はじまりの糸
『廻り廻る運命の輪 紡ぎ紡ぐ輪廻の糸 結ばせ給え縁の糸を』
良く通る落ち着いた声が聞こえ、社務所から拝殿にいる祖母の元へと向かう。
拝殿へと続く廊下から縁結びを行う姿が見える。
私の家は千年ほど続く神社を営んでいる。
縁結びにご利益があると言う事で、最近は特に若い娘さんやらご婦人やらに有名となっている。今日のような土日や祝日ともなれば、縁結び希望者で大賑わいとなっている。
来年には古希を迎える祖母の縁結びを見るのは幼少の頃からの楽しみだ。祖母が行う縁結びは糸が結ばれるのがはっきりと見えてとても美しい。縁結びを見ながら自分の左手にあるピンキーリングに触れる。この指輪は縁結びが出来るようになった頃、祖母から贈られた言わば『証明書』のようなもので、ご縁を結ぶ事が出来る者は皆その身に着けている。
「りんちゃん」
聞き慣れた自分の愛称に後ろを振り返ると、従兄弟の結維が居た。
「おばあちゃんの縁結びもキレイだけど、僕はりんちゃんの縁結びも好きだな」
ふわふわとした、正にその形容に相応しい穏やかな笑顔で語りかける。ん~今日も美少年。
「ありがとう結維。結維も出来るんだから、やってみればいいのに」
「僕が行うときは、りんちゃんの為にするよ」
「……遠い未来か来世だね」
私、継木綸音、高校二年生
この継木家において、びっくりするぐらい平凡容姿を初期から装備している。家族は隣にいる従兄弟も含め整った容姿をしているにも関わらず、本当に普通も普通。「通行人A」「村人1」を地で行く。
けれどそれを不満に思ったことは、生まれてこの方、全くない。
この平凡初期装備のお陰で、ひっそりと人間観察を行う事が出来るし、目立たないし地味だからか敵認定されず恋愛相談も来る。人と人を結ぶ私にとって容姿は全く必要性の無い物なのであった。
……でも本当に結びたいのは男性と男性のご縁なんだけどね……
そう、隠しもしない。私は『腐女子』私の幸せの為にも男同士の縁を結ぶ!
口角を上げてくっと胸を張る。と、横に並んでいた結維が笑う。
「りんちゃん顔に出てるよ。男子の相談も増えるといいね」
「願ってもない事だね。その時は全力でご縁を結ぶよ」
「僕の縁は、りんちゃんが結んでくれる?」
儀式が終わり、幸せそうな顔をして拝殿から降りていく人達を羨ましそうに見ながら、結維が言う。
「私が結ぶに決まってるじゃない。誰に頼むつもり?」
詰るように言うと、結維は心底嬉しそうに破顔した。
「うん。りんちゃんお願いします」
キラキラと輝く笑顔は眼福で美少年ゴチソウサマです。ありがとう。
「なるほど、結維にはご縁を結びたい人がいるんだね。縁結びに必要だからキッチリ聞かせてもらうよ」
私の心の栄養の為にも、「どんな相手なのか」等、色々と根掘り葉掘り聞かせてもらわなくてはならない。切実に。絶対妄想楽しい。
「りんちゃん顔崩れてる」
「元からです」
軽く小突きあい、結維を取り調べようとした所で背後から声が聞こえた。
「参拝が終わった方がお守りとか購入されるんじゃないか? 社務所に戻っとけ」
「「いち兄」」
結維と共に振り返ると我が家の長男を確認する。ちなみに「いち兄」は長男の意味ではなく名前が「継木維治」だからである。私の他に次男と妹がいるので、長男で間違いはないけど。
いち兄は、結維の頭を軽くぽんぽんと叩いて「結維も手伝ってくれるか?」と微笑んだ。「もちろん」と微笑み返事をする結維はとても嬉しそうで、見ているだけで心が温かくなっていた。
頼れる系爽やかイケメンとゆるふわ癒し系美少年の戯れ! 美味しい!
