ケーナとお出かけ編 第2話「貴族」
「おっ、お前!
ボ、ボ、ボ、ボクのケーナちゃんから離れるんだな」
お墓参りを終え、ケーナさんと腕を組みながらセミの街を散歩していたら、突然後ろから声をかけられた。
立ち止まって振り返ると、太って背の低い若い男が肩で息をしながら、こちらを睨みつけている。まだそれほど気温は高くないのに、全身汗だくだ。よほど急いでここまで来たんだろうか……
ケーナさんは俺の腕に強くしがみついて、顔色を悪くしながら怯えだす。それだけ強く抱きしめられているので、俺の腕がまろやかなものに包まれて幸せだ。
とまあ、そんなことは置いといて、目の前の男を何とかしよう。
「そうやって睨まれるようなことをした覚えはないが、お前は一体誰なんだ?」
「ボッ、ボクはケーナちゃんの許嫁なんだな。ひ、ひ、ひ、人の女に手を出すなんて、恥知らずなやつなんだな」
「許嫁なんていたのか?」
「ちっ、違います! 彼が勝手にそう言ってるだけで、了承した覚えなんてありません」
「ケーナさんはこう言ってるが?」
「ふっ、二人は将来を誓いあった仲なんだな。リ、リ、リ、リコたんの病気を治して、幸せになろうって約束したんだな」
どうにも話が見えてこないし、本人に聞くより早そうなので、ケーナさんから事情を説明してもらうことにする。
なんでも彼はこの街にいる貴族の息子で、転んで起き上がれなかった所を助けてから、付きまとわれるようになったらしい。
それって、よくある勘違い系ストーカーじゃないか?
リコが悪魔の呪いに侵されてからは、援助してやるから自分の女になれと、執拗に迫ってきたそうだ。
爵位は子爵らしく、どうりで上等な服を着てると思った。
それにしても、面倒なやつに絡まれたな……
このまま逃げてしまってもいいけど、貴族に目をつけられたままだと、ケーナさんが安心して暮らしていけない。王都にまで乗り込まれたら大変だ。
「リコの病気はすっかり治っているし、ケーナさんは俺と付き合ってるんだ。もう諦めてもらえないか?」
「ひっ、人が見てるのにこんなことされると、恥ずかしいですリュウセイさん」
相手に見せつけるためケーナさんを抱きしめて頭を撫でると、言葉とは裏腹に頬を染めながら顔を擦り付けてくる。いつものようにスンスン匂いを嗅いでくるけど、それすっかり癖になってますね。
「ケッ、ケーナちゃんがボクを捨てるはず無いんだな。ゆ、ゆ、ゆ、誘拐犯に無理やり言わされてるだけなんだな」
「ケーナさんは、いつ誘拐されたんだ?」
「多分、急に引っ越したからじゃないでしょうか」
この街へは何度か訪れているけど、退去の記録は一度だけしか残ってない。それ以降は転移魔法で移動してるし、貴族の権力を使って調べられるなら、不審な点が出てしまう可能性はある。
その辺りの出入管理は結構アバウトなところがあるので油断した。
もっとも、偏執的に調べ上げないとわからないだろうが……
「誘拐でなく引っ越しだし、転居の手続きもちゃんとやってるぞ?」
「うっ、嘘だ嘘なんだな! み、み、み、みんなケーナちゃんは悪い男に騙されてるって、言ってるんだな」
「みんなって、誰がそんな事を言ってるんだ?」
「ボッ、ボクに断りもなくケーナちゃんを狙ってた、愚か者たちなんだな。リ、リ、リ、リコたんを人質にとって、街を歩いてたって証言もあるんだな」
シロフのおばあちゃんが病気になった時にこの街に来て、一緒に歩いてる姿をかなりの人に見られてるし、それが歪んで伝えられたんだろう。
しかしいくら何でも曲解がすぎる。
限りなく面倒になってきた。
気は進まないけど、シェイキアさんにお願いしてしまおうか……
「変なことに巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「ケーナさんが謝ることじゃない。出来ればここで誤解を解いておきたいけど、話を聞いてくれそうもないし、どうしたものか」
「いっ、いつまでもケーナちゃんを、拘束しないで欲しいんだな。い、い、い、今なら穏便に済ませてやってもいいんだな」
「あのっ! わ、私はこの人と一緒にいたいんです、お願いですから諦めて下さい」
「ケッ、ケーナちゃんとリコたんは、ボクが助けてあげるんだな。ち、ち、ち、父上にお願いすれば、そんな男くらいすぐ逮捕できるんだな」
まったく人の話を聞かない豚脂だな。
それに最後は結局、親の権力頼みか!
こうなったら仕方がない。街に潜伏している隠密たちを集める、特殊な音の出る笛を使う時が来たようだ……
「おい、そこのお前!」
収納から笛を取り出そうとした時、今度は横から声をかけられた。
そちらに視線を向けると、目の前の男とそっくりな中年男性が、全身を汗まみれにして立っている。
お腹のメタボ具合はこちらのほうが酷いけど、間違いなく彼の父親だろう。
食文化の違いなのか、この世界で太ってる人は少ない。しかし、二人並んでハァハァしてる親子は、かなりの肥満体型だ。一体どんな食生活をしてるのか、このままだと生活習慣病まっしぐらだぞ?
