草原、人、獣 ⑤
ルビカを妻か奴隷にしなければならない。
突然そんな条件を突きつけられ、当然リューシャは驚いた。
しかし、チナーの言うことも理にかなっている。
ルビカを信用するためには、一族に属していることを公然にする必要がある。
そうするためには、妻か奴隷か、ということである。
「この場では決められません。サミとも話す必要がある。」
リューシャは絞り出すように声を出す。
「そうじゃろうて。ただあまり長くは待てんよ。それに…」
チナーの目が鋭く光る。
「ここから抜け出すことはゲラダへの反逆とみなす。その場合、お主の一族も相応の扱いとなることを覚えておけ。」
退路は塞がれた。
もしリューシャがルビカ達とゲラダを抜け出せば、アイシャや妹たちの身に危険が及ぶ。
「人質ですか。この会話、サミにも聞かせられるんですか?」
「ワシは、サミの祖父である前に、今はゲラダの長老だ。自分の気持より優先しなければならないことも増えた。そういうことじゃ。」
「なるほど。明朝まで時間がほしい。」
「良かろう。それまではその娘の身柄を預からせてもらう。」
「ルビカに指一本でも触れるなよ。彼女を傷つけたら、そのときは俺も容赦しない。」
「約束する。」
リューシャはルビカの肩に手を置き、まっすぐ目を見つめる。
「ごめん、こんなことになってしまうなんて、巻き込んだ僕の責任だ。」
ルビカの目に涙が溜まる。
「私、本当はあなたと一緒に居たくて着いてきた。」
「ルビカ…」
「だから、奴隷でもいいから…一緒にいさせて欲しい…。それに、」
ルビカの目が決意に満ちた強いものに変わる。
「私も闘う!自分の家族たちに、何か良くないことが起こっている。これは私の戦いでもあるの!だから、私にも一緒に戦わせて欲しい!」
「ルビカ…なんというか、その…ありがとう。」
リューシャの心に安堵と決意が広がる。
「話は済んだかな?では明日また会おう。」
チナーはそういうと、よっこいしょと腰を上げ、去っていく。
リューシャとルビカは、サミとアイシャのいるゲルに戻された。
大きくなったお腹をゆっくりと撫でて座っているサミ。
部屋の中を忙しなく歩き回るアイシャ。
二人に、先程の話を告げる。
アイシャの反応は予想通りだった。
チナーへの怒り、リューシャの安全の心配、そんな事を口に出し、やがて沈黙する。
サミは終始静かに話を聞いていた。
顔はお腹に向いており、手の動きだけが眠っていないことを示してくれている。
「サミはどう思う?」
リューシャが聞く。
「わたしね、決めてることがあるんだ。この子がうまれたら、この子のお父さんの話をたくさんしてあげるって。出会った頃からずっと変わらない、優しくて強い父親の話。私は待ってるだけなんて嫌だ。リューシャ君のそばで役に立ちたい。でも、それは出来ない。この子のためにも、ゲラダの未来のためにも、結論はもう決まってるんだよね?リューシャ君。」
サミが顔を上げる。困ったような、諦めたような、可愛らしい笑顔。妻の笑顔だ。
リューシャは深く頷く。
「うん、決まってる。父さんと約束したから、僕はなすべきことをなさなければならない。」
リューシャはサミ、ルビカ、アイシャの目を順番に見つめる。
「ルビカと結婚して、敵と戦う。そしてこの草原に平和をもたらす。僕がやらなきゃいけないことだ。」
敵、とはテウト族なのか、はたまた黒幕がいるのか、リューシャはまだ確信を持てなかった。
同じ草原の民だ、出来るならば被害は最低限にしたい。
それに、本当に黒幕がいるなら、その時はテウトも黒幕と戦う同志になりうる。
まずは真相の究明、それがリューシャのなすべきことの第一歩となる。
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