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5話

「襲撃です!」


 夜が更けあと数刻で深夜になる頃、大きな声が響いた。

 ノックもせずに扉を開けた警備員は息を切らしている。


「敵の数は確認できているの?」

「わ、分かりません! 人数も、侵入経路も不明です!」

「そう……ローレンスはどこに?」

「ローレンス様はどさくさ紛れに来る者がいるかもしれないと言って、一階ロビーへ向かいました」


 警備員の言葉を聞き、カレンはすぐさま命令を出して彼を下がらせた。


「クロノ、侵入経路は分かるかしら?」

「母さんも察しついてると思うけど、多分隠し通路」

「そうよね。だとすると、隠し通路に配備していた人は倒されたか」

「――もしくは手引きしていたか」


 だが、その可能性が低いのは二人とも分かっている。

 内通者が入り込めるほどあまい警備ではない。グレイブの配置した人員も選りすぐりのエリートだ。


「母さん、俺はどうすればいい?」

「シシリィを連れて一階の宝物庫に向かって。そこなら一番安全だから」


 戦う力がないため当然だが、クロノは避難することを命じられた。


「でもシシリィは別の仕事があるって」


 だが、この日は彼女がいなかった。


「ああ、そういえば掃除を頼んでいたわね。なら、誰か適当な人を連れて行きなさい。護身術なら使えるよう訓練させているから」

「分かった」


 クロノはすぐに部屋を出た。

 廊下の明かりは付いているが、周辺に人影はない。さきほどの警備員も持ち場に戻ったのだろう。

 小さい身体で広い屋敷の中を走る。宝物庫は一階のロビーを経由しなければならないため、ただでさえ長い廊下を遠回りする羽目になっている。


「とにかく急がないと」


 今のクロノは正真正銘非力な子どもだ。

 使用人全員が使える護身術も、戦うための武器も魔法もない。ないないだらけの子どもにできるのは親の言うことに従うことだけだ。

 廊下を走り、階段を降り、信用できる人がいるその場所に向かう。


「――坊っちゃま!?」

「ローレンス! 宝物庫まで護衛してくれ」


 クロノがロビーに来るまでの間、彼は誰にも会わなかった。

 今更ながら襲撃者は宝物庫の近くの隠し通路を使っている可能性を思い出す。

 クロノを狙っているのなら今すぐに現れてもおかしくないが、今は安全な場所に避難するほうが先決だと判断する。


「ですが私は――」

「母さんから適当な人を連れていけって言われている」

「……分かりました。では、私が坊っちゃまを護衛しましょう」

「ありがとう」


 クロノはローレンスと共に宝物庫へ急いだ。




――かつて、夢を見た少年がいた。何も持たない浮浪児が、誰からも愛されなかった孤児が誰かに愛される夢を。

 成功して金を手に入れても、愛だけは手に入らなかったその少年は、だから次こそは・・・・・・――そう、思っていた。

 女神の計らいで転生し、愛情を知ったクロノは、たまらなく心配だった。


「母さん……」


 きっと大丈夫だと思いながらも拭いきれない不安を心に押し込める。




 宝物庫にはすぐに辿り着いた。

 探検と称して屋敷内を歩き回っていたこともあり、クロノは脇目を振らずに辿り着けた。

 周囲に人影はない。


「ローレンス、鍵は開かないのか?」

「申し訳ありません。どうやら先に潰されていたようで」


 だが、宝物庫の鍵穴は誰も使えないように溶かして潰されていた。

 襲撃者がこの場所を把握していたという証拠であり、それは逃げ道がないことを示していた。


「――クロノ様ー!」

「……っ」

「シシリィ!」


 鍵が潰されていた事実に、珍しく焦ったクロノは彼女に気づかなかった。

 注意が散漫していたことに気づき、そして一番信頼できるメイドが戻ってきたと安堵し……


「――!」


――ナイフが飛ぶ。

 

