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シェイキアの過去編 第1話「ある事件の日」

 ご無沙汰しております。

 3ヶ月ぶりくらいの投稿になりますが、予告通りシェイキアの過去編をお送りします。


 全く新しい制作環境になり、まだ慣れてない部分も多いですが、リハビリを兼ねて書いてみました。お楽しみいただけると幸いです。


 詳しいことは活動報告の方へ書いてますので、よろしければどうぞ!

 街の郊外にある三階建ての家屋から、火の手が上がっている。

 規則正しく並んだ窓の一部は割れ、そこから煙とともに炎があふれ出す。


 消火活動と周囲への延焼を防ぐ作業で、建物の周りを幾人もの若者が走り回っているものの、小さな部屋が多数存在することもあり、鎮火には至っていない。


 そこへ小柄な女性が走り込んできた。



「ヴァイオリ、状況は?」


「建物内をくまなく捜索してみましたが、残念ながら生存者は……」


「……後手に回ってしまったわね」



 ここは身寄りのない子供を預かる施設として運営されていたが、その実態は違法な人身売買組織だった。その情報を掴んだシェイキアの家が密偵を派遣し、いざ踏み込もうとした直前に感づかれてしまう。


 そして組織の幹部たちが逃亡したあと、建物に火を放ち証拠隠滅を(はか)ったのだ。


 潜伏していた首謀者たちは、シェイキアの感知魔法で一網打尽にされたものの、初動が遅れたこともあり放火を未然に防げなかった。


 (にが)い表情をしたシェイキアが(生体)彩色石(さいしょくせき)を握りしめ、いまだ火の勢いが衰えない建物に目を向ける。



「念の為、魔法でも調べてみるわ」



 感知魔法を使えるのはレアカラーの水色が発現した者のみ、今いる隠密たちの中ではシェイキアしか使い手がいない。


 魔法を発動しながら建物の外周を移動していたシェイキアだが、ある地点で動きを止めてから走り出す。そのまま周囲を重点的に調べたあとに立ち止まり、隣に控えていたヴァイオリへ指示を飛ばした。



「家の奥に一つだけ反応があったわ。今から私が救助に向かうから、水で濡らした大きな布を用意して」


「お館様、危険です。ここは私と部下が――」


「だめよヴァイオリ。あなたは表に残って、消火の陣頭指揮を()りなさい。それにここに居たのは、小さな子どもたちばかり。もし狭い場所に隠れているなら、体の大きなあなた達より私のほうが有利よ」



 感知魔法で正確な場所を特定するには、対象の近くまで移動する必要がある。大まかな位置は判別できているが、これ以上は使い手の方から近づくしかない。一刻の猶予もない以上、ここで押し問答をしている暇はないというシェイキアの言葉に、ヴァイオリは説き伏せられた。



「心配しなくても大丈夫よ、こんな修羅場は何度もくぐり抜けてきてるんだから。伊達に四百年以上、生きてきたわけじゃないわ」



 シェイキアはそう言って微笑むと、濡れた布を頭から被り建物の中へ足を踏み入れる。



◇◆◇



 感知魔法を発動しながら、姿勢を低くしたシェイキアが廊下を進む。引火性のある液体をまいて火を放ったため、建物内部は燃焼の激しい場所と原型をとどめている部分が混在していた。



「中は思った以上に入り組んでるわね」



 外観はアパートのように窓が整然と並んでいたが、増改築を繰り返してる内部は一般的な建築物とは大きく異なる造りだ。子どもたちの逃亡を防ぐため通り道が一か所に集められているので、目的の場所へ行くためには遠回りをしなければいけない。


 燃えて焼け落ちた壁を無理やり通り抜けながら、シェイキアは生体反応のある場所へ急ぐ。古代エルフ特有の整った顔は(すす)で汚れ、服やプラチナブロンドの髪は一部が焦げてしまっている。



「この奥にいるみたいだわ」



 目の前には大きな棚があり、布や衛生用品などの日用雑貨を乱雑に詰め込んでいたが、最下段にあった不自然な空きに気づく。子供が一人通れるほどの隙間に潜り込んで背板(せいた)を調べると、一部が外れるようになっていて、奥には小さな空洞が存在した。


