【本編】
サクッと読める短編を書こうとしたら思ったより長くなってしまいました……。
私の好きなものをぎゅっと詰め込んだ作品です。
お読み頂けたら嬉しいです!
シャンデリアが煌めく、とある学園の卒業パーティー会場の中央。数人の男女が一人の令嬢に向かって、何やら物騒なことをいい始めた。
「ミリア=ファシー、私は貴様との婚約を破棄する!」
そう高らかに宣言したのはエステル国の第一王子で皇太子の、アレンドール=エステル殿下だ。
「そして、ここに居るハナ=ラリエ男爵令嬢と新たに婚約する!!」
物騒な話を持ちかけられた令嬢――ミリア=ファシー公爵令嬢――は、目を見開き、
「はい……?」
と、気付けば口走っていた。
そして、パーティーの参加者である生徒たちがざわめき出す。だが、そんなミリアの声と群衆のざわめきには気付かずにアレンドールは話を続ける。
「貴様!私の愛しいハナをいじめたそうだな!私の愛がハナに向いているのを知って嫉妬したんだろう!!この悪女め、貴様など国外追放にしてやるわ!!」
またもやミリアは、「はい……?」と言いそうになったがアレンドールに続いてまた別の人物が話し出す。
「アレン、ダメだ、そんな甘い処置は!この悪女は十字架に張り付けて処刑し、国民に見せつけるのが良い!!」
騎士団長令息のバルト=オランジが、アレンドールに告げる。
「いやいや、この悪女は牢獄で獄中死させるのがよろしいでしょう!」
魔術師団長令息のポムル=デビッドが、重ねてアレンドールに告げる。
アレンドール、バルト、ポムルの三人――所謂殿下とその取り巻き軍団――が話し終わったところで、待ってましたとばかりにハナが語りだす。
「うっ……、ミリア様、ひどいですぅ。いくらアレン様が私を愛してるからって……私をいじめるなんてっ……ひっく」
この時すでにミリアは、目が開き、口も開いてしまっていた。
群衆がしーんと静まりかえる。
慌ててミリアは持っていた扇で口許を隠し、まばたきをして、目を通常の状態に戻した。次はミリアが話さなければならないようだ。
「えぇっと。皆様、仰りたいことはそれだけでして?」
ミリアは、とりあえず聞いてみただけなのだが、それがアレンドール達の怒りを買ったらしい。
「貴様!それだけとはなんだ!!ハナをいじめたことがそれだけと言うのか!?」
「お前、調子に乗りやがって!」
「こんな悪女にはいじめが悪いという常識は無いのですよ」
この時、ミリアは呆れを通り越して悟った。『この人達は、人の話も聞けない脳内お花畑の自己中たちだ』と。
「いえ、そのようなことは申しておりません。だだ、誤解があるようなので、訂正させて頂こうと思いまして」
「誤解?訂正?そんなものあるわけないだろう!貴様がハナをいじめた、それが事実だ!」
「はぁ……事実ですか。貴殿方はそこまでして私が彼女をいじめたと仰りたいのですね。私は彼女とは初対面なのですが。……では、私が彼女をいじめた証拠は?」
彼らの相手をするのにも疲れてきたが、ここは流れに乗って主導権を握らなければならない。でなければミリアの話など聞いてもらえない。
「は?証拠だと?ハナが貴様にいじめられたと言っている、それが何よりの証拠だ!!」
「そうだ!」「その通りです!」
しーんとしていた群衆がさらに静まりかえる。誰一人として動けずに自国のお花畑王子たちと、ミリアを見ている。
「そんなものの何が証拠なんでしょう?男爵令嬢ただ一人の証言が信用に値するのですか?」
「何だと……?」
常識的に考えて、他に証人がいるならまだしも、男爵令嬢一人の発言が、公爵令嬢の発言にはかなわないことくらい分かるだろうに。現にお花畑王子が何も言い返せないことが何よりの証拠だ。
「むやみやたらにお怒りになる前に、まずは私の話を聞いてくださいますね?」
