タバコノケムリ
一、間接的な風景
一、馴染んだ音楽
一、匂い
恋人を無くしても尚、思い出をかき乱す要因のリストなのだそうだ。男性向けフリーマガジンに組まれていた特集に書いてあった。確かにその通りかもしれないと俺は納得する。
先日、仕事で向かったベイエリアの観覧車。青空に堂々と、そして空気の流れと同じ速度でゆったりと回る姿は、あのコと初めてキスをした遊園地を思い出させた。もう何十年前になるだろう。
次に音楽。
よく思い出の何とかという特番もあるぐらいだし、歌詞の内容も考えれば綺麗な過去をより彩るのには最適なツールと言える。
そして、最後に匂い。
何だかフェチズムの領域に近いようにも思えるが、確実に本能に揺さぶりをかけてくる。言うてみれば憎い奴だ。香水や、食べ物など、それは人それぞれだろう。
自分は何に当てはまるだろうか? 香水も特定要因になる程使わないし、食べ物に限定する程食通でもない。もしかしたら、俺には三つめの“匂い”の要因は当てはまらないんじゃないか…忘れられたらそのまま、思い出されもしなかったりして。
そんな事を思いながら、休日の朝をベッドで微睡ろむ。しばらくすると、狭い空間の住人が、隣で目覚めたらしい。
「…ん」
「ん? 起きた?」
「うん…早いね」
「いや、俺もさっき」
たわいもない会話をしながら伸ばした先には、俺と長い付き合いの煙草。
そいつを手にし、クルリと箱を逆さにして一本を取り出す。指で挟んだまま、手探りでライターを探して、その先端に火をつける。たちまち辺りにフワッと白い煙が漂った。
「寝タバコ禁止令は?」
「明日より遂行します」
「そんな事ばっかり!」
「起きて一番に吸うのは、もう癖なんだよ」
なだめるように、胸元にある髪をなでる。柔らかな束が指の間をすり抜けた。
「でも嫌いじゃない」
「俺の事?」
「違う。タバコの匂い」
「…! そっか俺の思い出のツールはタバコノケムリって訳か…」
どうやら無いと思ったものが、あったらしい。あまりのタイミングの良さに、口元が緩む。
二回目の煙を吐き出した所で、君がスンッと鼻を鳴らして、匂いを確かめた。
「でも、この匂いが一緒じゃないとタバコも嫌いかも」
胸元でうずくまったまま、もう一度鼻を鳴らす。要するに“体臭”と言うわけだ。
「もし、これが無くなったら?」
「無くならないよ…ううん、無くしたくない」
そう言って君はギュッと腕を回して、俺を力強く抱きしめた。
「え…あ、あぁ」
俺は嬉しさを通り越して、気恥ずかしさに言葉を無くし、天井を仰ぐ。
さっき吐き出した煙が、ゆらりと揺れて、壁に消えていった。
昔々に書いたSSです。
ほわっとした空気感を感じて頂ければ幸いです。
タバコがこのお話の主体なので、R15に設定致しました。