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紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
ラビ王国編
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第93話 復興支援遠征(2)


 カナリアは、六人兄弟の長女として生まれた。

 他界した両親に代わり、弟妹の面倒を一人で担い、働きながら家計を支えていた。

 ある日、生活に不満を漏らす弟と口論をして、部屋に閉じこもったところで世界が歪んだ。


 最初は、清々すると新しい生活を受け入れようとした。

 だが、異世界での右も左もわからない生活への不安と、弟妹達を心配する気持ちで揺れていく。

 魔術も中々身に付かず、勉強も上手くいかず、期待外れとため息をつく講師に腹立たしく思うこともあった。

 帰りたいと願っても、世界を超える術などわからない。


 そんなネガティブな想いの羅列で一冊目の手記は終わっていた。


「面白いですか?カナリア様の手記は」

「アルドラ殿下は読んだことはないのですか?」

「存在自体知りませんでした」


 ラビ王国で聖女のフォロー役を任されていたのはエレオノールだった。

 アルドラは何度かお茶会や食事を共にしたが、友人というほど親しくもなかった。


「エレオノール殿下から聖騎士ならば通じることもあるだろうと好意でお借りしたものなので、気になるならば、エレオノール殿下にお声を掛けください」

「それは残念。しかし、閲覧制限をするような内容なのですね」

 

 勘ぐるような視線に苦笑した。


「女性の手記ですから。それに聖女プレアの手記もそうでしたが、最初の頃はまだ、異世界に召喚されたことに対する気持ちの整理がついていない記述が多く、お話しできることは何もありません」

「なるほど。時に、レスティオ様はまだこちらの世界にいらして半年ほどではありませんでしたか?」

「そうですね。私も心を決めるまでは少々時間を要しましたよ」


 レスティオは軽く笑うに留めた。

 周囲の視線はあえて無視する。


「むしろ、俺たちが聖女ではなく聖騎士としてレスティオを受け入れる方が時間を要していた気がする」

「まぁ、そうだろうな。我々も連絡を受けた時には衝撃を受けた。しかし、召喚されて一ヶ月で聖の魔術を扱えるようになった上に魔物討伐の最前線に立てるとなれば、羨ましいばかりだ」