「おい、貴様何を勝手に――」
半ば強制的に証拠云々の話を終わらせると、ミリアは語りだした。
「殿下はとんでもない誤解をされている様なので、訂正させていただきますが、私は殿下のことを愛してなどおりません」
「は……?何を言って――」
「そもそも殿下と私は婚約などしていないのですから」
「貴様、嘘をつけ!」
「お前、王族に嘘を吐くなど……!不敬罪だ!」
「この悪女め!自分の家族がどうなるかなど考えていないのですか?とんだお花畑頭ですね」
「ミリア様、どうかご自身の家族のことを考えてあげてくださいっ……!」
「嗚呼、ハナ。君はなんて優しいんだ!こんなやつのことまで考えて……」
「ハナは女神のようだな……」
「えぇ。どこかの悪女と違って」
「みんなっ……」
お決まりのようなやり取りを見て、ミリアは『お花畑頭は貴方たちでしょう?』と言いたくなったがぐっとこらえて、反論をする。
「殿下と私が婚約していないのは事実です。私の名にかけて誓いますわ。私、ミリア=ファシー……、いえ……、」
ミリアは目を閉じて、深呼吸をした。これを言ってしまえばもう元には戻れない。
――でも、
言わなければ――。
ミリアは目を開き、
「ミリア=エステルの名に懸けて誓います」
――「え……。」
どこからともなくそんな声がして、群衆がざわめきだす。
「ミリア=エステル……だと!?貴様、なんて嘘をつくんだ!今まではハナに免じて許してやってきたが、王族を侮辱しやがって……、貴様など処刑にかけてやる!」
「おい、こいつを連れていけ!」
「皆様、ご安心を!この悪女は処刑されます!」
アレンドールたちがミリアの腕を掴む。
「っ……、痛っ!」
ミリアとて、本当かどうか調べもせずにいきなり暴力を振るわれるなんて思っていなかった。貴族社会に於いて、『名を懸ける』というのは『命を懸ける』ことと同義である。命が懸かっているのに確認もせずに処刑などもってのほかだ。
――バァン――!
その時、パーティー会場の扉が勢いよく開かれた。
「ミリア!!」
「お兄……様、どうしてここにっ……!?」
扉を開けて入ってきたのは、ミリアの兄の、カラン=ファシーである。カランは、捕えられているミリアを見ると、パーティ会場の中央まで来て、すぐにアレンドール達に問うた。
「失礼ですが殿下、一体何があったのでしょう」
「あぁ、これが王族を侮辱したのでな、今から処刑にかけるところだ!カラン、お前も巻き込まれたくなければこれを庇うでない!」
「そうだよカラン、お前は何もしていないんだ!殿下は親戚であるお前のことは許してくれるだろう」
「そうですよ。殿下はお優しいのですから」
「アレン様、カラン様を許してあげて!」
「あぁ、優しいハナ!もちろんさ、君がそう言うなら!!」
また、お決まりのやり取りが始まったが、ミリアはとらえられているため動けず、どうすることも出来ない。
ミリアがカランの方を見ると、カランは頷いて――
「では、本当のことをお伝えになられたのですね」
「ん……?なんのことだ?」
お花畑王子が意味がわからないというように首をかしげる。カランが臣下の礼をとり、ミリアの名を呼ぶ。
「ミリア=エステル王女殿下」
「お兄様……」
そう告げると、カランは立ち上がってミリアを捕らえる3人の手を引き剥がし、自分の背に庇った。
「ま、まさか……」「本当に……?」
いよいよ群衆のどよめきが会場一体に広がる。カランの行動に、お花畑王子たちは唖然とし、そして怒りを露にした。
「っ……貴様まで王族を侮辱する気か!!許してやろうと思っていたのに!」
「お前っ!友人だと思っていたのに!」
「カラン、貴方には失望しました。私は貴方を軽蔑します」
「カラン様、どうしたんですか!まさか……ミリア様に脅されたの!?きっとそうよ!」