「丁度いいところに来てくれた、息子さんが話を聞いてくれなくて困ってたんだ」
「お前は我が街の〝美姫〟ケーナをさらって監禁し、娘を人質にとって卑猥な行為を強要していると噂の凶悪犯だな!」
だめだ、この人も同じタイプだった。
しかも扱いがひどくなってる!
「ちっ、父上! こ、こ、こ、こいつを早く逮捕してほしんだな」
「安心しろ、ワシの可愛い息子よ。目当ての女は手に入ったも同然だ」
「リュ、リュウセイさん……」
「心配しなくても大丈夫だ、いざとなったら味方を呼ぶよ」
不安そうにこちらを見上げてくるケーナさんは、俺の体にギュッとしがみついてくる。うん、やっぱり今年の海水浴は楽しみだ。絶対ビキニタイプの水着を着てもらおう。
「女を無理やり従わせるとは不届き千万。すぐ捕まえてやるから、そこを動くな」
「いや、これはそっちを怖がってるだけで、俺は何も強要していないぞ?」
「頭に手を置いて脅迫しているではないか! ワシの目はごまかせん!!」
安心できるように頭を撫でてるだけなんだがなぁ……
「どう見てもケーナさんの方から抱きついてるし、頭を撫でられて喜んでるように見えないか?」
「ふんっ……犯罪者の言うことが信じられるか。すぐ衛兵を呼んでやるから、お前の身分証を見せろ!」
仕方がないので収納からギルドカードを取り出す。ドッグタグのように首からぶら下げてる人もいるくらいだし、カードを見られて困ることはない。
「これでいいか?」
「なっ……!?」
俺が手にした銀色のカードを見た瞬間、父親の動きは止まってしまう。
再び顔から汗をダラダラ流し始め、血色も悪くなってきたようだ。
「ちっ、父上、どうしたんだな。は、は、は、早くこいつを懲らしめて、ケーナちゃんを開放して欲しいんだな」
「帰るぞ、息子よ」
「なっ、なんでなんだな。い、い、い、いま倒しておかないと、またどこかに潜伏してしまうんだな」
「バカモン! あの男は王国認定冒険者だ。彼らに喧嘩を売れば、ワシの家など簡単に取り潰される」
そう言いながら息子の手を強引に引っ張り、ドスドス音を立てながら遠ざかっていく。膝や腰にかなり負担がかかってそうだし、腰痛や関節炎には気をつけて欲しい。
「やれやれ、とんだ目にあったな」
「うぅっ、怖かったです」
「もう大丈夫だ。これからは絡まれることも無くなると思う」
あまりこれを見せたくなかったけど、今回のような場合は仕方ないだろう。こちらの立場をきっちり示しておかないと、同じことの繰り返しになりかねない。
この件に関しては街の住民たちにも責任がありそうだし、この機会にはっきりと噂を否定しておくのが良さそうだ。
◇◆◇
そんな思いを込めながら、この街にある一番大きな食堂へやってきた。中に入ると席は八割ほど埋まっている。
ケーナさんが勧めてくれるだけあって、かなり繁盛しているみたいだ。
これなら俺の作戦も成功するだろう。
「いらっしゃい! おやケーナちゃん、久しぶりだね」
「ご無沙汰してます、おばさん」
「男連れで来たってことは、そっちが噂の誘拐犯かい?」
空いたお皿をカウンターに運んでいたおばちゃんが、俺たちを見て挨拶をしてくれる。この人にも誘拐犯なんて言われたが、こっちをニヤニヤと見ている顔からは悪意を感じない。きっとからかってるだけなんだろう。
「それ、さっきも言われたよ」
「そんなバカなこと言ってるのは、ケーナちゃんに振られた男どもだけさ。その様子を見ると、アンタたち付き合ってるんだろ?」
「この人は俺が幸せにすると決めた、大切な女性だ」
「あぅぅ、リュウセイさん、嬉しいけど恥ずかしいです」
顔を真っ赤にしたケーナさんを抱き寄せ、挑発するように店の中を見渡す。
そこの人、スプーンが折れ曲がってるけど、ちゃんと弁償しろよ?
「おやまぁ、難攻不落の鉄城なんて言われたケーナちゃんが、すっかり女の顔になってるじゃないか。アンタ、なかなかやるね!」
「その誘拐犯って噂をなんとかしたいんだ。この店で一番目立つ席を使わせてくれないか?」
「何だか面白そうだね! それなら、そこがおすすめだよ」
「店に迷惑を掛けると思うけど、許して欲しい」
「そんなこと気にしなくてもいいから、とっとと座りな。アタシは緑の生活系で風属性なんだ、掃除は任せといて大丈夫だからね!」
なかなか話のわかる人だ。
サムズ・アップしてくれたおばちゃんに案内され、店内のどこからでも見えるカウンター席に座らせてもらった。
俺たちの熱愛ぶりを見て、恐れおののくがいい!
隠密たちは「王家の犬」と言われれてるだけに、可聴域も人を超えていますw
次回、自重を忘れた主人公たちが……
第3話「熱愛宣言」をお楽しみに!




