海水浴編 第5話「可愛いは正義」
遠泳から帰ってくると、ソラとシエナが駆け寄ってきた。
どうやらドラムのいるところに行ってみたいらしい。
マットタイプの浮き輪を一枚持ってきて、二人につかまってもらって沖へと向かう。
泳いだ経験がないと言っていたタルカとスワラは、すでにクロールをマスターしており、クリムやアズルと四人で競争中。どちらも王女の侍従を任されるだけあって、相変わらずの万能ぶりだ。
タルカは同じ鬼人族のコールに泳ぎを教わってたけど、競争には誘わなかったのか。まぁコールの水着は、形が俺たちの世界のものに近い。激しく動いたりすると、去年ベルが遭遇したような事態に陥ってしまう可能性がある。
男が俺だけだったら、多少恥ずかしがる程度で済むかもしれないけど、今回は大勢の人がいるから安全を優先したんだろう。
「リュウセイ速い、すごく楽しい」
「楽ちんでいいよねぇ~」
さすが父さんと母さんが作っただけあり、浮き輪にはロープを結ぶ留め具がついていた。太くて丈夫な紐をそこに結び、引っ張りながらドラムに向かって泳いでいく。二人ともすごく楽しそうだし、あとで他の子たちにもやってあげるか。
「にーちゃん、それぼくにもやって!」
「リュウセイお父さん、私もひっぱってほしい!」
「ダルバもリコも後でやってあげるぞ。でも、ちょっと唇の色が悪くなってきてるから、いったん水から上がろうか」
浮き輪につかまって近づいてきたダルバとリコを見ると、唇の色が少し白くなっている。ドラムが作ってくれた羽のすべり台が面白くて、ずっと遊んでいたっぽい。この辺りで一度休憩させて水分補給もしないと、バーベキューを楽しめなくなる。
「ソラおねーちゃん、シエナおねーちゃん、いらっしゃい!」
「ん……海にそびえる秘密基地へようこそ!」
秘密という割に周囲から丸見えだけど、そんなことは問題じゃない。言葉の響き自体が子供心をくすぐるんだよな。俺が幼かった頃も、家の押し入れに懐中電灯を持ち込み、真白と一緒におやつを食べたり昼寝した経験がある。
押し入れで熟睡してしまった時は、子供がいなくなったって母さんが大騒ぎしたっけ……
連絡を受けて慌てて帰ってきた父さんが、あっさり見つけてくれたけど。
「ライムとクレアは体が冷えたりしてないか?」
「ドラムじーちゃんのせなかであそんでたから、だいじょうぶだよ」
「ん……私も泳ぎ疲れたから、ずっと休んでた」
みんなを連れてドラムの背中に登り、しばらくまったり過ごした後に、収納から果実水を取り出す。収納魔法は外気温の影響を受けないので、水道水くらいの冷たさだ。泳いでいる子たちには丁度いい温度だろう。
羽の上に座って、ミルクやバニラと遊んでいたカリン王女も、隣に移動してきた。気持ちのいい風を受けながら、全員でのんびりタイムを開始。
「……つめたくて、おいしい」
「海で遊ぶのは楽しいか?」
「……いっしょにたびをしたときと、おなじくらいたのしい」
「それは良かった。今年のうちにもう一回くらい、みんなで遊びたいな」
「……うんっ!」
こちらを見上げながら、カリン王女はひまわりのような笑顔を向けてくれた。ドキッとしてしまうくらい魅力のある表情は、ちょっと卑怯だ。祖父である今の国王が溺愛しているというのも、大いに納得できる。
「リュウセイ、すごく優しい顔になってる」
「リュウセイくんってぇ、やっぱりちっちゃい方が好きなのぉ~?」
シエナは俺のことをロリコンとでも言いたいのか?
子供みたいな大人は大丈夫だけど、心身ともに成人してないのは無理だぞ。
そんな特大ブーメランが返ってくるようなことを、どうしてこの場で言い出すんだ。それとも、もっと違う場所のことを質問したんだろうか……
その件に関してなら、何も問題がない。大きいものには夢が詰まってるし、小さいものは夢を与えてくれる。大小に貴賤なんて無いからな。
節操なし?
そんな言葉は、俺の辞書に載ってない。
「シエナみたいに可愛ければ、大きくても小さくても問題ないぞ」
「やぁ~ん、お姉さん可愛いって言われたよぉ~。いやだなぁ、テレちゃうなぁ~」
シエナの顔をまっすぐ見ながら答えると、簡単に話をはぐらかすことが出来た。
ちょろいな!
