コンテスト編 第2話「決勝戦その1」
良妻賢母コンテストの予選が終わり、決勝進出者が発表された。
一人目は、犬人族のシタルさん。
身長が百七十センチ近くある女性で、年齢は二十五歳。手足の長いスラッとした体型をしており、日に焼けた肌がとても健康そうだ。相手の男性は狼人族で、新婚さんらしい。
二人目は、鬼人族のフルスさん。
身長はコールより少し小さいくらいだが、まろやかな部分は彼女を超えている。旦那さんは船乗りをしており、年齢は二人とも三十歳。六歳と十歳の息子がいて、旦那さんと一緒に応援していた。
三人目は、人族のラナーさん。
パン屋の娘さんで十八歳だが、俺や真白も何度か見たことがある。一生懸命働く姿が街でも人気で、今回の優勝候補と目される人だ。最近パン屋で修行し始めた同い年の男性と恋仲になり、周囲に勧められてコンテストにエントリー。将来は二人の店を持つのが夢と言って、会場を大いに盛り上げていた。
四人目は、人族のリュートさん。
商家の娘さんで、二十歳。金髪ドリルツインテの、いわゆるお嬢様と呼ばれる人だ。子供の頃から決まっていた許嫁との結婚間近なので、箔付けのためにエントリー。予選でも気品のある受け答えをしており、独特のオーラを放っている。会場の近くにテーブと椅子を用意し、日傘をさした執事を横に侍らせながら、優雅にお茶を楽しむ姿が印象的だった。
そして五人目は、我が妹様。
今大会のダークホースと言われていたが、無事に予選を突破。俺の可愛い妹なんだから、ある意味当たり前と言えよう。決して贔屓目じゃないのは、会場の盛り上がりを見れば明らかだ。なにせ女性審査員にも、好意的に受け止められていたからな。そうした意味では、家族の中で一番コンテストに向いている人材である。
秘密兵器も用意してあるし、存分に会場を沸かせて欲しい。
◇◆◇
司会の若い男性が、再びステージに現れた。
ステージの上には机と椅子が等間隔に置かれ、本選出場者がそれぞれ分かれて座っている。
「大変お待たせいたしました、只今より本戦を開始します!」
その言葉で会場がヒートアップ。すでに推しの候補者が決まっているらしく、あちこちから個人を応援する声が聞こえる。もちろん真白の名前もだ。
「かーさん、がんばれー!!」
「落ち着いていくんだぞー!」
俺たちの応援は真白に届いただろうか……
司会の男性が両手を上げると、会場の喧騒が一気に止む。
なかなか訓練された観客たちだな。
「良き妻とは、家族の規範にならなければいけません。まずは皆さんが、どれほど知性にあふれているか、それを確かめさせていただきます。これから出す問題の答えを、ボードに書いてお出し下さい」
一回目の審査内容が発表された瞬間、リュートさんが開いた扇子を口元に当てて、自信ありげな表情を見せた。広げた部分がふわふわの毛になってる扇子なんて、生で見たのは初めてだ。しかも先端に、孔雀みたいな模様の羽が、何枚もついている!
「まずは第一問。
あなたは三人姉妹の長女です。ある日アプルの実を買いに行ったのですが、お金が足りなくて五つしか手に入りませんでした。さて、家に帰ったあなたは、その実をどう分けますか?」
ボードに書いた答えを八人の審査員が十点満点で評価し、一番点数の高かった人に五点が加算される。最低点だった人は一点しか入らない。こういった形式で競う問題を含め、全部で五つ出されるとのこと。
アプルの実というのは、リンゴとよく似た果物だ。中に蜜が入っているのは、特に甘くておいしい。
名前からして地球人が関わっていそうだし、また彩子さんが遊びに来た時にでも聞いてみるか……
「さて、まずはシタルさん。ボードをこちらに向け、読み上げてもらえますか」
「買ってきたヤツが三個取って、残りの二人は一個づつだ」
「審査員の評価はどうだー?
……0点、0点、0点、0点、1点、0点、0点、0点。
合計1点だ!」
「なんでだよ! 買ってきたヤツが手間賃で余分にもらうのが当たり前だろ!?」
気持ちはわからなくもないけど、それを子供に教えるのはどうかと思うぞ。
しかも一個と三個だとバランスが悪すぎる、長女は群れのボスなのか?
「はい、次に行きましょう」
「オレのことは無視かよ!」
「フルスさんも同じようにお願いします」
「私の答えはこれ。三人に一個づつ分けて、残りの二つは戦って勝ち取ります」
「あー、そうきましたか。とりあえず審査員の方、評価お願いします。
……1点、1点、4点、2点、0点、2点、2点、1点。
合計は13点ですね」
「強いものがより得をする、これが真理」
「何だかお前とは仲良くできそうな気がしてきたぜ!」
隣りに座ってるシタルさんとの間に友情が芽生えた!
確かにこの答えは、力が全てという獣人族の思考に近い。
俺が知ってる鬼人族は、コールやカリン王女の侍従をやってるタルカくらいだ。二人とも控えめな性格をしてるけど、実はかなり脳筋種族なんだろうか……
「気を取り直して次に行きましょう。ラナーさん、お願いします」
「はい。私は一つだけでいいので、妹たちに二個あげます」
「さすがチェトレの良心! 実に思いやりある答えです。審査員の評価はどうだー?