「……貴殿方は、どれだけこの国の恥さらしをするおつもりですか。仮にも王太子、仮にもこの国の重鎮の令息でしょう」
カランがそう告げると、アレンドール達は怒りに任せてミリア達に襲いかかってきた。
「貴様ら……、兄弟揃って王族を侮辱したこと後悔させてやる!一族郎党処刑だ!!」
「お前たちこそこの国の恥さらしだ!」
「残念でしたね、カラン。この悪女の味方をするなどという過ちをおかすとは」
「……残念なのはお前たちだ」
――突如、会場の入り口から男性の荘厳な声が聞こえた。
「アレンドール=エステル、バルト=オランジ、ポムル=デビッド」
「なっ……」
「父上……!?」
「「陛下……!?」」
少し遅れて王妃様も現れる。二人の登場に、その場にいた全員が驚く。
「まさか、王家主催の卒業パーティーでこのような失態をおかすなど……」
「えぇ。まさかミリアにこんな仕打ちを……!」
「父上!母上!これには正当な理由が……!」
「そうです!ミリア=ファシーはハナをいじめて、しかも不敬罪まで働いたのです!」
「この悪女めは、自分が王族などという嘘を吐いたのですよ」
お花畑王子たちが発言を繰り返す内に、だんだん二人の顔が厳しくなっていく。
「アレンドール=エステル。お前はミリア=ファシー公爵令嬢がそこの男爵令嬢をいじめた等と言ったが?」
「はい、そうです父上!これがハナをいじめたのです!しかも、王族の前で『エステル』の姓を名乗るなど……!!」
「不敬だ、とでも言いたいのかしら」
「えぇ、そうです母上!お分かり頂けますか」
「はぁ……。」
王妃様が遠い目をしてため息をついた。
「お前……正気なのか」
「えぇ。私はずっと正気です!」
「ではお前はミリアが罪を犯した、と『名に懸けて』誓えるのか」
陛下のその言葉に、その場にいた皆に緊張が走った。勘のいい生徒たちは既に顔が真っ青になって震えている。
――だが、
「はい。勿論です!」
陛下からの最終通告であろう質問に、アレンドールはあっけらかんと答えた。
――どのくらい時間がたっただろうか。それは、一瞬のようにも、たいへん長い時間のようにも感じられた。その間その場にいたほとんどの生徒はただじっと、陛下の次の言葉を待っていた。
「……皆、愚息が騒がせてすまなかった。今日は皆に伝えたいことがあって来たのだ。公式には後日発表する予定だったことだから、内密にお願いしたい」
「父上。何のことですか?私は何も聞いておりませんよ」
明らかに大事な話――自身の進退にも関わる話――であるのに、空気が読めないのかはたまた本当に気付いていないのか……。お花畑王子が陛下の話の腰を折る。
「お前は黙っておれ!それにお前にも伝えているはずだが?、……大事な話をしておるのだ。黙ることくらいお前にもできるだろう」
「……」
陛下に衆人環視の中で怒鳴られ、アレンドールはようやく黙った。
「えー、ゴホン。今日は皆に紹介したい人がいる。ミリア、こちらに来なさい」
「はい。陛下」
悪女だと思っていたミリアが陛下に呼ばれ、お花畑王子たちは鬼の形相でミリアの方を睨む。しかし、ミリアは全く意に介さず、堂々とした足取りで陛下の方へ歩いていく。
「もう気付いている者も多いだろうが、ここにいるミリアはミリア=ファシーではなくミリア=エステル。エステル国の第一王女である」
ミリアは頷き、皆に向かって淑女の礼をした。
陛下の決定的な発言に、生徒達は様々な反応を示した。頷き納得する者、真っ青になって焦りだす者。どちらにせよ誰しもが、驚きを隠せなかったことは明白だった。
そんな空気の中、唯一口を開くことができたのは、
「父上!冗談も大概にして頂きたい!」
空気の読めないお花畑王子だけだった。
「お前……自分が何を言っているのか分かっているのか」
