ケーナとお出かけ編 第1話「墓参り」
本日2話目の更新です。
まずは年上未亡人のケーナから!
最後の方で視点が一度変わってから戻ります。
その日はケーナさんと二人だけで出かける約束をしていたので、朝ごはんを食べた直後に王都の家を出発した。
行き先はその都度ケーナさんが決めてくれるという、ちょっと変わった形式のデートだ。
お互いの指を絡ませるように手をつないで隣を歩くケーナさんは、とても機嫌がいい。出会った頃に比べてかなり長くなった髪の毛が、歩調に合わせて跳ねるように揺れている。
「リコは連れてこなくても良かったのか?」
「はい。今日はどうしてもリュウセイさんと二人だけで、訪ねたい場所なんです」
「行き先はまだ秘密なんだよな?」
「まずは買い物をして、それが終わったら教えますね」
そう言って、ちょっといたずらっぽい顔をするケーナさんは、とても可愛らしい。道行く男性たちは例外なく見惚れ、隣りにいる俺に向かって〈爆発しろ〉とでも言いたげな視線を向けてくる。
この人は俺の大切な存在だから、誰にも渡したりしないぞ。そんな気持ちを込めて男たちに視線を返すが、伝わるはずもないか……
この世界の人は、俺の目つきを怖がったりしないもんな。
「どこに行くのか楽しみにしておくよ」
「全部リュウセイさんの転移魔法で行ける場所ですから、今日一日よろしくお願いします」
腕にしがみついてきたケーナさんの頭を撫でると、周りの視線が一気に密度を増す。膝から崩れ落ちた人が何人かいるけど、もしかしたらセミに住んでいたのかもしれない。この機会に彼女のことは諦めてくれ。
ケーナさんを自分のものにしたいと、明確に意識し始めたのはいつからだろう?
最初は一人で全て抱え込んでいた彼女の力になりたい、そんな気持ちしか無かった。一緒に暮らし初めてすぐは、かなり警戒されていたと思う。近づいても微妙に距離を開けられるし、話しかけて身を竦ませてしまったこともある。
ただ、呪いの後遺症で心を閉ざしていたリコが俺に懐いてくれたので、ケーナさんの態度も徐々に軟化してきたのは確かだ。そう考えると、リコは二人のキューピッドと言っていい。
「リコにもお土産を買って帰らないと可哀想だな」
「ふふふっ、リュウセイさんって本当に優しいですよね」
「リコはもう、俺にとって娘と言っていい存在だし、大事にするのは当たり前だぞ?」
「はぅっ……その顔、ちょっとずるいです」
こういう反応が返ってくると、頑張って微笑みかけた甲斐がある。
やはりケーナさんのことを明確に意識しだしたのは、リコの意識が戻ってよく笑うようになってからだな。特に離れて暮らしはじめて以降、照れた顔や拗ねた表情なんかも、よく見せてくれるようになった。
そしてトドメになったのは、彼女が倒れた日だ。あの時はそばを離れるのが不安になるほど心配で、握られた手を二度と離すまいなんて思った覚えがある。寝る直前まで甘えられ、ドキドキしたと同時に愛おしい気持ちがあふれかえったっけ……
誰が見ても恋人同士というほど距離が縮まった彼女に対して、そろそろちゃんとケジメをつけようと常々考えている。それを伝えたい俺にとって、今日のデートは好都合だ。
帰る前にどこか景色の良い場所にでも行ってみよう。
◇◆◇
王都のお店で小さな花束を買って、転移してきたのはセミの街だ。
転移場所から街外れに向かって歩き、目指しているのは平民が利用する納骨堂。
両親と夫の墓参りをしたい、花屋を出たあと申し訳無さそうに言われたが、俺もちゃんと挨拶をしておきたかったので、気にしないでいいと伝えている。
リコを連れてこなかった理由は、ここに来るためだと言っていた。それに行き先を伝えなかったのも、ギリギリまで勇気が出なかったからとのこと。
「俺はこの世界の祈り方を知らないから、教えてもらってもいいか?」
「特に決まったやり方があるわけではないので、リュウセイさんがいた世界の祈り方で構いませんよ」
建物が近づくにつれて緊張していくケーナさんの手をそっと包み込むと、いつもより強めに握り返してくれる。俺をここに連れてくるのは、かなり覚悟が必要だったと思う。ということは恐らく彼女も、いま以上の関係を望んでくれているはずだ。
しっかり挨拶して、誓いを立てることにしよう。
「階段が狭いし並んで降りるのは無理そうだから、俺が先に行くよ」
「はい……よろしくお願いします」
俺の服を掴むケーナさんの手を感じながら階段を降りていくと、地下に作られた広い空間が現れた。この世界で納骨堂に入るのは始めてだけど、中央には祭壇に囲まれた大きな穴がある。
穴の外周に沿って、下へ降りる階段が作られているが、明かりがないので真っ暗だ。遺骨は全て穴の底に安置されているらしいので、かなり深さがあるだろう。
一人ひとり個別の収納場所があるようなイメージだっただけに、文化の違いを感じてしまった。