兄と従兄弟からの冷たい視線を感じながらも社務所に向かうと、そこにはてんやわんやの妹が居た。
「りんちゃん、ゆうちゃん待ってたよ~」
「お待たせ。いと」
「ごめんね、こいちゃん」
結維と兄妹と言っても良いくらい似ている、守ってあげたい感じの美少女。恋糸。
自分の名前に「恋」の文字が入っているのが嫌みたいで、日々の人間観察による結果、それを察してしまった私は恋糸の事を「いと」と呼んでいる。嫌がる理由は間違いなく私たちが持つ能力の所為だ。
継木家は「ご縁」に関する能力を備わっている。
能力の得意分野は個々に違って、祖母と私は「恋愛」に関する縁。
叔父(結維の父)と、いち兄は「お金」に関する縁。
母と次男は「仕事」に関する縁。
そして、恋糸はうちの神社のもう一つの顔「縁切り神社」の「縁切り」その能力に秀でている自分には「恋」の字が重く感じるのだそうだ。ちなみに祖父と父は入り婿なので能力を持っていない。
得意としているだけで、ほかのご縁を結んだり、ご縁を切ったり出来ない訳ではない。ただ比べると下手なだけだ。以前私が「縁切り」した所、別れるのに時間がかかったり、いざこざがあったり、綺麗にご縁が切れなかった。
恋糸が縁切りを行うと、何の蟠りもなく、リセットしたかの様にご縁が切れる。芸術的だ。感動した私が「いとの能力は今まで辛かった雁字搦めに絡まった縁を、綺麗にして再出発させてくれる素敵な力だよ」と言った所「りんちゃんありがとう」と、ハニカミながら言葉を返す姿にキュンと来たものだ。
見目の良い二人が社務所に居るだけで、自分より売り上げがどんどん進む。私のバイト代の為にも、もっと二人に頑張って貰いたいので応援しておこう。
「結維、いと。がんばれ〜」
明日こそは学校で私の望むご縁が結べますように、と願いながら自分の部屋へと戻って行った。
朝はいつも通り廊下や拝殿、境内の掃除をして、家族みんなで食事。学校へ行く前に、これもいつも通り今日のご縁を願ってご神体とご神木にお参りする。もちろん隣にいるのは結維だ。
鈴を鳴らし柏手を打ち、名前を告げて祈る。
「今日も素敵なご縁が結べる一日となりますように」
「りんちゃんは毎日熱心にお祈りしてるね」
感心したように結維が言う。
ご縁を結べる様になってからの祈り文句はずっと同じ。私は本当に切実に結びたいご縁があるから、毎日真剣そのものに決まっている。
「結維のご縁結ぶよ。相手を教えて」
ニヤリと笑いながらそう言うと「そんなことより、学校行こう」と先に行ってしまう。
そんなことなどではない! 大事なこと! とても大事だよ!
授業の休み時間はもっぱら恋愛相談。
入学してから私の定位置となっている、校庭の記念樹の下で相談や縁結びを行う。雨が降っている時以外私はこの場所にいて、隣に結維がいるのもいつもの事。
お昼を食べ終わってまったりしていると、縁結びを希望する男子と女子が来た。
意識を集中して見ると二人から糸が見え、お互いに向いている。一方通行の場合は上手く結べなかったり、別れたりするので無理にご縁は結ばない。この二人については結んでも問題なさそうだ。永くご縁を紡ぎそう。
左手のピンキーリングに触れながら、ご縁が結ばれるよう祈る。
「廻り廻る運命の輪 紡ぎ紡ぐ赤い糸 結ばせ給え縁の糸を」
縁結び依頼に来た生徒二人の薬指から、光る糸が現れてキュッと結ばれると同時に、何もなかったかのようにその糸は消えた。
嬉しそうに微笑み合った後、私へお礼を言い依頼料を払うと、二人は仲良く手を繋いで去って行った。
「りんちゃんの結ぶ言葉はおばあちゃんのと違うよね」
「おばあちゃんは同じ言葉を重ねることで力を増させるって言ってたけど、ご縁を結ぶ気持ちを乗せるために言葉を紡ぐから、私は糸がギュッと結ばれて欲しくて言い換えてる」
「あの二人はお互いが運命の相手だといいね」
「ううん、違うよ」
「……え」
そんな雨の中捨てられた子犬のような顔で見つめられても、違うものは違う。
運命の相手が結ばれるのを初めて見たのは小学生の時、その光景を見てご縁が結べるようになったので忘れもしない。その二人は本当に『赤い糸』がお互いに向いていた。キラキラと光る金赤の糸がお互いを『大事なもの』と包こむようにして結ばれていく。何度も祖母の縁結びは見ているはずなのに、息をするのも忘れるほど美しいものを実感した瞬間だった。
