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1話 全ての始まり

 高度一〇〇〇〇メートル。旅客機が燃料消費量を抑えられ、エンジンに適量の酸素を送ることができ、なおかつ高貴抵抗も少ないため一定の速度を保てる高度である。

 国内外を問わず大空を飛行する飛行機は、乗客に安全で快適な空の旅を提供するはずだった。




 人は何故生きるのか、生きる意味とは何か、高度一〇〇〇〇メートルからの紐無しバンジー真っ最中の少年は哲学者のような思考に囚われていた。

 思考も人格も極めて大人に近いが、少年はまだ法律上は子どもである。

 だが、教育を受けるべき年齢でありながら財産を築き、高校生という学生の身分で海外旅行を何度も繰り返す彼は、とても少年とは思えない価値観を持っていた。


 努めて冷静に、取り乱すことなく俯瞰するように状況を確認する。彼の周辺には彼と同じく空中に投げ出された乗員乗客と、バラバラになった機体の残骸が幾つか。

 事故の原因は不明。そして何故か全員が幸運にも()()()()()()状況の中、仮説を幾つも重ねた彼は思考を放棄した。


――考えることが億劫になったのだ。


 生きることを完全に諦めたわけではない。彼の記憶が正しければ真下は人の手が届かぬ未開拓の森林である。奇跡が起これば助かる可能性は残されている。ほんの少しではあるが、残骸を利用すればその可能性も膨れ上がるかもしれない。

 そのうえで考えることを放棄した。選択しなかった。

 自分が助かるべきではないと理解するのと同時に、どうにもならない現実に対する打開策を持ち合わせていないことを知っているからだ。

 彼は残骸から最も遠かった。彼はガタイがいいわけではない。

 故に、思考を放棄し、目を閉じ、いずれ訪れる死に備えて冷静に――黒乃綾斗(くろのあやと)という人生を諦めた。


……死ぬこと自体に何かあると訊かれた場合、彼は得に何もと答えるだろう。

 物心ついた頃からすでに不運だった人生に何かを見いだしていたわけでもなく、死ぬのならそれはそれで仕方ないとどこか割り切っている。

 悟りに近い思想、諦めの境地とでも言い換えるべきか。


 だが、ふと目を開けた。何を思ったのかは本人も理解していない。

 潔く意識を手放すことをせずもう一度空を、自分と同じ運命を辿るであろう恐らくは善人である彼らの姿を眼に焼き付けようとし――違和感。


「――あ」


 違和感を確かめようとしたのも束の間、彼の意識は唐突に浮き上がり、気づけば見ず知らずの部屋で転がっていた。

 洋風のアンティークな部屋である。

 仰向けの態勢から上半身だけを起こして、軽く――じっくり部屋を見渡し観察し、深く落ち着ける程度には柔らかい雰囲気が漂っていることを実感した。


「初めまして、黒乃綾斗さんで、合っていますよね?」


 いつからそこにいたのか、一人の女性が綾斗に話しかける。最初からか、はたまた来たばかりなのか、気配が極端に薄い彼女は幽霊のような美しい女性だった。

 絶世の美女。傾国の美女。言葉では形容できないほど素晴らしい美貌を持つ女性。

 人間ではその姿を完璧に捉えることができないらしく、綾斗がその姿を目視することはなかった。だが、それでもその希薄ながらも圧倒するような存在感は、彼女は確かにそこにいると綾斗に理解させていた。


「……合ってる、けど」

「突然で何が何だか分からないかもしれません。混乱しているのでしょう。ですが、これを伝えるのは私の義務です。彩斗さん、あなたは死亡しました」


 訝しみながらも素直に頷くと、彼女は綾斗が死亡した事実をどこか悲しむように伝えた。

 そして伝えられた本人はというと――


「( 'ω')」


 ふざけていた。


「なんですかそれは」

「顔文字だけど」

「顔文字……それは一体、いえ、まずなぜ文字を言葉で表せるのか――じゃなくて! こほんっ、唐突ではありますが、あなたには私と一緒に異世界へ行ってもらいます」


 綾斗の謎特技、顔文字を言葉で表現にツッコミを入れかけた彼女は、人によってはなにそれ新手のデートの誘い? と勘違いしそうな異世界への転生を提案――否、決定事項を告げた。

