第95話 聖女になれなかった女
なんとか予定通り遠征は進んでいた。
ラビ王国を観光する余裕もなく、魔力を消耗しては寝込むことも多いが、着実に国土は回復していた。
「レスティオ様。今日は一日休暇だそうです」
「んー?」
昨日、魔力を消耗して倒れ、宿で目を覚ましたレスティオは、告げられた予定に首を傾げた。
魔力が回復しきっていない気だるさが全身に残っていて、気分は良くない。
休暇と聞き、シルヴァは軍服ではなく私服を用意してくれた。護衛騎士たちも剣を下げつつも服装は私服で合わせる。
「お前、そんな服、いつ仕立てた?」
ロデリオに睨まれつつ、宿の食堂に入ると、アルドラたちも街を歩く者と大差ない私服だった。
生地は多少上等だが、王族も普通の服を着るんだなとぼんやり思う。
「城下町にセンスのいい服職人がいるんだ」
「聞いてないぞ」
「言ってないからな」
後で教えろと言われるが、レスティオは返答を曖昧に濁した。
王室御用達になる為には、ジェオは庶民過ぎる。
プレッシャーで感性を鈍らせて欲しくもない。
レスティオは早々に話題を逸らそうと席に着く。
「この町に観光できるような場所があるのか?」
「ここは、芸術の街アルティスタ。絵画や彫刻、音楽、あらゆる芸術作品が溢れている街なんです」
「へぇ、それは面白そうだな。どのような作品に出会えるのか楽しみだ」
味の無い朝食では覚めなかった意識が、好奇心と期待で覚醒する。
休憩は必要だからなとアルドラが笑い、カンデが観光地は任せてくれとガイド役を引き受けた。
街中の芸術作品に目を留め、レスティオは感嘆する。
風景や動物の他に聖女をモチーフにした作品が数多くある。
「なぁ、この動物はなんだ?」
「それは、ユニコーンラットですね。鋭い角と細長い尻尾が特徴で、人に危害は加えませんが、特徴的な見た目から魔物と動物の混合種ではないかといわれています」
「こっちは?」
「キラーバード。洞窟の中に生息している獰猛な鳥類ですね」
博物館の前に並び置かれたまだ見ぬ生物の彫刻を前に、レスティオの足が止まりがちになる。
無邪気に目を輝かせる様子にロデリオも何も言えず、苦笑しながら後に続く。
「毛並みまで細かく彫られているんだな。この世界にこんな技術のある彫刻師がいるなんて驚いた」
「レスティオ様の世界の芸術家に匹敵しますか?」
「この彫刻師は匹敵するといえる。この世界のレートに換算して言えば、1台につき2、3万ディルは最低でも付けたいところだな」
ぇ、と周囲から驚く声がした。
この世界では、芸術品に1万ディル以上の価値が付くことはまずないという。
折角芸術の街があるのに芸術の価値が低いことを残念に思う。
「レスティオ様。あちらの建物は、芸術の聖女エルン・アルティスタ様の作品を収めた美術館になります」
「この街の起源になった聖女ということか」
エルンの世界の風景や物を描いた作品を始め、この世界で目にしたあらゆるものが絵画に収められていた。
絵画という文化が世界に広がったのも、エルンがきっかけだったという。
「ぁ、エリシオン時計塔……」
展示された絵画の中に、緻密に描かれたエリシオン時計塔の風景画があった。
「聖都ザンクにて、か。先日の遠征の時に見たのか?」
「それはそうなんだけど、ザンクのエリシオン時計塔は、俺の母国エリシオール合衆国の首都エリシオンに建造されている時計塔を模して造られたものなんだ」
「なんと、それは是非ともこの絵画の説明に加えなければなりませんね」
張り切るカンデが館長の元へ向かうのを見送り、レスティオは館内の絵を見て回る。
中には、エルンと同時期にこの世界にいた聖女の姿絵もあった。
繊細なタッチに見惚れるが、保存状態の悪さが目に付く。
「レスティオ、そろそろ昼食にするぞ」
「んー、わかった」
ゆっくり眺めていたい気もしたが、団体行動は乱せない。
素直に従って美術館を出る。
「おい、待てよっ!」
「大人しく従えば、悪いようにはしねぇって」
不意にレスティオは不穏な声を聞いて足を止めた。
走る足音が三人分。距離があるのか、雑踏に紛れがちだが、音の出所を探す。
「待てっつってんだろっ!」
「ちっ、折角金になりそうだってのに、ちょこまかと」
足音の距離と進行方向を捉えて、街の地図を思い出す。
「レスティオ、どうした?」
「アルドラ。婦女暴行、あるいは、誘拐、人身売買は犯罪か?」
