シェイキアの過去編 第3話「ある貴族の顛末」
診察室へ続く扉を開けると、予想通りの光景が広がっていた。そこには鼻息を荒くする若い男と、流れる汗を拭きながら治癒師に迫る中年男性がいる。二人とも以前と変わらない、見事なメタボ具合だ。
「おっ、お前はケーナちゃんをさらった誘拐犯! こ、こ、こ、こんな所に一体なんの用なんだな」
まだそんなことを言ってるのか、この男は。目の前で王国認定冒険者カードを提示したし、ケーナと俺の熱愛っぷりを見せたおかげで、街に流れていた噂も払拭されたというのに。相変わらず自分に都合のいいよう、事実を捻じ曲げてるんだろう。
真白は二人の体型を見て表情を曇らせてるし、ヴィオレは頭の後ろに隠れてしまった。息子の方は好色そうな目つきで俺たちを見つめ、父親はシェイキアの姿を見た途端、滝のような汗を流し始める。
「そっ、それよりそっちの子供は、リコたんと同じくらい可愛いんだな。む、む、む、胸の大きな女の子も、ボクの好みなんだな」
うわー、クレアがすごく嫌そうな顔をしてるぞ。
この子のこんな表情を見たのは初めてだ。
相変わらず場の空気を読めてないみたいだし、女性陣は先に帰ってもらえばよかった。
「真白はかけがえのない伴侶だし、クレアは大切な娘だ。お前に指一本触れさせるわけにはいかない」
「そっ、それならそっちのエルフの子はどうなんだな。ボ、ボ、ボ、ボクが幸せにしてあげるんだな」
「相変わらず息子の教育がなってないわねぇ~?」
「……ひぃっ!!」
シェイキアがドスの利いた声を出すと、父親は顔を青くして床に尻餅をついてしまう。股間がちょっと湿ってるような気がするけど、見なかったことにした。
「あなたの息子が、私のかわいいマラクスちゃんに吐いた言葉、まだ忘れてないわよ」
「あっ、あわわわわわわ……」
シェイキアから昔話を聞いていたとき、学生時代のベルが一度だけ絡まれたことがあると言っていたけど、この男だったのか。通っていた学院で女生徒を襲おうとして退学になっているし、ろくなことをして無いなこいつは。
父親の顔は、青を通り越して白くなってきている。息子へ向かって必死に目線を飛ばしているが、全く気づいた様子はない。その舐め回すような視線は、女性たちにロックオン中だ。
「リュウセイ君が前に言ってたこと、すごく良くわかったわ。本当にこんな人類って存在するのね」
耳の近くにこっそり回り込んできたヴィオレから、そんな言葉が漏れてきた。妖精にここまで言わせるなんて、ある意味すごいぞ。
「この国の恥部みたいなものだから、目に余るようなら掃除してあげるわよ?」
シェイキアは俺の腕を抱きかかえながら背伸びをし、ヴィオレにちょっと危ないことを耳打ちしている。この人が本気を出せば、社会的に掃除できるからなぁ……
「しっ、失礼ですが、シェイキア様とこの男は、一体どんなご関係で……?」
「彼は私の愛する旦那様よ! そんな大切な人と敵対したら、わかってるわね」
普段見せる顔とは全く異なる表情で、シェイキアは父親を睨む。さっきまで白かった顔が徐々に紫色に近づいているけど、もしかしてチアノーゼじゃないだろうか。
「そっ、その男はさっき、胸の大きな子を嫁にしてるって言ってたんだな。ふ、ふ、ふ、二人も同時だなんてズルいんだな」
「ん……パパのお嫁さんは十人以上いる。そんな器の小さいことを言うのは失礼」
「なっ……!?」
クレアの言葉を聞いた息子の顔が、驚きの表情に変わる。小さい子に言われてショックだったんだろうか。人の話を全然聞いてないやつにしては珍しい、ちょっとスッキリしたぞ。
感謝の気持を込めてクレアの頭を撫でると、嬉しそうな顔でギュッと抱きついてきた。
「失礼します。定期検診の予約を入れていたケーナですが、先生はいらっしゃいますか?」
その時、玄関からケーナが入ってきた。部屋から覗いてみると、入り口のところにクリムとアズルもいる。午後の運動ついでに付き添うと言っていたので、ここまで連れてきてくれたんだろう。
「あっ、リュウセイお父さん! お母さんをむかえに来てくれたの?」
こちらに気づいたリコが、両手を伸ばしながら近づいてきた。そのまま抱き上げると、ケーナもそっと寄り添ってくれる。嬉しそうに頬をこすりつけてくる姿を見ているだけで、荒んだ心が癒やされていく。
うんうん、やっぱり俺の娘はみんな天使だ!
「リッ、リコたんとケーナちゃん! ボ、ボ、ボ、ボクのことをお見舞いに来てくれたんだな」
「うわっ、なんでコレがこんなところにいるの!?」
復活が早いな、この男は!
