第96話 聖女の覚醒
午後は、フィーリの日用品の買い出しをしながら観光を再開した。
フィーリもレスティオと同じようにあらゆる芸術作品に興味を示して、カンデを質問攻めにする。
声を発せずとも、笑っている姿を見ているだけで場が華やぐ。
「では、夕食はこちらで酒席も兼ねるとしよう」
アルドラがレストランに入ると、すぐに奥から店長と市長が出てきて挨拶する。
元より側近の席も複数確保されていたこともあり、フィーリが混じっていても誰も何も言わない。
「店内の装飾も見事だな。あらゆる装飾が施されているのに、上品に高級感を演出している」
「お褒めに預かり光栄です。こちらの内装は、王宮の貴賓室の内装を手掛けた……」
市長が長々と語る説明にレスティオは感嘆しながら相槌を打つ。
興味深そうに話をする様子を見て、間に入る必要はないと判断し、各々着席する。
「本日、夜の部最初の演奏を務めますのは、ハーヴィ・アフク氏です!本日も我こそはという方がいらっしゃいましたら、どうぞスタッフまで御声掛けください」
長い語らいを終えて席に着いたレスティオは、レストランの前方に広く構えられた演奏スペースに顔を向けた。
紹介された男がオルガノの前に立ち、笑顔で手を振っている。
「この店は有志が飛び込みで演奏することもできるのか」
「アルティスタならではですね。最初と最後の演奏家は決まっていることが多いですが、素人からベテランまで色々な人が演奏してくれます。この店は敷居が高いので、耳障りな音は聞こえてこないと思いますからご安心ください」
酒が運ばれてきて、芸術の街らしく美しく盛りつけられた料理がテーブルに並べられる。
「皆様、グラスを手にお取りください。今宵、聖オリヴィエール帝国の聖騎士様の訪れを祝してっ!」
乾杯は席で行うものかと思いきや、店中から歓待を受けた。
同時にハーヴィによる演奏が始まり、宴が始まる。
「本日はごゆるりと歓談をお楽しみください」
注目された中では話題も選ばざる得ない。レスティオはなるべく聞き手に回る様にしようと決めてヴィシュールのグラスを傾けた。
ふと、酒席も伴うということに気づいて食事に目を向ける。
念のため、フィーリに酒席の料理が聖の魔力と反発して不味く感じるかもしれないことを伝えておく。
「あぁ、ご安心ください。お二人に用意した料理は普通の食事メニューです。酒席の料理はお出ししないように事前に伝えてありますから」
やり取りに気づいたカンデに言われて、レスティオはフィーリと共に安堵する。
とはいえ、つまりは味が無い食事になるので、演奏に耳を傾けながら黙々と食事を口に運ぶ。
「レスティオは、オルガノの他にもなにか演奏できるのか?」
「一応、ヴィオリンもフルゥーフも習っているが、この世界の楽器と同じように演奏できるかはわからない。フィーリはなにか音楽の経験はあるか?」
ロデリオに話を振られて、フィーリにも問いかける。
フィーリはヴァイオリンは村の収穫祭で演奏したことがあると答えた。
「じゃあ、演奏者が出てこなくなったら余興がてら一曲披露するのもいいな」
今は演奏家は次々名乗りを上げている。
この世界の音楽に浸るのも悪くはないので割り込む気はない。
「ところで、フィーリは魔術は使えるのか?」
フィーリは大きく頷いた。
魔力の扱いは夫婦に教わったので、全属性問題なく使える。
元々、フィーリの世界にも魔術はあったので、感覚を掴むのには苦労していなかった。
「そうか。じゃあ、生活魔術を知らないのかな」
火や水を出すことは知っているが、顔を洗ったり、洗濯に応用する発想はなかった。
魔術の水が飲めないことは知っていたが、生活魔術を知っていれば身綺麗に出来たことを理解してフィーリは顔を赤くさせた。
「魔術の使い方も教えようか」
腕にしがみつくようにして教えを懇願されて、可愛いなと頭を撫でる。
そして、食事を終えた頃合いに、演奏の希望者が落ち着いた。
どこかで誰かが調整したのだろうなと思いつつ、レスティオが名乗りを上げてヴィオリンを借りる。
「ロデリオ。この場にはどんな曲がいいかな」
「聖騎士らしく、平和や復興の希望を与えるような曲を頼もうか」
「了解」