 そして、彼は立ち上がり姿勢を正した。


「私の名はシーリン。今回、あなた方を私共の不始末に巻き込んでしまい申し訳ありません。諸事情により詳しくはお話できませんが、あなた方には最大限助力するようにと言われております」


 深々と頭を下げ、謝罪をしながらもその理由は明かせないとシーリンは言った。綾斗はその事に僅かな疑念を覚えたが、ふざけている場合ではないと悟り、真剣に付き合うことにした。

 当然デートではない。


「不始末……それは、あの飛行機の墜落のことか?」

「そうなります」

「あれが不始末ってことは、もしかして神的な存在か?」

「的な、ではなく正真正銘神の一柱です」


 何度か質問をすることで綾斗も少しずつ状況が見えてくる。

 シーリンが神の一柱という、現在ではその存在すら否定されている不確かな存在であること。

 この状況は彼女らの不始末が原因であり、そのことに対する謝罪等をするためにわざわざ魂を呼び出したこと。


「神……ははー」

「無表情で崇められ――崇める気ゼロじゃないですか」


 シーリンは無表情で崇めることを咎めようとし、崇める気持ち自体が彼にないことを察してやめた。


「この空間内に限り、神である私が人の心を読むなど造作もないのですよ。っと、時間が迫ってきていますね」

「時間?」


 心を読めることに驚きながらも質問を優先する。


「本来、死亡した者の魂は輪廻の輪に戻されます。それを無理やり留めていますので、これ以上無駄に時間を消費すると転生させられなくなります」

「なるほど……それは困る」

「清々しいほど潔いですねー」


 女性経験皆無である綾斗の少年らしい煩悩を読んだらしい。シーリンは若干引いた。


「――では、時間も少ないので簡潔に。転生の際、私はあなたにいくつかの条件を課す代わりに、特別な力を授けることができます」

「それは、勇者になって魔王を倒すのなら、とかそんな感じか?」

「ええ、そうです。与えられる力は条件に比例すると考えてください」


 幾つかの質問の後、綾斗は俺TUEEEEしたければ相当難しい条件を飲まなければならないと理解した。

 転生先がファンタジー世界なのは先の質問で回答を得られている。その時点で必要になるであろうものをライトノベルから得た知識と数々の神話を元に考え、そして武器を要求することに決めた。

 魔法があるファンタジー世界であるならば、防具はむしろ足かせになりやすい。

 ならば、臨機応変に対応でき、神話や伝説においても様々な英雄が手にした剣を要求するべきだと。


 肉体は病弱でさえなければ大抵はなんとかなる。魔法も、その世界によるが努力すれば使えるようにはなるだろう。

 問題は武器を扱うことがない現代人がまともに剣を振るえるのかだが、肉体を鍛えていけば自ずと振るえるようになるだろう。

 貨幣も同様に時間が解決してくれる。言語も、日本語、英語、ロシア語、イタリア語、ドイツ語など、喋るだけなら多国語をマスターしたといえる綾斗にかかればさしたる問題にはならない。


 そして真剣にあれこれ考えて十数秒、時間が無いので早くしてくださいと催促され要求を決定する。


「……片手半剣を頼む」

「片手半剣……バスタードソードですか?」

「正式名称はハンド・アンド・ア・ハーフ・ソードだ」


 やけに名前が長いが、片手でも両手でも使えるよう調整されている片手半剣は通常の剣よりも汎用性が高い。

 言い方を変えれば器用貧乏な剣だが、綾斗は一つのことに特化するよりも汎用性を高めて出来ることを増やすほうが性に合っていた。


 才能と評するべきか。綾斗は脳に詰め込める情報量が常人よりも圧倒的に多く、超記憶症候群のように過去の出来事を鮮明に思い出すことも、常人のように綺麗さっぱり忘れることもできる特殊な体質を持っていた。