運命の相手は一度遇うと二度と離れられない。何を以てしても絶対に巡り合う。
それは善しにしても悪しきにしても。
「それなら別にご縁を結ぶ必要ないよね」
結維の疑問は幼い私が祖母に訊ねたものと全く同じで、クスリと笑ってしまった。
「私もそう思った。おばあちゃんが言うには、来世で又出逢う為に今世でしっかりご縁を結んでおくんだって。何度輪廻転生しても必ず逢えるように」
「……羨ましいね」
悲しげな表情になった結維の頭をゆっくり撫でて、さらふわな髪の感触を十分に味わう。
「運命の相手って必ずいるらしいよ。ただ、その人に出逢えるか出逢えないかだけで」
撫で終わった手をぽんぽんと結維の頭の上で弾ませると、昼休みを告げる鐘が鳴った。空になったお弁当箱を手に教室へ行こうとすると、何か用事があったのか新しいALTらしき地中海系の美女がこちらに向かおうとしていたが踵を返していた。
今日はご縁を三組結び、お守りのお買い上げもあったけど、やっぱり男子から男子に対する相談や依頼はなかった。校内では結構有名な相談役だと自負していたのに、もしかして陰が薄すぎて誰が相談を受けているのか気付いていない可能性も高い。
そんな事を結維にぼやきつつ家に着くと、境内にあるご神木の前に座り込んで縋りつき何やらつぶやいているスーツの人影が見えた。
これはヤバい人かもしれないと思い、結維を背中に庇うとその人物に話しかけた。
「そちらは継木神社のご神木となります。気分が悪いようでしたら、休憩できる所へご案内致します」
座り込んでいたその人が声に気付き顔を上げると、昼休みに校庭で見かけた美女ALTだった。やはり私に用があったんだなと思い、先程見た不審な行動も外国の人だから参拝の仕方が分からなかったのだと理解した。海外の女性は恋愛については自力で叶えるイメージだったけれど、これからはウチの神社にも外国語の案内が必要かもしれない。後で皆に相談しよう。
美女は私を見ると「あなたなのね!!」と喰い付かんばかりの勢いで目前に迫ってきた。
「沢山の神々に尋ねて、やっと神在会議でこの神社を薦められたのだけれど、キヌはもう年だから無理と断られて、リンネを紹介されて」
一気に喋られて、切羽詰まった雰囲気がひしひしと伝わるが……日本語上手いな。キヌって「絹」か。おばあちゃんにこの勢いで言い募ったのか……色々と疑問に思う言葉があるけれど、とりあえず話を聞くことにした。
「神在会議ですか? ……神謀りの事でしょうか?」
「詳しい名称は知らないけれど、年に一度全てのご縁を結ぶ話し合い。そこで、人と人のご縁を結ぶなら継木神社が最適と聞いたのです。なんでも昔神の縁を結んだとか」
チョコレート色の髪を揺らし、ちょっと不安げな表情を見せ、美女はそう言った。
「神様に頼まれてご縁を結んだ事でお社を構えたと伝え聞いております」
幼い頃に聞かされた眉唾な創建噺が他人の口から出てくる事に一瞬驚いたが、そういえば継木神社のHPに神社の成り立ちを載せていたことを思い出した。外国語仕様にはしていなかったから、この美女は話すことも読むことも達者なんだなと感心しつつ用件を促す。
「宜しければ再度、ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」
「わたくしは大神より世界を賜ったのですが、前任者の悪戯により人口が増えず、このままでは滅びの一途を辿ってしまいます。ですのでお手伝い頂きたいのです。ええ是が非でも今、直ぐに」
女性だからと油断したが、この美女ヤバさが決定的。ちらりと後を伺うとオロオロした結維と、声を聞き付けたのか恋糸がこちらへ走ってくるのが見えた。
「あら……そちらの麗しい方からも力を感じますわね」
私がちょっと体を捻った所為で、後ろにいた結維が美女の視界に入ったようだ。
やっぱり結維は海外にも通じる美少年って違う違う、結維に害が及ばないようしないと。前を向き直して美女を落ち着かせようとした所、女性の力とは思えない程強い力で腕を捕まれ、困惑している間に目の前にあるご神木へと吸い込まれて行く。
「りんちゃん!」
自分を呼ぶ声がしたかと思うと、恋糸が手を伸ばす目の前の空間が閉じて行った。