「とーさん、ライムはかわいい?」
「ライムは羽もツノも、その存在全てが可愛い」
「ん……パパ、私は?」
「クレアは甘えてくる姿が特に可愛いな」
「リュウセイ、私どう?」
「ソラは可愛いだけじゃなく、最近どんどん美人になってきた」
「リュウセイお父さん、私みたいなのは?」
「リコは元気かわいいから、近くにいるだけで楽しくなる」
「……お兄ちゃん、わたしは?」
「カリン王女は、さっきの笑顔がすごく可愛かった。また見せて欲しい」
「にーちゃん、ぼくは?」
「ダルバは将来、シンバ父さんみたいにカッコよくなれるぞ」
「やったー!」
みんな嬉しそうにしがみついてくるので、バランスを崩しそうになってしまう。
ドラムもこちらの方に顔を向けているが、なんか表情が柔らかい気がする。これだけ背中で暴れても微動だにしないんだから、竜の体っていうのは本当に頑丈だ。
『リュウセイは、おなご達に大人気じゃな』
「さすが旦那様なのです」
「皆さんメロメロですよ」
「カリン……真っ赤になって……かわいい」
「みゃーん」
「ピルルー」
「にゃーうー」
もみくちゃになってる俺を見て、精霊王たちが頭の上に移動してきた。最近はヴィオレとヴェルデだけだったので、なんだか懐かしさがこみ上げてくる。
『やはりこうして集まるのは楽しいものだ』
『一人旅は味気ないですものね』
『ったく、リュウセイたちと出会って、俺様もすっかり変わっちまったぜ!』
そんなふうに騒いでいたら、シェイキアとスファレが近づいてくるのに気づく。お役目時代から旅を続けていただけあり、スファレも体を動かす時の要領がいい。シェイキアに負けないくらいの綺麗なクロールで泳いでる姿に、少しだけ見とれてしまった。
「やっほー、遊びに来たよ」
「われも仲間に入れるのじゃ」
「これ以上は支えきれないから、少しだけ待ってくれ」
みんなを一人づつ引き剥がし、シェイキアとスファレに登ってきてもらう。ちょっと暑くなってしまったから、水に入って涼みたい気分だ。もう少ししたら子供たちを浮き輪に乗せて、引っ張りながら泳いでくるか。
「みんな楽しそうにしてたね」
「何をしておったのじゃ?」
「とーさんに、かわいいって言ってもらうあそびだよ」
「なんか面白そうだね、私にも言ってよリュウセイくん!」
「シェイキアは真剣に仕事をしてるときと、リラックスしてる時のギャップが大きくて、余計に可愛く見えるよ」
「うわー、予想以上にいいね! ちょっとキュンキュンしちゃった……」
ぺたんと女の子座りしたシェイキアが、おへその下辺りを押さえながら身悶えし始める。その動きと手の位置は教育に悪いから、自重して欲しい。
「リュウセイ、われも、われにも言って欲しいのじゃ」
「スファレの宝石みたいな瞳、それに敏感な耳、どれも可愛いぞ」
「……こっ、これはいかん、想像以上なのじゃ」
二人とも耳まで赤くして瞳をうるませてるけど、もしかして発情?
いざとなったら海に放り込んで、頭を冷やしてもらおう。
普段から可愛いとか綺麗って言葉は口にするようにしてるけど、やっぱりいつもと違うシチュエーションだから、これほど過剰反応するんだろうか。海水浴に来ると大胆で開放的になるってのは、本当だったらしい。
そういえば学生時代にも、ひと夏のアバンチュールがどうとか聞いた覚えがある。きっと、こうした気持ちの変化を指していたんだな!
「さっきソラとシエナにやってたように、浮き輪に乗せて引っ張るけど誰から乗る?」
「にーちゃん、ぼくのってみたい!」
「……わたしもいい? お兄ちゃん」
「まずはダルバとカリン王女だな。落ちないように、しっかりつかまっておくんだぞ」
ちょっと遠くの方に気になるものを発見したし、スファレとシェイキアをクールダウンさせるために、この場からとっとと離れることにした。
◇◆◇
楽しそうに笑うダルバと、いつも以上にはしゃいでいるカリン王女を乗せ、目的の場所に泳いでいく。大きなドーナツの中心にお尻を落とし、寝転びながら波間を漂っているのはディストだ。
「気持ちよさそうだな、ディスト」
「やぁリュウセイ、浮き輪の使い方をヒロズミに教えてもらってね。こうしてのんびりするのは、なかなかオツなものだよ」
なる程、ディストは父さんと一緒に遊んでたのか。
それなら浮き輪をこうして使っていたのも納得だ。
「一緒にドラムの近くまで行ってみないか? みんな集まってきたから楽しいぞ」
『移動すんなら、俺様が風で動かしてやるぜ』
「それは楽しそうだね、是非お願いするよ」
風に吹かれてディストの乗った浮き輪が動き出したので、それを追いかけながら泳ぐスピードを上げる。
「……すごい、さっきよりはやくなってる」
「落ちないように気をつけるんだぞ」
「ぼく、あとであのにーちゃんみたいに、あそんでみたい!」
『おう、移動は俺様に任せときな!』
しかし浮き輪は本当に大発明だな。特に小さな子供たちが自由に遊べるのがいい。素材の開発にはソラの両親も関わってるだろうし、なにかお礼を持ってジェヴィヤの街まで行こう。
お昼の準備ができるまで、みんなで思う存分海を楽しんだ。
次回はいよいよバーベキュー!
両親や女神が加わったことで、去年とは違う様相を呈します。
明日更新予定なので、お楽しみに。