地の底から出されたような陛下の声に、アレンドールは一瞬怯んだがすぐにいつもの調子に戻って、
「えぇ、分かっていますとも!父上がそこにいる罪人のミリアを庇うそぶりを見せたと思ったら、さらに私の妹だなんて冗談を言うなんて!!そこの女に誑かされたに違いありません!」
「もうよい。お前の話など聞きたくないと言っておる。私、エステル国国王、アレキサンダー=エステルの名に懸けて誓おう。ミリアは間違いなく私の娘だ」
「同じくエステル国王妃、ソフィア=エステルの名に懸けて誓いますわ。ミリアは私の娘です」
陛下だけでなく王妃様まで『名に懸けて』誓ったことで、ミリアが王女であることは紛れもない事実となった。もっともそれを疑っていたのは一部の人間のみだったが。
アレンドールたちはやっと事の次第が分かったのか、真っ青な顔になったが、それでもあきらめきれないのかこんなことを言った。
「父上と母上はその罪人に誑かされているのです!」
「黙れと何度言ったら分かる!お前は先程ミリアが罪人だと『名に懸けて』誓ったな、そして私と王妃はミリアが私の娘だと『名に懸けて』誓った。貴族社会で『名に懸ける』とは『命を懸ける』と同義。ならばここで反抗してどうなるかはお前にも分かるな?」
「……ですが!」
「それ以上言うなら、王族を侮辱した罪に問われることになるぞ。お前がミリアに言ったようにな。親としての温情はここまでだ。せいぜい部屋で頭を冷やすんだな」
「っ……くっ……!」
そう言って陛下が片手を上げるとすぐに近衛騎士達がやって来て、アレンドールを連行しようとした。
しかしアレンドールはまだあきらめきれないのか、
「っ……離せ!離せ!!」
そう言って、近衛騎士の腕を逃れ、ミリア達の方へ向かって突進してきた。魔法を発動させるための呪文を唱えながら。
「おのれ……火球!!」
突然のことに周りの近衛騎士達は反応が遅れ、アレンドールを止められなかった。
「「ミリア!」」「「「「「ミリア様!!」」」」」
陛下と王妃殿下、周りにいた人々が叫んだ。
もう間に合わないかと思ったその時、
「絶対防御!!」
ミリアが魔法を発動させ、アレンドールの攻撃を防御した。その魔法は王家に伝わる伝説の魔法で、王族にしか使えないものだ。
このミリアの魔法を目の当たりにしたアレンドールは、
「そんな……まさか……!」
と呟いて床にくずおれた。
その瞬間場を支配していた緊張の糸が切れ、すぐさま陛下が命令した。
「お前達、早くこの愚息を捕えろ!!」
陛下の命令にはっとした近衛騎士達は動けなくなったアレンドールをがっしりと捕まえ、連行していった。
アレンドールが去った後、陛下は話を続けた。
「皆……、この度はうちの愚息が目出度いはずの卒業パーティーを台無しにしてすまなかった。アレンドールの沙汰は追って伝える。よって重ね重ねになるが今日この場で起こったことはどうか内密に願いたい。……そして私の愚息は勿論のこと、他の者にも処罰は必須だ」
「えぇ、そうですわね。これだけ騒ぎにしたんですもの、当然ですわ」
王妃様が当然といったように頷く。
「バルト=オランジ、ポムル=デビッド、そしてハナ=ラリエだったか?」
アレンドールが連行されたことで茫然自失としていた彼らは、陛下に名前を呼ばれたことによりさらにその顔が青白くなった。
「お前たちは王家主催の卒業パーティーを台無しにし、わが娘であるミリアに暴挙を働いた。また、側近候補として王太子であるアレンドールを諫めず、むしろ焚き付けた。この罪は重い。分かるな?」
流石にまずいと思ったのかバルトとポムル二人は神妙に頷いたがハナは納得出来ないといった様子で陛下に歯向かった。
「でも……!アレン様はミリア様に苦しめられてきたのです!それを私が癒してあげたの!だから私こそアレン様のお嫁さんに相応しいわ!!」
