海水浴編 第6話「シャワーの後はバーベキュー」
バーベキューの準備が整ったと呼ばれ、海に出ていたメンバー全員で海岸へ戻ってきた。浜辺に設置した組み立て式の簡易水槽は、生活魔法で作ったコールのおいしい水で満たされている。そこへホースを突っ込み、先端をシャワーヘッドに交換した高圧洗浄機の魔道具を起動。
ひと塊になって待機中のメンバーに向け、止水弁を開放する。
「冷たくて気持ちいいよー、あるじさまー」
「まるで雨の中にいるみたいです」
シャワーヘッドから水が勢いよく飛び出し、辺り一面に降り注ぐ。父さんたちが作っただけあり、性能は家にあった黄色と黒の製品同様だ。電気やエンジンを使うものと全く原理が異なるので、サイズもコンパクトで駆動音もない。
元々この世界にあった技術の応用らしいけど、これのおかげで庭や家庭菜園の水撒きが随分楽になった。男の神が望んでいた文明の発展に、俺の両親が大きく貢献してるんじゃないだろうか。
「なんだか楽しそうね、リュウセイ君」
「ヴィオレも中にはいってみるか?」
「せっかくだから水浴びしてみようかしら」
近くに飛んできたヴィオレが、シャワーヘッドの近くに突っ込もうとするので、慌てて止める。
「あまり近いと水圧で水着が脱げてしまうから、少し離れないと危ないぞ」
「あら、リュウセイ君にだったら見られても平気よ?」
「それは二人だけの時にしてくれ」
「うふふ、それもそうね。じゃあ、行ってくるわ」
最初に出会ったとき、俺が見ている前で服を脱いでしまったけど、ヴィオレはその辺の感覚が人とはちょっと違う。彼女のそんな姿は自分だけのものにしておきたいから、ここは自重してもらわないといけない。
降り注ぐ水の中を飛び回りながら、楽しそうな声を上げている花の妖精女王を見て、近くで遊んでいた妖精たちも集まってきた。そんな大勢の中にいても、一番目立つのはやっぱりヴィオレだ。俺のプレゼントしたアンクレットが、太陽の光を浴びてキラキラ光っている。
紫色の大胆なビキニを身に着けて空中を舞う彼女は、とても幻想的で美しい。
……って、他の妖精たちは服のまま水浴びしてるから、何人かうっすら透けてしまってるぞ。なるべく見ないようにしよう。
《サモン・素数大先生》!
◇◆◇
今年は人数が多いこともあり、バーベキューコンロを三台に増やした。そのうち二台はシェイキアの家で使っているので、ヴァイオリさんが自分の収納に入れて、ここまで運んでくれている。
「待ちに待ったバーベキューや! 今日はめっちゃ食べるでぇ!」
「こんなの俺たちの家でもやったことないぞ」
「初めて見る調理用具ですよね、コンガー様」
人数が多い武門の家にいるコンガーとスワラも、さすがにバーベキューは知らないようだ。あそこはちゃんこ鍋みたいな、ごった煮が主食だって言ってたもんな。
「コールお姉さま、これはどんな料理なんですか?」
「串にお肉や野菜を刺して、直火で焼いて食べるんですよ。それに特製ソースをつけると、とても美味しい料理になるんです」
「今年のソースは、うちのお父さんが開発した新作なんだ」
「去年より味に深みとコクが出て、更に美味しくなったよ。甘口のソースもあるから、そっちがいい人は私に言ってね」
セミの街に住んでいたシロフの祖母が、店を畳んでアージンへ引っ越してきた。そのおかげで宿屋の営業に余裕が生まれ、料理の品数を増やすことを決定。そこで俺たちが使っている、バーベキューコンロと似た調理道具を特注したそうだ。
まずは焼鳥のような串物を出すことにしたらしく、その過程で開発されたソースだとか。去年もシロフの親父さんに協力してもらっているし、ソース作りに関しては達人級の腕を持つ。今年の出来栄えにも期待が膨らむ。
黒の魔晶を練り込んだ燃料を底に並べ、火をつけた後に真っ赤になるまでしばらく待ち、炎が収まって安定燃焼になったら、串に刺した食材を網の上に並べていく。辺り一面に香ばしい匂いが漂い出し、肉からにじみ出た油が落ちてジュワジュワ音を立てる。
「これやこれ! これがバーベキューの醍醐味や! ビール欲しなってくるわー」
「度数の低いスパークリングワインを持ってきたから、彩子さんも一緒に飲むか?」
「えぇんか!? 広墨君」
父さんと母さんが時々晩酌をするので、うちでもお酒を買うようになった。しかしこの世界には、ビールに近い飲み物はない。ウイスキーに似たお酒はあるのに、同じ原料で出来るビールが作られてないのは、ちょっと不思議だ。
お酒を常備するようになったといっても、真白とコールはアルコール絶対禁止にしてる。この二人は酔うと脱ぎだすからな。ヴィオレにもさっき言ったが、そんな格好は二人だけの時にしてもらいたい。
ちなみにケーナが酔うと、ベタベタに甘えてくる。以前発熱した時と同じくらい可愛くなるので、お酒を飲んでからイチャイチャ過ごす日をたまに作るのが、最近の密かな楽しみだ。
「そろそろ出来上がるから、お皿を持って並んでねー」
真白の号令で次々取り分けられ、椅子に座って軽く乾杯する。テーブルには氷の入ったボトルクーラーが置かれ、スパークリングワインの瓶が刺さっていた。飲んでいるのは父さんと彩子さん、それにシンバとサンザ王子か。酔ったまま海に入るのは危険だから、誰が飲んでるか覚えておこう。
「みんなはあっちの方に行きましょ。今日はアイスクリームとプリンを作ってもらってるのよ」
「マシロさんの作るアイスクリーム……すごく美味しい……です」
「私も楽しみにしていたからな。みなも相伴にあずかろう」
「「「「「わーーーっ!」」」」」
ヴィオレがアイスと蒸しプリンを乗せた大きなお皿を時空収納から取り出すと、それに妖精たちが群がっていく。小さなスプーンで次々口に入れてるが、どの顔もすごく幸せそうだ。
何人か見たことのない羽の子に話しかけてみたけど、残念ながら本の妖精はいなかった。どうやら昔のポーニャと同じく、外に出る子はあまりいないようで、なかなか見つからないらしい。こればっかりは仕方ないことだから、気長に待つとしよう。
「とーちゃん、かーちゃん、にくもやさいもすごくうまい!」
「ホントだなダルバ。しかも酒によく合うソースだぜ」
「野菜の苦手なダルバがこんなにパクパク食べるなんて、ほんとに美味しいね」
ダルバは野菜が苦手だったのか。まぁ、あの年齢くらいの子供は、ある意味仕方ない。俺の婚約者は野菜が食べられない、当時二十八歳の子供だったけどな!
