ベルの悩み相談編 第3話「最凶装備」
俺にしか見せられない服を着ると言って、母さんとベルは衣装部屋へ入っていった。
「ん……ベルママどんな服を着るんだろう?」
「ソラは何も聞いてないのか?」
「何となく予想できる。でも楽しみ減る、だから言わない」
今まで着ていた服も、かなり俺のツボを押さえていたから、恐らくその延長線上だろう。しかし、ナース服とかチャイナ服なんかは、この世界にないハズだ。
ソラもメイド服づくりが忙しくて、他の衣装まで縫う余裕はなかっただろうし……
「ん……パパの喜びそうな服?」
「リュウセイだけじゃない、男はみんな好きだと思う」
まさか、うさみみ付きのバニースーツ!?
……いやいや、この世界には兎人族がいるんだ。
ソラと仲のいい、王立図書館で司書をやってる女性を抱っこした時、何度か耳をモフらせてもらってる。あの天然うさみみを触ってしまったからには、ヘアバンドごときで満足できるとは思えない。
あ、でも、網タイツ姿のベルはちょっと見てみたいかも。
そんな風に妄想の翼をひろげていると、部屋の中から二人の会話が聞こえてきた。
『本当にこれでいいんですか?』
『バッチリよ、ベルちゃん! とっても可愛いわ』
『さすがにやりすぎだと思うんですけど……』
『夫婦なんだから、これくらやらないとダメよ!』
『でも、私ってマシロちゃんやケーナさんみたいに、スタイルが良くないから……』
『だからこそ、こうしてアピールするんじゃない。
ほら、そろそろ龍青君を呼ぶわよ』
『あっ!? 待ってお義母様、まだ心の準備が!』
『問答無用よっ!!』
露出の多い服でも着せてるのか? 母さんは。
しかし残念だったな、それくらいで俺が動じると思ったら大間違いだ。ドキドキしてしまうのは男としてどうしようもないが、俺とベルは夫婦なんだぞ。お互いのことは、ほくろの場所まで知っている。
扉から顔だけだして手招きする母さんと一緒に、俺は部屋の中へと入っていった。
◇◆◇
正直、俺は母さんをナメていた。
まさかこんな手で来るとは。
目の前に広がる光景は桃源郷か?
「……あっ、あの。どうかな、あなた」
「ハッキリ言って裸よりエロい!」
「はうっ!?(///)」
ベルが身に着けているのは、ベビードールとショーツのみだ。
しかも色は黒。
胸から下はシースルーなので、三角形の布に刻まれたレース模様も、バッチリ見えている。
今年の夏に見た水着より布面積は大きいし、形だってごく一般的なもの。しかし、それを薄い布越しで見ると、どうしてこうも魅力的になるんだろう。
今は母さんの目があるので必死に抑え込んでいるが、もし二人っきりの時にこの姿で迫られることがあれば、ベッドへ向かってカエルのようにジャンプしながらダイブする自信がある。
このまま転移門を開いて、誰も来ない場所に……
って、いやいや待て、落ち着くんだ俺。
そんな事をしたら、後で何を言われるかわかったもんじゃない。
「やってくれたな母さん、俺の完敗だ」
「広墨さんの血を引く龍青君には、これが一番効果的だってわかってたからね」
「そうか、これは父さんにも有効打が入るのか……」
「これのおかげで、龍青君と真白ちゃんを授かることができたのよ」
俺が生まれたのは、母さんが二十三歳の時。
つまり大学を卒業して間もない頃、このランジェリーを身に着けた母さんを見て、父さんはハッスルしてしまったわけだ。
これは早く次の孫を見せろという、母さんからのメッセージなんだろう。
「今度はその格好でお願いするよ、ベル」
「うん、いっぱい可愛がってね」
頬を染めながら、伺うようにこちらを見るベルは可愛すぎる。
あぁ、やっぱり今から誰もいない場所に転移したい。
◇◆◇
最後の最後で盛り上がりすぎたので、熱を冷ますためクレアと三人でデートすることにした。
さすがに二人きりで出かけたら、自重できる気が全くしない。
夫婦なんだから別に構わないのかもしれないけど、嫁の人数が多いので突発的な行為は控えねばならない。それが家庭円満の秘訣だ。
「俺がまだ行ったことのない場所で、景色のきれいな所とかベルは知らないか?」
「少し北の方になるんだけど、今の時期だと山が赤や黄色に染まる場所があるわよ」
「紅葉が見られるのか、それはぜひ行ってみたいな」
「ん……地図を出すから、どこにあるか教えて」
クレアを抱っこしながら世界地図を表示してもらい、現在位置に表示されているピンを目的の場所へ刺し直す。
そこを思い浮かべながら転移魔法を発動すると、目の前に赤や黄色に彩られた風景が飛び込んできた。