「アルドラ。まもなく到着しますので、ご準備下さい」


 話に割り込むようにカンデに声を掛けられて、各々襟を正して気を引き締め直す。

 レスティオは手記を魔力結晶で覆ってアズルに渡した。

 ラビ王国の使者が興味深そうに視線を送ってくるのを無視して、レスティオはロデリオに続いて馬車を降りた。

 一足先に町長の元へ遣いが送り出されているので、聖の魔術を使うのは挨拶の後になる。


「この町の畑はこっちだ」

「アルドラ殿下が場所を把握しているのですか」

「復興の為に王族も必死なもので。現地調査を兼ねて何度か来ています」


 側近を連れて畑へと向かうと、枯れた貧相な作物と必死に畑の土を弄る農夫の姿が見えた。

 百メートルほど先には森が見えるが、枯れ木が広範囲に広がっており、酷い有り様だった。


「魔物に侵されるとこうも荒れ果ててしまうのか……」

「オリヴィエールはまだここまでではないか」

「これまで癒してきた土地はまだ枯れ始めくらいだった。先に言っておくが、聖の魔術に関して言うと範囲の制御が出来ない。消耗して倒れたらすまない」


 森の方を見なければまだ意識せずに済んだかもしれないが、広域に癒しが必要な状況を見てしまった今、西の森を癒した時のように倒れ込んでしまう可能性も否定できない。

 レスティオは、深呼吸をして目の前の惨状に向き合う。


「アルドラ王子殿下。お越しくださりまして有難う御座います」

「あぁ、急にすまない」


 町長が駆け寄ってきて、アルドラが挨拶を受ける。

 紹介に会釈だけ返して、畑の者たちに周知が済むのを待つ。

 やがて畑の方へと促されると、レスティオは深呼吸をして、荒れた地に手を翳した。


「我、聖なる力を行使する者なり。魔に冒されし大地と草木に癒しを与えさせ給え。イ・エルデグラス・ヴェール・ラルージュ」


 全身からずるりと魔力が抜けていく感覚に眩暈を感じながらも耐える。

 周囲からの歓声が聞こえてくると、視界が一瞬白んで、よろめきかけた。


「レスティオ様、大丈夫ですか」


 セバンに背中を支えられて、レスティオはふっと息を吐いた。

 流石に他国での遠征中に倒れたくはないと思いつつ、ゆっくり体勢を整える。


「すまない。もう少し支えていてくれ」

「無理はしないでください。シルヴァ」

「ぁ、はい」


 シルヴァにヴェールを被せられると、そのままセバンに抱き上げられて馬車へと戻る。

 寝台車両に運ばれてベッドに横たわると、少し眠気に襲われた。


「レスティオ様、顔色が良くないですね」

「そうか?どこまで癒せた?」

「森の方までしっかりと届いていましたよ」


 セバンの声が労わる様に優しかった。

 シルヴァにお茶の準備をするか聞かれたが、首を横に振り、仮眠を取る。


「レスティオ、昼食は食べられそうか?」

「ん、んー、もう少し休む。セバン達は先に済ませておいてくれ」

「わかった。移動中に食べられるように食事を用意しておく。今はゆっくり休め」


 瞼を開けずにロデリオに応え、起き上がる気力が回復する頃には、次の目的地に向けて移動が始まっていた。

 寝台車両の中で用意されていた昼食を済ませ、シルヴァに淹れてもらったお茶で一息つくと再び横たわる。


「まだつらいですか?」

「つらいというより疲れたというのが正しいかな。少し落ち着いてきたけど、次の場所を癒したら今日はもう意識を無くしてしまうかもしれない。その時はシルヴァ頼むよ」

「はい。身の回りの御世話はお任せください」


 車両の中にはレスティオの側近として同行している護衛騎士三人しかいない。

 皆心なしか気の抜けた様子に顔を見合わせて苦笑する。


「キルア。エドウェルと一緒はやりにくくないか?」

「いえ、私は兄の護衛騎士としての姿を見られて良かったと思っています。兄の方がやりにくそうですけど」

「だよな。ダンスのパートナーを誘う時なんて特に」


 他愛ない雑談をしながら過ごす。魔術で速度を出しているだけあり、日が傾く前に次の目的地へと到着した。

 レスティオは体を伸ばしてからヴェールを被ったまま外に出た。


「レスティオ、体調はどうだ?」

「昼食も食べたし、問題ない。ただ、魔力的に、この後の癒しの後は倒れるかもしれない。明日朝起きられなかったら適当に運んでくれたらいいから」

「お前な。聖騎士をそんな粗雑に扱えるわけないだろう」

「なるべく多くの場所を癒したいだろ。移動先で目を覚ますのを待ってくれたら、そっちの方がいい」


 ロデリオは深々とため息をついて、様子を窺っていたアルドラを手招いた。


「レスティオ様。ご回復されたようで何よりです。先程は、ラビ王国の地に聖なる祝福を賜り、心より感謝と御礼申し上げます」