「合意の上でなければ犯罪だな」
「うん。じゃあ、生贄を確保してくる」
レスティオが駆けだすと、その速さに周囲は驚く。
慌ててセバンが追いかけて来るが、人波の中で風の魔術の制御に戸惑う。
「ちょ、待ってくださいっ!」
背中で聞こえるセバンの声を無視して、レスティオは路地に飛び込むと建物の壁を蹴って人々の頭上を駆けた。
逃げる人影と、迫る二人の男の姿を視界に捉えると、間に入るように地面に飛び降り、男たちの足を払って地面に転がす。
「ってぇ!なにしやがるっ!」
「てめぇ、殺されてぇのかっ!」
「やれると思うなら、おいで」
「なめやがってっ」
ナイフを手にして突っ込んでくる男を迎え撃とうと構えた瞬間、目の前に半透明に輝く壁が落ちてきて、男は顔面からぶつかり倒れた。
「レスティオ様っ!護衛も連れずに飛び出さないでくださいっ!」
「助かったよ、セバン。後は頼む」
セバンは魔力結晶を回収すると、男たちを瞬く間に沈めて拘束した。
ならず者は、レスティオの指導の元で護身術を学び始めたセバンの相手ではなかった。
「君、大丈夫?」
レスティオは逃げていた人物を振り返り、尋ねる。
ローブに身を包んだその人は見るからにボロボロだった。
漂う匂いから身を潜めて過ごしているのかと推察する。
何も言わずに再び駆けだしたその人に違和感を感じて、レスティオは追いかけて肩を掴んだ。
「待ってっ!君、」
「、……」
振り返った拍子にローブのフードがずれ、ぴょこんっと翼が現れた。
焦った様子でフードを抑え、翼を隠そうとする女性にレスティオは確信する。
「君、聖女?」
激しく首を横に振るがフードの下で存在を主張する翼は明らかにこの世界の人間にないものだ。
「俺は、エディンバラ大陸の聖オリヴィエール帝国の聖騎士、レスティオ・ホークマンだ。異世界から、救いを求められてこの世界に呼ばれた。君も同じじゃないのか?」
女性は驚いた表情で顔を上げると、パクパクと口を動かした。
声は出ていなかったが、はっきりと動いた唇に、レスティオは目を瞬かせる。
「勇者様?いや、まぁ、そういう言い方もするのかもしれないが」
女性の唇がまたパクパクと動く。
「凄いというか、君も同じじゃないのか?というか、声が出ないのか?」
大きく頷き返された。
そして、なんでわかるの、とまた驚かれる。
「レスティオ。その者がお前が助けた者か?」
「あぁ、そうなんだが、どうやら訳ありらしい」
「は?」
追いかけてきたロデリオは薄汚れた女性を前に表情を険しくして首を傾げた。
ラビ王国の使者として同行していた女性に助けた女性を全身洗ってもらい、綺麗になったところで再び対面する。
白い肌に濃紺の瞳と波打つ長い髪。そして、髪と同色の翼が耳の代わりに輪郭の左右に広がっていた。
「名前は、フィーリ・ユグレット?」
レスティオが確認すると、フィーリは感動したような笑顔で大きく頷いた。
とても愛らしい笑顔を前に、向き合っているレスティオは思わず表情が緩む。
「この世界に来たのはいつ?」
フィーリはこてんと首を傾げてわからないと意思表示する。
「どこの国から来たかわかる?」
大きく首が振られると、羽耳も揺れる。
質問を待つ間、ぱたぱたと揺れる耳もまた可愛いのだが、謎の聖女らしき女性の登場に皆困惑していた。
フィーリを追いかけていた男たちは、耳の翼を見て、聖女かその子孫に違いないと捕獲を試みただけで、どこから来た誰なのかはなにも知らなかった。
「この世界の生まれではないんだよな。出身は?……神聖ファータ帝国、かな……カンデ、心当たりは?」
「ないです。聖どころか、神聖と冠する国はこの世界にあるわけがありません。つまり、彼女は召喚された人ということで間違いないでしょう」
フィーリが召喚された者であることは誰も疑わない。
「しかし、お前はよく彼女が言いたいことが分かるな」
「読唇術な。諜報活動の基本だよ」
「そんなもの初めて聞いた」
ラビ王国の者たちが目を輝かせたのを無視して、レスティオは、フィーリに召喚されてからの出来事を尋ねる。
召喚された後、発話が出来なかったフィーリは、聖の魔術を詠唱することが出来ないことを理由に聖女にはなり得ないと早々に見切りをつけられた。
処分だと薄暗い部屋に閉じ込められたが、とある夫婦に救われて、厄災の終わりまで生き延びることができた。