「おー、これは綺麗だな」
「ん……山がグラデーションになってる」
「あっちにある林の奥が小さな湖になってるから、行ってみましょう」
赤く染まった木の立ち並ぶ場所が、自然の遊歩道みたいになっているので、クレアを真ん中に挟んで手を繋ぎながらゆっくり歩く。地球にあるモミジとは全く異なる、赤や黄色に色づいたハート型の小さな葉っぱが、地面にもたくさん落ちている。
こんな場所を歩いていると、昂ぶっていた気持ちも一気に静まるな。
きれいな景色を見て心を落ち着けよう作戦は大成功だ。
「俺や母さんのいた世界では、こうして紅葉を眺めることを〝紅葉狩り〟って言うんだ」
「ニホンっていう国は、面白い風習が多いわね」
「ん……モミジを倒すの? パパ」
「この場合の〝狩り〟は〝愛でる〟って言葉を指すから、見て楽しむって意味になるな」
「ん……確かにすごくきれいだから楽しい。それにパパとベルママが一緒だから、とっても嬉しい」
クレアのその言葉を聞き、ベルと視線を重ねながら微笑み合う。
可愛い娘と奥さんを連れて出かけるのは、やっぱり幸せだ。
「次はクレアの弟か妹と一緒に来たいよ……」
「子供の前なのに、あなたったら、もう……」
しまった、つい心の声がポロリと漏れてしまった。
こちらをチラチラ見ているベルも満更では無さそうだから、近いうちに母さんおすすめの格好をしてもらい、二人で燃え上がることにしよう。
◇◆◇
湖のある場所まで行くと、桟橋代わりに使えそうな岩の台があり、そこでボートを浮かべて沖に出る。
湖の周りも木がいっぱい生えているため、なかなか壮観な眺めだ。
「ん……パパは色々なものを持ってるから、どこに行っても楽しめるね」
「仕事も遊びも冒険も、全力でやるのが父さんのモットーだからな」
「今度は家族全員で来ない?」
「それはいいな。ケーナとリコの休みに合わせて、お弁当を持ってみんなで遊びにこよう。俺はシェイキアの予定を開けられるように、明日からそっちの仕事を手伝うよ」
機密レベルの高い情報は無理だけど、シェイキアと結婚したことで分家扱いになってるから、国に関わる仕事もある程度はこちらで回していける。一日程度の休みを確保するのは容易い。
それにしても、まさかこんな観光スポットがあるとは思わなかった。
「ベルはよくこんな場所を知ってたな」
「出張の途中に近くで野営することになって、護衛でついてきてた隠密に教えてもらったのよ」
「ん……隠密たちいい仕事してる。今度お礼を言いたい」
旅の間は男の格好をしていたとはいえ、大事な一人娘だもんな。隠密たちはかなり広範囲に散らばって、ベルの安全確保をしていたみたいだ。
そのおかげで街道から離れている、こんな場所を見つけられた。
時間のある隠密たちを誘って、慰安旅行みたいにしてしまうのもいいかもしれないな。
「あなた、もうじき向こう岸につくわよ」
「ん……あっちに降りられそうな場所がある。私ちょっと湖の周りを走ってみたい」
「父さんとベルはこのまま戻るから、ボートに乗った場所で合流しよう」
「ん……競争だね!」
反対側の岸にも小さな岩が突き出していたので、そこでクレアを降ろしてベルと二人だけで水上デートを楽しむことに。水辺を走るクレアに向かって手を振るベルは、とても楽しそうだ。
「クレアも走るのが速くなったな」
「よくクリムちゃんやアズルちゃんと一緒に走ってるから、どんどん体力が付いてるわよ」
「転ばないように気をつけるんだぞー」
「ん……わかってるー!」
俺たちの家族になった頃は、長時間囚われていた影響で体力が落ちていた。でも今では同年代の子供より身体能力は高くなってる。クリムやアズルだけでなく、美味しいご飯を食べたりライムと一緒に遊だりするのも、体力増強に一役買ってるんだろう。
「このままだとクレアちゃんに負けてしまいそうね」
「ベルがやる気を注入してくれたら、もっと頑張れるぞ?」
「もう、あなたったら変なところで子供なんだから」
ちょっと困ったような笑みを浮かべ、岸辺を走るクレアの姿を確認してから、俺の方にそっと近づいてくる。そして唇を重ねたあと、うっとりとした表情をこちらに向けてくれた。
エネルギーチャージ完了だ!
俺は一気にボートを漕ぐスピードを上げるのだった――
ベル編はこれにて終了。
連日の猛暑で心身ともに弱ってるので、これで一旦更新が途切れます。
皆様におかれましても、こまめな水分補給と適切な冷房で、熱中症になどなりませんようお気をつけくださいませ!