みるみるうちに陛下の顔は険しくなり、ハナに最終通告ともとれる言葉を投げかけた。
「何度も言ったが、ミリアがアレンドールを苦しめることはないし、お前がアレンドールと結婚することもない。それ以上言うなら男爵家にもさらなる影響がかかるぞ」
対してハナは、あっけらかんとこう述べた。
「だって、お父さんが言ったんだもの。アレンドール様を癒してお嫁さんになりなさいって。そうすれば男爵家は王家みたいになれるって」
ハナの発言――男爵家が王家に反旗を翻しているともとれる発言――にその場にいた皆が固まった。
これにも陛下は素早く、
「お前たち、王家に反乱の意志のあるこの娘を捕えよ!そして男爵もすぐに捕えよ!」
近衛騎士達に命令し、ハナは会場から退場していった。陛下の口ぶりからして既に男爵家に遣いを出していたのだろう。
さて、残ったバルトとポムルの二人に陛下は念を押すように伝えた。
「お前達の家にはもう連絡がいっていることだろう。お前達の処遇は私とお前達の家とで話し合う。家族が到着し次第会談を行うため、それまで待っていろ」
そうして、バルトとポムルの二人も近衛騎士達に連れられ、会場を後にした。
パーティー会場に残ったのは、ミリアとカラン、陛下と王妃殿下、そして何も関係のない生徒達のみである。しばらく沈黙が続いた後、陛下が発したのは今日何度目か分からない謝罪の言葉だった。
「卒業パーティーという目出度い席で、愚息たちがしでかしたこと、申し訳ない」
陛下の言葉に我に返った生徒たちは慌てて臣下の礼をとった。
「私たちは、愚息とその側近たちの処遇について話し合い、できる限り早く決定する。元々このパーティーは愚息が仕切っていたため、仕切る者がいない。そこで、だ。ミリア、いやミリア=ファシー公爵令嬢、カラン=ファシー公爵令息。愚息に変わってパーティーの仕切り直しを頼めるか?」
陛下からの依頼を受けたミリアとカランはすぐに臣下の礼をとり、
「「かしこまりました」」
と答えた。
そして、陛下と王妃様が去っていった後、若干気まずい空気が流れたものの、ミリアとカランが仕切り直したため、卒業パーティーは恙なく終了した。
パーティーが再開されてすぐにミリアの友人たちがミリアのもとにやって来た。
「ミリア様、仲裁に入れず申し訳ありません」
「お助けできず申し訳ありません」
「あの男爵令嬢に懸想している殿下が何をするのか少し考えればわかるはずでしたのに……」
「えぇ。あの時お側にいれず……」
そんな風に謝罪の言葉を繰り返す友人たちにミリアはこう返した。
「いいえ、大丈夫。貴女たちは何も悪くありませんわ。まさか卒業パーティーであのようなことをするなど誰にも予想のできないこと。まして相手が殿下ともなれば、貴女たちが酷い目に遭う可能性だってあった。貴女たちが心配してくれているだけで十分ですわ」
「「「「ミリア様……」」」」
そんなミリアたちの様子をカランは微笑ましそうに眺めていた。
******
お花畑王子たちの処遇はその日のうちに決定した。
その翌日。王城の大広間には卒業パーティーに参加していた学園の生徒とその家族だけでなく国中の貴族が集められていた。
元より、今日は国中の貴族たちに召集がかけられていたからだ。
「皆の者、面を上げよ。私から大事な話がある」
厳かな雰囲気の中陛下がそう切り出した。
「本当は全ての者に今日周知するはずだったのだが、少しトラブルがあったのだ。一部の者は二度目になるが聞いてくれ。ミリア=ファシー公爵令嬢」
「はい」
陛下に呼ばれたミリアは返事をして陛下の側へ行き、陛下と王妃様の間に立つ。すると陛下がミリアの背中にポンと手を当て
