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6話 祝福の儀

 あの襲撃事件から半年、街で起こっていた不自然な事故死は無くなり、首謀者を含め、暗殺者は隠し通路で拘束されているのを発見された。

 死者は暗殺者側に十数名、グレイブの部下は多少の傷に目を瞑れば皆無事だそうだ。


 ガタガタ揺れる馬車に乗りながら、クロノはそんなことを思い出していた。

 あの事件でクロノは何もしていない。ただ命を危険にさらされただけだった。

 シシリィがいなければ死んでいただろう。


「はぁ、憂鬱だわぁ……」

「領主なのですから、もう少し我慢して欲しいのです」

「せめて馬車の中でぐらい安らぎを……」


 なでなで、ぽふぽふ、ぎゅううう。


 まるでこの世の終わりでも見てきたかのような暗い表情で、カレンは執拗に愛息を撫で回している。


 クロノたちは今、祝福の儀を受けるために王都へと移動している最中だ。同伴しているのはカレンとシシリィ、そして護衛兼御者の騎士が数名馬車に併走している。


 祝福の儀――それは奇跡であり神の祝福である。これが一般的な認識であり、王族貴族もこう認識している。


 祝福の儀はどこの教会でも受けることはできるが、貴族は王都で受けることが通例となっている。

 理由としては、王都での祝福の儀には王族の血縁者が見に来るからだ。関係を持ちたい貴族はみなこぞって王都へとやってくる。


 カレンが憂鬱なのはそれが原因だ。


 祝福の儀はその場にいる全員が見ている。どのような結果になっても隠すことができない。

 とても良い結果になればゴマすりする人が、そうでなければそれを理由にネチネチと嫌がらせする人がでてくる。

 しかも、それが嫌だからと通例を無視すれば余計に嫌がらせが増え、通例通りにすれば話したくもない貴族(クズ)と話す羽目になる。


「だっていやらしい目で見てくるのよ? 気持ち悪いし脂ぎってるしデブだしキモいし!」


 身内以外誰もいないからと、カレンここぞとばかりに悪口を言いまくる。

 人の悪口なんて言わないようなカレンにここまで言わせるクズにクロノは呆れる。


「カレン様――足りないのです! あんなクズでゴミカスでこの世の醜悪を凝縮したような汚らわしいオークの方がマシだと思えるほどデブでクソで胸とかお尻ばっか見てくる変態で挙句の果てには触ってくるような世界の恥なのですっ!」


 一瞬止めるのかと思ったがそうではなかった。

 カレン以上の悪口がでるわでるわ――クロノは不安になった。


 尽きる様子がない悪口に少し引きながらも、クロノはカレンに撫でられ続けている。

 がっちりと捕まっているから逃げ出せない。

 晴天だというのに溜息をついてしまうほど、クロノたちは憂鬱になった


――――――


 グランゼル王国の王都には、国内の権力が集まっている。

 貴族の別邸や他国の大使館、商業組合の支店や冒険者組合のグランゼル支部、それ以外にも様々な組織の拠点が王都に集まっている。


「さ、教会に行きましょう」


 広い道を馬車がゆっくりと走る。きちんと整備されており揺れがない。

 王都にある教会はとても大きい。城と言われても不自然ではないほど立派なその建物は、正しく教会の権威あってこそのものだ。


「オルテンシア辺境伯様、ようこそおいでくださいました。司祭を務めるヴォルフガングでございます」

「祝福の儀はあとどれ位で開始されるのかしら?」

「もうまもなくです」


 オルテンシア辺境伯一行は建物の前で待っていたヴォルフガングと名乗る老齢の司祭の案内で、祝福の儀が執り行われる教会の奥へ移動する。


「クロノ・オルテンシア様でございましたね。緊張なさいますか?」


 老齢でありながらも背筋を曲げず、しっかりとした足取りで先を進む司祭はクロノを気遣う。

 たしかにクロノは緊張している。だが微々たるものだ。

 普段通り歩いているし、ふと襲ってくる眠気で欠伸もする。


 しばらく歩き、入口の正反対に位置するであろう扉の前までやってくると、司祭はその足を止めて大きく息を吸い、荘厳な扉を開いた。


「――ぉお」


 その部屋は、思わず声を漏らしてしまうほど神聖さで満ちていた。

 女神を象った精巧な彫像に、神話を伝えるための何枚ものタペストリー、ステンドグラスから射し込む光が部屋全体を明るく照らしている。


「皆様、当教会へお集まりいただいたことに、まずは感謝を」


 部屋の奥、数段だけ高い祭壇に立った司祭が深く頭を下げる。


「本日は曇ることなき晴天。祝福の儀を執り行うのに、これほど素晴らしき日はないでしょう」


 再び頭を上げ仰々しく文言を述べた司祭は、最後に一礼し祭壇から降りた。


 誰も拍手はしない。クロノは疑問を覚えたが、それは毎年同じことが言われるからだ。

 天候もこの日だけは必ず晴天になるため、決められた定型文以外に司祭が話すことはないのだ。


「では、まずはフローラ様どうぞ」


 フローラ・アイフェルバルナ・フォン・セラフィーナ・グランゼル――フローラはグランゼル王国の第四王女である。王城から出ることが滅多にない王女のことは、クロノも話で聞いたことがあるだけで姿を見たことはない。

 立ち振る舞いは一見洗練されているように見えるが、クロノからしてみれば緊張が隠し切れていなかった。


 王族だからプレッシャーがあるのだろうかと会場の端でクロノは思案する。

 今いる場所からでは顔は見えないが、きっとひきつった笑顔を浮かべているに違いない。クロノはそう思いながら深呼吸を繰り返す。


「……女神様、どうか私に祝福を」


 フローラが祭壇に膝をつき、祈るように両手を組むと、彼女を包むように淡い光が舞い降りる。

 それは正しく神の奇跡で、神聖さが、荘厳さが、神々しさが――まるで彼女の周囲がエデンなのだと錯覚させるような暖かい光とともに、一人の女性の姿が浮かび上がったような錯覚を全員が起こす。


