表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡ぎ合う世界の救世主  作者: 綿時 緋沙
プロローグ
1/249

序章


 世界トップクラスの科学技術を誇るエリシオール合衆国。

 中でも遺伝子工学分野は優位を極め、いつからか国内人口の七割は遺伝子操作=カスタマイズ=を施された者となっていた。カスタマイズによる人体の能力向上は目覚ましく、知能や身体能力のみならず、病気リスクの軽減や老化抑止力により国内の平均寿命も大幅に伸び続けている。






 首都エリシオンの高級住宅街に構えられた邸宅の前に一台のリムジンが停まった。事前に連絡を受けて立ち並ぶ使用人たちの中に幼い子供が一人。レスティオ・ホークマンは姿勢を正し、じっと中から出てくる人を待っていた。執事にドアを開けてもらい出てきたのは、邸宅の主であり、世界トップクラスの資産家であるユホン・レドランドだった。普通の人間ならば三、四十代程度の見た目だが、その実年齢は八十を超えている。


「お祖父様。おかえりなさい」

「あぁ、出迎え有難う。夕飯を取る時間しかないが一緒に食べるか?」

「是非ご一緒させてください。ご相談したいこともあるのです」

「ほぉ。では、今日は円卓の部屋で夕食としよう」


 ユホンの言葉に応え、使用人たちは一斉に動き出す。準備が整うまでの間、レスティオはユホンが暇を持て余さないようにホスト役を務める。この家の主人はユホン自身だが、レドランド家の後継として行なっている社交教育の一環だった。






 レドランド家は代々最も優秀な直系男児に家名と資産を相続してきた。しかし、性別を変えるカスタマイズは生殖機能への影響が解消されていないため回避した結果、ユホンの子は全て女児だった。このままでは後継ぎに困ると娘たちに性別のカスタマイズをさせて男児を産ませ、養子縁組する計画を立てた。そして生まれたのがレスティオであり、国内最高峰のカスタマイズを施し産み落とされた子の成長は同世代とは比べ物にならないほどだった。


「そういえば、相談事とはなんだ?」

「先日、学院の課題で両親について作文を書くように言われたのですが、父や母がどのような存在かわからないのでお祖父様のことを書いても良いのでしょうか?」

「そういえば、あれらのことについて説明していなかったか。お前の父は合衆国軍の軍人であり、母は遺伝子学者だ。お前には有望な将来を望んでいるが、仕事が忙しいこともあって、自らの元でなく祖父たる私の元で教育を受けさせているのだ。二人の功績や論文を後で渡すので読んでおくといい」

「わかりました。有難うございます」


 カスタマイズが活発化した際に早々に整えられた法令により、孤児等の理由が無い未成年の養子縁組は原則禁じられている。ユホンはその法令を親族関係を理由に掻い潜り、レスティオを両親から完全に引き離して教育していた。






 あらゆる分野の論文を次々と書き上げ、その存在感を世界に示しながら、レスティオが大学院を卒業したのは十八歳を迎えた春のこと。まだ未成年であり養子縁組こそ出来ないものの、レドランドの後継者として社交界でも顔を売っていた。成人するのはまだかと胸を躍らせているユホンにレスティオは軍学校のパンフレットを差し出した。


「経済界や科学界などあらゆる分野に精通すべく学んで参りましたが、戦術や兵器工学については未知の学問です。レドランドの出資先には軍関係施設も少なくないですし、入学を認めていただけないでしょうか」


 入試で合格するのは当然のこと。珍しく自分から学びたいと言い出したレスティオに、ユホンは軍学校の卒業までの四年間は養子縁組が出来なくなることを懸念したが、理由は納得の行くところであり、二年を無駄にするより良いかと許可した。パンフレットを開きもしなかったユホンはレスティオの父の姿がそこにあることには気付かなかった。






