ベルの悩み相談編 第1話「内面を磨きたい」
番外編の第3弾はベル中心の話です。
全3話になりますので、ぜひお楽しみください。
「最近、女性としての自信がなくなってきたの」
リビングでくつろいでいた時、ベルがそんな事を口にした。
ずっと対外的には男性として過ごしてきた彼女だけど、俺と正式に結婚して以降は自分の性別をカミングアウトしている。それからしばらく経つけど、これまでの生活とのギャップに悩んでるんだろうか。
「ん……ベルママは胸もちゃんと膨らんでるし、女の人だと思う」
「あっ、うん、体はちゃんとした女だよ、クレアちゃん」
その点に関しては俺もよく知ってるから、疑いようもないな。
夫婦になってから何度も確かめてるし!
思考がシンクロしたのか、ベルが頬を染めながらこちらにチラチラと視線を向けてきた。そんな姿も可愛いから、悩んでいるのは恐らく容姿に関してではないんだろう。
今日はサックスブルーのゆったりした八分袖カットソーと、黒のスキニーパンツを身に着けている。長くてスラッとした足は、まさに美脚と言っていい。ストロベリーブロンドの髪の毛もだいぶ伸びてきたし、見た目の女性らしさという点では絶賛進化中だ。
「貴族からの縁談も殺到しとったようじゃし、何を悩む必要があるのじゃ?」
性別をカミングアウトした直後に発生した、ベル争奪戦は凄まじかった。顔を合わす機会の多いギルド関係者や冒険者たちはもとより、御三家の一人娘という立場が貴族の野心に火を付け、ちょっとした騒動を巻き起こしている。
この家に間者を差し向ける連中も現れたが、イコとライザによって全員もれなく捕縛。声も出せない状態で、庭に並べて見世物にされていた。それが毎日繰り返されたので、ご近所のちょっとした名物になったほどだ。
一番多かった時は十人以上並んでたし、なかなか壮観な光景だったな……
それもシェイキアが物理的に黙らせたので、今では至って平和に過ごせている。どんなお仕置きをしたか知らないけど、きっと聞かないほうがいいはず。
「貴族は私の立場にしか興味がないし、街で声をかけてくる人は表面しか見てないと思うの。だけど私は、女としての内面を磨きたいなって色々考えてるんだけど、空回りしちゃって……」
「ベルの理想って、どんな感じの女性なんだ?」
「……えっと、お母様みたいな気位と、マシロちゃんみたいな器量と、ケーナさんみたいな色気かなぁ」
ハードル高いな!
どんな完璧超人を目指してるんだ、この人は。
「それならまずは料理をやってみましょう!」
「一人旅を続けてたんだし、料理くらい出来るんじゃないか?」
「えぇ、簡単な料理なら得意よ」
「ベルおねーちゃんの、とくいりょうりってなに?」
「鳥の丸焼きと、煮込み料理かしら」
「ちなみに味付けは?」
「塩よ」
真白の質問にベルは即答した。
トルコでステーキハウスを経営するサングラスの男性が、右腕を上げながら脳裏を横切ったのは、致し方ないことだろう。
そのまま詳しい調理法を聞くうち、最適なキーワードが浮かび上がってくる。
――サバイバル料理
塩を振った肉を直火で焼く、鍋に山菜や肉をぶち込んで塩で煮る、彼女の調理法は大きく分けてこの二つしか無い。
確か竜人族がこんな料理を作ってたなと、少し前に会った親子のことを思い出した。
「今のベルさんに足りないのは、正しい知識です! これをマスターすれば、女性らしさなんて後から付いてきますよ!!」
「よっ、よろしくお願いします、マシロちゃん」
「教えを受けている間は、師匠と呼ぶように!」
「わかったわ、マシロ師匠」
竜神族の隠れ里で会った親子は今頃どうしてるのか、そんな事を考えていたら二人の間に師弟関係が生まれたようだ。真白の料理魂に火をつけてしまったな。
まぁ落ち込んでいた表情もどこかに行ったし、ノリノリなのはいいと思う。
生暖かく見守ることにするか……
◇◆◇
厨房に大人数で押しかけても邪魔になるだけなので、俺とクレアだけで見学させてもらう。メインスタッフは真白で、アシスタントがコールとイコにライザの三人だ。
食材はヴィオレがテーブルに積み上げてくれた。
「第一回 真白の三分間クッキングー!」
真白の宣言と同時に、俺の脳内で〝おもちゃの兵隊のマーチ〟が再生される。料理は一朝一夕で身につくものじゃないから、定期開催する気満々みたいだな。
「マシロ師匠! 質問があります」
「はい、ベル君どうぞ」
「〝さんぷん〟ってなんですか?」
「時間の単位です。具体的にはカップ麺やレトルトカレーを調理したり、目つぶしの呪文を準備する時間などが該当します」
はたしてカップ麺にお湯を注いだり、やレトルトカレーを温めるのは調理と言えるんだろうか?