“植物の女神があなたに祝福を授けましょう”


――その声はとても現実離れしていた。街中で聞けば間違いなく振り返るような美声、聞いたものに安心感をもたらす女神の声だった。


《精霊の愛し子》


「おぉ、女神様が直接祝福を与えたもうた」

「精霊に関する天職とは、美しいフローラ様らしいな」


 クロノが一番後ろで儀式の様子を眺めていると、前方にいる貴族たちが小さな声で会話をし始める。

 全員がフローラに与えられた天職に釘付けだ。




 祝福の儀は着々と進んだ。

 フローラのように女神に直接祝福を与えられた人はいなかったが、それでも強い祝福を授かったりと、人それぞれの個性が出る度に驚きの声があがる。


 そして、祝福の儀は残すところあと一人。――クロノだけとなった。


 祝福の儀は立場が偉い順に行われるため、通常であれば侯爵の次がクロノの番なのだが、カレンが『話したくもない方と息子の話題で談笑するのは嫌なので』と、予め一番最後にするよう頼み込んでいた。

 司祭は少し考え込んでいたが、辺境伯が国を守るおかげで平和があるというのを考慮し、王族の許可もあり特別に許された。


「最後はクロノ様か」

「聖女の子なのだから、やはり強い祝福を授かるのだろうか」

「長男はたしか、守護者の天職を授かったと聞いている」

「……」


 一番後ろから祭壇までの間、なるべく耳に入れないよう無視していても聞こえるものは聞こえる。

 無意味なプレッシャーをかけられながら、クロノはやけに長い通路を歩き祭壇へと登る。


 ちなみに守護者は護り、そして守り抜くための天職だ。

 兄が強い祝福を授けられたからといってその弟も強い祝福を授かるわけではないのだが、地位の低い貴族たちはコソコソと予想を立てる。


 クロノはそんな貴族たちのプレッシャーを無視する。強いか弱いかなんて関係ない。自分に出来ることをするだけだと。

 そう思えば自然と足取りは軽くなる。周りにいるやつらなど所詮は石ころだと思ってしまえば、どうということはないのだ。


 この場にいる貴族全員の注目が集まる中、クロノは冷静に、一抹の不安と未来への期待を込めて、授かりの言葉――祝福を授かりたいと願いさえすればなんでもいい――を口にする。


「――生きるための力を」


 刹那、これまでとは比較にならない光が彼を包む。ただの光ではない。女神の特徴が色濃く表れた、薄紫色の奇跡。

 喧噪を通り越した静寂の中、天から女神が舞い降りる。


「女神様……」

「女神様が降臨なされた……」


 時折聞こえるのは、女神が降臨した事への驚きと畏怖。


 天から舞い降りるは、二人の天使を連れた女神。

 女神は祭壇へ降り立ち、天使は彼女の前へと進む。神聖なる槍を携えた天使は、部屋全体に聞こえる声で女神の言葉を代弁する。


「我らが女神の祝福を授かるのは汝か」

「はい」

「ならば、我らが女神のために命を捧げるか、汝返答を述べよ」

「……捧げません。俺は生きるために、この命を生き抜くためにこの儀式を受けています。天命を全うせず命を捨てるのは、それこそ女神様への侮辱に他なりません」


 ザワザワと困惑の声が上がり始める。中には「女神様に命を捧げないことこそ侮辱なのでは」「天使様の言葉に否を唱えるとはなんと命知らずな」という声も出始める。


「静粛にせよ!」


 もう一人の天使が槍を打ち鳴らし凛とした声で命令すると、静かな喧騒は再び静寂へ戻った。


「――では、汝は我らが女神に命を捧げない。それで良いのだな?」

「はい」


 威圧的な、人間を見下すような声で確認をした天使は、手に持つ槍を振り上げてから床へ突き刺した。


「汝の覚悟、信念、しかと確認した。汝を我らが女神の祝福を受けるに足る人物と判断しよう。最後の試練だ。その槍に触れ、抜いてみよ」


 クロノは言われた通り、槍を引き抜くために立ち上がる。

 子どもの身体で、大の大人が扱うような槍を抜くなんて不可能だろう。実際不可能だ。子どもにそんな筋力はないし、身長も全然足りない。

 それでもクロノは槍に手を伸ばし、掴み、引き抜こうと力を込める。槍は少しだけぐらつくが、それだけだ。


 両手に力を込め、ピリピリとした感触を鬱陶しく思いながらさらに力を込め――――


「……なるほど、汝の心は清いのだな。認めよう」


 天使が槍を引き抜いた。

 先程までのクロノの努力を一笑に付すかのようにいとも容易く抜けた槍を携え、天使は女神の後ろへ下がる。


 クロノは少し呆気に取られながらも気を引き締め、再び片膝をついて頭を下げる。


「女神シーリンの名において、汝クロノ・オルテンシアに祝福と加護を。そして、この剣を授けます」


 満を持して口を開いた女神は、その手に持つ剣を眼前に跪く彼に差し出す。


「謹んで、お受け取りします」


 差し出された聖剣(デュランダル)を、クロノは恭しく両手で受け取った。

 不思議と重さは感じられず、むしろ長年使ってきた相棒のようにしっくりくるその剣をしっかりと手に持ち、再び頭を下げる。


 そして彼に与えられた天職は……




 平和を愛し、仲間を愛し、自由のために己が道を進む《勇者》であった。

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