 軍学校は全寮制。それも帝国軍と共用であり、タイミング次第で現役軍人と相部屋になることもある。レスティオの最初の同居人は入隊五年目のパイロットだったが三ヶ月後に殉職した。二人部屋の一人利用が増えると不定期に行われる空室整理により、次に同室となったのは入隊十二年目の中堅整備士だった。軍で導入されている人型機械兵器ヴィルヘルムについて詳細に教えてもらったが、半年後に地方遠征に同行して殉職した。続いて同室になったのはいわゆるオタクで個人スペースに収まらない量の漫画やラノベ、ゲームがやってきた。初めて見るジャンルの物たちに興味を示したレスティオは自分のスペースを貸す代わりにそれらを貸してもらい、読破し、ゲームも全てクリアした。


「それだけ娯楽に時間をかけていてなんで試験を乗り切れるんだ?」

「え?ぁ、わからないところがあったなら勉強教えようか?」

「おう。出来れば俺の部屋の作品たちを例にわかりやすく」


 意趣返しのつもりだったがレスティオはなにも疑問に思わずキャラクターや場面を提示しながら授業の解説を始めた。それは他の寮生らの耳にも留まり、血筋も見た目も成績もお高く留まった優等生のイメージを塗り替えた。知らないものを次々と吸収しようとする貪欲さがある反面、同世代が経験している遊びや色恋を知らない純粋さと一度知ればいかに利に結びつけるか思考を巡らせる狡猾さもある。同室のオタクが入隊せずに卒業と同時に部屋を開けると今度は新入生が入ってきた。


「初めまして、クロード・ブレイクです」

「レスティオ・ホークマンです。よろしく」


 ノンカスタム主義の家系に育ったクロードは全て遺伝子操作で整えられていることを知ると表情を歪めたが同時に闘争心を抱いた。ノンカスタムながら首席入学を果たした数百年に一人の秀才とフルカスタムで万年首席の逸材の組み合わせを寮生たちは面白がった。


「クロードってパイロット専攻なんだ」

「まぁ、ノンカスタムじゃ中々採用されないんで他の科目も受けますけどね。レスティオは専攻関係なく全科目受けられるだけ受けてますけどどこを目指してるんです?」

「聞くだけ無駄だって。レスティオは天下のレドランドの後継者だぞ」

「そうそう、どうせ入隊しないんだろ?」


 談話室での時間は先輩後輩関係なく気さくに過ごすのがルールだった。レドランドがどれほどの資産家で権力者か知っていてもここでは誰も遠慮しない。


「どこまでモラトリアムを貰えるかわからないけど、折角だし数年は軍属も経験しようと思ってるよ」

「ぇ、そうなの?」

「うわー、パイロット枠一つ埋まっちゃったじゃん」

「まぁ、ホークマン隊もこの前第三騎兵隊に昇格したしな。息子としちゃ父親の背中が気になるか」


 ホークマン隊と言われてレスティオは少しだけ表情を硬くした。父ロドルフット・ホークマンはエースパイロットとして功績を重ね、十六部隊存在する騎兵隊の内、序列三位である第三騎兵隊の隊長にまで上り詰めた。軍の広報誌で幾度もインタビュー記事が掲載され、軍内外にファンが多く存在する。


「うん。父さんは嫌がるかもしれないけど」

「いや、誇らしいだろ。お前なら前線部隊に配属されるのは確実だろうしな」

「だったらいいんだけどね」


 確実、と誰もが思っていたが結果は違った。

 十六部隊のうち、二桁となる第十騎兵隊以下は後方支援部隊、一桁は前線部隊として扱われる。レスティオは軍属経験を得るなら前線である必要はないとユホンからの圧力もあり第十六騎兵隊であるオズヴァルド隊に配属された。属する誰もが軍関係の繋がりがある名家の人間で軍との縁繋ぎという理由だけで在籍していた。それだけであれば、レスティオも許容するところであった。