 殺される。クロノは直感でそう悟った。

 銀色の投擲物は一切の躊躇なく飛来し、それを放ったのが彼女だという事実に動揺した。

 この世界でクロノが最初に見た顔が彼女だ。抜けている部分はあるものの、どこか憎めない彼女を信頼していた。

 裏切られた、騙された。

 そんなほの暗い感情がクロノの内側を支配し、『ああ、またなのか』と目を閉じる。


「――ぐっ」


 聞こえたのは誰かの呻き声と、金属質の者が床に落ちる音。

 腕を引っ張られ目を開いた先には、右手首を抑えて蹲るローレンスがいた。

 困惑。


「ローレ――」

「クロノ様だめです!」


 その声を聞いて、クロノはシシリィに()()()()()のだとやっと理解した。

 目の前にはローレンスがいる。だがその足元には照明の明かりに当てられて、てらてらと怪しく光を反射する短剣が落ちていた。何か危ないものが塗られていることは明白だ。

 彼の右手首と両足には、細いナイフが突き刺さっている。


「シシリィ貴様……」

「やっと尻尾を出しましたねローレンスさん」

「何を言って」


 苦悶の表情を浮かべているローレンスは、蹲りながらも鷹のように鋭い目をしている。


「奥様の命令なのです。隠し通路から襲撃者がやってきた場合、ローレンスが手引きしている可能性が高いから無力化して話を聞きなさいと」

「奥様が――いや嘘だ! 坊っちゃまを誑かし連れ去ろうとしているのだろう!」

「いいえ違うのですよ。そもそも、ローレンスさんは信用されていないのです」

「は? 何を言って……」


 ローレンスが疑問を浮かべる。


「先代の頃から念密に計画を立てていたようですけど、肝心の計画が杜撰(ずさん)なのですよ。手引きした暗殺者が来ないことに焦ったのか知りませんけど、だからって自分の手でやるのは失格なのですよ?」


 シシリィはメイド服の袖から細いナイフをスッと音もなく取り出し、今度は彼の両肩に寸分違わず投げつけた。


「ぐっ……こ、この手際の良さ……まさか」

「まさかも何も、私は護衛専門の暗殺者ですよ。メイド業はカモフラージュなのです」

「まさかそんなやつが紛れ込んでいたとは……」


 ローレンスは彼女が対暗殺者に特化した暗殺者だと理解し、計画が失敗した怒りのままに彼女を睨む。

 普段の彼からでは想像できないほど恐ろしい顔だ。

 襲撃されているにしては酷く静かな廊下で、二人は睨み合う。


「――っそうだ! 同業者ならその子どもを殺せ! いくら聖女とは言え実の子どもが殺されれば信頼など――」

「それ以上言うのはおすすめしないのです。それ以上言うと、私の高速ナイフ投げが頭に炸裂するのです」


 シシリィは静かに怒りを顕わにした。

 気が抜けるような言葉でも、そこに込められた感情は怒りだった。


「一人討ち漏らしていたみたいですね」


 一瞬彼女の右腕がブレる。

 クロノには彼女が何をしたのか分からなかった。だが、結果は理解した。

 どさり。

 クロノがゆっくり振り返ると、全身黒ずくめの男が仰向けに倒れていた。

 顔の中心には鋭いナイフが根元まで突き刺さっており、床には赤い液体が広がり始めている。


「なっ、なぜなんだ。なぜお前が――暗殺者が私の邪魔をする!」

「なぜって、私は奥様に――カレン様に救われたからですよ。身寄りもなく、死を待つだけだった孤児の私にカレン様は手を差し伸べました。だから私は暗殺者なのです。暗殺者なら、同業者の気配は察知できますので」


 身寄りのない孤児は社会で生きていくことができない。勉強するためのお金も、食べ物を買うためのお金も、その全てを持ち合わせていない。

 彼女に差し伸べられた手は、彼女の命を救ったのと同義だったのだろう。


「だから、カレン様に敵対する者に容赦はしません。クロノ様を傷つけようとする輩に慈悲は与えません。過去はどうでもいいのです。今この瞬間、危害を加えようとした事実だけが、私が手を汚す理由なのです」

「待て、待ってくれ、やめろ! 私は、私は金が欲しいだけなんだ――」


 今までの好好爺然とした態度はどこへ行ったのやら。ローレンスは惨めに命乞いをして、惨めに死んだ。

 シシリィの放ったナイフが口腔から入り、彼の脳髄に突き刺さったのだ。


「……シシリィ、その、ごめん」

「何がなのです?」

「さっき、シシリィに裏切られたって思ったから」

「気にしなくていいのですよ。クロノ様は聡明な方なのですから、間違えても私は咎めません。だって」


 振り返り、しゃがんで彼の目線に合わせると、


「クロノ様が誰よりも努力家で、誰よりも優しいってことを、私は知っているのですから」


 笑顔でそう言った。

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