そんなシエナの偏食も治ったくらいだし、真白にお願いしてレシピを伝えてもらおう。
「リュウセイくーん、お姉さんに対してなにか失礼なことを考えてないぃ~?」
「シエナもすっかり野菜嫌いが克服できたんだなと、思ってただけだぞ」
「マシロちゃんたちが作る料理ならぁ、なんでも食べられるよぉ~。でもぉ、今日の野菜は特に美味しいねぇ~」
「私たちの里で採れた、エルフ野菜だからね」
「今日はハイエルフの里で、もらってきた野菜も入っておるのじゃ」
古代エルフの里は根菜類が豊富で、ハイエルフの里は葉菜類を数多く作っている。冒険者として黒階で活躍しているマキさんとシマさん夫婦、そしてイザーさんの三人を連れてハイエルフの里へ帰省した時、お土産としていくつか分けてもらった。
深い森の中にある異なる産地の野菜を一度に食べられるのは、恐らく大陸でもここだけだろう。
「お肉はドーヴァで買ってるのです」
「貝はチェトレの朝市で仕入れたですよ」
「一緒に旅をしてるときも思ったけど、君たちの使ってる食材は宮廷料理を超えてるね」
「……ばーべきゅーもすごくおいしくて、かんどうしました」
「晩餐会とかでは味わえない料理だわ」
王族の三人も満足してくれているようで何よりだ。侍従の三人は一心不乱に食べてるけど、午前中にかなり泳いでるし、相当お腹が空いていたんだろう。
しかし真白が言った通り、今年のソースは去年のものより断然美味しい。同じような調理道具を導入したおかげで、直火で炙って少し焦げた状態で美味しくなるよう、調整されてるんだと思う。さすが親父さんと言ったところか。
「くぅ~、料理はうまいし器量もいいし、真白が俺の娘で良かった!」
「広墨さん、ちょっと飲みすぎよ」
「へーき、へーき。ほれ、彩子さんも、もう一杯」
「えろうすまんな、広墨君。
……おっとっと、こぼれてまう、こぼれてまう」
なんでスパークリングワインを日本酒みたいに、なみなみとついでるんだ。父さんはすっかり出来上がってしまってるし、後始末は母さんに任せよう。場の雰囲気に酔ってる部分もあると思うから、少し昼寝すれば酔いも醒めるはず。
そういえば彩子さんが飲んでるところを見るのは初めてだけど、全く表情が変わってない。やっぱり不変の存在だから、酔ったりしないのか?
さすが女神様だ。
……あれ?
ということは、もしかして底なし……?
まぁせっかくの楽しい場だ、難しいことを考えるのはやめよう。空になったビンが彩子さんの足元に転がってるのは気のせいだ。俺は見てない、何も見ていないぞ。
「とーさん、おいしくてたのしいね」
「ん……大勢でご飯を食べると、余計に美味しく感じられる」
「今日はみんなが集まってくれたし、午前中にたくさん泳いだから、最高の状態でお昼を食べられたな」
ライムとクレアの口元についてるソースを、布巾で拭いながら俺はそう答える。去年も同じことを考えたけど、海の家みたいな場所で食べる料理は、なぜかいつも以上に美味しく感じてしまう。これは屋台料理にも言えることだ。
やっぱりその場の空気ってのが、大切なのは間違いない。
「リュウセイお父さん、おひるをたべたあと、なにしてあそぶ?」
「午後からはビーチバレーをやってみようと思うんだ」
「リュウセイ、〝びーちばれー〟ってなに?」
「砂浜にコートを作ってボールを打ち合うんだけど、ルールは簡単だしすぐ覚えられるぞ」
せっかくボールが二個あるんだから、ネットの高さを変えたコートを作って、子供たちも遊べるようにしよう。
「あっ、龍青君。ネットは作ってるんだけど、ポールを用意するの忘れちゃったんだ。なにか適当な棒とか持ってないかな?」
「金属パイプならあるけど、手持ちのものは長さが中途半端だから、埋め込む部分が足りないと思うんだ。倒れたときに危険だし、向こうの山で適当な木を探してくるよ」
「あるじさまー、それなら山まで一緒に行こうよー」
「私もお手伝いします、ご主人さま」
「食後の散歩がてら、ちょっと歩いてくるか」
『山に行くなら儂も手伝ってやろう』
バンジオが来てくれるなら心強い。
適当な倒木を見つけて、皮とか剥いてもらえれば使いやすくなる。
午後の予定も決まったし、存分に楽しむための準備をしよう。
次回は双子の姉妹と散歩したあとにビーチバレー大会!
果たして最強はどの組み合わせなのか?
来週公開予定です。