「まだ一ヶ所目ですよ」

「カナリア様の御力を見ていた我々からすれば、レスティオ様の御力の方が遥かに大きく、レスティオ様の御力を得られたことを恐悦至極に思っております」


 アルドラに続き、カンデが先ほどの町の畑に作物が実り、土地の回復と収穫を皆喜んでいたと報告する。

 レスティオは報告を聞きながら、カナリアよりも力が大きいという評価に違和感を感じた。

 カナリアはレスティオよりずっと長くこの地にいたのだから、最終的な魔力は少なくとも今のレスティオよりは大きかったのではないかと想像する。


「引き続き、どうか我が国に御力添え願います」

「えぇ、勿論」


 話を終える頃には町長が出迎えに来ていた。

 先導されながら町の中を歩き、畑まで移動する。


「こらぁっ!待てぇっ!」


 不意に穏やかではない声が聞こえてきて、レスティオは果物を抱いて走ってくる子供を視界に捉えた。

 痩せて青白い顔をした少年のもとへと数歩駆けて、その体を両手で捕まえて抱き上げる。


「せ、聖騎士様っ!?」

「なっ、ぉ、御手を煩わせて申し訳ございません!」


 町長と追いかけてきた男が焦ったように声を上げる。

 側近たちも慌てた表情でレスティオから子供を取り上げようとする。

 

「レスティオ様、いけません、そんな汚れた子供っ、」

「こちらでお預かりします」


 レスティオは町の者や側近たちが寄ってくるのを避けて、果物を抱えた少年をみつめる。

 明らかに一日一食どころか数日なにも食べていない様子だ。

 この果物だけは死守しようと必死に見える。


「汚れているのは大人が面倒を見ないからだろ?この子の親は?小さな町だし、誰か把握してるだろ?」


 少年を抱えたままいうレスティオに町人たちの表情が曇る。

 アルドラに促され、町長が気まずそうに視線を泳がせる。


「聖騎士様、その子は孤児なのです。次の生贄の招集にて処分致しますので、御目汚しの無礼をどうか御許しください」

「処分……」


 少年はまだ果物を抱きしめている。


「レスティオ。その子供はラビ王国の民だ」


 ロデリオの言葉がとても冷酷な言葉に思えた。

 だが、レスティオは少年を手放せなかった。視線を動かせば、物陰に隠れて少年をじっと見つめる子供たちの姿があった。


「あの子たちも?」

「え?えぇ、そうなんです。厄災で帰ってこなかった者が多くて、お見苦しくて申し訳ないです。はい」


 町長が腰を低くして答える。

 深いため息をついて、ロデリオが咎めるように名前を呼んだ。


「こんな小さな果物を、分け合って食べようとするくらい、困窮しているのか」

「あれは孤児ですから。生贄には食べさせる必要はないので、どうかお気になさらず」

「けど、まだ生贄になってないからここにいるんだろう」

「孤児は生贄同然です。それよりも、我々に聖なる恵みをお与えください。貴方は聖騎士なんでしょう?」


 焦れたような声にレスティオは思わず少年を抱きしめた。


「レスティオ、同情はそれくらいにしておけ。俺たちは、ラビ王国の復興の助けをしにきたんだ。子供一人に手をかけている暇はない」

「その子供は売り物を盗んだ罪人でもあるから、駐在に声を掛けておかないとな」


 ロデリオの横でアルドラがやれやれという調子で言う。

 レスティオは懐から銀貨を取り出すと、少年を追いかけてきた男に投げ渡す。


「この果物、支払いはそれで足りるか?」

「え、えぇ。いや、しかし、聖騎士様から受け取るなんて出来ません」

「代金を支払えばこの子は罪人じゃないだろう。まだこの子は生きようと頑張っているんだから、それくらいさせてくれ」


 レスティオは膝を折って少年を地面におろした。


「頑張って生きて偉いな。その果物は食べていいから、最後まで諦めずに生きなさい」


 頭を撫でて、子供たちの方へと送り出す。

 一瞬、明るく輝いた瞳が見えて、レスティオは安堵した。

 同時に、胸に靄がかかるような違和感を感じた。

 子供を抱えている最中、聞こえてきた周囲の声。

 小さな囁きも聞こえてしまう耳を少し苦しく思った。


「悪い。行こうか」

「あぁ。皆、待たせてすまなかった。案内を頼む」

「はい。では、畑の方へ向かいましょう。皆、聖の魔術を心待ちにしておりますから」


 レスティオは、ヴェールの下で唇を噛み、促されるまま畑を癒した。

 周囲が平原の畑一帯を癒すのは、倒れるほどではなかった。

 視覚情報から癒すべき一帯を認知しているのかとも思ったが、作物の育ち具合を見ればこれまでで一番成果が出ていない。

 町人たちは喜ぶが、最初の癒しの効果を知っている者たちは拍子抜けした様子だった。

 