「ここにいるミリア=ファシー公爵令嬢は私と王妃の子である。今ここで、エステル国国王、アレキサンダー=エステルの名において、ミリア=エステルを王女と宣言する!」
「同じく、エステル国王妃、ソフィア=エステルの名においてミリア=エステルを王女と宣言いたします」
突然の陛下と王妃様の宣言に、昨日の場に居合わせていないほとんどの貴族たちが驚き、呆然とした。
「突然のことで驚いたであろう。だが、これには事情があるのだ。ミリア、説明を」
「はい、陛下。
――皆様は王家に伝わる呪いというものをご存知ですか?」
そう言ってミリアが語り始めたのは貴族なら誰もが聞いたことがある物語の一説で。
「――古代の預言者は初代の王、アレキサンドロス=エステルにこう言いました。『百代目の王の娘は呪われる。この国を建国するために払われた多くの犠牲の代償によって』」
誰もが静かにミリアの話に耳を傾けていた。
「そう、百代目の王がアレキサンダー=エステル陛下であられるのです。実際、母である王妃様は懐妊が分かった際に予知夢を見たそうなのです。王女が呪いに巻き込まれていく。」
王妃――ソフィア=エステル様――も預言者であるのだ。
「そして同時にこのようなお告げも聞いたのです。『汝の娘を側に置くこと勿れ。さすれば汝の娘、十五となりし時、呪いが解ける(娘を側に置くな。そうすれば十五の時に呪いが解ける)』。このお告げにより、生まれてすぐ私はファシー公爵家の養女となりました。そして十五になった今年、学園の卒業をもって私は王女となって王家に戻ることが決まっていたのですが……」
「ミリア、説明ご苦労であった。ここからは私が語らせてもらう」
そして陛下は昨日の出来事を包み隠さず貴族たちに伝えた。次々に衝撃の事実が伝えられていくため、皆驚きっぱなしだった。
「して、彼らの処遇であるが……、まず、アレンドール=エステルは廃嫡とし、アーレイ公爵家の養子となる」
アーレイ公爵家は王妃様とファシー公爵夫人の生家であり、王妃様が王家に嫁いだ際に、辺境伯から公爵に昇格した。つまり、アーレイ公爵家は公爵家にして生粋の筋肉一家なのである。辺境にある領地を守るには頭脳よりも物理攻撃が重要だ。今後、アレンドールはそんな筋肉一家の下で日々しごかれることだろう。平民に落とされなかっただけ、かなり優しい処遇だと思われる。
「次に、バルト=オランジとポムル=デビッドだが、同じく廃嫡となり実家の領地で謹慎となる」
バルトの父は騎士団長、ポムルの父も魔導士団長という肩書を持っており、国の重鎮である。廃嫡するのは当然の処置と言えよう。彼らが社交界に戻ることができるかどうかは……神のみぞ知るといったところか。
「次に、……ハナ=ラリエ及びラリエ男爵家だが、ハナ=ラリエは王太子を誑かした罪により、修道院で一生を過ごすことになる。ラリエ男爵家はハナ=ラリエに王太子を籠絡させようとした王家への反逆罪として取り潰し、ラリエ男爵は処刑となる」
ラリエ男爵家の犯した罪は重い。何せ王太子を籠絡して王家を乗っ取ろうとしていたのだから。ハナに関しては男爵の陰謀を知らなかったこと、また、一連の騒動にはアレンドールにも罪があることから減刑となり修道院行きにとどまっている。
「そして最後にミリア=エステルだが、王太子であったアレンドールが廃嫡となったため、王位継承権一位となる。よって、本日よりミリア=エステルを王太女とする」
この国では、王家の血を引く男子がいない時に女王が君臨していたこともあったという。だからミリアが継承権一位になることについて、驚きこそすれ、反論する者はいなかった。
「処遇については以上だ。皆、今日の招集への参加、感謝する。ではこれで解散とするので各自帰ってくれて構わない。ファシー公爵家、アーレイ公爵家は話があるのでこちらへ」