「俺はレドランドの子息なんて知らん」


 軍本部でのすれ違いざま。ロドルフットは実の息子でありながら初対面であるレスティオにそう告げた。自分の子ではなくレドランドの子と告げられたその時、家族との対面を期待していたレスティオに火がついた。そのきっかけは最近寮生に貸してもらった本に生き別れた家族を探す物語があった、ただそれだけのこと。その物語の主人公は、会えない日々が続いても、忘れられていようと、家族の存在を諦めはしなかったのだ。教育を施す者ではなく無償の愛と途絶えることない絆を持つ家族という存在を自分もいつか手に入れられると思っていた。


「オズヴァルド隊長、今度の任務ですが後方支援の戦術案です。目を通していただけませんか」

「お、おぉ?いやはや熱心だなぁ」

「後方支援、という言葉の意味は多岐に渡ります。第十六部隊の役割に反する事はないはずです」


 渋々差し出された書類に目を通すジークエンス・オズヴァルドをじっと見つめる。どうでも良さそうだった顔つきが険しくなり真剣に思案し始める。彼とてレスティオほどでないにしろ相当なカスタムを受けてここにいる。家名故に子息子女のお目付役に選ばれただけで隊長になる前はロドルフットと同様に第一騎兵隊に属していたほどだ。


「騎兵隊に属していたとはいえ第十六部隊に留まっていたなんて、レドランドの後継者として恥ずかしくて社交界の話題にも出来ません。一度くらい第一騎兵隊に名を連ねるくらいでなければ軍属の経歴はただの汚点にしかならないとユホン・レドランド氏も納得の上です」

「汚点ねぇ……しかしまぁ、レドランド氏がそう言ってるなら叶えるように動かないと、色々と面倒くさそうだなぁ、なぁ?」


 ジークエンスに話を振られて隊員たちが悪い笑みを浮かべて顔を上げた。誰も好き好んで序列最下位に甘んじているわけじゃない。








 そうしてオズヴァルド隊が決起して二年。瞬く間に功績を挙げ、第三騎兵隊にまで上り詰めた。元々第三騎兵隊にいたホークマン隊も第一騎兵隊に昇進し、他の追随を許さぬ勢いで功績を挙げている。


「ったく、地方での演習ってだけでも萎えてたのにテロリストとはねぇ」

「地方すぎて整備士も足りないから暫く待機ってないよねー」


 基地内に警報が鳴り響く中、気だるそうに体を伸ばす同僚を横目にレスティオはガラス越しに格納庫を眺めながら愛機の準備が整うのを待っていた。本当ならば、今頃は昼食を終えて軍事演習の準備を行っているはずだった。任務ばかりで演習に暫く参加していなかった第一騎兵隊と第三騎兵隊が参加することになっており、レスティオは密かにロドルフットと会うのを楽しみにしていた。

しかし、到着して間も無く基地内に警報が鳴り始めた。長距離輸送後の機体整備は序列順で行われており、第一騎兵隊は既に出撃したが、第三騎兵隊はまだ終わりそうにない。


「こうしている間に先行してる在留部隊とホークマン隊だけで事が済んでいればいいですけど」


 モニターで外の様子を見つめていたクロード・ブレイクの表情は少しだけ固い。


「えぇ、それじゃ待ち損じゃん。クロードはもっと経験積みたいでしょ?」

「それはそうですけど。効率的に事が済むのに越したことはないと思います」


 逃げ腰なわけではない。そう主張するように姿勢を正すものの、表情の硬さは緩和出来ない。


「隊長、森林エリアでの戦闘になることも考慮して白兵装備も用意しますか」

「この基地に予備の銃器はないぞ。隣は一応友好国だからな」


 友好国に隣接する基地に大量の武器を置いておくと余計な刺激を与えかねない。隣国が友好国となったのはつい数年前のことで、それ以前は長いこと戦争が続いていた。現在の力関係はエリシオール合衆国が優勢だが、無用な争いはしないというのが国の方針だ。


