神殿の糸
私が濡れた服を身に纏っている事に漸く気付いたメガレイオが、結維と私に着替えを与えてくれた。結維は濡れずに済んだけれど、全く濡れてなどないけれど、神子が着るにしては相応しく無いと制服にクレームが付いた為、二人して着替えることになった。
ランプシーが案内してくれ控室へと向かった。衝立がありそこで着替えるように指示され、着方が分からないなら手伝うとまで言ってくれた。良い人だ。手伝いは大丈夫と断ると、先に礼拝所へと戻って行った。
後から気付いたが、結維の着替えは手伝って貰って、それをじっくり鑑賞すれば良かったと心の底から大いに悔やんだ。何故思いつかなかったのだ自分よ。
渡された服は襟ぐりがVラインで膝丈のチュニックに、鮮やかな緋色の肩掛けを羽織り、象牙色のサッシュベルトで巻いて止める、なんとも簡素な物。明日以降に服を拵えさせるそうで、とりあえず見た目を何とかしたいが為の一時凌ぎだそうだ。それにしても神子がこんなに足を出して良いものか、私はともかく結維は丈が腿辺りにある。これは意図的なものを感じます。
すらりとして程良く筋肉の付いた結維の足はとても滑らかで、しがみついて頬擦りしたくなるほど美しい。実際お風呂上りの結維の足に頬擦りして、家族に哀れなものを見る目で見られたのは記憶に新しい。短パンから伸びる足に敬意を表し行ったと言うのに。
首回りから鎖骨がすっきりとしていて結維が着けているネックレスが見え、チェーンには私と同じピンキーリングがチャームとして下がっているのも見える。
「ご縁が結べる証しなんだから、指に着ければいいのに。私とお揃いだよ」
「僕が着けてもいいものか疑問に思うんだよね」
結維は万遍なく色んなご縁を結べるけれど、他の家族みたいに得意としているものが無く、おばあちゃんに『器用貧乏』と言われた事を気にしている。『自分はオールラウンダーだ』って開き直って堂々としてればいいのにと思うけれど、得意なものがある私が言葉を掛けても何の慰めにもならないだろうし、余計な事は口にせずいつも通り頭を撫でる。う~んさらふわ。
頭を撫でていると表情が雨の中捨てられた子犬から、拾われて洗われタオルにくるまった子犬へと変化している。……私にはそう見えるのだから仕方がない。機嫌が上昇したのを確認して一緒に神殿の礼拝所へ戻ると、皆に「とても似合っている」だの「美しい足」だのと口々に賞賛のお言葉を頂きました。結維が。
「ユーイはリーネの主なのか?」
メガレイオに尋ねられ、彼の視線を辿ると私の指と結維のネックレスを見ていた。隷属の証しとして主に与えられた指輪を身に着けていると思ったようだ。私が暗躍する為にもこれは利用しない手はないと、乗っかることにした。
「私は結維の従姉妹ですが、幼い頃より彼を支え共に過ごして参りました。言わば従者のようなものです」
私達の関係が気になってはいたものの、そこまで興味がなかったのか特に怪しまれもしなかったので、その設定で押し通すことに決めた。目を丸くして発言しようとする結維を手で制し「後で説明する」とこっそり伝えた。
関係性云々よりもメガレイオ達は『ご縁を結ぶ』事の方が気になるようで、説明を求められた。
「百聞は一見に如かずと申しますし、今ご縁を結びたいと思います。メガレイオ様とアルモニエ様はパートナーですよね。生まれ変わったとしても、又、出逢いお互いに結ばれたいと願われますか?」
「言うまでもない」
「勿論です」
私の質問に間髪入れず返すと二人は、お互いに見詰め合い笑みを交わした。とても穏やかな空気が流れて心がほっこりしてしまった。
「では。結維、手を」
差し出した右手に結維の左手を乗せ『私は従者でサポート役です』風を装いつつ、軽く目を瞑り深呼吸していつも通りご縁を結ぶ。
「結維、結ばれて欲しいって気持ちを込めて、私と一緒に言葉を紡いで」
「うん。やってみる」
結維はこくりと頷くと乗せていた手を指と指を絡ませる様にしっかりと握り、私を真似て深呼吸した。
「「廻り廻る運命の輪 紡ぎ紡ぐ赤い糸」」
声を合わせて縁を結ぶ。『赤い糸』と言った所で、メガレイオとアルモニエから見えていた淡い黄色の糸がキラリと光り金赤色に変わる。糸が見えているのかイティアラーサが「美しいな」と言い、ランプシーは口を開けて微動だにしない。
結維が「運命の糸だ」と、握っている左手を震わせるのを感じたが、縁結びを中断する訳には行かないので言葉を紡ぎ続ける。
「「結ばせ給え縁の糸を」」
二人の糸がキラキラと輝きお互いを包み込み結ばれて行く。しっかり結ばれた糸は光の残滓を残して消えた。ご縁が結ばれた二人は感嘆し消えゆく光の中で手を繋いだ。すると何処からかカランと音がして床に矢が落ちていた。
結維と握っていた手を解き落ちた矢を拾う。全く重さを感じない五十センチ程のその矢をじっと見ていると、イティアラーサが隣に来て私の手から矢を奪い瞬く間に消滅させた。
「全て片付けたと思っていたが、まだ残っていたとは」
「片付けたと言う事は、その矢はクピドの矢なんですね」
私が聞くとイティアラーサは苦く笑い頷き話を続ける。
「正しく元凶の矢だな。取り除くのに何百年掛かったか、神殿はわたくしの護りが効いていると思っていたがこのように刺さっているとは盲点であった。神殿内も良く確認せねばならぬな」
「矢が刺さっていたと言う事は、お互いが想い人ではない訳ですよね。でも運命の相手??」
クピドの矢が『己の意思に関係なく恋愛感情を持たせるもの』と説明を受けていた結維が、混乱しているのか「どういう事なのか」と私とイティアラーサを交互に見る。
「私の推測だけど、クピドの矢は運命の相手さえも捻じ曲げる力があるんだと思う。偶然にもお二人は運命の相手だったけれど、そうでなく結ばれた人も沢山いると考えられる。本来の相手を奪い取ることが可能な力……そりゃ神様が力をコントロールさせて思う通りに使いたい訳だ。怖いね」
私の考えが間違いないと言う様に、イティアラーサがこくりと頷く。
「矢の力については分かったけど、どう考えてもお二人に矢が刺さったのは四、五十年前だよね。矢って世代を超えて受け継がれる物なのかな」
「いや、矢の効力はその者限りだ。恐らく、どこぞに落ちていたり刺さっていた矢に触れて発動させてしまったのであろう。クピド様はこの世界から去り行かれる際、餞別とばかりに矢を打ち放たれたからな、それはもう降りしきる雨の如く」
「「め……迷惑……」」
遠い目をしたイティアラーサに思わず同情して、結維と二人本音が零れた。