そう告げて、大広間から退出した陛下に続いて王妃様とミリア、ファシー公爵家、アーレイ公爵家が大広間を辞す。それを見届けた貴族たちは、高位の者から順番に帰路についていった。
******
王城にある陛下専用の執務室はいわば陛下のプライベートルーム。陛下の認めた者しか入れず、故に護衛も最小限の人数である。
そんな陛下の執務室に入っていったのは、
王妃であるソフィア、王女であるミリア、ファシー公爵家の嫡男でミリアの義兄であったカラン、義父であったフレッド、叔母であり義母でもあった、カミラ、そしてアーレイ公爵家の当主でミリアの伯父であるハリスの六人だった。
陛下含む七人はソファーに腰を下ろすと
「「「「「「「はぁ……」」」」」」」
と盛大なため息をついた。
しばらくの沈黙のあと
「皆、ご苦労だったな」
と陛下のかけた労いの言葉に
「えぇ。本当に」
と王妃様。
「まさか一日早く皆に王女であることを告げなければならないとは思いませんでしたわ……」
とミリア。
「すまなかったな、ミリア。婚約してもいないのに実兄から婚約破棄されるだなんてな……」
「私、アレンドールがこんなに馬鹿息子だとは思っていませんでしたわ。私はあの時アレンドールにミリアを妹として紹介したはずなのですが……」
「当時のお兄様はお父様たちのお話を聞いていなかったのでは……?」
「そうかもしれないわね」
「そうだな。ところで本日よりミリアが継承権一位となる。今日皆に集まってもらったのはそのことでな」
ファシー公爵は
「そのことでしたら、私たちは全力でサポートさせて頂きます」
と言い、アーレイ公爵も
「もちろん当家も微力ながらお手伝いさせて頂きます」
と同意した。
「二家ともありがとう。アーレイ公爵家には愚息の面倒まで頼んでしまって……」
「とんでもございません」
陛下はそして、改まった口調で告げた。
「ミリアの将来の伴侶、つまり王配の候補を決めねばならなくてな」
「なるほど、そういう事でしたか」
「皆には候補を考えてもらえたら、と」
「でしたら、ファシー公爵家の人脈を当たってみます」
「あの……少しよろしいですか」
ここで今まで黙って大人たちの話を聞いていたミリアが声を上げた。
「あぁ、もちろんだミリア。どうしたんだい?」
「お父様。僭越ながら、私、ずっとお慕いしている人がいるのです」
――しーん。
部屋の中が静まり返った。
「なんだって!?慕う人がいるだと……!?」
「それは本当なのですか?」
慌てて陛下と王妃様が問う。
「そうです。物心ついた時にはもう……。ですが叶わぬ想いだと思っていました。私が本当はファシー公爵家の娘ではなく王家の娘だと知るまでは。あの方と本当の兄弟ではないと知るまでは……」
「ミリア……、それはつまり……」
王妃様が言いにくそうに言葉を濁す。その場にいた全員が驚きの表情でミリアを見つめた。しかし、ミリアの言を否定するような雰囲気はない。それに安堵したミリアは言葉を続けた。
「えぇ。私もこの場で言うつもりはなかったのです……が、王配候補を探すと言われて居ても立っても居られなくなってしまい……」
そう言ってミリアは頬を染めて下を向いた。かと思いきや顔を上げて覚悟を決めた表情でミリアの義兄、カランの前に立った。
「お義兄様、いえ、カラン様。このような形となってしまいましたが、私に貴方と共に生きる権利を与えては頂けないでしょうか」
「え……」
決定的な一言にカランは言葉をなくした。それはそうだろう、何せミリアはほんの昨日まで義妹で、しかも今は王女であるのだから。
「もちろん、強制は致しません。昨日までは貴方の義妹でしたので、女性として見られていないのは分かります。それにお慕いする方を権力をかざしてまで手に入れようなどとは思えないのです。貴方の幸せが私の幸せですから」