しかし、ある日、夫が厄災の中で死に絶え、妻に生贄になるようにと通知が届けられた。
フィーリは最低限の荷物を持たされ、宛てもなく放浪の旅を始めることになった。
といっても、耳が目立つので、基本的には森の中を彷徨い、ひっそりと生きていた。
昨日、荒れた森が急激に回復していくのを目にして、感動のままに森を駆けまわり、久しぶりに街を見つけたので気の向くまま入り込んだところを男たちに追われたという。
「情報が無さすぎる」
「森で繋がっている国から来たことは間違いないだろう。どこが考えられる?」
「それでしたら、おそらく隣国のヒリング帝国かと。あの国は聖女召喚に失敗したと大陸会議で報告していました」
召喚された時の年齢から計算して、恐らく今は二十四歳。
それを聞いたフィーリは驚いた顔で自分の頬に両手を当てた。
ぱくぱくする口元を見て、レスティオは首を傾げた。
「なんだって?」
「フィーリの世界では、大人になったら、……あぁ、なるほど。そういうことか。いや、お前たちには早い話だった」
「どういう意味だ。何かわかったなら言え」
「そういえば、フィーリの世界には勇者という存在がいるんだっけ。詳しく聞いてもいいかな」
ロデリオを無視してフィーリに問いかけると、目を輝かせて頷いた。
フィーリの世界には、封印された魔王が存在する。
封印の力が弱まってくると異世界から勇者が召喚され、その者が仲間を集めて魔王復活を阻止することが何千年と繰り返されていた。
勇者はどんなときにも諦めず、自分の能力を磨き、一刻も早く世界に平和を齎すべく献身する。
フィーリも大人になったら、その勇者の仲間として魔王封印に貢献するのが夢だった。
だから、もし叶うならば、この世界で勇者のように頑張りたいのだと拳を握って語る。
「勇ましいな」
「だから、一人で納得するな」
レスティオは話を聞きながら書き出したメモを渡して、読ませる。
残念ながら詠唱できない以上、聖の魔術は扱えない。
しかし、本人にやる気は十分。
なにか出来ることを探してやりたい気もする。
「殿下、昼食の準備が出来ました」
「あぁ、今行く」
声を掛けられると、フィーリにパーカーのフードを被らせて全員で移動する。
フィーリの着替えはレスティオの服を貸していた。
細身の体格にはレスティオの服が一番合う。ズボンは裾を折り、パーカーのフードを被らせれば耳も問題なく隠せた。
「フィーリはこの世界の食事は問題ないのか?」
「?」
首を傾げたフィーリは、宿の料理を口にした途端、悲しげな表情で項垂れた。
夫婦の元で匿われている間の食事は、主にパンだった。
時折ミルクを渡されたので、浸しながら食べることもあった。旅を始めてからは、森で狩って食べていたので素材の味を楽しんでいた。そして、折角まともな食事と思いきや味が無かった。
あからさまにしょぼんとした様子がパーカーの下の耳に動きで分かって、レスティオは笑いを堪える。
軍の同僚であるダルディやシェスカがいたなら、このフィーリの耳の愛らしさを共有できるのにと、残念に思う。
「フィーリは料理の経験は?……なら、今度フィーリの世界の料理も食べてみたいな。この世界の料理を食べたくなければ、自分で作る以外にないから」
フィーリは衝撃を受けたように顔を上げて、大きく何度も頷いた。
「詠唱の出来ない野良聖女か。どうしたものかな」
「聖女案件なら、グラオベンの大聖堂で保護してもらうのが良いかと思いますよ」
「あぁ、詠唱できなくても大聖堂の魔法陣に魔力を注ぐくらいは出来るのかもな」
レスティオが言えば、それだ、とアルドラとカンデは食いついた。
グラオベンに早馬を飛ばしつつ、フィーリの言葉をレスティオ以外に理解できないので、暫く旅に同行させることになった。
保護する前提ならばと、レスティオはフィーリの語学教育を引き受けると申し出た。
フィーリもそれを喜び、グラオベンに到着するまでに筆談できるようになると意気込んで見せた。
ついに異世界から召喚された仲間を登場させられました。
あらゆる世界から召喚されるのだから、異世界感のある子は出したいとずっと思っていたのです。
タイトルは途中まで「聖女になれなかった少女」にしていたのですが、
ふと、召喚された時はさておき、今は少女という年齢じゃないことに気づいて直しました。