 そこには背の低い(かご)が置かれ、布に包まれた赤ん坊が眠っている。炎はすぐそこまで迫り、降り注ぐ火の粉にさらされていたが、その子の周りだけ円を描いたようにきれいだ。


 その理由は守護獣である黒猫が、障壁魔法を使い続けていたからである。


 ここは一部の使用人しか知らない隠しスペース。組織の実態が漏れることを恐れた幹部たちによって口封じが実行される中、不憫に思った使用人によって匿われたのだ。そのため隠密たちの捜索でも見つからなかったが、建物に火を放たれたため危機的状況に陥ってしまった。



「よく無事だったね、もう大丈夫だから安心して。守護獣のあなたも、よく頑張ったわね」


「な~ぅ」



 籠を引っ張り出したシェイキアが青い瞳の黒猫を撫でると、ひと鳴きした後に赤ん坊の横で眠ってしまう。それを確認したシェイキアは、焼け落ちようとしている部屋から急いで脱出し、ヴァイオリたちのもとへ戻るのだった。




 そして女の赤ちゃんはベルと名付けられ、シェイキアを母と慕いながらスクスク成長する――




―――――・―――――・―――――




 あの痛ましい事件から五年の月日が流れ、ベルはとても可愛らしい少女に成長した。その整った容姿は王家の血筋を彷彿とさせ、今ではすっかり家のアイドル的存在だ。シェイキアは彼女の出自を懸命に調べたが、手がかりは全く見つかっていない。


 若い隠密たちからは妹のように可愛がられ、年の離れたヴァイオリは孫のようにベルと接している。


 守護獣の黒猫は、言葉を覚えたベルからネロという名前をつけてもらった。かなり力を持った守護獣ということがわかっており、障壁魔法も物理と魔法の二枠持ち。風属性のため発動が速く、よちよち歩きのベルが誤って家具を倒してしまった時に、怪我から守ったこともある。


 ベル自身も赤の攻撃魔法が二枠あり、土属性の飛翔系と設置系が発現。一般的な人族の子供は、十歳程度にならないと魔法の発動は難しい。しかしベルは五歳にして、ある程度使いこなせるほどの才能を見せていた。


 精神的に未熟な子供が魔法を発動するのは危険だが、シェイキアや隠密たちの教育もあって、正しい使い方がしっかり身についている。



「お母さまみてみて、あっちのまとに当てられるようになったよ」



 シェイキアが仕事から帰ってくると、隠密たちが訓練に使う場所へ連れてこられた。そこは十メートルほど先に、小さな的が設置してある区画だ。右手を伸ばしたベルが呪文を唱えると、小さな土の弾丸が見事に命中する。



「すごいわベルちゃん、さすが私の娘ね!」


「なーう!」


「ネロちゃんもそう思うよね」



 満面の笑みを浮かべながらネロを抱っこしようと近づくが、シェイキアの手が触れる直前にサッと身を翻して離れてしまう。



「わーんネロちゃん、最近どうして触らせてくれないんだよー」


「なぅっ!」


「お母さまは力いっぱいだきしめたり、いやがってるのに無理になでようとするから、ネロににげられるのよ」



 守護対象が幼いうちは、守護獣の力も弱い。いくら俊敏な猫型とはいえ、少し前までシェイキアから逃げることは不可能だった。そしてさんざん構われたことがトラウマになり、ベル以外に触られることが嫌いな守護獣に成長してしまっている。



「だってベルちゃんもネロちゃんも可愛すぎなんだもん、この情動を抑えるなんて無理よっ!」


「もー、お母さまったら……」



 二人がどれだけ可愛いか力説する母親を、困り顔で見つめるベル。出張から帰ってきて、久しぶりに娘と触れ合えたシェイキアの暴走は止まらない。


 見かねたヴァイオリが止めに入るまで、シェイキアの説法は続くのだった――



◇◆◇



 仲良く一緒にお風呂をすませた後、二人はシェイキアの部屋にある天蓋付きの大きなベッドへ寝転がり、母娘の時間を楽しんでいる。ネロも近くで丸まっているが、不用意に近づくと起きてしまうため、手が出せない状態だ。