こうした打たれ強さは、ある意味尊敬できる。絶対に真似したくないけど。
それからリコ。気持ちはすごく良くわかるけど、あまり汚い言葉を使ってはダメだ。
「どうしてあなたが王都にいるんですか。私たちのことは放っておいてくださいって、あれだけ言ったのに……」
「ボッ、ボクは悪魔の呪いを王都へ治療しに来たんだな。そ、そ、そ、それよりケーナちゃんの方こそ、お腹が太ってるんだな。き、き、き、きっとお昼を食べすぎたんだな」
ケーナは妊娠中だ、万年臨月のお前と一緒にするな!
こいつ病気の割に元気だけど、もう放っておいていいんじゃないだろうか。きっとそのほうが世の中のためになる。
「お母さんのおなかには、私の弟か妹がいるの。太ってるんじゃないよ!」
「リュウセイさんとの間にできた愛の結晶です、失礼なことは言わないでください」
「ぬなっ……!?」
おっと、またダメージが入ったようだ。なかなか気持ちいいな。
安定期に入ったケーナは、無理のない範囲でお店へ出ている。移動の時は必ず家族の誰かが付き添ってるし、仕事の帰りは俺が迎えに行って転移魔法を使う。なにせ俺との間にできた、初めての子供だ。家族全員が、とても大切にしてくれている。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャ~ン」
「ん……アヤコママ、いらっしゃい」
突然クレアの横に現れたのは、毎度おなじみ女神の彩子さんだ。最近こっちの世界のファッションに凝ってるらしく、今日のコーディネートもなかなかいい。
「彩子さん、今日はどうしたんですか?」
「そんなん真白ちゃんのご飯食べに来たに決まってるやん! っていうのは半分冗談で、悪魔の呪いの気配がしたさかい来てみたんやけど、ここって病院なんか?」
そういえばこっちの人が悪魔の呪いだと意識すれば、天界に伝わると言ってたな。これだけ大騒ぎしてるから、その波動を受け取って足を運んでくれたんだろう。
部屋の主が一言も喋ってないなと視線を向けたら、唖然として固まっていた。面倒な患者が現れて、次々イベントが発生するから処理しきれないようだ。このままだとケーナの診察もできないし、とっととカタを付けて撤収することにするか。
「まっ、また女の子が現れたんだな。ボ、ボ、ボ、ボクのお嫁さんになりに来たんだな」
「うちの旦那は龍青君や、あんたみたいな男はお呼びやないで! 女神であるウチのことを養える器量は持っとらんようやし、一昨日来いや」
相変わらずの復帰スピードだ。しかし誰彼構わず嫁にするといい出すこの性格、去勢でもしないと治らないんじゃないか? この治療院で手術できないか、後で聞いてみよう。
「めっ、女神像と全然似てないんだな。う、う、う、嘘はいけないんだな」
「あんなん適当に作っとるから当然や。信じられへん言うんやったら証拠見せたる。これでどないや!」
…
……
………
『お前は我が街の〝美姫〟ケーナをさらって監禁し、娘を人質にとって卑猥な行為を強要していると噂の凶悪犯だな!』
『ちっ、父上! こ、こ、こ、こいつを早く逮捕してほしんだな』
『安心しろ、ワシの可愛い息子よ。目当ての女は手に入ったも同然だ』
………
……
…
彩子さんが空中で手を横に振ると半透明の板が現れ、そこへ映像が映し出される。これはセミの街へ墓参りに行った帰り、目の前にいる二人に絡まれたときの録画だな。
「へぇー……あなた達、リュウセイ君やケーナちゃんに、こんなひどいこと言ったんだ」
「あっ、あばばばばばばば……」
父親の方は、とうとう口から泡を吹いて倒れてしまった。流石にこれを見せられて事の異常さに気づいたのか、息子も顔を青くしている。このスキに病気のことを聞いて、とっととお帰り願おう。
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彼が患った病気は、シロフの祖母が罹ったのと同じ〝多発性紫紋症〟だった。俺たちがその病気について尋ねたことを覚えていた治癒師から、王都へ転院を勧められたそうだ。
そして病気について記載された医学書を持つ治療院を訪れた。
ヴィオレが時空収納に入れていた、ハイエルフの秘薬〝万浄水〟を飲んでもらい、病気を消し去ることができている。本音を言えば彼らに貴重な薬を渡したくはなかったけど、他の治癒師の所に押しかけられでもすると、犠牲者を増やしかねない。それに、目の前で苦しんでいる人を見捨てるような真似は、言語道断だ。
治療が終わったあと、即座にシェイキアの家から屈強な隠密を呼び、問答無用でセミの街へ強制連行した。息子には鬼軍曹の二つ名を持つ矯正師が派遣され、性根を叩き直すと決定している。更生が終了するまで軟禁されるので、もう誰かが嫌な思いをすることは無いだろう。
こうして、この国の平和は守られたのだった。
めでたし、めでたし。
この話をもちまして、後日談集は終了したいと思います。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
新作の方もぼちぼち進めていますので、お待ちいただけると幸いです。
ワケアリの仲間たちとアルファベットで無双する、そんな話になる予定。