壇上へと上がり、音を確認する。
店で貸し出しもしている楽器だが、よく手入れされていて音が澄んで響く。
悪くないと口元を緩め、店内を見渡す。
「では、復興の祈りを込めて一曲」
チャリティーの演奏会で良く演奏される一曲を奏でる。
まだ遠征を始めて数日だが、復興を願う多くの人を見てきた。
彼らの未来が明るいものであるようにと思っていると、ふと、体に違和感を感じた。
妙な高揚感は人前で演奏している所為かと思ったが、演奏が終えた瞬間、体から抜け出る魔力の感覚に息を飲む。
流石にこの場で倒れるのはまずいと足元を意識して、笑顔を取り繕う。
歓声が沸き起こる中、一礼して壇上を降り、周囲に手を振りながら早足で自分の席へと戻る。
「レスティオ、顔色が悪いぞ」
「あぁ……シルヴァ。お茶をもらえるか?」
「かしこまりました」
椅子に座ってようやく一息つくと、脱力感に襲われる。
最近は魔力を使い果たすと護衛騎士に凭れていたので、この場でよく耐えたと思う。
心配そうな周囲の様子に応えられるようになるまでは少しの時間を要した。
「演奏が終わった途端、体が楽になるような感覚があったのですが、もしや、演奏により聖の魔術が引き出されたのですか?」
意を決したように身を乗り出したのはカンデだった。
探究心に目を輝かせる様子にレスティオは苦笑して頷いた。
今朝の時点で回復しきっていなかったのに、今日回復した分の魔力を全て持っていかれた気分だ。
「フィーリ。平和を願うような曲か、実りを喜ぶ曲に覚えがあるなら、それを演奏してみるといい。詠唱という言葉でなく、音に聖の魔術のきっかけがあるのかもしれない」
フィーリの演奏がどうなるかを見届けたら休むと告げて、用意されたお茶に口を付ける。
眠気を感じる瞼をこすりながら、フィーリを壇上へと送り出した。
フードを被ったまま、壇上に立つには異質な格好をした女性の登場に、聖騎士の演奏で沸き立っていたレストラン内はまた賑やかになる。
音を確認し、フィーリは目を伏せて深呼吸した。
レスティオは揺れを感じながら目を覚ました。
視界がヴェールに覆われていることに気づき、列車の中かと理解する。
「御目覚めになりましたか。良かったです」
「ん。どれくらい眠ってた?」
頭に当たっていたジャケット越しの硬い鎧を睨みながら、レスティオは肩を支えてくれていたセバンに問いかける。
「ほぼ丸一日だ。もうすぐ今日泊まる街に着く」
ロデリオの声がして振り返ると、揃っている顔ぶれから王族車両の中だと気づいた。
「ということは、どこかの癒しが出来なかったか」
レスティオが倒れて目覚めなかった場合、優先度の低い農地や森は通り過ぎることになっている。
申し訳なさを感じるより先に、ロデリオが否定した。
「まだ対象地域に到着していない。実は、レストランで演奏した後、フィーリも倒れたんだ」
倒れた時にフィーリの耳が見えてしまい、聖女であることが知れてしまった。
その時にはレスティオもテーブルに突っ伏して意識が無く、混乱する場からなんとか二人を抱えて宿に戻った。
だが、アルティスタの街では、聖騎士と聖女によるヴィオリン演奏が行われたことと、演奏によって聖の魔力の癒しが齎されたと瞬く間に話題が広がっていった。
その勢いは止めることが出来ず、街は夜通しお祭り騒ぎになった。
早急に街を出ようとしたが、中々街の人たちの興奮は冷めず、昼過ぎに市長と駐在兵たちの協力を得て何とか街を抜け出してきた。
計画の遅れは半日程度。挽回は可能な範囲だ。
「フィーリは?」
「寝台車両で眠っています。流石に男女同じ車両というわけにはいきませんし、レスティオ様ならフィーリ様に寝台車両を譲るだろうとのことで、レスティオ様にはこちらでお休み頂いておりました」
「そういうことか。彼女に妙な手出しをしていないなら、それでいい」
欠伸を噛み殺し、セバンに再びもたれようとして硬さに気づく。
「枕になるなら鎧は外せよ」
「護衛に無茶を言わないでください。レスティオ様、寝ぼけてますか?」
「うん」
「自覚はあるんですね。シルヴァ、目覚めのお茶を」
セバンに促されてシルヴァが奥へと下がる。
ヴェールを少しずらしてもらい、お茶を飲みながら一息つく。