「そんな短時間で料理って出来るんですか?」
「例え十分かかっても、三分と言い張れば納得してもらえます! ちなみに、下ごしらえや盛り付けの時間は含めません」
地球のインスタント食品や、テレビ番組の話題が普通に理解されてるぞ。
これは女神の彩子さんが、裏でコソコソ手を回してるな……
だが彼女が転移してきた年代的に、目つぶしの呪文は知らないはず。
腐海もちょっと微妙なところだ。
大切なものを盗んでいく話は、既知の可能性が高いだろう。
「それでも短すぎると思うんですが……」
「煮込むのに一時間かかっても、〝出来上がったものがこちらです〟と言っておけば大丈夫ですよ」
「ん……パパ、途中経過で出来た料理ってどうなるの?」
「それは〝スタッフが美味しくいただきました〟と、テロップで表示しておけば大丈夫だ」
今回は普通に料理を作るだけだから、時間縛りやショートカットは無くてかまわないだろう。
そもそもこれは内面から女性らしさを磨こうって趣旨だしな。
「今日は初回ですから軽く、煮込み・揚げ・炒めの三品作ってみましょう」
「いきなり難易度が高くない!?」
「まずは野菜の皮むきからやりましょうか」
ベルのツッコミを無視した真白が料理で使う食材を選び、アシスタントと一緒にきれいに洗う。そして、いよいよ皮むきを開始しようとした時、ベルはいつの間にか用意していたシースナイフを、鞘から取り出した。
「なぁベル、包丁は使わないのか?」
「このナイフってオールアダマス鋼で、赤の魔晶を混ぜてるから、とても切れ味がいいのよ」
そういう事を聞きたかったわけじゃない。
アダマス鋼というのは、固くて魔晶との相性がいい超高級鋼材だ。しかも純度が百パーセントとか、ナイフサイズでも一般労働者の月収を軽く超えてしまうぞ。
金銭感覚がちょっとずれてる辺り、何だかんだでお嬢様だな……
今回は使い慣れた道具でいいだろうと、無理に包丁を使わせずに野菜の下処理をやっているが、危なげない手つきでスルスルと皮をむいていく。一人旅の経験値が生かされているみたいで、安心して見ていられる。
握ってるのはサバイバルナイフみたいな、ごつい刃物だが!
「むき終わった野菜は、こっちが輪切り、これはみじん切り、この二つをくし切り、残りが細切りです」
「マシロ師匠! 切り方ってそんなに種類があるんですか?」
真白は一瞬固まったが、にっこり微笑んでベルの方を見つめる。笑顔がちょっと怖い。
どうやら基礎がサバイバル料理だけあって、知ってるのは乱切りオンリーだったようだ。この家でも調理場に立ったことはなかったし、実家にも専属の料理人がいるから仕方あるまい。
四人がかりで、いちょう切りや小口切りなど様々な切り方を叩き込んでいるけど、ベルはちょっと涙目になってる。可愛い。
◇◆◇
灰汁取りを知らなかったり、〝落としぶた〟と聞いて鍋の中に豚肉を落とそうとしたり、濡れたままの食材を揚げて盛大に油をはねさせたり、色々失敗はあったものの何とか形になった。
「美味しいよ、ベル」
「ん……ベルママの手料理、また食べたい」
「厚みや形がバラバラだし、焦がしちゃって見栄えもよくないけど、ホント?」
「初めて挑戦したレシピで、これだけ出来れば十分だ。ほら、ベルも一緒に食べよう」
思いっきりが良すぎるのか、細かいことを気にしないのか、そうした性格が料理にも反映されている。悪戦苦闘する姿を見ながら、夫婦になったとはいえベルの知らない面はまだまだあるな、なんて思ってたのは秘密だ。
とはいっても器用な人だから、ナイフから包丁に持ち替えたり、経験を積むことですぐ上達するだろう。
照れ笑いを浮かべながら自分で作った料理を口にする姿を横目に見つつ、俺はそんな事を考えていた。
「とりあえず今のベルさんに一番大事なのは、分量を守ることです」
「でも中途半端に余らせるともったいないから……」
「材料が多少増減するのは構わないです、でも水と調味料だけは絶対ダメ。基本をおろそかにしたままアレンジしようなんて、料理に対する冒涜です」
「だって、あんなにたくさん入れるなんて、思ってなかったのよ……
それに、分量を間違えて辛くなったら、砂糖で中和させるわよね?」
それを聞いた真白が、盛大にこめかみを押さえる。
料理の道はまだまだ厳しそうだ……
――バァァァァーン!!
「話は聞かせてもらったわ! 私もベルちゃん改造計画に、協力してあげるからねっ!!」
扉を勢いよく開けて食堂に入ってきたのは、俺の母さんだった。
「塩振りおじさん」がバズったのは2017年始め。
「天空~」公開が1986年。
「風の谷~」公開が1984年。
「カリ城」公開が1979年末です。
次回「ベルの悩み相談編 第2話「コスプレ大会?」」は、明日投稿予定!