 記憶を自由に出し入れすることができるからこそ、特化しないほうがより力を発揮し真価を見せる、一種の天才なのだ。


「……なるほど、では、あなたの要求に合う武器をリストから選んでください」

「女神が選ぶんじゃないのな」

「私を神と認識した上で敬語どころか様付けしないのが不満ですが――それは別に良いのです。このような転生は本来、私たちに非があるからこそ行われることです。なので、なるべく要求に合うようにするのは当然なのですよ」


 まるでゲームの画面のような白いリストを確認しながらシーリンの言葉を聞き流す。

 自分の裁量で決められることをありがたいと感じながら、綾斗はすさまじい速度でリストを捲っていく。

 


「……なあ、これって、訳ありとかいわく付きとか、そうゆうやつか?」

「どれですか?」

「これだよ」


 そう言って指さしたのは、名称が文字化けしている銅色の片手半剣だ。

 だが、綾斗はこれを気に入った。

 地味な銅色ではあるが鍔や柄頭に目立たない程度の装飾がある。剣身には蒼い何らかの紋章が刻まれているが、装飾同様悪目立ちするほど主張が激しくはない。

 リストの図を拡大したり回したり確認する限り、特段変というわけではなく、文字化けも名称以外は見当たらない。


「これは……」

「なにか問題あるのか?」


 綾斗はこれを持って行けるのならそうしたいと考えているが、もしも訳ありだったり問題があるようなら辞退するべきだとも考えている。

 強欲ではないのだ。無理ならばあっさり諦める。


「いえ、まさかもう一度見れるとは思わなかっただけです。戻ってきていたのですね」


 どうやらそうゆう心配はいらないようである。

 ほっとしたような顔で女神シーリンは綾斗に向き直った。


「これは聖剣デュランダル。文字化けしているのは、昔と今では使われる文字が違うからです」

「なるほど。文字の違いで識別できなくたっていたと」

「はい。今修正しましたので、確認をお願いします」


 綾斗がもう一度確認すると、そこには確かに聖剣デュランダルと記されていた。


「……これ、持って行っていいか?」

「ええどうぞ。この剣も、埋もれているより人の役に立つ方が喜ぶでしょう」


 シーリンは綾斗の申し入れをすんなりと受け入れた。


「あちらの世界で五歳を迎えたときに、これを持って改めて訪ねます。それまでは身体作りをするなり、知識を増やすなり、好きなようにお過ごしください」

「好きなようにね……そう言えば、与えられる力に比例して条件が課せられるってさっき言ってたけど」

「そうですね、仮にも聖剣を与えるのなら――いえ、それはいいでしょう。元々私が下界に降りる時点でやるべき使命は決まっているのです。それを手伝っていただくというのはどうでしょうか」

「……無理難題じゃなければ、出来る範囲で手伝う。それでいいか?」

「ええ、構いません」


 少しばかり嫌な予感が脳裏を横切るが、転生を含めてあちらの好意だ。何の手伝いをさせられるのかここで詮索するべきではないと判断し、綾斗は口を噤んだ。


「それでは転生を行います。どのような出生になるのか私にも判りませんが、できる限り不自由がないよう善処します。特別サービスとして言葉を話せるようにしておきますが、読み書きは自力で頑張ってくださいね」


 シーリンが腕を振るうと、ふわりと綾斗の身体が持ち上がる。これが転生する感覚なのだろうか。

 だんだんと視界が霞み、世界が真っ白に塗り変わる中、彼女の説明を聞き逃さないように耳を傾ける。が、視界が真っ白になるまでそう時間はかからなかった。

 そして、


「では、良き異世界生活を」


 その言葉を最後に綾斗の意識は一瞬で暗転した。

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