 もっともシェイキアは気持ちを切り替えており、娘とのスキンシップに全力投球中。ベルも出張から帰ってきた母親にベッタリ甘え、片時もそばを離れようとしない。



「いつも寂しい思いをさせてごめんね、ベルちゃん」


「お母さまは国のじゅうようなしごとをしてるって、わたしちゃんと知ってるからへいきだよ」



 甘えたいざかりの子供にそんなことを言われ、シェイキアの胸は締め付けられる。圧縮するほどの胸なんて無いじゃないか、数日前に交際を断った男の声で聞こえてきたセリフは、赤の魔晶(鋭利上昇)を添加したオールアダマス鋼の剣でぶった切った。


 貴族やそれに準ずる立場の人間は、子供を自ら育てるなんてことは(まれ)だ。王国御三家の当主であるシェイキアも、その事はよくわかっている。


 しかし、子供をひとりひとり大切に育てるエルフ族の血が、どうしても罪の意識を刺激してしまう。


 この機会に伴侶を得ることも検討したが、自分の耳を触らせてもいいなんて思える男に、会ったことはない。自分の出身地である古代エルフの里とは比べ物にならないほど、多くの人物と出会っているにも関わらずだ。


 外の世界を知ってしまった以上、今さら里の空気に馴染めるとは思えないので、同族から誰か現れるという望みも薄いだろう。


 王都の商会と交易をしているエルフや、冒険者をしているハイエルフも数人知っているが、シェイキアのお眼鏡にかなう異性は居なかった。それどころか断りなく耳に触れた男を、再起不能( E D )にした経験すらある。



「ベルちゃんともっと一緒に居られるように、お母さん頑張るからね」


「うん! お母さまだいすき!!」



 胸に抱きついてきたベルの頭をなでながら、王族の弱みをいくつかチラつかせて、自分に掛かる負担を減らしてやろう、シェイキアはそんな腹黒いことを考えていた。


 その計画は当時執事をしていた隠密に止められ、未遂で終わったのは余談である。



「お母さま、こんどのしごとでもへんな人いた?」


「うん、すごくしつこい人がいたのよー」


「お母さまはとってもきれいだから、おとこの人ににんきあるもんね」


「わたしには愛する子供がいるからって、ちゃんと断ってるんだけど聞いてくれないんだ」



 エルフ族の容姿には異性を魅了する効果があり、年齢や種族問わず言い寄られることが多い。特に古代エルフは里からほとんど出ない珍しい種族な上、小柄な体型と魔法適性の高さで人気がある。


 それまでは実力行使で黙らせることもあったシェイキアだが、ベルと暮らし始めてからは穏便に断ろうとしていた。相手を付け上がらせる結果になるのはわかりきっていたものの、以前の対応に戻すつもりはない。それは娘の将来のため。


 シェイキアはベルが十歳になったら、王都にある学院へ通わせるつもりだ。


 もし今までのように相手を力で抑え込んでしまったら、報復の矛先が子供へ向けられるかもしれない。大人たちは御三家に牙を向くような愚かな行為はまずやらないが、その子供が親の敵討ちなんて馬鹿な真似をする可能性は十分ある。


 今のまま成長すれば、そんな連中に負けないくらいの実力を、ベルは身につけることができるだろう。しかしいくら子供の喧嘩とはいえ、他人を傷つけたとなれば家どうしの問題に発展する。ましてや人に攻撃魔法を発動したなんて事態になれば、子供の将来に大きな影を落とす。


 この国にある教育機関では、良家の子女がそうした問題を起こさないよう、五年の歳月をかけて礼儀作法や上流階級の心得を叩き込むのだ。


 人の集まる場所では派閥ができ、集団で暴走してしまうことは大人にだってある。そんなリスクを少しでも減らすため、シェイキアは茨の道を歩むと決めた。




 しかしベルが十歳の誕生季(たんじょうき)を迎えたとき、二人にとって大きなターニングポイントが訪れる――


このエピソードは全3話です。

次回の投稿は次の土曜日を予定しています。

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