る事態にはならなかったのだといえば、ラビ王国の者たちはざわめきだす。
あえて質問の隙を多く作っているが、今質問しているのはアデリナだ。
「なるほど。神の御意志次第ですか。それは、聖の魔力を持たない我々でもたどり着けるものなのでしょうか」
「あの魔法陣に魔力を注ぐことが出来るならば可能性はあると思います」
大聖堂の魔法陣に魔力を注げるのは聖女だけと言われている。
神聖な魔法陣に聖女ではない者が魔力を注ぐことを良しとは出来ないと、アデリナは首を横に振った。
「レスティオ様は、神域でヤマスーリャとお話をしただけですか?暫く御目覚めにならなかったので、なにかあったのではないかと心配しております」
「お話以外のことで言いますと、この耳飾りを賜りました」
レスティオは、左の横髪を耳にかけ、耳に付けられたイヤーカフを見えるように示した。
ベルンハルトを筆頭にラビ王国の者たちが立ち上がり身を乗り出す。
その行動を、アデリナが大きく咳払いして咎めた。
「どのような効力があるのかは、まだわかりません。ですが、私がこの世界を癒す助けとなるように与えて下さったものには違いありません」
湯浴みの時にルカリオに言われて気づいたものだ。
与えられると同時に意識を無くしたので、レスティオ自身なにがなんだかわかっていない。
付けているということさえ気づかないくらいに馴染んでいるので、普通のシルバーとは違うと思っているが、外せないので詳しく検分することも出来ない。
「長く眠っていたことについては、神域に至る際に魔力を消耗しすぎてしまったのかもしれません。今回の遠征で、魔力の成長期に入ったようなので、私の魔力が不安定というのも一因ではないでしょうか」
今度はラビ王国に負けず、聖オリヴィエール帝国の面々が感嘆の声を上げた。
なにに反応したのかわからずにいると、口々に成長期を喜ぶ言葉や労いの言葉を告げられる。
「成長期とは祝うようなことなのか?」
「誕生日や節目を祝うのと同じく、成長とは喜ばしいものではございませんか」
戸惑うレスティオに、リアージュが母親の表情で穏やかに微笑む。
成長を喜ばれるのは社交界の社交辞令でしか聞いたことが無かった。レスティオはどうにもくすぐったい気分になる。
「レスティオ様が行方知れずとなったと知り、駆け付けて参りましたが、吉報の数々に安堵致しました。ラビ王国の皆様、異例の事態に取り乱してしまい、ご無礼をどうかお許しください」
「なにを仰る。我らが至らぬ故に、こちらこそ申し訳ないことをしました。お詫びと言ってはなんですが、復興支援の感謝の宴の用意があります。聖騎士様と共に、聖オリヴィエール帝国の皆様もご参加ください」
「まぁ、喜んでお受け致しましょう」
当初の緊迫した雰囲気はすっかり緩和され、皆和やかな雰囲気で笑い合った。
2023/07/02 加筆修正
レスティオがヤマスーリャから与えられたイヤーカフは左耳にひとつだけです。
投稿前に加筆修正してる時に漏れてしまったようなので、修正しました。
遠目にもわかるくらい存在感ある感じのゴツめなイメージです。