……出ました、9点、8点、9点、10点、9点、9点、10点、9点。
合計は、なんと73点! 現時点でぶっちぎりのトップです。この記録を抜くのは、もはや困難と言わざるを得ないでしょう!!」
前の二人が残念だっただけに、かなりの高評価を貰ってるな。
さすが優勝候補と目されているだけはある。
「ふふふっ、私の答えを見ずに世迷い言を述べるなど、王都の喫茶店で飲むココアより甘いですわ!」
「ここでリュートさんから待ったがかかったー! では、自慢の答えを出していただきましょう」
「ツケ払いで六個買って帰れば、二個づつ分けられます。どうです、完璧な答えでしょ?」
「それでは審査員の評価、いってみよー!
……3点、4点、3点、5点、2点、2点、3点、4点。
合計26点ですね、お疲れさまでした」
「どうしてですのー!? それにまだ終わってませんわよっ!!」
意外に面白い人だな、このお嬢様。
しかし、問題の意図を全く理解できてない辺り、実に残念令嬢だ。
「最後にマシロさんの答えを見てみましょう、よろしくお願いします!」
「えっと、五つのアプルを全部絞って、ジュースにしてから三人で分けます」
「なっ、なんとー! 自己アピールで得意分野を料理と言っただけに、実に斬新な答えが飛び出したっ!! さあ審査員たちは、一体どんな評価を下すのか!?
……10点、10点、10点、10点、10点、10点、10点、10点。
合計80点の満点だぁぁぁっ!!」
さすが真白だ。
初っ端から満点を叩き出した。
出来る妹を持って、お兄ちゃんは幸せだぞ。
「かーさん、すごいね!」
「これで5点ゲットだな」
「さて、次の問題です。これは一番最初に正解した人へ五点入ります。書き終わった方から、順次ボードを提示して下さい。ではいきますよ……
32768÷256×16+2048の答えは?」
「これですわっ!!」
「おっと、さすが商家のご令嬢、計算は速いっ!!」
この計算速度はソラに匹敵するかもしれない。さっきは残念令嬢とか思ったけど、ちょっとだけ見直そう。
数字に強い残念令嬢へ、レベルアップだ!
二位は日頃から計算をしてるだろうパン屋の娘さんで、三位が真白だった。犬人族のシタルさんは、ダントツの最下位。なにせ答えが〝沢山〟では、評価のしようがない。
◇◆◇
第一回目の審査が終わった時点の得点はこれだ。
シタル フルス ラナー リュート 真白
第1問 1 2 4 3 5
第2問 1 2 4 5 3
第3問 1 2 3 5 4
第4問 2 1 5 3 4
第5問 1 2 5 4 3
合計 6 9 21 20 19
さすが優勝候補のラナーさん、コンスタントに強い。それに数字の問題は、リュートさんが無敵の強さを誇っている。
真白も頑張っていたけど、現在の総合点は三位だ。
しかし上位三人の点差はわずか、逆転の余地はこれからいくらでもある。
「次の種目は体力勝負! 良き妻とは体も丈夫でなければなりません。皆さんにはこちらで用意したコースを走り、その速さを競っていただきます」
「よっしゃ、これだよ! こういうのでいいんだよ!!」
さっきは散々だった犬人族のシタルさんが、息を吹き返した。
体を使う競技なら、獣人族の独壇場だもんな。
意外なことに、鬼人族のフルスさんも気合い充分だ。この中では最年長になるけど、入念に準備運動をしている。真白がどこまで食い込めるか、しっかり応援しよう。
「皆さん準備が整ったようなので開始します!
位置についてー……よーい、どん!!」
「かーさん、がんばれー!」
「真白、負けるなよー」
「おーっと、やはり獣人族のシタル選手が速い。足場の悪い砂地をものともせず、後続をぐんぐん引き離していったー!!」
体格に恵まれた犬人族だけあって、あのスピードはクリムやアズルに匹敵するな。精霊王の祝福と主従契約を結んだ二人に迫るとか、とてもすごい人だ。
「二番手はフルス選手! 踏み出すたびに揺れる二つの果実が、実に眼福です!!」
やはりフルスさんは肉体派だったか。
小さな体のどこにあんなパワーがあるのかというくらい、力強く砂を踏みしめている。まぁ、それだけ激しく動いてるので、男性たちの視線を釘付けにしているが……
「三番手はラナー選手だ! やはりパン屋は体力勝負。日頃の運動量がここで生かされているー!!」
パン屋さんって、重たい小麦粉を運んだり、力いっぱい生地をこねたりしてそうだしな。毎日続けていたら、力や体力もつくだろう。
「四番手はマシロ選手。砂に足を取られているのか、かなり走りづらそうにしています。そして、一体どうしたことだ!? リュート選手がスタート地点のすぐ近くで倒れているー!!」
「……わっ、わたくし、階段の上り下りより、激しい運動をしたことありませんの(ガクリ)」
「メディーッッック!! そんな体力で夜の生活は大丈夫かー!? しっかりするんだ! 早く衛生兵を、衛生兵をここにっ!!!」
いつの間に、ここは戦場になったんだ?
救護班の担架に乗せられ、数字に強い残念令嬢は退場していった……
次回更新分もそうですが、元ネタがおっさんホイホイ(笑)
〝コンテスト編 第3話「決勝戦その2」〟は次の週末に投稿します。
苦戦を強いられる真白が放つ、起死回生の料理とは!?
お楽しみに!!