参拝者は穴の中へ降りられないので、備え付けられたテーブルの上に花束を置き、手と手を合わせて地球式のお祈りをする。
この場所に眠っている父親はケーナさんが結婚する前に、王族だった母親はリコが二歳の誕生季を迎える前に、亡くなったそうだ。
父親は真面目な普通の人だったが、母親はかなりお転婆だったらしい。彼女の乳母をやっていたマリンさんに聞いた話だと、ちょくちょくお城を抜け出し、街へ出てしまうこともあったとか。
そこで知り合ったのが、一般人だった男性だ。
意気投合した二人の仲は急速に接近し、王族を離れた彼女と別の街へ引っ越して結婚。娘に王家の血筋だと伝えなかったのは、美男美女が生まれやすいという遺伝的特徴があったからだろう。
そして同じくこの場に眠っているケーナさんの夫は、リコが三歳の誕生季に事故で帰らぬ人となってしまった。
まだ幼かったこともあり、リコには父親の記憶がほとんどない。ここへ連れてきたくないという、ケーナさんの気持は良くわかる。もう少し心身ともに成長し、俺のことを父親として頼ってくれるようになったら、改めて三人でお参りに来よう。
(ケーナさんは俺にとって大切な人だ。そしてリコのことは自分の娘のように感じている。二人とも幸せにするから、安心して見守っていて欲しい)
穴の底で眠る三人に届くよう、時間をかけて祈りを捧げた。
―――――*―――――*―――――
夫の命日が近いこともあり、リュウセイさんにお願いして、セミの街まで連れてきてもらった。
私のことを大切にしてくれている男性に、今でも夫のことを忘れられない姿を見られるのは怖い。でも、彼の気持ちを受け入れるためにも、ここは避けられない場所。
王都で花束を買って、後戻りできないように自分を追い込んだ末に行き先を告げると、彼は「自分も挨拶したいから気にしないでいい」、そんなふうに言ってくれた。
本当にこの人は優しい。
そして父親のような包容力もある。
夫が亡くなり、娘を一人で育てていこうと決意してから、もう女としての幸せは二度と掴めない、そう思っていた。
でも彼と出会ってその胸に抱かれた時、ずっと忘れていた感情が再び蘇り、自分の中でどんどん大きくなっている。今では近くにいるだけで、お腹の奥が熱くなってしまう程だ。
きっと私の中にある女としての根源が、彼のことを求めてるんだろう。
ふと隣を見ると、伸ばした手のひらを胸の前で合わせ、目をつぶりながら頭を少し下げていた。
(あれが異世界の祈り方なのかしら……)
なんだか神聖な空気が感じられて、思わずその横顔に見入ってしまう。
静かに祈りを捧げている横顔は、とても凛々しくて男らしい。
こうして見ているだけで胸が高鳴ってしまうのは、初恋をしてた頃に戻ってしまったようで恥ずかしくなる。自分の中にまだ乙女な部分が残っていたのは、なんだかすごい発見をしてしまった気分。
明確に彼のことを意識しだしたのは、いつからなんだろうか。
いちばん大きな出来事は、私が熱を出して倒れちゃったときだけど、あれはいま思い出しても恥ずかしい。あの時はリュウセイさんからあふれ出る父性にアテられて、歯止めが効かなかった……
でもよくよく考えれば、出会ってすぐに私はお姫様抱っこされている。
急な出来事だったので思わず体を固くしてしまったけど、決して嫌な気持ちにはなってない。夫が死んだ日から大勢の男たちに性的な目で見られ、近寄られるだけで肌にツブツブの出ていた私が、だ。
(きっとあの瞬間から、二人はこうなる運命だったのね)
不幸なことが立て続けに起こって、世の中の全てに絶望していた。
そんな私に光をくれたのが、リュウセイさんの家族だ。
(お父さん、お母さん、そしてあなた。私はこれから、この人と生きていきます。あなたのことは忘れたりできないけど、この気持ちを抱えたままでも幸せになれる道があると思うの。彼とならそれを見つけられる、そんな予感がします。だから私たちのことを見守っていて下さい)
私も彼と同じように手と手を合わせ、三人が眠る穴に向かって祈りを捧げた。
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お墓参りを終えた後、ケーナさんの手を引きながら納骨堂を出る。中は魔道具の照明がいくつも置かれていたが、外の光には到底かなわない。
明るさに慣れるまで少し立ち止まり、お昼はどこで食べようか相談しながら繁華街を目指す。別の街へ転移するとしても、見通しの良いこんな場所では無理だ。
腕を組みながらのんびり散歩していたら、突然後ろから声をかけられた。
「おっ、お前!
ボ、ボ、ボ、ボクのケーナちゃんから離れるんだな」
こちらは全3話になります。
次回の投稿は明日の朝を予定していますので、お楽しみに!




