成人の儀 ①
なだらかに起伏しながらどこまでも続く草原。
視界を遮るものは何一つなく、満点の星空は草原の端と溶け合う。
上は星空、下は草原。
完全に二つに分かれたようなその世界の狭間に、赤々と揺らめく松明の光が並んでいた。
松明の光が点在する遊牧民族の移動住居「ゲル」を照らし、その間を忙しく行き交う人々の姿を浮き上がらせる。
彼らは成人の儀のための準備をしているのだ。
道具や食事、酒を運ぶ者たちが、ゲルからゲルへと走り回っていた。
ゲルは円形に固まって設置してあり、その中央部は広場のように開けている。
広場ではすでに音楽が鳴り響き、宴が始まっていた。
談笑しているのは、男も女も民族の有力者ばかりである。
広場の西の端には、周囲のゲルよりも一回り大きなゲルが建てられている。
ここは儀式の主役、今日で15の歳を数えるその少年の控え室である。
少年は、ゲラダの民が祭事で用いる、伝統的な衣装に着替えていた。
赤を基調とした着物に、羊や山羊、牛などの動物の骨に細工を施したアクセサリーを首から下げている。
何よりも目につくのは、頭につけた赤い大きな羽飾りである。
それはゲラダの信仰する炎を模したものだと言われている。
少年の姉アイシャは、この日成人を迎えた弟のリューシャはに衣装の確認をしている。
リューシャに兄がいれば、この役割は兄が果たすはずであったが、その変わりを姉のアイシャが務めているのだ。
すると突然、アイシャの瞳からがほろほろと涙が流れ落ちる。
「アイシャ、大丈夫?」
リューシャは驚いて声をかける。
「ええ、すみません。リューシャ様がこんなに大きくなられて、成人だなんてと思うと…」
「そんな、大げさな。まるでお母さんみたいだね。」
「わたしとしては本当にそんな気持ちですよ。リューシャ様が小さい頃にお母様が亡くなられて、それでわたしにしがみついてずっと離れなかったリューシャ様を見て、この子はわたしが守るんだって決意したんです。」
「え、そんなの初耳だ。まだ小さすぎて、母さんが亡くなった時の記憶もないし。」
「そうでしょうねぇ、あの時はわたしのことをママって読んできて、とっても可愛くいらっしゃって。うふふ。」
「いや、恥ずかしいからその話やめてよ。」
そんな話をしていると、外から父の大きな声がして、入り口が開いた。
「リューシャ、長老のチナー様がいらっしゃった。入るぞ。」
「おう、リューシャ。なかなか決まってるじゃないか。」
父はその巨躯を窮屈そうにたたみ込むようにして、リューシャのいるゲルに入ってきた。
リューシャの父は、巨体に大きく盛り上がる筋肉を持ち、まさに勇猛な戦士といったオーラを振り撒いている。
腰まで達する長く豪壮なバフ色の髪の毛、これは、ゲラダの民が祖霊として崇める炎の精霊狒々、アルスナのたてがみにあやかったものである。
胸に浮かぶ赤い紋章も、まるで踊り狂う炎のようだ。
「ほほー、リューシャよ、おおきゅーなったのぉー」
巨体の後ろからひょっこりと顔を出したのは、リューシャのファミリーが属するグループ、いわゆるトゥループと呼ばれる集団の長であるチナーだった。
体の大きな父と並ぶと、チナーは小人のように見える。
地面に着こうかというほどまでたてがみを伸ばしており、顔はしわくちゃで、ひょろひょろとした体躯である。
しかし、有数の実力者にふさわしく、みなぎるエネルギーは凄まじい。
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