「じゃあ、ナイフくらいは装備しときますか」

「それぐらいの予備はあるかな」


 基地の兵にナイフを収めた腰帯を用意してもらい、それぞれ軍服の上に装着する。防具の類は身につけていないが、軍服のベストは超軽量薄型の防弾仕様で、その上に羽織るジャケットは耐衝撃加工の特注品。エリシオール合衆国が世界に誇る最新技術をふんだんに盛り込まれた軍服は軽装に見えて隙がない。


『オズヴァルド隊全機準備完了しましたっ!搭乗願います』


 格納庫からの通信にジークエンスは部下達に格納庫へ出るように促した。


「クロード。機体に乗ったらステータス確認抜かるなよ」

「え?」

「地方の整備士が本部の整備士と同レベルなわけないだろ」

「ぁ、なるほど。承知しました」


 それぞれの機体へと乗り込み、管制室からのオペレーションを待つ。


『オズヴァルド隊各機、射出位置への移動を開始してください』

『承知。オズヴァルド隊全機、射出位置へ移動を開始する。行くぞっ!』


 システムの起動を確認したところで入ってきた通信に各機から威勢のいい声が返る。レスティオも呼応し、操縦桿を握って機体を歩かせ始めた。射出位置と言われるレールの上へ移動が完了すれば格納庫から基地の外へと高速で運搬される。呼吸が苦しくなるくらいのGに耐えながら戦闘が行われている一帯のマップをモニターに表示する。地上へ出ると訓練のために放置されている荒野に出た。機体の脚部に付けられたローラーとブースターで前線へと向けて滑走する。


「ぁ、っとと、」

『どうした、レスティオ』

「右脚部のバランサーが狂ってます……歩行姿勢に移行するのが厳しそうなので、滑走形態のまま、後方からの援護射撃で対応してよいでしょうか?」

『後退しなくて大丈夫か?』

『父親の前だし頑張りたいよなぁ、わかるわかる』

「そんなじゃない。ホークマン隊が苦戦してるなら援護射撃のひとつふたつあっていいかと」


 茶化してくる声にむっとしつつ、マップを見てどの地点がいいか探る。


「G5地点でホークマン隊が手薄にしてる左翼をフォローするというのでいかがでしょう」

『そうだなぁ。クロード、レスティオの右についてサポートに入れ。近接戦闘より射撃の方が得意だし丁度いいだろ』

『承知しました』


 ポイントに着くとライフルを取り出し、狙撃モードに機体とコンソールを移行する。同時にプライベート通信を起動して、クロードに繋いだ。


「付き合わせて悪いな」

『いえ。射撃はカスタムとの差が出にくいんで、俺としても気が楽です』


 戦況を確認しながら、確実に敵機を減らし、追い込み、友軍機を援護する。弾もタダではないし、前線で戦う仲間に当てるわけにもいかない。だからこそ、前方の複数の機体の動作を先読みして確実に仕留める。不意に爆音が響いて右翼側を振り返る。


『奇襲だっ!ケニーがやられたっ!』

『どこからだ!?こっちのセンサには反応はないぞ!』


 ホークマン隊の隊員の音声が聞こえてきて、レスティオは周囲にカメラを向けた。


『センサが反応しない爆撃……エリシオールの技術でも検知できないってどういう、』


 森の木々に隠れて迷彩のローブをまとった人影が見えた。爆薬を手にした手をこちらへと向けている。銃器や射出台は見られないが嫌な予感がした。


「クロードッ!退避っ!」

『え?ぁ、はいっ!ってアンタのきた、』


 引き金を引いて叫んだ瞬間、突然コックピット内のディスプレイをアラートが埋め尽くした。高速で向かってくる爆薬。人の手から放たれた物体の超高速の原理がわからず頭が真っ白になり極度の緊張で心臓が高鳴る。機体を動かそうにもバランスを保てずその場に崩れ、緊急退避用のボタンを押してもアラートが出るだけ。最期に、クロードの退避は間に合ったか、とマップに目をやると同時に視界は白く染まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