「そんな……いつから、なのですか……。ミリア王女殿下。」
対して、落ち着かない様子のカラン。
周りの大人たちはそんな彼らの様子を微笑ましく見守っていた。
「もし、貴方がどうしても受け入れられないのであれば私は今ここで身を引きます。どうでしょう、貴方が今後私を受け入れて下さる可能性は少しでもありますでしょうか?」
いよいよミリアが本当の本当に本気だと気付いたカランはミリアをじっと見つめた。確かに今まで女性として見たことはなかった。いくら義妹だったといえどもミリアは王族だ。いづれは他国の王族などに嫁いでいくのだろうと、そう思っていた。なのに、自分に……?だが、陛下はどうお考えなのだろうか。さっきからミリアを止めるでもなく静観している陛下。カランは陛下の方を見た。すると陛下はニコニコと笑った。王妃様に関してはコクコクとうなずいてまでいる。カランは次にミリアの方を見た。ミリアと目がバチッと合う。するとミリアはふわりと、慈愛に満ちた表情でカランに微笑んだ。その瞬間カランの中のナニカが目まぐるしく動き回って、やがてカランの胸にカチリと嵌まった。
気付けばカランは声を出していた。
「ミリア王女殿下。私を将来の伴侶に望んで頂きありがとうございます。貴女と私の以前の関係上、すぐに貴女のお気持ちに応えられるかは分かりません。ですが、必ず貴女に誠実で、お互いによい関係を築いていけるよう努力致します。ですので……不束者ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
カランは両手を差し出した。それにミリアも応える。二人はしっかりと握手を交わした。
大人たちは初め想像していなかった展開に苦笑こそしたものの、すぐに婚約だ何だと言い出して準備を始めた。
「娘の婚約……感慨深いな」
「教会から婚約証明書を取り寄せなければ!」
「いつ発表しますか?」
そんな中、王妃様はフフと笑みを浮かべながら
「これにて一件落着、かしら」
と呟いた。
******
大人たちが準備のためと去っていった部屋の中。残されたのはミリアとカランだけだった。
「ねぇ、お義兄様。そんなにかしこまらなくても良いですのに」
「ですが……」
「またいつものようにミリアと呼んでくれないの……?」
甘えた声を出して、ねだるミリアにカランは思わず息を止めた。
「……っ。じゃあ、僕のこともお義兄様、ではなくカランと呼んでくれますか?ミリア」
何とかカランが答えた、とたん、ミリアの顔が真っ赤に染まる。
「ミリア……?どうし……」
「あぁ、もう!好きな人に名前を呼ばれてときめかない人なんていないわ!!」
「えぇ、今までも呼んでいたよ?」
ミリアの返しにホッコリとしてカランの口調も義兄弟だった頃のように戻った。
「それはそうだけどっ……!でも改めて言われると恥ずかしいの!」
「あはは、ごめんごめん。ついついからかいたくなってしまって」
「もうっ……本当にカランのいじわるっ!でも……そんなところも含めて私貴方を愛してるわ、カラン。愛してる」
「…………っ」
今度はカランが赤くなる番だった。
――カランは、『ミリアの気持ちに応えられるかは分からない』と言っていたが、カランがミリアの気持ちに応えるのはそう遠くないのかもしれない。
この国の未来は明るい。
部屋の外で大人たちが耳をそばだてて二人の会話を聞いていることを、見つめ合う二人は知らない。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
ミリアがカランに溺愛される未来が見える……ような?
次は登場人物紹介です。
そちらものぞいてみて頂けると嬉しいです!
誤字報告ありがとうございます!ご指摘頂いた箇所を訂正させて頂きましたm(_ _)m(2021/1/25)