「レスティオ様、御身体は大丈夫ですか?」

「あぁ」

「それは良かったです」


 シルヴァが気を遣ってくれるが、申し訳なさで胸が締め付けられるように痛くなった。


「アルドラ殿下。申し訳ない」

「そんな、どうされたのですか。我々は、貴重な癒しを頂いて、感謝するばかりですよ」


 アルドラの声は硬く、内心戸惑っているように見えた。

 ここでなにも言わなければ、この町の人たちはこれが聖騎士の力だと受け入れるだけだろう。


「今日はお疲れになったでしょう。宿で休みましょう」






 レスティオは夕食と酒席による歓待を断って、布団に潜っていた。

 疲れている訳でも眠たいわけでもなく、ただ寝たふりで思考を巡らせる。


「レスティオ様のご容態は?」

「変わりなく、眠られています。遠征中に倒れる時は、いつ目覚めるかわかりませんので、今は回復を待つよりないかと」

「そうですか。ロデリオ様に伝えておきましょう」


 何度目かわからないロデリオの側近からの状況確認。

 心配半分、説教半分で焦れているのだろうなと思いつつ、レスティオは手に残る少年のぬくもりを思い出す。

 話し合う前にレスティオもこの世界の常識と自分の中の感情を整理する時間が必要だった。

 心の中で謝りつつ、どう話を進めようかと考える。

 





 暖かな日差しの下で、老婆が座っている椅子がゆらりと揺れていた。


「私はね、感謝しているんですよ」


 優しく笑うその人は、レスティオの祖母だ。

 家族に会う機会は中々得られなかったが、別荘地に屋敷を与えられた彼女の元には時折訪れることが出来た。


「私みたいな、身寄りのない人間を大事に扱ってくれた。見捨てず、乱暴することなく、愛してくれて、子や孫を産ませてくれた」

「当たり前のことではないですか」

「そうね。レドランドの人たちにとっては、とても当たり前のことなのよね。どんな人にでも手を差し伸べて、目線を合わせてくれる。独りでも、独りじゃないと言って抱きしめてくれる。何も持っていない人に生きる幸せを与えてくれる」


 レスティオの祖母は、祖父の正妻ではなく恋人の一人だった。妾ともいう。

 年若い頃に怪我を負っているところを発見され、地方の教会に保護された。

 保護された教会に身を寄せていた彼女を、外遊中のユホン・レドランドが見初めて、連れ出した。

 不自由ない暮らしと家族を与えられ、レドランド家を背負う必要もなく、日々をのんびりと過ごしている。

 だが、何故怪我を負っていたのか、過去の記憶は失われたまま今も戻っていない。

  

「ねぇ、レスティオ」

「なんでしょうか」

「どんな立場になっても、貴方が当たり前に思うその優しさを大事にして頂戴。貴方ならきっと、たくさんの人を救えるわ」

「勿論です。俺は御祖父様の後継者ですから」


 温かな笑顔で祖母は頭を撫でてくれた。

 数少ない血縁者とのふれあい。

 その時のぬくもりを知っていたからこそ、両親に夢を抱いていたんだよな、と今になって思う。


「ぁ、レスティオも着ていたんだね」

「こんにちは、レディ・レッド」

「あら、こんにちは。今日も鮮やかな赤だこと」

「えへへっ、日傘を新調したのです。早くヴィヴィアン様に見せたくて参りました」


 浮かれた笑顔で駆け寄ってくるレディ・レッド。


「えぇ、やっぱり、貴女には赤が良く似合うわ」


 笑い合う二人。

 そういえば、良く二人は一緒にいたな、と思い出す。

 



 

 

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