目覚め切らない意識が再び眠りに就きそうになる。
「あまり体調は良くないか?」
「どうだろう。少し体が重たい感覚はある。魔力を回復しようとしているだけなのかもしれないが、この症状は生まれて初めてだから、魔力的なものか、病気的なものなのか判断がつかない」
「もうすぐ街に着きますから、宿に移動次第、同行している医師に診てもらいましょう。魔力中毒を起こしていたら大変です」
「そうだな。頼む」
レスティオがうとうととしている間に話が進む。
「セバン、鎧を外したので、代わります」
「悪い」
「いえ、私は側仕えを兼任しているので。護衛はお願いします」
お茶を飲み終えたティーカップが回収され、セバンの代わりにシルヴァが隣に座る。
もたれかかると、鎧の固い感触はなかった。
ヴェールを整えられ、休むように促されると、程なくして意識は途絶えた。
目を覚ますと、何度目かわからない宿のベッドの上だった。
「ご気分はいかがですか?体が楽になる薬を処方してもらっていますが、飲みますか?」
「うん」
恐ろしく苦い薬だったが、涙目で飲み込む。
シルヴァにホットミルクを用意してもらって、妙に冴えてしまった意識を落ち着かせる。
「レスティオ、大丈夫か?」
声を掛けられて、隣のベッドでロデリオが寝ていたことに気づいた。
今日はロデリオが同室で、護衛としてエドウェルが起きていた。
「薬が不味かった」
「あぁ、あれはそういうものらしい。毒じゃないから安心してくれと念押しされた」
眠たそうな受け答えに申し訳なくなって、マグカップをシルヴァに渡して、横になる。
「少し気分は良くなった。明日には動けるようになってると思う」
「そうか。それなら良かった。お前、まだ魔力を覚えて半年だろう?この短期間で消耗と回復を繰り返している影響で、魔力の成長期に入った可能性が高いらしい」
「成長期?」
通常、魔術学院の実習の中で消耗と回復を繰り返すことで、魔術師は魔力を成長させていく。
扱える魔力量が二週間も変わらなければ、成長期が止まったと判断される。
人によっては二次成長期、三次成長期と期間を置いて始まることもあるが、多くは一度の成長期で魔力量が決まる。
アッシュの魔術講義の中では魔力を消耗しきれず、これまでの遠征の中では短期間だった為、消耗と回復の頻度が少なく、成長期に入るタイミングがなかった。
それが今になってきた。
「この先遠征を続けている中で魔力量が増えていくだろうから、いい機会なんだが、加減を間違うと魔力中毒に陥りやすい時期でもある。体調に変化があったらすぐに言ってくれ」
「わかった。けど、魔術学院の実習ということは、騎士団で魔術を使わせている連中は皆これから成長期を迎えるということか」
「そういうことになるかもしれないな。帰還次第、エルリックから注意喚起を促すように伝えよう」
レスティオは頷きながら、シルヴァにも気を付けるように言う。
シルヴァも魔力が発現して間もないのだから、いつ成長期を迎えるかわからない。
「しかし、成長期か……」
「どうした?」
ロデリオも布団に入り直しながら、レスティオのつぶやきに付き合おうと横を向いた。
「俺の身体は老化しにくい分、特別な薬と打たないと体が上手く成長出来ないんだ。なんか、何の予兆もなく成長期に入るというのが普通の身体っぽいなと思って」
「それは、健康上問題が無いのか?」
「五十年くらいは問題ないはず。だけど、五十年はこの見た目のままほとんど変わらないから、普通に成長する人からしたら気持ち悪く見えるかもしれない」
「安心しろ。聖女の中には何百年も生きる者もいる。聖騎士ならば、そういうものだと受け止めるだけだ」
そんなことかと、ロデリオは仰向けに体勢を戻して瞼を落とした。
レスティオは、そんなものかと小さく笑って、おやすみと告げた。
翌朝、レスティオは街の近くに広がる森を全力で癒して、再びシルヴァにもたれながらの移動となった。
昼にはフィーリも目を覚まし、やる気満々で立ち寄った村の畑も人々も癒し、意識を無くした。
聖騎士と聖女の二人体制になっても、効率は変わることなく、ただ予定した通りに遠征の日々は過ぎていった。




